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ひと




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    Go ahead
    ぱんつのごむ
    無題
    昇る月
    家族
    雨
    墓
    つもり














Go ahead



 立ち止まる。
  プラタナスの木を見上げても、
  明日はやってくる。

 立ちつくす。
  対峙する彼らの靴を眺めて、
  時はすぐには過ぎ去らないと知る。

 座り込む。
  広がる星空を想っても、
  ここから吸い上げてはくれない。


 朝、
 目覚し時計の音とともに、
 「次に」を目指して、もう、
 走りはじめている。



















ぱんつのごむ



 わたしはぱんつのごむでうでわをつくった。

 だれもがよーく知っていることだ。
 その平べったくて白くて灰色の細長いものが、どこに使われているかということを。

 それは他のよくあることにも使われているだろう。
 帽子を子供たちがなくさないために。
 思いもしないことにも使われているだろう。
 超・相対性理論を考え出すために。

 でも、

 いちど
 にど
 さんど
 よんど
 ごど
 ろくど
 ななど
 はちど
 きゅうど
 じゅうど
 どんどんどんどんどんどんどんどん・・・・・・
 ぱんつのごむとして使われ続けると、


 それはもうそれはそれは頑固に「ぱんつのごむ」になってしまう。

 だれもが知っているのだ。
 ぱんつのごむはお前だと。


 完全無欠のぱんつのごむ!















無題





 無題  という題名をつける モラトリアム
               気取り
               正直さ
               まぬけ
               とんま
               誠実さ
           虚無感というほど大げさでない穴に
                    迷い
               ゆえに選択した道
             逃げも隠れも して しまいます
               無秩序
                  表現の自由に
                 想像の自由
                   (ここから先は、ご想像におまかせします)


 それは決めるべきではないことだから、だから決めなかった。








                    ホントにそうなの?(苦笑)




















昇る月



 夕食を作る前に少し歩きに出た。
 住宅街を抜けて川のそばを通った。左右の側面と底面を延々とコンクリートで固められ、周りはすべて金属のフェンスで囲まれている。それに沿って道が両岸にあり、わたしはそこを歩いていった。水面まではかなりの高さがあった。
 川の周辺の土地には新しい家々が、田園を潰して驚くべき速度で建てられ続けている。どれも二階建てで大きさもほぼ同じ。しかし、それぞれがアメリカやフランスやスペインや地中海の島々にあるような家に(おそらくは)似せた格好をしていて、厳密には全く同じものは二つとなかった。兄弟の様に、それらは建てられていった。
 夕焼け空は桜の花とまるで同じ色をした雲を浮かべていた。月が出た。道の先、立ちならぶ家々の間に昇った。月はじっくりと、正確に同じ速度で昇り続け、わたしの進んでいる道が真っ直ぐなのか真っ直ぐでないのか、決してその先どこへ続いているのかは教えてくれることはなく、示し続けていた。わたしはその位置を絶えず確かめるため辺りをきょろきょろと見回してばかりいた。だが、わたしの前を歩いている彼女は、わたしを引いて歩き続けた。わたしは自分の右手で彼女の長い上着の端を握り締めていた。彼女のほうはというと、指一本さえわたしに触れてはいなかった。わたしはどうしてもそれを離さなくてはならないという焦りを覚えたのだが、しかし、そう思えば思うだけわたしの手は見る間に指先から音を立てて石に変わっていった。さらに上着に食い込んだ手はどうにもならず、だから、わたしは黙々と歩き続けた。
 わたしたちは角を曲がった。それは、わたしたちの家へ帰るための最後の分岐点だった。すると我が家はすんなりと目の前に現れ、月は、家の向かいにある大きなアパートに隠れた。覆い隠されたその向こうでも、まだ金色に発光しながら昇り続けているのだろう。乾きながらも潤んだその円盤は、ずっとずっと上り続けている。そうであって欲しい。
わたしたちは家の中に入った。


















家族



   ここには
      3人のひとりずもうの選手。



















 雨





 ある道沿いにある家の前で、一人の子どもが、道のむこうのほうを見て立っている。

 小雨がふりだした。

 じっとおなじほうを見て立っているから、この子はだれかを待っているのかも知れない。

 買い物に行った母親だろうか。

 仕事から帰る父親だろうか。

 学校からから帰る兄や姉だろうか。

 それとも遊びに行って帰ってこない弟や妹だろうか。

 雨は風に吹かれて、すこし強くなっていた。

 だが、それでもその子は立っていた。

 道のむこうから走ってくる人影が見えた。

 スポーツバッグを提げた坊主の野球少年だった。

 彼はこちらにむかってずっと走ってきたが、これがこの子のお兄さんだろうかと思い始めたころ、道沿いにある別の家にはいってしまった。

 子どもはまだ立っていた。

 雨は、その子の黒い髪の毛をつるりつるりと滑り落ちていった。

 道のむこうの遠くには、誰の影も見えなくなった。

 その子はだれを待っているのか。

 私はその子の小さなうしろすがたを胸に焼き付けて、その子の傍を通り過ぎた。

 雲が、空と地上の境まで降りてきている。

 放っておかれた洗濯物が、物干し竿の先でふるえている。

 雨はまだやまない。

 やまない。

























 道のほうを向いて立っている。
 表を向けて立っている。
 町を見て立っている。
 交差点を見て立っている。
 空を見て立っている。
 空の前に立っている。
 竹やぶを見つめて立っている。
 子供たちの走る校庭を眺めて立っている。
 くずおれて立っている。
 酒を被って立っている。
 この世の煙にまみれて立っている。
 朝日を見て立っている。
 北極星を見て立っている。
 タンポポを見て立っている。
 ヒグラシを聴いて立っている。
 細い道の奥に立っている。
 杉の木のあいだに立っている。
 高貴と呼ばれる骨の上に立っている。
 真下に当人の骨がなくとも立っている。
 名を掲げて立っている。
 名前はない。
 斜面に傾いて立っている。
 苔をたたえて立っている。
 街の喧騒の中立っている。
 片すみに立っている。
 並んで立っている。
 ずらりと並んで立っている。
 天に向かって立っている。
 地に食い込んで立っている。

 待ってなどいない。
 ひとの足音の行く先として立っている。
























つもり



あるところに、一人の女が住んでいました。
彼女は小さな会社に勤めていて、真面目に働く人でした。
しかし、彼女には一つの癖がありました。
それは、なんでもかんでも、した「つもり」にしてしまうことです。

この日も、大切な書類を部長に渡したつもりにして、無くしてしまいました。
部長はかんかんに怒り彼女を怒鳴りつけましたが、彼女は怒られなかったつもりにしてしまったので、悲しくありませんでした。
彼女は、何事もなかったかのように仕事を続けました。

数日後、会社にとって大事な取引先に挨拶に行くことになっていましたが、彼女は取引先に行ったつもりにして、事務所で書類を書いていました。
するとまた部長はかんかんになって彼女を怒りました。
彼女は、また怒られなかったつもりにしたので、なんとも思いませんでした。
部長はだんだん彼女の態度が気に食わなくなってきたので、彼女の給料を下げました。
しかし彼女は給料が下がらなかったつもりにしたので、なんとも思いませんでした。
彼女は、また何事もなかったかのように仕事を続けました。

数日後、会社にとって今までで最も大切な取引をする日でしたが、彼女は取引をしたつもりにして、相手の会社の社長を家に帰してしまいました。
すると今度は部長だけでなく社長までがかんかんになって彼女を怒りました。
そして彼女をクビにしました。
しかし彼女は、また怒られなかったつもり、クビにもなっていないつもりにしたので、なんとも思いませんでした。
彼女は、また何事もなかったかのように仕事をし、家に帰りました。

その次の日、彼女はクビになっていないつもりだったので、いつも通り会社に出勤してきました。
しかし会社の人たちは、彼女を放り出しました。
彼女は、もう会社が終わって帰ることができるつもりにして、家に帰りました。

その次の日も、彼女はまたクビになっていないつもりで会社に行きましたが、会社の前まで来ると、もう仕事が終わって帰ることができるつもりになって、帰っていきました。

その次の日は、朝起きて朝ごはんを食べて身支度を整え自分の家の玄関を出たところで、会社に行って帰ってきたつもりになったので、家の中に戻りました。

その次の日は、朝起きて朝ごはんを食べて身支度を整えたところで、外に出て帰ってきたつもりになったので、外に出ませんでした。

その次の日は、朝起きて朝ごはんを食べて身支度を整えようとした時、もう身支度を整えて外に出たつもりになったので、身支度も整えず、外にも出ませんでした。

その次の日は、朝起きて朝ごはんを食べようとした時、もう食べたつもりになったので、なにも食べませんでした。

その次の日は、朝起きた時、もう一日活動して眠りにつく頃になったつもりになったので、そのまま眠ってしまいました。

その夜、彼女はおなかが空きすぎて目を覚ましましたが、おなかいっぱい食べたつもりになったので、眠ってしまいました。

その次の朝、彼女はやっぱりおなかが空いてどうしようもなくなって目を覚ましましたが、またおなかいっぱい食べたつもりになったので、眠りました。

その夜まで、彼女は何度もおなかが減ったと感じましたが、その度おなかいっぱい食べたつもりになったので、おなかが減って死にそうということも感じませんでした。

そんな日が数日続き、何度となく彼女は空腹に襲われて目を覚ましましたが、何事もなかったつもりになって、眠りました。

さらにその次には、彼女は眠たくなりましたが、眠ったつもりになったので、何も感じませんでした。

彼女の疲労はピークに達していましたが、元気なつもりになったので、何も感じませんでした。

彼女は、だんだん意識が薄れるのを感じましたが、とても元気であるというつもりになりました。

彼女は、自分の呼吸が弱くなっているのを感じましたが、ちゃんと呼吸できているつもりになりました。

彼女は、自分の心臓の音が弱くなっているのを感じましたが、大きな音が聞こえているつもりになりました。

彼女は、だんだん自分の命の火が小さくなってきているのを感じましたが、ちゃんと燃えさかっているつもりになりました。

そしてとうとう、彼女は、息を引き取ってしまったのです。




ですがその最期の瞬間に、彼女はあることをしたつもり、にしました。


それは、

よく生きたつもり

でした。











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