スチュワデスが呆れたドクタートヒモイ公式げすとはうす ~世界は基本的に広い~んですけど・・

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トイモイ

トイモイ

2011.08.10
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スカンやマゲランといった町で、何度かバスやコルト(乗合バン)を乗り換え、ライステラスの横を走る。
最高時速五十キロに満たないバスが、椰子森を抜けてボロブドゥール村に着く。観光するは、私だけで、他の乗客には生活があった。何百年と火山灰の中で眠っていた巨大仏蹟。ユネスコの大復旧事業。アンコールワットと同様、高校の教科書で習った名称。結構感慨深いものがある。そして、実はボロブドゥール村にはちゃんと生活が隣り合わせで進行していた。
千年の歴史に思いを漂わせる、といった芸当はできなかった。ほんの数年前の歴史の教科書という手の届く範囲の歴史のことを思っていた。家事もせず、奉仕もせず、本も読まず、ただ記憶力だけの受験勉強で人を蹴落とす為に、覚えた単語に過ぎなかった。シャイレンドラやマジャパヒト、シューリービジャヤといった単語を。そして、今、現実、目の前にある、覚えて報われた、甘くもそんな気がした。

先日もそうだった。
 スマトラバスは、夜中に古都の赴きさえ残していないパレンバンに入り休憩となる。夜中、数件しか開いていないドライブウェイ。道の一番外れの店に行ってみた。他の店と違い、裸電球ひとつで、数少ないモノが静かに置かれていた。おばさんが背中を向けたまま座っていた。バスで一緒だった青年がミネラルウォーターを持って何か叫んだ。しかし、おばさんは振り返らず、何か諦めきった背中を見せつけたままであった。青年は、静かに定価の分からぬ金を置き、私にへの字型眉毛を見せて、バスに戻っていった。まだおばさんは動かない。
 歴史的に有名な町パレンバンで、シューリーヴィジャヤ王国の首都時代の昔を偲び、想起し、心を漂わせるという気になってみたかったが、高校歴史の教科書には一行どころか、単語しかでなかったような気がする。いかにヨーロッパと中国辺りを中心にしか世界史を学習しなかったし、当時は西洋から見た世界観としての歴史しか教科書には書いていなかった。
パレンバンの地に立ち、「マジャパヒト王国に占領された地」としか呟くことができなかった。今一番強い地域が過去の歴史を作るのだろうか。それとも、文字を残すのが偉い歴史なのだろうか。異常に記憶のいい民族だったので、口頭だけでおおよそ伝承されていったという歴史を持っていたり、はたまたテレパシーのようなもので以心伝心していた民族もいたのかも知れない。高度な文明は辺境から出てくるのかも知れないぞ、と息巻いたところ、バスは出発の合図をしたので「何かよく分からなかったぞ。パレンバン」といいバスに乗る。ジャングルカーブは続いた。

ボロブドゥール入場料百ルピアに対し、一万ルピアを差し出すと、切符売りのおじさんは、そんな大きなお釣はないといい、暫く眉間に皺を寄せて考えた後、急に笑顔になり、「行ってもいいよ」と合図してくれた。
見えてきた。見えてきた。しかし、走りだすな。寺院に徐々に近づいていく状態を楽しむのだ。噛み締めるのだ。もったいないぞ。机の上で苦しんで覚えた名前の報いを貧乏にも小出しに享受せよ。
そう、インドのあのときもそうだった。
その日、正午タージマハル正門前で集合、と約束したのが一ヶ月前であった。
その日、正午、私はまだバスの中にいた。
 午後三時。アグラ。酷い観光都市だ。料金交渉決裂で二度リキシャーを乗り換え、正門前に参上。そこにいたのはインド人下男。ひたすら友の名と私の名を書いた紙を持ち、入場する日本人らしき人に紙切れを見せていたらしい。私はその宿の下男に付いていった。
その後、シャージャハンが王妃のために二十二年と国家が傾く程の天文学的費用をかけた大理石の墓。ゆっくりゆっくり噛み締めるようにその墓に近づいて行った。これでもかこれでもかと一瞬圧倒されるが、五分後には芝生に寝転がる。権威を無視する優雅さを知る。栗鼠が這うのを眺めた。
タージマハルの裏に流れるヤムナ河を大理石に座り、見ていた。水牛の群れがいた。すぐ裏ではやはり人々の生活があった。
翌朝、タージマハルから朝日を見ようと約束して、来たのは私だけであったし、そのせいで風邪をひいたのも私だけであった。

ボロブドゥール寺院は、礼拝の場ではなく瞑想の場だ。小宇宙。最上段から見渡せる一面に広がる椰子の森の濃淡な黄緑色に、たまらなく魅了され、寺院見学もそこそこに、森の中へと消えていった。

椰子の森の狭間に道があった。べチャ(人力車)の男に出会った。「ボロブドゥールに行くかい」「いや、今、そこから出てきて森を散歩していたところだ」「そうか。君はチャンディ・ムンドウッドを見たか」「知らない」「君は仏教徒か」「一応、形はね」「それなら、君は釈迦が始めて説法した場所を知っているか」「ああ、インドのサールナートだ。ヒンドゥの聖地の近くだ」「そのチャンディは、サールナート派の流れを組む寺院だが、安くしとくから乗っていかないか?」「サールナート派?うーん。そうか。じゃあ、君が座席に座り、俺が自転車を漕ぐから、もっと安くしてくれるか?」「分かった。行こう」

バラーナスの近郊、サールナート。乗合いタクシーの運転手に声をかけられて、乗り込むと、定員いっぱいになるまで、タクシーは出発しなかった。野菜を大量に持ったおばさんや子供と一緒で、ブディスト四大聖地の一つに向かうという雰囲気ではなかった。実際サールナートは村であって、記念公園らしき芝生の広場に、そう大きくもないストゥーパ(仏塔)が二つあり、私も芝生に座り、静かにリスの動きを見たり、鳥のさえずりを聞くことぐらいしかすることがなかった。ここは、仏陀が初めて説法した時、相手は人間五人の他、鹿等の動物もいたという。そんな雰囲気が二千年を超えた今でも何となく感じることができる。それは、そういう地だからという錯覚かも知れないし、地面のパワーが特に強いのかも知れない。同じ様に分からないのが、日本やタイ(でさえ)「仏陀のことば」をじっくり読むのは集中力が必要で、しんどい作業なのだが、インドでは不思議にすっと読めてしまう。地のパワーか、私の感傷のためか。
そうやって、芝生で寝転んでいると地元高校生らしき集団が話し掛けてきて、冗談なのか本気なのか、私の荷物を勝手に詮索しだして、盗むような仕種をする。
「俺はまだ、悟っていないんだ。所有の精神がまだ抜けないんだ」と情けなく呟き、「それにしても、ここは聖地なるぞ、この地で盗みとは何たることだ」と叫んだ。集団は、気分が高揚し、蜜柑の皮や牛の糞を私目掛けて投げつけてきた。空気は悪かった。私は退散した。痩せ我慢いっぱいに、歩いて退散した。

私はチャンディ・ムンドウッドを見学した。小さな石窟霊廟であった。見学は五分程度であった。べチャの男は、腕を組んで、「帰る私」という獲物を待っていた。べチャはインドネシア独特の人力車で、乗客が前に乗るようになっており、眺望は約束されるが、事故死亡率は高そうな乗り物なのである。どこの国でもそうだが、大都市に職を求めてやって来ては、取りあえず職に手のない者は、運転手になってしまうという構図なのだ。彼も眠って客席でくるまって寝ている運転手の一人なのだろうか?
私はある運転手とその日のことを思い出していた。

早朝、インドのオールドデリー駅を出ると、予定通り、駅前にたむろするリキシャーワーラー(人力車夫)が数人寄ってきた。外国人は外国人価格があるのも仕方のない。皆、結託談合して一律価格を口々に叫ぶのも、まあ、しようがない。
その中で、一人高杉晋作似の若者が、ウインクし、ガムチャ(万能布)をフラリと肩に回した。皆の言値より一ルピー安く行くことをいとも簡単に承諾した。同業者の揶揄には、余裕の照れる様な笑顔で半分無視するのが印象的であった。明日のジョーの力石徹の様に目をつぶって口の両脇だけが上に上がった。ガムチャでサドルを拭き、「人の心をちょいっと揺さ振るコツは知ってるぜ」という様な顔をして、ペダルを漕ぎ始めた。四キロ離れたニューデリー駅で、私は交渉値に二ルピーをプラスして渡した。彼は「してやったり」とした笑顔で、お金を持った手を上に挙げた。
列車は行き先によって、出発駅が違う。大都市では外国人は専用事務所で切符を取ることができるのだが、この時は、少しでも同化してやる、といった浅はかな意地を持ってして、列に並んだ。
一時間並び、順番が回ってくる。「今日は満員で無理だな。あの列に並びなさい」
あの列に並んで、約一時間。「そっち行きの切符は売ってない」
「仕方ない、長距離バスで行くか」妙にあっさり引き下がった私は地図を頼りにバススタンドを目指した。が、道に迷い、二時間後、何故かオールドデリー駅前に来てしまい、早朝の振り出しに戻る。今度はオートリキシャー(三輪バイクのタクシー)で行くことにしたが、途中、交渉値と違うことをいいだし、喧嘩を始め、途中で降りて、そこまでの料金払う払わないで三十分間、言い合いをする。はっきりいってかなり疲労度が高まってきていた。どこで降りたか分からないが、見渡すと銀行を見つけ、そろそろ両替しなければならないことを思い出し、銀行に入る。
こちらの銀行員は横柄な方を多数見かけるのだが、彼も例には漏れていなかったようだった。「現金は駄目駄目。トラベラーズチェックだけしか受け付けないけんね」といい、「おい、机の上にバナナを置くな」と注意され、「パスポート」と仏頂面で怒鳴られ、パスポートに挟んであった使用済み航空券の裏の広告をしげしげと眺め、「おい、この電気剃刀はいくらぐらいするのだ。おまえは持っていないのか」と質問され、「ところで、インドはいい国だろう。我々は何でも持っている。映画製作本数世界一だ。それに…」とお国自慢が始まった。「そうね。原爆だって持ってるもんね」と皮肉のひとつでもいってみたが、「そうだ」と逆に自慢され、オンステージを引き伸ばす結果に終わってしまっただけだった。結局、百ドル両替するのに一時間を要したのであった。
そこからリキシャーに乗り(これは無事に)、バスステーションまで辿り着き、ラジャスタン州ジャイプル行きの窓口を見つけ出して切符を買おうとしたが、「うーん。その切符の販売は二時間後だからね」と優しくいわれ、その近くのベンチにへなへな座り込む。バスのクラクションがキチガイの様に、常に同時に鳴り響いていて、こちらも気が狂いそうになる。靴磨きセットを担いだ子供が何人か、お客を探してうろうろしている。そのうちのひとりが、新聞を読んでいた隣のおっさんの靴を勝手に磨き出した。おっさんは特に怒る様子もなかったが、一度も子供に視線をやらず、新聞を読み続けたままポケットから一ルピーを出して、子供の足元に落とした。次に子供は、私の足元を見たが、表情を変えず、また次の客を探して歩き始めた。私は、草履だった。
二時間が経過し、窓口に行くと、担当が変わり「何だ。その切符は売ってないぞ」といわれる。デリーに着いてから八時間が経過していた。もう、笑うしかなかった。そして数秒は笑ってみたが、この状況を打破すべく、私は窓口で大きく宣言した。
「ジャイプール行、スーパーデラックスシート一番高い奴、一枚」
切符は難なくとれ、一時間後、指定された番線に行き、バスに乗り、余裕のまま、念のため、隣のインテリ風おじさんに切符を見せて確認すると、インテリ風おじさんは驚愕し、「これは違うバスだ」と大声で叫び、バス中が愕然となり、バス内の有志数人がバスを手分けして、手分けして探し始めてくれた。
バスはあった。私は何度もお礼をいい、バスに乗り込んで、一分少々でバスは出発した。車内では、一人の女性を兄弟で奪い合うといった内容の踊りアクションありのインド映画が上映された。「インド映画は世界一面白い」といった銀行員の顔を思い出し、「私は貧しいインド人達に、束の間でも夢を与え続けているのよ」といったインドの名女優スリデビのことばを思い出していた。
ピンクシティと呼ばれるジャイプルには夜遅く到着した。

ボロブドゥール村には、ぶらぶら歩いて戻った。そして、古都ジョクジャカルタを目指した。





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最終更新日  2011.08.10 01:29:41
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