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― 碧 虚 堂 ―
メルヘン page.1
『メルヘン』
page.1
目を覚まして何度か瞬きするが、見上げているのがいつもと違う天井だと気づくのに幾らか時間が掛かった。
普段なら船尾に広がる海や空、もしくは男部屋の吊るしてあるハンモックが視界に入るはずなのに。今、自分の前にはそれらではない
ものが広がっている。
だが、どこか見覚えのある円柱型の物体が天井に浮かんでいた。
(―――ああ、ラウンジか)
ゾロはやっとそれがラウンジにあるランプだと理解し、自分の居る場所を把握する。
が、ラウンジで眠り込んだ記憶もない。と言うか、いつから寝ていたのかもさっぱり分からない。
(こりゃ、寝すぎたな。メシも食いっぱぐれたか。コックがうるせェ…)
腹の辺りを擦ると空腹感があった。
前にも寝すぎて食事の時間に起きなかったことがあり、コックに長々と説教された。あんな面倒なもの二度と味わうかと、ついこの
前、決心したばかりだったのに。
上体を起こしながら額に手を当てる。自分の頭がもの凄く重い感じがして、起きたばかりだというのに全身がダルさに包まれていた。
(昼か?夜か?)
薄暗い船室を見渡せば、ゾロは寝ていた場所が部屋の片隅に作られた簡易ベッドだと気づく。こんな物は病人が出た時にしか作ら
ないハズだ。自分がそれに寝ていたので眉を顰める。
そしてそのベッド脇に、何故かコックの黄色い頭を発見した。
「………………」
驚いて声も出ない。
コックことサンジはゾロが寝てるベッドの脇に座り込み、頭だけをベッドに預けて寝息を立てていた。
ここがラウンジだということ以外、何もかも今の状況が掴めていないゾロは、サンジが側で寝ていることに益々、困惑する。
同じ船に乗る仲間ではあるが、普段から仲が良いわけでもなく、むしろ顔を合わせればケンカばかりする相手。それがこんな近くで寝て
いるのだから起き抜けに面喰らった。
暫くどうしようかと考え込んだが、取り敢えずはこの状況を知っているであろうサンジを起こそうと手を伸ばす。
「お―――」
サンジの頭に触れようと伸ばした手を一瞬、躊躇う。頭は止めて肩を揺すった。
「オイ、コック」
「ん…?あ………」
身じろぎしながらサンジは目を開けた。顔を上げてゾロとバッチリ目を合わすや否や、今度は目を丸くして驚いた顔を見せる。
続けて
「お前っ…!!」などとゾロを指差して錯乱した様子で慌てふためく。が、
「チョッパー呼んで来る!」と何故かチョッパーの名前を出したかと思ったらゾロが声を掛ける間もなくラウンジから走って姿を消した。
「―――何なんだ、一体」
結局、サンジから何も聞けないままに終わり、サンジの肩を揺すった手でゾロは自分の頭を掻いた。
「おおー!ホントだ!ゾロが起きてるぞー!!」
サンジが呼びに行ったチョッパーより先にルフィがラウンジへを飛び込んで来て叫ぶ。続いて他のメンバーもバタバタと賑やかな足音を
立てて姿を現わす。皆、ホっとしたような顔でゾロを見た。
「やっとお目覚めかよ~。もうオレは心配で心配で…」
「どこか具合が悪いとか身体に痛みは無いか?」
ゾロにしがみ付かんばかりに駆け寄って来た半泣きのウソップに続いて、チョッパーが船医らしくゾロに尋ねてくる。
「あ?ああ、何とも無ェが…」
全身がダルさを感じている以外は特に変わったところもないので正直にゾロは答えた。
「そう、良かった」
ゾロの脈を図ったりしているチョッパーの隣に安堵した表情でナミが座り込む。メンバーの言動で何となく自分の置かれている状況が
分かってきたゾロだったが、「何があった?」全てを知る為に疑問を投げかけた。
すると、和やかだった雰囲気が一気に変わる。
「アンタ、覚えてないの!?」一瞬の間を置いて口火を切ったのはナミだった。
素直に「ああ」と答えるや、驚きに変わって呆れたような溜め息がナミやウソップから漏れた。加えて船長のルフィは「やっぱゾロだな~」
などと殊更に笑い転げる。こちらとしては何の事やら本当に分からないので、少々ムカっ腹が立つ。
「お、起きたばかりだと記憶が混乱したりするんだ。覚えていないのもしょうがねェよ」
チョッパーがフォローらしきことを言ってメンバーとゾロを宥める。
そこへ、一人冷静な声でロビンが話し出した。
「ずっと寝たままだったのよ」
(ああ、このダルさは寝すぎて身体が鈍ってるせいか…)などと思っていたらロビンの次の言葉にゾロは目を丸くした。
「…三ヶ月ほど」
「!?」
■
メンバーからの説明はこうだった。
「三ヶ月前、夏島に向かってる途中で海賊船が襲ってきたの。船首がタヌキみたいなのを模した―――」
「アライグマじゃねェのか?」ナミの言葉にルフィがつまらない茶々を入れる。
「うっさい!今はそんなのどうでもいいのよ!兎も角、そいつ等の力は奇襲かけて来たクセに大した事無かったわ」
「敵わないと分かるや、海賊船は一目散に逃げていった。けれど逃げる寸前にコチラに砲撃してきて、剣士さんは船に当たる前に砲弾を
斬ろうとして倒れたのよ」
ここまで聞いてゾロも眠り込む前の記憶が薄らボンヤリと頭の何処からか浮かび上がってきた。確かに、そんな海賊に遭遇して戦ったの
を覚えている。腕の立つ戦闘員も無いに等しく、鍛練にもならないと一人ぼやいたことも。
「砲弾の中は火薬じゃなくて強い睡眠作用のある薬だったんだ。普通なら乗組員を数十分だけ眠らせるくらいの効果しかなかったんだ
けど、ゾロが斬ろうとして刀の刃に当てた時、どうやらその薬を大量に浴びたみたいで…」
続いてチョッパーが医学の話を混ぜながら話し出す。
「しかもチョッパーも知らない新薬でよォ。薬の成分を知るなら調べるより逃げた海賊船を追って中身を訊いた方が早いってなってな」
「でも、逃げ足の早い奴らでね…。やっとの思いで根城にしてる島を見つけたと思ったらアッサリ海軍に捕まってて、海軍にまで訊きに
行ったら私達まで捕まっちゃうから…」
他のメンバーも言葉を挟みながら、その大変だった出来事をゾロに話してくれたのだが、ルフィの「ちっと時間掛かっちまったんだ!悪ィ
な!」の一言で説明は終わった。
「………そうか」
今まで眠っていた為か、ゾロの頭の中は普段よりゆっくり動いているらしい。メンバーの話を聞いていても、何故か焦りや驚きは非常に
薄かった。まるで未だ夢の中にいるような浮遊感があるのだ。傍から見たらいつも通りの仏頂面なゾロに見えるのかも知れないが。
「ログポースの方は平気だったのか?」
色々と訊きたい事もあったが一つだけ、気になる事をナミに尋ねる。急ぐ航海では無いが、向かうはずだった夏島までの航路を自分の
せいでログが書き換えられたとなると、流石にゾロでも申し訳ないと思わずにはいられない。
「ええ、どうにかね。他の島に停泊してもログが溜まる前に島を出てきたから」と、ナミは航海士の顔になって答える。
それを聞いてゾロも安心し「迷惑かけたな」と謝れば、メンバーはゾロが目を覚ましたことの方を喜んだ。
「―――それにしても面白い薬だったわね」
ふとロビンが零した台詞にナミは「どういうこと?」と怪訝そうに理由を伺う。
「ずっと寝ていたのに、剣士さんの身体に全く異変が見られないだなんて」
普通、ずっと寝たきりのままで動かないでいると筋力が衰えるものである。自分の意思で食事を摂れないので栄養失調もあり得る。
だが、ゾロは見た目にも健康そのものだった。
ゾロ自身もそれを不思議に思っていた。三ヶ月も寝ていたなんて言われても実感が無いのは、これのせいでもある。自分の掌に何度か
力を入れるが普通に拳を握れるし、寝る前と違和感が全く無い。
「今回の薬が原因みたいなんだ」
疑問にチョッパーが助言する。
「この薬は只々、眠り込む薬。新陳代謝がもの凄く遅くなるから身体に栄養も要らないんだ。リスみたいな動物が冬眠するのと同じ様な
ものかも知れない」
「ゾロならリスじゃなくてクマって感じだな…」
と、チョッパーの話にウソップがつまらないツッコミを言う。他のメンバーも「ああ、クマだな」「クマみたいよね」なんて納得して賛同した。
しかし、ロビンの次の言葉にまたメンバーは色めき立つ。
「まるでおとぎ話に出てくる眠れるお姫様みたいだったわ」
その言葉に今度は皆で「似合わない」と笑い出す。ゾロも同意見だったが、自分が笑われているので複雑だった。
和やかな雰囲気に戻ったところで「んじゃ、ゾロも目覚めたことだし宴すっぞ!」ルフィが声高らかに宣言した。
宴やら何やらと口実をつけては騒ぐのが大好きなルフィを始めとしたメンバーは、ここぞとばかり賛同する。
「メシの用意、頼んだぞ!サンジ!!」
ルフィの呼びかけでようやっとゾロはサンジも同じ部屋に居ることに気づいた。
先程まではゾロの側で寝ていたのに、今はラウンジの端っこに立って無言でタバコを吹かしていた。
「ああ」
やけに静かな声でサンジは答えた。
■
「コック」
宴の最中、ゾロはサンジに話し掛けた。
最初の内はゾロの快気祝いだからとゾロが主役の宴だったが、いつの間にやら只の騒ぎ倒す宴へと変わっていた。メンバーからチヤホ
ヤされていたゾロも、それらから解放されて、やっと一息ついた。ふと、サンジが目に留まる。
「…何だ」
忙しない感じに給仕やら料理やらと動いていたサンジは呼び止められて動きをピタリと止めた。
が、ゾロに背を向けたままでこちらを見ようとしない。
「―――お前、あん時…」
言葉を選びながらゾロがそう切り出すや、
「さっき、てめェの傍で寝てたのは見張りだかんな!解毒剤飲ませてそろそろ起きてくるってんで、チョッパーに見てろって言われたん
だ!そんだけだ!」
早口で一気に話し出した。まるでゾロが訊こうとしていたことも、その答えも用意していたかのような速さで。
「………」
無言になったゾロを横目で見て、話は着いたとでも言うようにサンジはその場から離れて行った。
「あら、逃げられちゃったわね」
いつから近くに居たのか、ロビンは楽しそうにゾロへ話し掛けてきた。二人の様子を見て、からかい半分の口調だったが、
「………そうだな」
ゾロは素直に相づちを打った。
続く
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