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2012465
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8 復讐
「やめてくれ!」
とオレは叫んだ。
「やめてくれ、お願いだ。。」
そして
「許して、、」
苦しかった。熱かった。
「許してくれ、、許してください。。」
オレは確かにそう言った。
ケンタに聞こえただろうか。
ひたいが、、。
ひたいに、、焼きついたクロスが。
あぁ、もう消えない。
オレは負けた。
アイツにひざまずいたも同然だ。
オレは否定された。
違う。自分で自分を否定したのだ。
おまえは間違った存在だ。おぞましい。
オレは。。
「テツト?」
タカヤの声だ。
オレの手を握っている。
「よかった気がついた」
こんどはマサフミの声だ。
ここはオレの部屋か。
「ひたいがどうかしたのか?もう狂ったように掻きむしろうとして、抑えるのに苦労したぞ」
そうか。
タカヤ、見えるだろ?神の手が焼きゴテのようにオレに圧しつけた烙印だ。
オレはもうダメだ。
「泣いてるのか?テツト?」
オレの顔を見るな。
「なにがあったんだよ」
「タカヤ、そっとしておきなさい」
男の声だ。
聞かれたに違いない。
泣きながら許しを乞う姿も見られたに違いない。
もうどうでもいい。
「でも、、、」
タカヤの声が遠くから聞える。
☆
「でも、、」放ってはおけない。
テツトは傷ついている。
こんな姿を見たのは初めてだ。
ケンタはいったいテツトになにをしたのだろう。
ケンタの恐れと不安は想像できる。うすうす気がついていたのだから。
自分を守ろうとするのは当然だ。
でもこんな姿にすることはないじゃないか。
かわいそうに。。
「タカヤ、喉が乾いてないか?」男が言った。
「今日はマサフミの分しか分けてやってないからな」
そんなこと忘れていた。
「いいよ、ボクは。そんなことよりテツトのことを考えてやってくれよ。どうしたらいい?」
この男ならきっとテツトを救ってくれるだろう。
しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「ソレはテツト自身がなんとかするしかないな」
「そ、そんな!、、」
冷たい言葉だ。
「自分で乗り越えていかなければならないのだよこれは。タカヤ、キミにもいずれわかる」
そう言いながらテツトを見ている目は、だが言葉の意味よりは優しげな気もした。
部屋の隅でマサフミがもじもじしている。
「あの、、、」
「どうしたね?」
男が気がついた。
そう聞かれたマサフミはオレを上目遣いに見ながら
「喉が乾いて死にそうなんだ、タカヤ、いいよね?」
と言った。
さすがにテツトのこんな様子を目の当たりにした直後だからか遠慮がちだ。
男は微笑んだ。
そしてマサフミに向かって両手を広げた。
「おいで」
真っ黒い大きな翼。
それに向かってマサフミは走った。
まるで恋人の胸の中に飛び込むように。
黒い翼はマサフミを抱きとめた。
マサフミの首に後から回った男の手がぴたっと吸いつく。
濃厚な果汁が注がれる。音さえ聞えそうだ。
うっとりしたようなマサフミの顔。
蒼ざめていた頬がだんだん薔薇色に変わっていく。
その頬が男の胸にうずめられた。
そんなマサフミの頭を男は優しく撫でた。
オレは、少し嫉妬した。
オレも、、。
オレも欲しい。
こんなときに、テツトがぼろぼろになってるこんな時に。
マオウニダカレルダテンシダ・・
「え?」
「魔王に・・抱かれる・・堕天使だ・・」
それはテツトの呟きだった。
「オレはその資格を失った。あの時、無様にも許してください、と」
テツトの目から涙が溢れ出した。そして嗚咽した。
「見えるだろ?ひたいの刻印が、オレはオマエらを裏切ったんだ、、うらぎ、、」
そう言いながら激しく肩を震わせた。
「テツト、そんなものは見えないよ。なにもないよ」
そう言ってもテツトは首を振るばかりだ。
「ほんとに何もないよ、そうだ鏡を見てみたらいい、おいでよテツト」
「イヤだ!」
テツトは叫んだ。布団を頭から被りそして泣いた。
オレはそんなテツトの背中をただ抱きしめるだけだった。
ケンタのヤツ。
許せない。
「性急なことはするな」
と男が言った。
「でもこのまま引き下がれない」
オレが言うと
「ケンタじゃなくてもいいじゃないかタカヤ」
マサフミはまだ男の胸の中にいる。
魔王にい抱かれてマサフミの顔は上気している。
「他にもたくさんいるじゃないか。ケンタはもう危ないし、他のヤツにしようよ、ねぇ、タカヤ」
「おい、マサフミ!オマエ、こんなテツトを見てもなにも思わないのか?」
「だ、だって」
マサフミはオレの意外な怒気に少しひるんだ。
ほんの少し前自分も誘惑に負けそうになったからコイツの気持もわかるが、オレはテツトをこんなに苦しませたケンタを許せない。
「仲間割れしてる場合じゃない。落ちつきなさい」
「そうだよ」
マサフミは男の黒い翼の中からクチを尖らせて言った。
コイツ、甘えやがって。
「ほんとにキミはいいのか?ひもじくないのか?」
「いらない」
オレは半分意地になっていた。
「今夜はテツトのそばにいる」
「そうか、マサフミ、それでは帰ろう」
マサフミはドアから出ていった。
男は窓から出ていった。
黒い翼がパタパタと夜の空に舞い上がった。
最近この寮で囁かれている噂がある。
ちかごろさぁこうもりをよくみるんだよ
あぁオレも
このあいだなんかテツトのへやのまどにはりついてた
あぁおれもみたみた
まるでかいならしているみたいにでたりはいったり
そうなんだきもちわるい
テツトにきいたらしらないって
へんだよな
へんだよ
さいきんへんだろ
おまえもそうおもってたか
おれも
おれも
タカヤもマサフミもへんだよ
あぁおまえらもそうおもうか?
ケンタは。
今夜のことをみんなに話すだろうか。
テツトにどんなことをしたのか知らないがオレたちを滅ぼす方法を教えるだろうか。
明日になってみればわかる。
そして翌朝、食堂に行くと、「境界線」が出来ていた。
オレとテツトとマサフミが席につくと遠巻きに見るみんなの視線を感じた。
その中にケンタがいた。
オレは睨みつけた。ケンタはそれを受けとめた。
オレは少しひるんだ。
どうしてだ?
ケンタの目には不思議なことに憎しみの色がなかったからだ。
むしろ哀しい目をしていた。どうしてかわからなかった。
でも、。
コイツは敵だ。忘れるな。
テツトは今朝、男から「注入」されるのを拒否した。
「自分のためにもちゃんと貰わないとダメだよテツト」
消耗している。体力的にも精神的にも。特にこころはぼろぼろだ。
「それではタカヤから貰いなさい」
男は言ってオレの首に手をあてた。
正直言ってオレはかなり乾いていた。テツトに一晩中付き添いながら我慢していた。
だからオレは思わず「「あぁ」と声を漏らした。テツトに聞えただろうか。オレはなんだかこころが咎めた。
それでもテツトは無表情だった。傷はまだ深い。
球場について昼になってもテツトは拒否した。
練習も投げやりだ。とうとうコーチにこっぴどく怒られた。
早くしないと、、。オレは焦った。
チームメイトの中にも不審に思ってるヤツが増えている。
ほんとにマサフミの言うとおりに他のヤツらをヤッちまったほうがいいのかもしれない。
仲間を増やさないと、オレたちは不利になるばっかりだ。
それでもケンタには執着があった。
今夜ヤッテやる。
昨日の今日だ警戒するだろう。いや。
しないかもしれない。アイツ、わかっているかもしれない。今朝の食堂で見たケンタ。
アレはわかっている。アイツは逃げない。
☆
「テツト、このままでは死んでしまうよ」
寮に戻ってマサフミは業を煮やしたように言った。
でもオレはそれでもかまわなかった。
だが男にはそんなことではわたしたちは死なないと言われた。
人間とは違う。死にはしない。ただ、飢餓の苦しみだけが永遠に続くだけだ。耐えられるか?テツト。
「死ぬこともできないのか?オレたちは」
「テツト!」マサフミがたしなめるように言う。
「鬼としてのプライドもズタズタにされて、人間にも戻れないでどうして生きていくんだ?」
「タカヤがケンタに会いにいってる」
「え?」それは衝撃だった。
「ダメだ!」
グランドに誘ったんだ。マサフミが言う。
ケンタは逃げることはなかったよ。
だからよけいに心配だ。
マサフミの言葉の途中でオレは駆け出した。
ダメだ、いけない。アイツ、なんてバカなことを。
タカヤもあの業火に焼かれるように烙印を押されるのだ。いや、もっと破滅的なことが待っているかもしれない。
タカヤ!
おれはグランドに走った。
間に合ってくれ!
祈るように走り着いたとき、オレのときより残酷な光景が繰り広げられていた。
「タカヤー!!」
ケンタの手に「杭」が握られている。それが今にも振り下ろされようとしている。
「やめろ!やめるんだ!」
タカヤの心臓につきささる。塵と化す。
そんなことはさせない!オレはケンタに体当たりした。
ケンタは倒れた。
「タカヤ!」
タカヤは大きく目を見開きクチをわなわなと震わせている。声がでない。言葉にならない。
恐怖に焦点が固まった瞳は瞳孔が開いている。
体をぶるぶる震わせている。
「あ、あ、あ、あ、あ、」
タカヤの叫びだ。
オレはタカヤを抱きしめた。
「大丈夫だ大丈夫だよ、タカヤ大丈夫だ」
そう言いながらオレはケンタを見た。
ケンタは呆然としている。
「オレの首に、、、」
誰に対して言おうとしてるのか自覚がないようだ。
「オレの首にくらいつこうとした。コイツ人間じゃない。わかっていた。十字架も見せた。ひるんだがすぐ立ち直った。
讃美歌のCDなんかここにはない。オレはヤラレルところだった。オレはイヤだ。オレは人間でいたい。話し合おうとした。
でも無駄だった。タカヤは敵意に満ちていた。殺すつもりなんて最初からない。だがオレだって怖い。気がついて欲しかったんだ」
一息にそう言ったあとオレを見た。
「オマエのために復讐しにきたんだ。なんであんなに傷つけたんだって。オレを責めた。仲間じゃないかって。そうさ。
仲間さ。だからあんな姿は見たくなかった。オマエたちこんなものになってまで生きたいか?こんなものになってまで」
「だから死ねって言うのか?オマエにはわからないさ。行ってくれもう、消えてくれ」
「オマエだってオレの気持はわからないさ。オレがどれだけ悲しい悔しい思いをしてるか」
ケンタはそう言って背中を向けた。
タカヤは正気にかえった。
それが恐怖を倍増させた。
オレに抱きついたまま叫んだ。
「怖かった怖かった怖かった怖かったこわか、、」
わかった、もういい。もういいよタカヤ。もう大丈夫だ。
「怖かったんだ。杭が心臓に打ち込まれるオレの体は塵になる。塵になるんだ。誰の目に触れることもなく見届けられず。オレ、おれ、オレ」
タカヤは痙攣するように泣きじゃくった。
オレよりも数倍も数十倍も怖かったことだろう。オレは強くタカヤを抱きしめた。
「アイツ、絶対ヤッテやる」
「テツト」
マサフミが後ろで愕然としていた。
「オレも、仇をとるよテツト」
つづく
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