ある内科医の独り言

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2006.08.07
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先日、北海道立羽幌病院で起こった「消極的安楽死」事件に動きがあった。旭川地検は8月3日付で担当医師を不起訴処分としたのだ。最近の話題なので覚えておられる方もあるかと思う。

新聞記事は こちら を参照していただくとして、今回の事件はいったい何を語ろうとしているのか少し考えてみたい。

旭川地検の起訴内容は殺人罪だった。つまり、人を一人殺めたと判断したのだ。しかし現実には多くの病院で末期状態の患者さんに装着されている呼吸器を外すことが行われており、仮に今回の事件で起訴された医師が有罪になれば雨後の竹の子のように続々と殺人容疑で起訴される医師が増えることも予想される。

さて、病院という場所は相当な密室であるため実際に行われた治療内容などは本人や家族を含めごく限られた人間しか知ることがない。人間の「弱さ」を扱う場所であるが故、旧来より比較的プライバシーが守られてきた場所であろうかと思う。

今回の事件を誰が通報したのかは定かではないが、病院が変死体として届け出をしたことをきっかけに捜査が進んでおり、当事者たちに近い筋からの報告なのだろう。つまり、今回の事件を快く思わなかった、あるいは正義感に燃え、疑問を感じた人間が身近にいたということになる。

人の死を定義するのは難しい。難しいからこそ、安易に呼吸器を外してはいけないという理由もわかる。しかしまた逆に、安易に装着してはいけないということもこの事件は教えてくれる。

自発呼吸が確認できないまま人工呼吸器を外すということは、呼吸停止を意味する。呼吸が止まればいずれ人間は心停止となり、世間一般でいう「死」を迎えることとなる。

人工呼吸器を外すことの議論は深まる一方で、実は装着についての議論というのはあまり深まらない。人工呼吸器の装着の判断については現場の医師の裁量によるところが大きく、担当医が見込む「予後」と密接に関わってくる。予後不良と判断されるようなケース、たとえば末期癌の患者さんなどに人工呼吸器をつけることは正しいのだろうか? 逆に救命の見込みがある患者さんに人工呼吸器を着けない場合はどうだろうか? いずれにせよ人工呼吸器という装置はその場の呼吸機能をしのぐものであって恒久的呼吸を得ようとして行っている治療ではない。

しかし現場では悠長に考える時間などはない。従って人工呼吸器を装着した結果、その先に待っている状況がどうなるのかを医師は瞬時に判断し対処せねばならない。

原因不明の心肺停止状態で運ばれてきた患者さんがとりあえず心拍のみ再開したような場合は人工呼吸器を装着して時間を稼ぐことが重要になってくる。稼いだ時間で原因を究明し対処していくことが可能だからだ。しかし、その後の検査結果で回復不能と判断された場合はやっかいだ。呼吸器を着けなかったら原因がわからなかった、しかし原因は回復不能な病態だった…。

「つけなければよかった」と思ったとしてももう後戻りはできない。医師の宿命は「積極的」救命とされているからだ。確かに、積極的に救命を続けていれば何も問題は起こらない。だから家族が何度訴えてもどうしても呼吸器を外してくれないからといって訴訟を起こしたという話は聞いたことがない。

しかし、現実は違う。残された家族や治療に当たる医療者たち、そして物言えぬ本人の狭間でぶつけようのない嘆きや悲しみが行ったり来たりしているのだ。

先の新聞記事では

>同地検は複数の専門医らに意見を求め、「呼吸器を取り外さなくても余命は10数分程度だった可能性があり、取り外したことが死期を早めたとは断定できない」との結論になったが、「余命わずかと断定できる証拠もない」とし、「嫌疑なし」とはしなかった。

とあるが、その通りだろうと思う。余命なんて誰にもわからない。後出しじゃんけんみたいな言い訳が通用しないからこそ慎重な議論がなされるべきだろうし、呼吸器装着に関しどう捉えていくのかも考えていかないといけない。

グレーゾーンの真っ直中におかれているこうした医療問題を、あっさりと起訴してしまう昨今の風潮はどうだろうか。白黒をつけるのが検察や法律の仕事だとはおもうのだが、医療現場ではまだまだ多くの現実が白黒つけがたいことを物語っている。裁きの前にこうした現実をどう考えているのか、今回の立件に関与した人間は再考すべきだろうと思う。





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最終更新日  2006.08.07 10:03:54
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