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私の沼
遠いかもしれない、未来のはなし
地球上では、人が少なくなっていました。とってもとっても、少なくなっていました。
種の数は、大型の哺乳類の場合、子を作れるオスメスが半数ずつで1000頭を切るとあとは絶滅に向かうのだそうです。
まぁ、そこまではいってませんが、でも、遠い遠い未来、地球上ではとってもとっても人が減っていました。
もう、国なんてありません。言語はひとつ。だって、そもそも人が少ないんですからね。
ついでに言うと、陸地も減ってました。住むところがそもそも少なくなっていたのです。
大きなビルや、乗り物なんかもありません。必要がないから。
大きな大きな海に囲まれた、平和で美しい便利で快適な未来都市。
そこに、地球人全員が住んでいるのでした。
そんな、地球の住人たちには、男女ともに18歳になると、ひとつの義務が生じます。
病院へ行き、身体検査を受け、健康であることが証明されると、そこから個人の趣味嗜好を交えた細かいデータを取り、そのデータからはじき出された相性の良し悪しで、男女のカップルが作られ、そしてそのままお互いその相手と、二人きりで一年間の宇宙旅行に出発しなければならないという義務です。
これはあくまでも地球人としての義務なので、嫌でも行かなければなりません。が、しかし、もちろん、その相手と仲良くする義務はありません。
その辺は、個人の自由とされています。
人類自体が、絶滅危惧種となってしまったために、敢えて行っている政策です。結婚制度なんてありませんし、子供を産むのは個人の自由に任せられてきましたが、50年ほど前にできたこの制度のおかげで、出生率は低めで安定していると言われています。
もちろん、文明の進んだ未来のはなしです。
「人の子」を、人を介さず作ることは可能で、それが技術的にできないわけではありません。
がしかし、長い間それを行ってきたツケが、今の地球である、という深い反省から、現在「人間」を作ることは法律で禁止されています。
18歳男女による自然妊娠。
それが健康な子供を作る一番の方法である、という統計から、この政策は行われるようになりました。
まぁでもしかし、無理に作れというわけじゃないので、嫌なら作らなくていいのです。あくまでもそれは、個人の自由なのですから。
ここに、選ばれた一組のカップルがいます。
その名はエリとユージ。
出発の朝、70平米ほどの広さの宇宙船の中で、はじめて二人は出会います。
しょうがないから、はじめましてのごあいさつ。
宇宙船は自動運転の観光旅行です。
具体的には、ただ銀河系をぶらぶらするだけです。
それが一年間。
遠い未来、人にはほとんど美醜の差はありません。
みな育つ過程で、スタイルの矯正をするため、差がなくなるのです。
退屈なので、二人は話をするようになります。
誰も見ていません。
お互い、性になど興味のない未来地球人。
でも、原始に帰り、ものはためしに、どーだやってみるか!という気分になることもあります。
そして、宇宙船の中には、そう思ったときにどうすればよいか、ということがわかるように、資料が山積みされているのです。
二人はじっくりそれを読み、合体を試みます。
まぁでも、最初から最後までそんな気持ちにならない人たちも多いのです。
未来地球人ですからね。
そして旅行から帰ったエリは。
ある日、自分の体の変化に気がつきます。
そしてその日から、エリは、病院で過ごすことになります。出産のためだけの、快適な病院です。
そこへある日、旅行のパートナーだったユージがやってきました。
「妊娠したんだね」
「そうなのよ」
「あの旅行は、僕はとても楽しかった。君は?」
「わたしも楽しかった」
「そう、安心した・・・。妊娠の連絡がこちらにも届いたので、来てみたんだ」
「ありがとう、うれしい」
「ところで、生まれたあとのことは、どう考えているの?」
「サポートを得ながら、わたしの家で育てようと考えているの」
「ああ、それはいいことだね。母親が育てるのはとてもいいらしいから」
「わたしも母と育ったの」
「僕はセンターで育ったなあ。それはそれで楽しかったけどね」
「センターで育った子はみんなそういうんだよね。まぁでもどちらにしても、15歳までだから、一緒にいられるのは」
「実は、僕も、その計画に混ぜてほしいと思うんだけど。君たちの隣に引っ越してもいいだろうか?」
「かまわないわよ、もちろん」
未来の世界では、育児は強制ではないし、子供にはそれぞれ、過去からのデータとして代々の両親の名前が記入されたデータカードが渡され、それは地球の政府も保管することになります。
エリとユージは、上手くいったパターンで、それはある程度予測されたことでもありました。
会話が途切れ、エリはふと、話し出しました。
「ねえ、知ってる?わたし、妊娠がわかってから、データカードで、さかのぼっていろいろな事を調べていたの。生まれる子供に出そうな病気とか気になるでしょう?重い病気はわたしたちの組み合わせではないだろうけど、ちょっとしたアレルギーの有無とか。で、悪いんだけど、子供の父ということで、あなたのも見ちゃったの。そしたら・・・」
ユージはゆっくりと首をかしげる。
「そしたら・・・。なに?」
「わたしたちの祖先で、なんと、むかし夫婦だった人たちがいるのよ」
「夫婦?それってなんだっけ?」
「だから、結婚してたってことよ、ほら、むかしの制度のこと、習ったでしょ」
「ああ、そうだったね」
「カップルになって、一緒にずっと暮らした人たちがいたのよ、遠い昔、わたしとあなたの共通の祖先で」
「へえ、それはすごいね」
ユージは、なにごとにも動じることなく、穏やかであっさりした性格で、それこの時代にはとてもありふれていて、エリも普段は、そういった面が強く出るのです。
しかし、今のエリにはそれが少し不満に思えました。
エリは小さくため息をついて、話を続けました。
「わたし、最近、夢を見るのよ」
「どんな夢?」
「わたしとあなたが暮らしているの。とても不思議な風景の中。小さな子供が3人もいて、とても原始的な服を着て原始的な生活をしているわ。まだ電気やガスのエネルギーに頼っていたころの生活なの」
「それは面白い。でも大変だね、夢といえど。悪夢でうなされるの?」
エリはにっこり笑って、ユージを見つめました。でもなぜか、悲しくなってしまいました。
「そんなことないのよ。幸せなの。夢の中では、わたし。なぜかしら」
エリの目から、涙がこぼれました。
「エリは、少し、原始的なんだね。まだ涙が出るなんて」
ユージは気の毒そうにエリを見つめました。
エリも、ふと、夢から覚めたように、気を取り直しました。
「そうね。わたし、妊娠のせいで精神が変容しているらしいの。夢をみたりするのも、涙が出るのも、そのせいらしいの。おかしいよね」
「だいじょうぶだよ。出産が終われば、すぐに元に戻るよ」
ユージが穏やかに微笑んで、帰るために立ち上がりました。
エリは永い眠りについていました。これが夢なのか現実なのか、エリにはわかりません。出産のための睡眠は、とても大事なものとされ、エリは病院の奥深くの装置の中に収まり、静かに眠り続けているのです。
永い眠りです。エリは夢を見ました。
ユージは、ちょっとしたことでガミガミ怒るうるさい旦那で、エリはうんざりしながらも3人の子供を育てながらそこそこ幸せに暮らしています。子供たちは小学生を筆頭に3人。毎日が騒がしく。ちょっとした事件の連続。笑い声、怒鳴り声、泣き声、エリも信じられないほど元気に大声で子供たちに注意しまくっています。
「ほら!お箸の持ち方がなってない!」
時々ぼんやりと装置の中で目を覚ますエリ。
(お箸ってなに?)
自分の見た夢が自分で理解できません。
でも、なんだかとても懐かしく、うすぼんやりと快い心の動きが感じられるのです。
「ねえ、わたしたち、幸せだと思わない?」
幸せ?
エリにはよくわかりません。
ユージは、いつも感情的で、怒りっぽくて、そこが嫌で。でも好きで。エリも同じように感情的で怒りっぽくて。そんな二人が出会って、恋をした。よくある話。そういう、不思議な夢。
(恋ってなんだろう?)
実はエリにはよくわからないのです。もう今の時代にはほとんど存在しない感情。淡いものならあるけれど、それは好意に限りなく近い程度。強い感情なんて、現代では不要なものなので退化してしまったのです。
そして何度目かの深い眠り。
永い眠りから覚めると、エリは出産します。何度も何度も。エリは産むために生きているのです。そのことがすでに夢かもしれない。恋をした記憶を伝え、エリは何度も生まれ変わり、何度も眠るのです。さて、どれが夢で幸せなのでしょう?
もう間もなく、感情が消えるはずです。
だから、せめてそれまで覚えていようと思いながら、エリの眠りは、また一段階、深くなっていきました。
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