― 碧 虚 堂 ―

― 碧 虚 堂 ―

あいのうた

あいのうた





 『きれい』という言葉を覚えて直ぐに、目が綺麗だと年上のアイツに伝えた。

 その時は自分を見下ろす顔が一瞬だけ変な風になったが、「アホ」と言いながら照れた顔になったのを今でも鮮明に覚えている。

 ガキだった自分にはそれがとても嬉しかったのか。

 言葉を増やしては似合うと思った単語を口にし綴った。


 安っぽくて薄い、つまらない口説き文句はいつも笑って返された。





 「お前、昔に比べて無口になったよな」

 自分は昼出勤なのに、いつも通りに朝飯を作って俺を起こしに来たサンジをついでとばかりに押し倒したら、そんな事を言われた。

 「…そうか?」

 「ガキの頃はもっとよ、何でも俺に言ってたろ。俺の格好いいトコについてとか」

 俺がさっきまで昔の夢を見ていたからその問いには些か驚いていた。

 が、格好いいは言った覚えが無い。

 「―――今更、言葉にする意味はあんのか?」

 あの頃は背伸びするのに必死だった。

 決して埋まらない歳の差をもどかしく感じて、それならと気を惹くことばかりしていた。

 「当たり前だろ。俺サマを口説くのに無言で押し倒すだけなんて横着すんな」

 人の鼻をつまんで、

 「ホレ。早く言え」

 と男に押し倒されてる奴とは思えない態度で腕組みして待っている。

 「……海みてェな目が好きだ」

 「おお…。昔もそれ、言ってたっけなぁ」

 そんなに目立つか?と気にした素振りで何度か瞬きを繰り返す。 

 「ヒヨコっぽいアホな黄色い頭も好きだ」

 「ヒヨコとアホは余計だ」

 髪に触れたら手を払いのけられた。

 「眉毛も尋常じゃねェ」

 「喧嘩売ってんのか、お前」

 年上には見えない感じに口を尖らせる。

 「口は…エロい色だよな。吸い付きてェ」

 「ハハっ。ばーか」

 昔も、こんな苦笑の混じった表情で笑われた。

 「照れ隠しに文句を喚くのも好きだ」

 「うっせェよ」

 そろそろ耐え切れなくなったのか、横を向いて視線を逸らす。

 「照れたら耳が紅くなる」

 「!あーもう、いい!」

 自分から言えと言ったくせに、掌で口を塞がれた。

 「………」

 「分かったからいい」

 その手を外し、一呼吸置いてからあの言葉を口にした。

 「…好きだ」

 「お、ああ」

 ガキの頃に深い意味も分からず闇雲に使っていた言葉とは違うのを示したかった。

 「ずっと前から好きだ」

 「…うん。まぁ、昔に比べれば上出来じゃねェか。てめェらしい」

 少しは成長したな、なんて言うのに昔みたいに頭を撫でられた。

 悔しくて目一杯にサンジを抱き締め返す自分はやはり、まだ子供のようで軽く自己嫌悪に陥る。


 言葉を飾るのはやめた。

 代わりに好きだと言葉にする重みは前より増して。

 変わらない、見えないものが今も昔も胸の中で言葉をうたう。


End.





⇒全てが恥ずかしすぎて死ねる。


 ところで、仲のいい夫婦でも喧嘩してしまうのはお互いに言うことや相手に求めることが無くて、喧嘩を暇つぶしの代わりにするんだそうです。

 ………あー、納得。


 2008.07.27



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