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コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第八話 青年インカ(18)
【 第八話 青年インカ(18) 】
だが、そのような意気消沈気味のアンドレスの元に、思いがけない朗報が飛び込んだのは、それから間もなくのことであった。
まるで、それは、天からの祝福かご褒美のように、天馬を駆るがごとく精悍で溌剌(はつらつ)たる使者によって、明るい笑顔と共に運ばれてきた。
「ビルカパサ様の陣営から参りました!!」というその使者は、危険な長旅で疲労も激しかろうに、そのような気配は微塵も見せず、アンドレスの前に礼儀正しく跪いたまま、輝くような凛々しい眼差しを真っ直ぐに上げている。
アンドレス自身も、つられるように胸の熱くなる思いで、その使者の前に身を屈め、深く礼を払った。
「ビルカパサ殿の陣営から…?
よくぞ、ここまで来てくれた!!
ビルカパサ殿はご無事か?!」
とても嬉しそうなアンドレスに、使者は瑞々しい凛とした笑顔で、「はい!!」と、応える。
アンドレスは興奮と深い安堵で頬を紅潮させながら、「そうか!!」と、瞳を輝かせた。
歓喜に揺れる、その大きなアンドレスの瞳を見つめながら、使者は懐から一通の書状を非常に大事そうに取り出すと、アンドレスの前に掲げ上げるように差し出した。
「アンドレス様、こちらを!!
どうか、お人払いの上、お読みくださいませ」
「これは、ビルカパサ殿から?」
書状を受け取るアンドレスの方に向ける使者の視線には、押さえようの無い興奮と恍惚が滲んでいる。
その使者の表情に吸い込まれるように見入っていたアンドレスは、途端、激しい直観に突き上げられた。
(!――まさか…――?!
この書状は……!!)
アンドレスは、使者の瞳の奥を貫くように見据えた。
使者は、いっそう輝きを増した瞳で、力強く頷く。
(はい!!
アンドレス様!!)
咄嗟、アンドレスは、跳び上がるようにして使者の前から立ち上がると、一人、己の天幕に飛び込んだ。
脚から力が抜け、天幕の地に倒れるように跪く。
(まさか…まさか…本当に?!!)
興奮に打ち震える指先で、書状を開いていく。
そして、既に焦点の危うい瞳を凝らし、必死に書面を見据える。
その瞬間、アンドレスの全身を、強い電流が貫いて走った。
(トゥパク・アマル様…――!!!)
紛れもなく、その書状は、トゥパク・アマルからのものだった。
アンドレスは、書状を開いたまま、身動きできない。
あまりの強度の驚きと興奮と歓喜のために、本当に意識も飛びそうだった。
こ…これは夢なのか?!だけど…だけど、この筆跡は……!!―――意識朦朧となって、到底、まともに文字など読める状態ではなかったが、それでも、アンドレスは、懸命に、その書面に綴られている懐かしいトゥパク・アマルの筆跡を追っていく。
今、アンドレスの手の中にある書状は、その文面こそ非常に簡潔ではあったが、忘れるはずもないトゥパク・アマルの流麗な文字で、丁寧に、心込めて綴られていた。
『アンドレス、ソラータ奪還、おめでとう。
そなたの働きは、ペルー副王領にも聞こえてきており、頼もしく感じている。
マリアノも、そなたの元にいるとのこと、世話になった。
此度のわたしの捕縛の件では、そなたには、ずいぶん心配をかけたことと思う。
すまなかった。
既に、わたしは牢を脱し、今、マチュピチュに陣を張っている。
ミカエラや息子たちも無事だ。
わたしの脱獄のことは、いずれ民に知らせる時が来ようが、それまでは、そなたも伏せておいてほしい。
そなたは、この後、アパサ殿を援護し、ラ・プラタ副王領の重要な拠点ラ・パスを奪還せよ。
しかとラ・プラタ副王領の足場を固め、まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備えるのだ。
それでは、いずれ、ペルーにて再会できる時を楽しみにしている。
誠意を込めて―――
ホセ・ガブリエル・トゥパク・アマル』
アンドレスは、歓喜の涙にむせびながら、すっかり霞んだ視界で、幾度も幾度も、繰り返しトゥパク・アマルの文字を追い続けた。
頬を伝う無数の涙で、幾度、紙面を濡らしてしまいそうになったか分からない。
(トゥパク・アマル様……!!)
無意識のまま、アンドレスは天幕の地に跪き、震える両手で、恭(うやうや)しく書状を掲げ上げていた。
トゥパク・アマル様……トゥパク・アマル様!!
あの噂通り、やはり、牢を無事に脱出されていたのですね!!
なんと、ミカエラ様や皇子様たちもご一緒に……!!
ああ…本当に…本当に、よかった――!!!
それから、彼は、大地の神の元に深く身を屈めて平伏し、天幕の地に口づけた。
(インカの神々よ!!
感謝します―――!!)
やがて、アンドレスは、腕で、ぐっと涙を拭うと、輝くような横顔を上げた。
そして、まだ頭の芯に痺れの残る陶酔感を覚えながらも、ゆっくりと回転をはじめた頭脳で、書状中の一つのフレーズを反芻する。
―――まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備えるのだ―――
「『まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備える』……?
まだ見ぬ新たな大いなる波って、スペイン軍との次の戦闘のことか?
いや…だけど、まだ見ぬ…っていうのは、どういうことだ?
スペイン軍だったら、もう、いやというほど見てきているぞ…!」
いつしか涙も乾いて、アンドレスは真剣な面持ちで、蝋燭の明りの傍に寄った。
(トゥパク・アマル様は、何を言いたいんだ?
!…――敵軍のことではないとか…?
もしかして、何か、もっと全然違う、別の何かを意味しているのか?)
夕刻時の隙間風に揺れる蝋燭の炎に透かしながら、アンドレスは、改めて書状を見つめなおす。
まるで、紙面に隠された透かし文字でも探すかのように…――。
揺らめく炎に紙をさらに近づけて覗き込む彼の鼻先に、不意に、つんと何かが焦げる臭いがした。
え?――と、視線をずらすと、炎に近づけすぎた書状の先端が、チリチリと燃えている。
「うわぁ…っ!!」
炎に触れていた紙面を咄嗟に翻すと、彼は大慌てで火を吹き消した。
そして、はぁぁ…と、大きく溜息をつく。
「まさか、あのトゥパク・アマル様が、紙に細工なんかしてるわけないか……」
アンドレスは、眉間に深く皺を寄せる。
何度読んでも、その意味を、いまひとつ把握しかねた。
だが、どうにも引っかかる。
あえて言葉をぼかしているのは、万一、この書状が他者の目に触れても、真意を悟られぬための安全策なのではないか?
だとすれば…――ここに込められている含意は、相当な極秘事項に違いない。
すっかり真顔になって、アンドレスは、トゥパク・アマルの美しい文字を凝視し続けた。
この書状は、重要な指令書でもあるのだ。
その意味を、微塵も取り零すわけにはいかなかった。
『まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備えるのだ』――己の中で再び響き渡るトゥパク・アマルの声に突き動かされるように、アンドレスは立ち上がった。
(もしかしたら、トゥパク・アマル様が絶対の信頼を置くベルムデス殿なら、何か知っているかもしれない…!)
にわかに激しい鼓動の高まりを覚えながら、アンドレスは素早く書状を懐にしまう。
(あのベルムデス殿は、トゥパク・アマル様が囚われたトゥンガスカの決戦の時も、ずっと陛下のお傍におられたのだ。
きっと、何か知っているはず!!
すぐにベルムデス殿のところへ……!)
アンドレスは勢いよく己の天幕を飛び出すと、黄昏時の陣営を、ベルムデスの居所へと駆け出しかけた。
が、ハッと我に返ったように、大きく瞳を見開く。
「いや…待て!
それよりも、まずは、マリアノ様にご報告すべきじゃ…!!」
アンドレスは足を止めると、身を翻して踵を返した。
そして、吹きつける冷風の中、真っ直ぐマリアノの匿(かくま)われている天幕へと走る。
(そうだった…!!
何をおいても、マリアノ様に、トゥパク・アマル様たちのご無事を知らせるのが先だ!!
―――マリアノ様!!)
トゥパク・アマルの第二皇子である10歳のマリアノは、かつてトゥパク・アマルが本陣戦の最中に敵将アレッチェの罠に落ちて囚われた後、命懸けの逃亡の果て、このアンドレス陣営に辿り着いたという過酷な経験を持つ。
それ以来、皇子マリアノは、アンドレスたちの手によって、手厚く厳重に庇護されてきた。
しかしながら、今はトゥパク・アマルたちも無事に牢を脱しているとはいえ、当時は、父トゥパクに続いて、母ミカエラや兄弟たちまでもが次々と敵の手中に落ち、しかも、アンドレスをはじめとする生き延びたインカ兵たちも、トゥパクらの救出に為す術も無く、それら全ての無残な状況を渦中で目の当たりにしてきたマリアノの心に刻まれた傷は、どれほど深く大きかったことであろうか。
だが、外見も内面も、トゥパク・アマルに良く似た利発なマリアノは、そのような状況であればなおのこと、己の生き延びることの重要性を良く認識していたのであろう――決して、自暴自棄になることなく、実の兄のように慕うアンドレスの前でだけは、時に子どもらしい素直な涙を見せることはあれども、概して、他の兵たちには少年らしい明るさを保って気丈に振舞っていた。
先日の水攻め作戦の時も、水の堰き止めに手こずるアンドレスや兵たちの士気を上げるために、少年とはいえ、トゥパク・アマルの皇子たるマリアノの存在が、如何に強力な威光を放ったか――そのことは、まだ記憶に新しい。
そんなマリアノが住まう天幕は、陣営の最奥にあり、敏腕のインカ兵たちに幾重にも堅く守られていた。
インカ軍の陣営内とはいえ、どこに敵の斥候が潜むかも分からぬ状況下で、マリアノの居場所を絶対に悟られずに完全に守り抜くために、アンドレスも、他のインカ兵たちも、どれほど心血を注いできたかは言うまでもない。
そして、今、煌く松明(たいまつ)に浮かび上がるマリアノの天幕に、トゥパク・アマルの書状を携えたアンドレスが、すっかり浮き足立った様子で駆けてくる。
まだ興奮の冷めやらぬままに瞳を大きく輝かせて走り込んできたアンドレスに、マリアノの天幕周辺の衛兵たちまで、つられるように表情を明るくして、「アンドレス様、何か良いことがあったのですか?」と、問いたげな視線を向けてくる。
アンドレスは、全軍の兵たちはもとより、国中の全ての民たちにも、トゥパク・アマル様がご無事で牢を出られたと大声で伝え、喜びを分かち合いたい!!――その衝動に駆られずにはいられなかったが、時機が来るまでは伏せておくようにとのトゥパク・アマルの言葉を思い出して、ぐっと堪(こら)えた。
(皆も、遠からず、この朗報を知る時がくるはずだから、それまで待っていておくれ…!!)
内心でそう囁きながら、アンドレスは衛兵たちに笑顔で礼を返して、その場を遣り過ごす。
そして、皇子の天幕の入り口に立った。
「マリアノ様、俺です!
大事なお話が…!!
中に入ってもいいですか?」
「アンドレス?!」
中からは、すぐに、マリアノの澄んだ声が返ってきた。
と、同時に、天幕の入り口の垂れ布が、内部から勢い良く開かれた。
トゥパク・アマル似の切れ長の目を、まだ、あどけなさの残る表情に宿した、褐色の天使のような少年の顔が覗く。
「アンドレス!!
どうしたの?!
中へ入って!!」
少し年の離れた兄も同然のアンドレスは、今ではすっかり任務で忙しそうで、皇子のマリアノでさえ、平素は、なかなか捕まえられない――そんなアンドレスの突然の来訪に、マリアノは素直な喜びを隠さず、アンドレスの腕を掴んで天幕の奥に引っ張っていく。
一方、アンドレスは、そのようなマリアノの様子や、その幼い身に背負ってきた何もかもが、切ないのと愛しいのと、そして、携えてきた朗報を伝えられることの喜びとが込み上げ、思わず皇子の体を胸に強く抱き締めた。
「マリアノ様!!
どうか、お喜びください!!
今、使者が、朗報を!!」
「!…――アンドレス…??」
突然抱き締められた腕の中で、漆黒の瞳を大きく見開くマリアノの耳元に、歓喜に震えるアンドレスの声が響く。
「マリアノ様!!
お父上のトゥパク・アマル様も、お母上も、ご兄弟も、皆、ご無事で牢を脱出されたとのことです!!」
「!!――え……?!!」
あまりのことに、すぐにはアンドレスの言葉の意味を呑み込めず、マリアノは呆然と驚愕の声を上げた。
アンドレスはマリアノの両腕を優しく掴むと、身を低めて跪(ひざまず)いた姿勢のまま、ゆっくりと皇子の体を己の胸から離していく。
そして、大きく揺れているマリアノの瞳を、同様に揺れる瞳で、真っ直ぐに見上げた。
「マリアノ様、今しがた、トゥパク・アマル様からの使者が参られて、俺も、はじめて、ご無事を知りました!!
間違いなく、皇帝陛下たちは、牢を出て自由になられ、お元気に生きておられます!!」
アンドレスは素早く懐から書状を取り出し、マリアノの目の前に高々と掲げ上げた。
「マリアノ様、ほら、ご覧ください!!
トゥパク・アマル様からのお手紙が、ここに!!
マリアノ様のことも書いておられます!!
トゥパク・アマル様たちは、今は、マチュピチュに陣を張り……」
しかし、アンドレスは、言いかけて言葉を呑んだ。
目の前で、まだ呆然と立ち尽くしているマリアノの、彼の父に似た美しい目元から、一筋の涙が、つっ、と褐色の頬を伝って流れた。
何か言おうとしているのだろう、マリアノの唇は動いているのだが、声にならない。
(!…――マリアノ様……)
アンドレスは感極まって、再び、強くマリアノを抱き締める。
そんな彼の腕の中で、マリアノは、とうとう大声を張り上げて泣き出した。
大粒の涙を流しながら堰を切ったように泣いているマリアノの声は、天幕の外に完全に筒抜け、それは、アンデスの山々にまで、こだまするのではないかと思えるほどの激しいものだった。
マリアノを抱き寄せるアンドレスの目元からも、涙が伝う。
(この幼い身で、今まで、どれほど悲しかったか、不安だったか…怖かったか……!
どれほど堪えに堪えてこられたのか…―――)
ついにマリアノが泣き疲れて眠ってしまうまで、彼はマリアノを抱き締めたまま、ずっとそこにいた。
やがて、アンドレスの腕の中で、マリアノがすっかり眠ってしまうと、彼は皇子を寝台にそっと寝かせて、天幕を静かに抜けた。
その頃には、外は、すっかり夜の帳がおりていた。
清(す)んだ月明かりに照らし出される静かな陣営を、アンドレスは書状を懐に抱き、そのまま急ぎ足で、今度はベルムデスの天幕へと向かう。
たった今しがたのマリアノとの一件で、その余韻に、まだ胸は熱く高まっていたが、書状の内容についても、早急に把握せねばならなかった。
彼は夜の冷気を胸いっぱいに吸い込むと、祈るような心境で足を速める。
(『まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備えるのだ』――あのトゥパク・アマル様の言葉が何を意味しているのか…どうかベルムデス殿が何か知っていますように…!!)
奥まったマリアノの天幕から、アンドレス自身の居所の傍にあるベルムデスの天幕までは、暫くの距離がある。
ふと、アンドレスの火照った頬に、冷たいものが触れた。
見上げれば、冬の高い空から、はらはらと粉雪が舞い降りはじめている。
(雪が……――)
今は可憐な花びらのように舞い散る雪も、このアンデスでは、ほどなく全てを、その容赦無い白い翼で覆い尽くしてしまう。
次第に勢いを増す雪の中で、彼は、いっそう足を速めた。
やがてベルムデスの天幕へと到着したアンドレスは、声をかけるのも忘れて、蝋燭の灯りが零れる入り口へと走り込む。
激しく白い息を吐きながら、ただならぬ様子で飛び込んできた彼を、しかし、ベルムデスは常の温厚な笑顔で、にこやかに天幕内部へと招き入れる。
ベルムデスは燭台の輝く広いテーブルにアンドレスを誘(いざな)い、「どうぞお座りください」と、恭しく着座を促した。
そして、二つカップを取り出すと、チチャ酒の壺を棚から下ろしてきた。
「アンドレス様、いかがされましたか?
さあ、まずは…せっかくですから、いかがですか?
たまには、ご一緒に…」
柔和な笑みをつくって問うベルムデスに、アンドレスは、懐の書状を服の上から押さえながら頷いた。
ベルムデスがチチャ酒を注ぐコポコポという音が、静かな天幕に響いていく。
蝋燭の溶け出す音まで聞こえてきそうな、とても静寂な雪の夜だった。
天幕の一隅では、小さな火鉢が暖かな朱色の光を放ち、微かな火の粉を上げながら燃えている。
その炎の放つ閃光を目元に反射させながら、いつにも増して真剣な表情をしているアンドレスに、ベルムデスはカップをそっと差し出した。
「どうぞ」と促され、アンドレスは礼を払って、チチャ酒を口元に運ぶ。
それを見つめながら、ベルムデスも、片手でカップを口に運んだ。
やがて、ベルムデスが、穏やかな声で口を開く。
「アンドレス様、わたしに何か御用でございますね?」
アンドレスは顔を上げ、真摯な眼差しで老賢者を真っ直ぐに見た。
「はい。
実は…―――」
意を決したように、彼は懐から書状を取り出すと、丁寧な仕草でベルムデスの前に差し出す。
「これは、先ほど、ビルカパサ殿の陣営から参じた使者が携えてきた書状です。
内密な内容ではあるのですが、ベルムデス殿には、隠し立ては無用かと思って……」
ベルムデスは、ハッとして、アンドレスを見た。
「ビルカパサ様の陣営から?
わたしが読んでも、よろしいのですか?」
「はい。
さあ、中を見てください」
非常に真剣なアンドレスの視線に促され、ベルムデスは、書状を手にとって開いた。
そして、ぐっと息を呑む。
「!!…――こ…これは……」
皇帝陛下…―――!!―――先刻のアンドレスと同様に、激しい驚愕と恍惚で硬直したようになっているベルムデスの様子に、傍で見守るアンドレスの胸中も、再び、熱く込み上げる。
ベルムデスは、歓喜に打ち震える声を絞り出した。
「この書状は、間違いなくトゥパク・アマル様ご自身がしたためられたもの…――!!
アンドレス様…!
やはり、トゥパク・アマル様は、獄中から脱出をはかられていたのですね…!!」
「はい!
ロレンソたちから噂があるとは聞いていましたが、本当に…本当だったなんて…!!」
「アンドレス様…おお……このようなことが……」
二人は、目頭を押さえて、込み上げる涙を指先で拭(ぬぐ)った。
暫し、放心状態のまま時が流れた後、二人は、改めて書状を広げ、内容を確認していく。
恍惚と沈着の入り混じったベルムデスの横顔を窺いながら、アンドレスは、気になっていた箇所を、淡い褐色の指先でスッとなぞった。
「ここなのですが…。
『まだ見ぬ新たな大いなる波の到来に備えるのだ』と、トゥパク・アマル様が仰っている、この部分。
どうにも、俺には意味を掴みかねるんです。
スペイン軍との次の戦いのことかとも思うけど、何故、『まだ見ぬ新たな』なのか……?
ベルムデス殿には、解読できますか?」
ますます真剣な眼差しで問うてくるアンドレスの方に、ベルムデスの老練な瞳が、静かに動いていく。
そして、おもむろに頷いた。
「はい、アンドレス様。
実は、当地に来てから、ずっと機会をみつけて、アンドレス様にお伝えしておかねば、と思っていたことがあるのです。
恐らく、そのことかと……」
「え…!!
では、この意味が分かるのですか?!」
パッと大きく顔を輝かせるアンドレスに、ベルムデスは、深く礼を払って頷いた。
「はい。
多分、あのことかと…――」
アンドレスは前のめりになって、早口で畳み掛けるように問い続ける。
「スペイン軍のことですか?!」
「いえ…恐らく、スペイン軍ではなく……。
いや、厳密には、スペイン軍も含まれているかとは思いますが」
「!?――」
すっかり混乱した表情のアンドレスに、ベルムデスは言葉を探しながら、軽く咳払いをした。
「アンドレス様、ご説明いたしましょう。
ただ、一口で説明しきれる内容ではないのです。
それに…少々、驚かれるかもしれません。
どうか、お気持ちを落ち着けて、お聞きくださいませ」
恭しくも慎重な口調で、何か、ゆるぎなきものを宿しながら話しはじめるベルムデスの様子に、アンドレスは、とても重要なことが伝えられることを直観して、居住まいを正した。
ベルムデスは、気持ちを落ち着けようとでもするかのように、一口、チチャ酒をすすって、それから、ゆっくりとカップをテーブルに置いた。
そして、改めて、真正面からアンドレスに向き直る。
「実は、トゥパク・アマル様の…内々の策のことなのでございます」
「え?!」と、アンドレスは目を見開いた。
「トゥパク・アマル様の内々の策ですって?!」
「はい。
…――とは言っても、わたしがその秘策について知らされたのは、あのトゥンガスカの本陣戦の時で、それこそ、トゥパク・アマル様が囚われる前夜のことなのですが」
「では、俺は、既に、このラ・プラタ副王領に遠征に出ていた頃ですね?
どうか、どうか詳しく教えてください!!」
アンドレスは、ぐっと、いっそう身を乗り出した。
ベルムデスは、そんなアンドレスに、瞳で、どうか落ち着いて、と促しながら、さらに声を鎮(しず)めて続ける。
「その通りでございます。
あの時、アンドレス様は、既に、このラ・プラタ副王領に遠征に出られておられました。
あのトゥンガスカでの本陣戦の晩、トゥパク・アマル様から、ディエゴ様とわたしが呼び出され、内密で、あることを打ち明けられたのでございます」
アンドレスは、既に興奮からか、その頬を紅潮させはじめている。
「内密で?
あること……とは?!」
「はい。
とても重要な内容のお手紙を、トゥパク・アマル様がしたためられたのでございます。
そして、それを、あるお方に送られる手はずを取られたのでございます」
「え?
手紙…ですか?
トゥパク・アマル様が、手紙?
あの重要な本陣戦の最中(さなか)に…?!」
アンドレスは、訳が分からぬ、という表情になってきた。
「そんな大事な時に、手紙なんて…。
一体、誰に、です?
その内容は、何だったのですか?!」
「アンドレス様、一つずつ、お話を進めて参りましょう。
まず、トゥパク・アマル様が、そのお手紙をお送りしたお相手は、アリスメンディ殿…――」
「え?」
アンドレスは、全く聞いたこともないその名に、呆然とベルムデスの顔を見据えた。
「ア…アリスメンディ…って?
それは誰です?!
何者なのですか?!」
「アンドレス様、どうか落ち着いてお聞きくださいませ。
アリスメンディ殿は、スペイン人の神父様でございます」
「神父ですって?!」
アンドレスはいっそう混乱し、全く咀嚼できず、そのせいか、むしろ憮然とした声になっている。
「しかも、スペイン人の?!
な、何故です?!
何故、トゥパク・アマル様が、わざわざ戦時に、スペイン人の神父なんかに手紙を書いたりしたんです?!」
「突然のことに驚かれるのも無理はございません。
ですが、アンドレス様、実は、アリスメンディ殿は、あなた様とも関わりの深いお方なのですよ」
決然とした、しかも、思いもかけぬベルムデスの言葉に、アンドレスはハッと息を呑み、再び居住まいを正した。
そして、真剣な表情のまま、じっと聴き耳を立てる。
一方、ベルムデスは、一口、チチャ酒で喉を潤すようにしてから、改めて話しはじめた。
「まず、トゥパク・アマル様が書状をお送りした先の、そのアリスメンディ殿ですが、このお方は、ある深いご事情で、現在はこの南米の地を離れておられます。
ですが、かつては、そう…今から十数年前まで、ペルー副王領におられたお方なのでございます。
まだ若かりし頃のトゥパク・アマル様との面識もございました」
「トゥパク・アマル様と…!?」
「はい。
そして、アンドレス様…、そのアリスメンディ殿は、あなた様の亡きお父上、ニコラス様と知己の仲、つまり、ご親友であられたのです」
「!…――え…父上の?!」
思いもかけず、突然、父の名が出て、アンドレスは、はじかれたように背筋を伸ばした。
そして、ゴクリと固唾を呑む。
「父上……の?!」
アンドレスの表情に、強い恍惚が滲みはじめた。
ベルムデスは深く礼を払いながら、しっかりと頷いた。
「はい。
アンドレス様は、お父上のニコラス様が、生前は、この国には今は無きイエズス会に属していらしたことをご存知でしょうか?」
「え…あ…いえ…神父であったとしか」と、アンドレスは口ごもる。
「俺は父上のことは、詳しいことを何も聞かされていないのです。
父上の話を聞こうとすると、母上があまりにも悲しそうな顔をするので…――」
「そうですか…。
では、これからのお話は、アンドレス様にとっては、とてもお辛いものになるかと……」
「え…?!」
アンドレスの見開かれた目を僅かにそらしたベルムデスは、不意に、苦しげに眉間に深い皺を寄せた。
それから、慈愛と悲愴の混じった面持ちで、アンドレスに向き直る。
「アンドレス様。
お父上のことについて、あなた様がご存知のことを、まず、教えてくださいませ」
「あ…はい……」
にわかに態度の硬くなったベルムデスの様子に、アンドレスは、何か、ただならぬことを聴かされることを予感して、やや身を退(ひ)き気味になっている。
だが、アンドレスも、ここで逃げるわけにはいかぬ、と、己を奮い立たせるようにして話し出す。
「父上のことで俺が知っているのは、まず、スペインから渡ってきた神父であったこと、そして、事故で亡くなったこと…。
それから、トゥパク・アマル様から、以前、少しだけ聞いたことがあるのですが、父上はスペイン人だったけれど、インカのために尽力したと。
だから、誇りに思って良いと…――そう言って、トゥパク・アマル様は力づけてくださったのですが」
「そうでしたか」
ベルムデスは思慮深い老練な眼差しで、深く頷く。
「それで…トゥパク・アマル様から、もっと何か具体的にお聞きでしょうか?」
「いえ。
それ以上は、何も」
「そうですか…。
では、お話しせねばなりません。
アンドレス様のお父上のことと、本陣戦の晩にしたためられたトゥパク・アマル様の書状のことは、無関係ではありませんからな」
そう言って、ベルムデスは、やや伏し目がちになった面差しを、天幕の隙間から吹き込む雪の方に向けた。
他方、まさか、このような場面で、己の出生に絡む話に展開するなどとは夢想だにしていなかったアンドレスは、チチャ酒のカップを両手で握り締めたまま、息を詰めて瞳を揺らしている。
そんなアンドレスに、ベルムデスは考え深げな視線を戻すと、そっと目を細めた。
「お父上のニコラス様は、スペイン本国渡来の生粋のスペイン人で、僧侶としても、ご身分の高いお方でございました。
ですが、スペインの圧政に苦しむインカの民の置かれた状況に、とても同情的であられたのです。
もし、今も生きておられたら、必ずや、トゥパク・アマル様やアンドレス様の素晴らしいお味方になられていらしたに違いありません。
そう…アンドレス様に似ておられましたよ。
お姿も、ご性格も……。
いや、アンドレス様が、ニコラス様に似ておられるのですね。
お父上も、お優しく、純粋で、誰にでも分け隔てなく、そして、とても意志の強いお方でした」
今、恍惚たる表情で、喰い入るように己を見つめるアンドレスに、ベルムデスは、その目元に皺を寄せ、実の祖父のごとくに包み込むような眼差しで微笑んだ。
アンドレスは、カップを握る指先に、ぎゅっと力を込める。
「ベルムデス殿、教えてください、父上のこと…!!
どのようなことでも、俺は知りたいのです。
父上は、俺が6歳になる頃には…、もうこの世にはいなかった……」
ベルムデスは、再び深く頷くと、静かな口調で語りはじめる。
「お父上は、スペイン本国からイエズス会の神父として、この国に渡ってこられ、熱心に布教活動をされていました。
そんなある時、お美しく、慈(いつく)しみ深い、インカ皇族のフェリパ様、つまりはアンドレス様のお母上と出会われたのでございます。
お父上は、いずれはスペイン本国へご帰国されるはずだった身分の高い神父様であられましたから、いくらインカ皇帝のご血族とはいえ、インカ族とのご結婚ともなれば、恐らく、お父上の周りのスペイン人からは激しく反対されたことでしょう。
それでも、この地に生涯を捧げるお気持ちで、お父上はお母上と一緒になられたのでございます。
そして、アンドレス様、あなた様がお生まれになられた。
あの頃も、あなた様の叔父上であられるディエゴ様や、あなた様のお母上と、近しくさせて頂いていたわたしは、お父上とも面識を持たせて頂いておりました。
お父上もお母上も、幼いあなた様をたいそう愛(いと)おしみ、それはそれはお幸せそうに暮らしておられました……」
ベルムデスは、懐かしそうに細めた目元に光るものを隠すように、そっと目頭を押さえた。
アンドレスも、堪えきれずに、目元を押さえる。
深く息を継ぐと、ベルムデスは、今度は深遠な声音になって続ける。
「ですが…スペイン侵略後、この国では、いえ、スペイン本国でもそうでしたが、幾つかのカトリック教団が勢力を争って参りました。
そして、アンドレス様のお父上ニコラス様が属されていたイエズス会は、アンドレス様がお生まれになる頃には、数あるカトリック教団の中でも最も活発な教団でした」
「あの…待ってください…!
その――イエズス会っていうのは…?」
やや躊躇(ためら)いながらも、相手の言葉を遮ったアンドレスの真剣な瞳に、ベルムデスは丁寧に礼を払って頷いた。
「はい。
アンドレス様が物心つかれた頃には、もうこの国にはありませんでしたからな。
ご存知ないのも、無理からぬことでありましょう。
イエズス会とは、スペイン出身の宗教家イグナティウス・デ・ロヨラが、フランシスコ・ザビエルたちと共に1534年に結成した、カトリックの男子修道会でございます。
イエズス会員は、『教皇の精鋭部隊』とも謳われたほどに、いろいろな意味で、改革的…そして、闘争的な側面をも有しておりました」
「教皇の精鋭部隊…――?!」
「はい。
創始者のイグナティウスが、もともとは騎士だった、ということもありましょうが、彼らは聖職者の階級制度を取り払い、いわゆる…堕落した部分もございましたカトリック教会の内部改革を推し進め、その他にも、いろいろと…。
そして、海外布教にも大変熱心な教団でした」
「それで、父上たちは、植民地となったこの地にも遥々と渡ってきたのですね?」
「その通りでございます。
そして、もともと教育に熱心なあの教団は、この植民地の中でも、宗教活動のみならず、様々な活動を展開しておりました。
例えば、貧しいインカ族の人々に熱心に産業を指導し、使命感をもって人々を教育し――言ってみれば、優れた教師のような側面をもっていたのです。
しかも、それだけでなく、イエズス会の神父たちは、キリスト教徒になったこの地の民の権利をも、主張するようになっていきました」
「この地の民の権利を…?!」
「はい。
それは、我が国のみならず、他の植民地諸国でも同様でしたが…。
我が国で言えば、インカの民の復権を主張したのです。
もちろん、『キリスト教徒になった』場合、という条件つきでしたが……。
スペイン侵略後、アンドレス様もご存知の通り、インカの民は『物』同然の扱い。
想像を絶する様々な搾取に蹂躙――人としての権利も何も、ありませんでした。
いえ…それは、今も同じで、それ故、トゥパク・アマル様やあなた様が、こうして立ち上がられたわけですが。
しかし、イエズス会が存続していた頃、あの会の神父たちも、また、今のあなた様がたと似たように、インカ族を守ろうとしていました。
その中に、あなた様のお父上もいらしたのですよ、アンドレス様」
ベルムデスの温厚で優しい眼差しに、アンドレスは、思わず胸の高鳴りを覚える。
「父上のこと、そんな経緯があったなんて…俺は、何も知らなくて…!」
「アンドレス様は、まだ、あまりに、お小さかったですから、知らなくて無理もございません。
それに、こうして時期が来るまでは、皆、あなた様に、真実をお伝えすることも憚(はば)かられたでありましょう……」
「え…?」
ベルムデスの含みのある言葉に、アンドレスは、ハッと息を詰める。
一方、ベルムデスは、にわかに苦渋の色に変わった面差しを隠すように、不安定に揺れる燭台の炎へと視線をずらした。
「イエズス会の神父たちは、数々の保護統治地を築いて、支配国…つまりは、スペインの理不尽な暴挙から、インカの民を手厚く庇護しはじめました。
そのような熱心な…と申しましょうか、革新的な、と申しましょうか、ともかく、そんなイエズス会の勢力は、ますます強まっていき……、いえ、イエズス会の勢力は、スペイン本国でこそ、強くなっていったのですが――いずれにしろ、イエズス会の神父たちは、スペイン国王の思い通りには動かなくなっていったのです。
当然ながら、スペイン国王はそんなイエズス会に良い心象は抱かず…、いえ、実際、イエズス会をけむたく思いはじめたのは、国王だけでなく、この植民地の民から搾取していた国王側近たちや、スペイン人の事業家たちも、同様でしたが。
そして…その頃から、イエズス会をめぐる情勢の風向きが、次第にあやしくなっていくのでございます……。
それは、まだ、あなた様が、この世にお生まれになられて、ほんの数年しか経たぬ頃でございました」
そう言って言葉を区切ると、ベルムデスは目を伏せて、小刻みに瞼を震わせた。
アンドレスは無意識のうちに視線を落とし、再び、ぎゅっとカップを握り締める。
指先が、いつしか、氷のように冷たくなっていた。
天幕の外で吹きすさぶ雪の音は、まるで悲痛に泣き叫んでいるかのようだ。
そのような悲しげな雪音をぬって、ベルムデスの声が、再び、低く聞こえてくる。
「あの教団の神父たちは、スペイン国王よりも、むしろローマ教皇に忠節を尽くしていたのです。
そのことは、当然ながら、スペイン国王カルロス陛下には気に入らなかった。
その頃、この国のスペイン側の暴政に肝を煮やしていたアンドレス様のお父上は、他のイエズス会の神父たちに協力を呼びかけながら、インカの民の独立に向けて、本格的な準備を進めていたほどでした。
ですが、国王である自分に従わず、しかも、そうした闘争的な側面をもつイエズス会の神父たちの存在を、カルロス陛下は黙認しなかった。
あれは、確か、1767年頃…、アンドレス様のお年で言えば、やっと5歳になるかならぬか、という頃ですが、ついにカルロス陛下は、イエズス会を、スペイン本国とこの植民地から、追放することを命じられたのでございます」
「つ…追放…――?!」
「はい……。
そして、実際に、スペイン国王は、それを断行されたのです」
ベルムデスは深く息をつくと、感情を押し込めるようにして奥歯を噛み締めた。
「――皮肉にも、イエズス会を追放したことで、この国は優れた指導者を失ったのでございますが…。
その上、お父上たちの代わりに台頭してきたのが、よりによって、あのモスコーソ司祭たちだった、というわけです」
アンドレスは言葉も失って、その瞳を大きく揺らしながら微動だにできず、半ば放心したまま、呆然と宙を見つめている。
ベルムデスは案ずる眼差しで、まだ若い眼前の将を見やった。
(アンドレス様…まだ、お話は途中――。
とても大事なお話は、ここからでございます……)
他方、次第に深く肩を落としゆくアンドレスの視線は、ぎこちなく天幕の地を彷徨っている。
隙間風に揺らめく蝋燭の炎に引かれた二人の長い影が、天幕の地の上で、魔物のように黒々と不気味に揺れていた。
アンドレスは、拳を握り締めた。
彼の乾いた唇が、震えながら僅かに動く。
「だけど…!
追放なんて……!!
父上が、国外に出ていたなんて、俺は聞いていない…!
亡くなる直前まで、この地にいたはずだ…――」
アンドレスの姿を見つめるベルムデスの瞳が、いっそう深い苦渋の色に覆われていく。
「はい。
アンドレス様の仰る通りでございます。
既にフェリパ様とご結婚され、幼いアンドレス様のいらしたニコラス様は、表向きはイエズス会を脱会されて、当地に残っておられたのです。
そして、まだペルー副王領に残って水面下で活動していたイエズス会の他の神父たちに働きかけて、この地の民の解放のために行動を続けておられました。
もちろん、イエズス会の神父たちとて、一皮剥けば、実際にはアンドレス様のお父上のように勇敢な方ばかりではなく、むしろ、形勢が悪くなってくると、スペイン国王を恐れ、その顔色を窺(うかが)って上手く立ち回ろうとした者が殆どであったのですが…。
それでも、そのような中、お父上と共に最後まで果敢に活動を続けておられたのが、ご親友であり、イエズス会の神父でもあられた、あのアリスメンディ殿だったのです。
特に、アリスメンディ殿はお人柄的にも闘争的で、イエズス会を廃したスペイン国王への復讐心が、人一倍強いお方でした」
アンドレスは、今、やっと合点がいった、というように体ごと深く頷いた。
「あ…!!
そのお方が…トゥパク・アマル様が書状を送られたという、スペイン人の神父なのですね!
なるほど…それが、アリスメンディ殿なのか……!!」
「はい、アンドレス様。
お父上は、そのアリスメンディ殿と共に、ますますイエズス会弾圧が強まる中でも屈することなく、我々インカの民の窮状を救うために、懸命に道を探っておられました。
ただ…そんな時のことでした…お父上が急死されたのは……」
そこまで言うと、ベルムデスは、ぐっと言葉に詰まった。
その表情が、みるみる硬く強張っていく。
アンドレスも、息が止まる。
それと共に、彼は、己の中に稲妻が走るように直観した。
(まさか…父上……!!)
目をそらし、言葉を継げずにいるベルムデスの横顔を見つめるアンドレスの顔面は、次第に色を失っていく。
彼の口元から、震える声が漏れた。
「ま…さか…父上は…事故なんかじゃなくて……殺された…のか?」
ハッとして己を見据えるベルムデスの目の色を見た瞬間、アンドレスは完全に悟った。
(父上は…――殺されたのだ!!)
蒼白になって愕然と凍りついていくアンドレスを、その眼差しで支えるようにしながら、ベルムデスが身を乗り出した。
「アンドレス様…どうか、気をお確かに…!」
アンドレスはあまりの衝撃に貫かれたまま、額を指で激しく押さえ込んだ。
(父上までもが…そんな…!!
そんな…――!!)
◆◇◆ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。続きは、フリーページ
第八話 青年インカ(19)
をご覧ください。◆◇◆
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