Busters-EN BLOG

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.hack//Artificial vol.2



((悠久の古都 マク・アヌ))

 画面に、夕暮れの町の名前が表示される。カオスゲート前に転送が完了すると、彼は迷わず扉へ向かう。扉を出ると、脇のワープポイントへ。
 ワープ先は、『傭兵地区』初期ギルドの@HOMEなどがある交流地域。
 傭兵地区に到着すると、魔法道具屋でも、武器屋に向かうでもなく、裏路地へと向かう。ここは、PC同士が静かに話し合える場所としても人気なのだ。
 が、彼は誰かと話をしにきたわけではない。もちろん、考え事などでもない。
 目的は、PCより遥かに小さい背丈の、NPC。
『よう、そろそろ来るころだと思ってたぜ』
 若い男の声で、NPCがそう告げる。




((YOMOYAMA-BBS))

 ログアウト後、彼はBBSをチェックする。イベントを探しに来たが、ふとひとつのスレッドを開く。
『ハンターキャンペーン 今回は……』
 彼は、『スレッド全表示』を押し、ざっと流すように記事を確認する。




『こんにちは。今回のカオティックPKハンターキャンペーンが終了したよ。カオティックPKは、7人とも同じハンターにやられたらしい』

『マジ? やっぱり今回も死の恐怖なのかな?』

『いや、確認してきたけど、違った。初めて見る名前だったな。ええと、なんて言ったっけ?』

『オレもそいつの名前は知らないな。誰も彼も死の恐怖しか見てなかったし。今回、死の恐怖が参加してたかは知んないけど、1人で全員やっちまったのはすごいよな』

『たぶんそいつ、別スレでも話題になってたよ』

『ああ、結構名の通ったPKKね。さすがに死の恐怖レベルじゃなくて、普通よりちょっと上ってレベルのだけど』

『死の恐怖みたいな強さで有名なんじゃなくて、その行動ってか、何か不思議というか、不気味なんで有名だとか聞いたけど』

『あの、横入りすみません。ハンターキャンペーンってなんですか?』

『えーとね、それは……




 特に興味も無くなったので、記事を閉じる。
 他の記事も、イベントに関することは少なく、見るべきものは見当たらない。
 BBSを閉じ、再びThe Worldへログインする。あれから、何回繰り返しただろう。しばらくしたら、気が晴れると思っていた。
 また、新鮮味が味わえると思っていた。実際、懐かしいグラフィックの世界は、失った好奇心を煽るような、すばらしい世界だった。
 でもそれだけ。この気持ちは、一向に晴れてくれない。曇り続けたまま、ずっと。ずっと。
 彼は、ログインしたばかりだというのに、すぐにログアウトしてしまう。何をやっているんだろう。彼は、自分の行動が、だんだんと浮いてきているのを感じていた。
「…………」
 ログアウト後、キャラクターのデータを鑑賞する。
 レベルは最高クラス、武器や装備品もレアアイテムが並ぶ。
 エフェクトは、当時、二日悩み続けてやっと決定したもの。
 何もかもが懐かしい。こだわった髪型、色合いに気合を入れたボディ、細かな装飾品は姉と妹にも意見を貰った。
 楽しかった。レベルが上がると、目に見えて強くなる。敵が倒せる。アイテムが手に入る。一緒に喜ぶ仲間が居た。
 彼は、一日に何度となく思い出す、過去を見る。まだ、初心者だった。まだ、レベルは低かった。まだ、レアアイテムは持っていなかった。
 大好きな仲間が、居た。

 今は、居ない。
((怖ぇよ! なんだよそれ! ありえねえっ!!!))

 声が、聞こえる。
((近くに居たら、危なそうなんだもん……))

 声が、胸を貫く。
((そんなヘンなの、普通じゃない))

 離れていってしまうそれらを離したくなくて、それでも失くしてしまった。その過去は、いまだ昨日の様に思い出せ、強く、苦しく、胸を締め付けている。
 数ヶ月前、彼はとても強い力を手にいれていた。多大なる、何にも変えられない犠牲を払って。彼は、データフォルダのPCを操作する。画面を開き少しだけ手間のかかる操作をして。データフォルダは、空になる。

 PCを、破棄した。

 『シネラリア』

 姉の好きだったキク科の花から取った名を与えられたPCは、PCとしてのデータを、破棄された。『それ』を、入れたまま。




矢のように訪れた出来事。それが矢であるならば。受け止めるには、この身は酷く脆すぎた。



**********************************

第二章『進呈』

 ブレグ・エポナ。
 上級プレイヤーが主として使用するタウン。ここにいるPCは、すべて凄腕の者たちと考えても良い。
 そこに、シンはログインした。メニューを開き、様々なステータスを確認する。レベルは、最上級者と呼べるであろう、130代を超え、1stと変わらず、満足のいくまでの力となっていた。
「…………」
 一言も、喋らない。パーティはいないし、周りに話しかける相手もいない。
 独り言すら、言う必要は無い。ただ、心の中で思えば十分だ。
(……該当職業の分は、クリア。あとは報告するだけ)
 シンは、ブレグ・エポナの中心地にある、『クエスト屋』へと向かう。
 シンはもともと、イベントなどのクエストを主流とするソロプレイヤー。やることといえば、それくらいしかないのだ。
 クエスト屋につくと、クエストのクリアを報告する。報告することで、完璧なクリアとなり、報酬が受け取れる。
『よくやった。お前はこれで、大いなる力を得たことになる』
 小さな背丈の、不思議な形をした帽子をかぶった鼻の大きいNPCが言う。
『しかし、この力は使うべきときを選ばずして扱えるものではない』
 シンは、NPCの言葉に静かに耳を貸す。別段、他に気になることが無いからだ。
『お前が使いたいときに使うが良い。しかし、結果はどうなるか……』
 NPCは、意味深な風に、語り続ける。
『お前の道標となりうるか。はたまた身を喰らう枷となるか』
 使い方を考えろ、つまりはそういうことらしい。
『その力、お前の意思とともに、私に示してみせよ』
 と、ここで初めてシンに疑問点ができる。
(どういう? 示す……?)
 その疑問は、すぐに解決した。
『お前にもう一度試練を与える。得りし力を、示すのだ』
 クリア後に発生する、二次イベントだ。これをクリアすれば、より良い報酬が得られる。
『Σ届かざる 白紙の 口笛 へと向かい、ミッションをクリアせよ』
 エリアワードを入手する。
 NPCの説明が終わると、シンは無言でカオスゲートへと向かう。ブックマークを開き、チェックの付いたワードを選択。指定のエリアへと向かうため、転送を開始する。



Σ 届かざる 白紙の 口笛

 選択したワードが画面上部に表示される。転送されたエリアは、回廊系のエリアだった。
(ボス討伐系クエスト……進めってことか)
 やはり、パーティはいない。心の中でつぶやくのみ。
 シンは、『妖精のオーブ』を使用し、マップ内の、アイテムオブジェクトの位置を確認する。
(……宝箱はそこそこ。チム取り場は多い)
 マップをじっくりと眺めている。
 マップには、さほど難しくややこしいことが表示されているわけではない。ただ、シンはキャリアから、エリアの状況を推測していたのだ。
(トラップ扉は1つ。気をつけるのは普通のトラップ……)
 自分なりの決定をし、いざスタートする。
 回廊は、丸い広場が細い廊下のような道でつながった形をしている。その、間をつなぐ廊下にトラップが仕掛けられているのだ。
 このエリアを始めて体験するプレーヤーには、少々厄介なトラップが多いものの、シンは、初めてではない。避けることは、いとも容易いことだった。
 時々、丸い広場にいるモンスターを倒し、進んでいく。
 扉を開き、進み、モンスターと出会い、倒す。
 それをしばらく続けると、マップに行き止まりが現れる。エリアの終了位置、つまりはボスモンスターのいる場所である。
(……ちょうど、試すぐらいだってこと?)
 シンは、自分の置かれている状況を、詳しく理解する。得たアイテム、今のステータスなど、それ以外に考えられないと、模索する。
(とりあえずクリアする……べき)
 シンは、逃煙球を使い、モンスターに見つからない状態になる。基本、不可能である、ボスモンスターに対しての不意打ちするためである。
 消えた状態で、できるだけ大きく、円形の部屋を壁沿いに回る。逃煙球の効果が切れたら、まだすぐ使う。を繰り返し、後ろに。
 ボスモンスターは気づいていない。
(いける)
 心の中でさえ、短くつぶやき、ボスに不意打ちを喰らわせる。途中、双剣を抜いた。
 双剣による攻撃が命中した途端、バトルエリアが展開。戦闘が始まる。
 ボスモンスターは、巨人族。人のような姿をしたモンスターで、両腕は自分の背後で固定され動かせる状態ではなく、太い脚でどっしりと立つ。頭は鉄仮面で覆われ、その仮面からは、体と同等の大きさの、船のイカリにギロチンを掛け合わせたようなものがぶら下がる。物騒は物騒だが、その巨人自身が、なんとも痛々しい。
(面倒……)
 ボスモンスターは、とにかくHPの量が半端ではない。どんなに強い武器を使おうとも、レベル差が圧倒的で無い限り、早々に勝負をつけることは難しい。しかも、生憎こちらには一撃の威力が高い大剣や強力なスペルを放てる魔典もない。レベルもレベル。自分がそれなりのレベルに達したとはいえ、敵のレベルも十分に高い。倒すのは容易な事ではない。
(でも、こうやればいい)
 巨人は、頭にぶら下がるイカリを、大きく振りかぶってシンに向かって叩きつける。
 否、ようとする。
 シンは振り下ろされるよりも、はるか前に、懐に飛び込んでいる。モンスターに、無論感情は存在しない。
 しかし、まるでモンスターが驚いたかのようにすら見えるほど、シンは、ありえない速さで飛び込んでいた。
『天下無双飯綱舞』
 双剣の上級アーツが発動する。
 アーツにより、巨人の攻撃はキャンセルされ、シンに攻撃の隙を与える。
 シンは、すかさずメニューのアイテム欄を開き、『恋人のタロット』を使用する。魅了、という仲間を攻撃してしまう状態異常を与えるアイテムだ。
 ボスモンスターに仲間となるモンスターなどはいないため、この状態異常は無意味。だが、シンの目的にとってはどうでもいい。
(あと少し。すぐ決める)
 魅了状態は、攻撃してしまう仲間がいなくても、攻撃行動を起こさないままで動きが止まる。
 それは絶大かつ絶好の隙なのだ。双剣特有、他の武器には無い怒涛の連続攻撃を確実に決めていく。シンの双剣は、連打系という、双剣のなかでも連続攻撃に特化した種類。
 やがて、その連続攻撃はシンの目的の一つを達成する。
 ボスモンスターの体の周辺に、青、紫系統の色で彩色された、輪のようなものが幾本も現れる。この状態になったモンスターに、アーツを当てることで、レンゲキが発生する。 
 『連撃』
 画面上に大きく表示される。
 そして、通常のアーツ以上の大ダメージを巨人へと叩きつける。
 今、二つ目の目的も達成された。
(これで勝負を決めれば、クエストミッション達成)
 シンは、やはり、というかもう当たり前に心で確認し、最後の目的を達成する。

『進化覚醒』

 テンションゲージと呼ばれる、一定の条件で上昇するゲージが上限にまで達すると、『覚醒』を発動できる。
 シンは、今行っているクエストの、前。つまり先ほど終えてきたクエストで、この特殊な覚醒を取得していた。
 本来、攻撃力、攻撃スピード、反撃不能などの怒涛の攻撃系の覚醒『武獣覚醒』と、同じく反撃不能、MP消費なし、連続でスペルを使用する、特殊攻撃系の『魔導覚醒』と、最後に、仲間との信頼関係が大きく反映され、強大になっていく、『神威覚醒』という3つの覚醒から選択して使用するのだ。
 が、シンは、この特殊キャンペーンクエスト、『舞い降りたものを』をクリアしたことで、この『進化覚醒』を特別に使用できるようになったのである。
 もちろん、シンだけが、というわけではない。クリアしたプレイヤーは何人も居るだろう。シンは、そのうちの一人だというだけ。
 覚醒後、シンの体が白く輝きだす。
 身を屈め、肩を抱き、顔を俯かせ、悶える。苦しいのではない。これは多分、武者震いに該当する類のもの。
 シンのPCの周囲に、網目状の球体が出現する。その中で、より身を屈め、その力の大きさに震える。この現象そのものはこのゲームで見ることはできる。ただ、それはあまりに『場違いすぎた』。
 そして、最大限まで押さえ込んだ力を、開放する。篭められた力は、余すことなく発散され、輝いていた光が拡散する。
 シンの手には、新しい力。それを振るう。思いっきり。


強い力を、手に入れた。きっと離さないようにと。その力に負けないくらい、強く握り締める。



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第三部・opening word『笑顔の』

 再び、シンはブレグ・エポナに居た。イベントを終え、クエスト屋に報告するためだ。
 エレベーターに乗り、交流地区へ。NPCショップや、クエストや、@HOMEなどが集められている。マク・アヌのようなワープは必要ない。上級者のための、必要最低限のタウン機能である。
(報酬、あるのかな……)
 まわりにはかなりのPCは存在する。声を出しても、別段怪しくも無い。他のPCの声は普通に聞こえる。しかし、それでもシンはため息すら声に出さない。

『……戻ったか。見ていたぞ、お前の力の行使を』
 先ほどのNPCが語り始める。それを、シンは黙って聞いている。
『お前は力の行使を行った。力を必要としたのだ』
(別に使わなくても良かったのか)
 シンは、使わなければ最初からやり直しになってしまう、ペナルティ付きのイベントだと思っていたのだ。今言っていた限りでは使わなかったことでのペナルティはないだろうが、使わなければならないとばかり思っていた分、拍子抜けだ。
『その力はお前にとってなんだ? 必要か?』
(……)
 シンは答えない。
 しかし、それ以降NPCも一切口を開かない。
(…………ダメか)
 シンは、仕方ない、といったふうで答える。
「必、要」
 その答えに、NPCは何もなかったかのように答え、続ける。
『そうか。そうなのか。……では再度問おう』
(まだあるのか)
 別に時間が無いわけでもないが、長ったらしいイベントは、好む側ではない。人並みにストレスを感じイライラすることもある。
『お前にとって、それは剣か。それとも盾か』
(……傷つけるか、守るかってこと?)
 シンは思う。よく、物語なんかでこういう主人公の善意をはかる質問などはある。まさか、そんなありきたりなものがここで出るとは思わなかった。
『己を斬らんとするものを、斬るか』
 NPCが続ける。
『それとも己を斬らんとするものを、防ぐか』
 やはり、予想したとおりのことらしい。
『お前にとって、力とはなんだ』
 上乗せで聞いてくるNPC。シンは、答える。だがそれは、
「何を持っていても、傷付けることはできるし、傷つくこともある」
 『答え』ではなかった。
『…………』
 NPCは考え込むように沈黙する。プレイヤーが返答する必要がある会話などは初めてだ。もしかしたら、「はい」か「いいえ」ではない答えだった所為で混乱しているのだろうか。それとも、システム側の人間が対応をしようとしているのか。
 やがて、NPCは静かに語りだす。
『……お前の答え、受け取った。これを授けよう。受け取るがいい』
 そういって、両手を掲げるNPC。シンも、同じように右手を差し出して、受け取る。
 そのアイテムは武器装備品だった。計4つの武器は、双剣、刀剣、大鎌。PCが装備可能な武器が取得できるようだ。

双剣・『回式・百面相』
双剣・『回式・小鳥遊』
刀剣・『古刀・八月一日』
大鎌・『大鎌・月見里』

(これは……)
 百面相はともかく、3つある名前は難読名字、と呼ばれるもの。あて字のようなもので、そのままでは読むことは難しい。頓知のような読み方なのだ。
 ちょっとしたことから、シンは一応すべての読み方はわかるものの、正直あまり一般に広まっているものではない。知らなければ知らないというものだろう。
 ちなみに、難読の3つは現実で人の名前として実在する。ほとんど見かけることは無いだろうが、もしかしたら製作者の中にそんな人がいて、遊び心として武器名に採用したのだろうか。
 しかし、そんなことよりも、シンにその名は、衝撃的だった。
(っ!?)
 そして、その衝撃は唐突過ぎた。皮肉を超えて侮辱、侮辱を超える、言葉で形容できないほどの、どんな罵詈雑言よりも胸を貫くようなモノな気がした。
(……)
 しかし、それを捨てる気にはならなかった。持っているのは確かに辛いが、それを捨てるのは他でもない自分の手で壊してしまうような気がしたのだ。
(……っ)
 自分でも分からない。いやなら捨てればいいじゃないかといわれて反論なのできない。それでも、どうしても、捨てることができない。仕方なく、所持アイテムに入れておくしかなかった。
(余分なアイテム、換金しにいこう)
 シンは気晴らしにと、先ほどのイベント中に手に入れたアイテムをショップへと換金しにいくことにした。
(ギルドショップのほうがいいか。物によれば高く売れる)
 シンにとって所持金はどうでもいいのだが、あって困るものではない。ごちゃごちゃと整理のつかないアイテムをいつまでも持っているよりマシである。
(ん、適当に。すぐそこだし)
 ブレグ・エポナのギルドショップは、クエスト屋の周りにある。行くというか、もう来ているといっていい近さだった。
(ひとつひとつ回って、アイテムを……) 
 ふと、ギルドショップを開いているPCに目が留まる。小柄なタイプの獣人PC。オレンジ色の、ぽてっとした体には、見覚えがあった。それは、間違いなく。
(……ガスパー?)
 この2ndがまだレベル1だったとき、いろいろと世話になったPCだった。別に、変な意味ではない。素直に助かった。
 こちらの視線に気づいたのかといってもゲームで視線も何もないが、ガスパーも、シンに気づいたようだ。
 ガスパーに、驚きの表情が浮かぶ。
「あぁ~! シン! シンじゃないかぁ~?」
 いつもの、間延びした声は、やはり間違いなくガスパーである。
「ん、久しぶり、ガスパー」
 見つかったといっても、気になどしない。どころか、その懐かしさすら感じるキャラに、今さっき貫かれた胸は気になら無くなるほど癒されていた。
「久しぶり、なんだぞぉ、ホントにホントに久しぶりだなぁ~♪」
 本当に、とシンは思う。一緒にエリアに行った時のように、ちょっと何かあっただけで喜びの声を上げるのは、変わっていない。というより、これはずっと変わらないことなのだろう。
「ん。あの時は、ありがとう」
 久しぶりというが、日数的にはそんなに経っているわけではない。ネットゲームの中では、現実以上に日数の開きが長時間に感じられる。それは『日常の中の出来事』ではなく『日常の中の出来事の中の出来事』であるが故。
 実際、シンもガスパーとの再開をかなり久しい思いに感じている。
「いやいや~、お礼なんていらないんだぞぉ。おいらたちは、当然のことをしたまでなんだぞぉ」
 ガスパーは、年下(だろう)であるにも関わらず、大きな信頼感と親近感を感じることができる。容姿と間延びした声もさることながら、その雰囲気というか、仕草などいたる部分が幼い子供のような、年上としては弟のような感覚を覚えるからだろう。
 そんなガスパーが、シンの希少とすらいえるほど数少ない心を許せる相手であることはシン以外知らないだろう。
「どう? このThe Worldにはなれたのかぁ?」
 ガスパーが聞く。シンが初心者であると思っているのだから当然の質問である。このゲームのみならず、すべてのオンラインゲームでこの言葉は幾度と無く繰り返されてきたことだろう。
「まあ、うん。だいぶ……」
 曖昧な返事しかすることができない。慣れるどころか、今やステータス的にも十分上級者である。
「そっかぁ、楽しんでくれてるみたいで、おいら嬉しいんだぞぉ」
 ガスパーは笑う。そもそも、ここがブレグ・エポナであることをガスパーは判っていないのだろうか。
「ごめんごめん、遅れちゃた。待たせてごめんね、ガスパー」
 唐突に、後ろから声がかかる。当然、それは聞き覚えのある声だった。
「あぁっ、シラバスぅ~おかえりぃ~」
 ガスパーが声に気づき、やってきたPCに大きく手を振る。
 やってきたのは、シラバス。緑色を主とする人型の青年PC。以前、ガスパーと一緒に、初心者(だと思った)のシンを手助けしてくれた。
「ただいま、ガスパー。……ってあれ? お客さん?」
 こちらの存在に、シラバスが気づく。お客さん、というのはギルドショップを開いていたからだろう。
「ん」
 シンが体ごと振り向きながら言う。なんとなく、真正面から顔を合わせるのが気恥ずかしくて視線をそらしてしまう。
「シン! うわぁ、久しぶりだね!」
 シンを確認すると、シラバスが感嘆の声を上げる。なんでそこで喜ぶのだろうと、シンは思う。
「何日か、しかたってないけど……」 
 予想していたはずの反応に、それでもしどろもどろになって答える。
「そうだっけ? 他のみんなとはしょっちゅう会ってるからかなぁ。数日空いただけでも長く感じちゃうねw」
 そういって、シラバス、ガスパーは笑う。
「えと、やっぱりここって『カナード』の」
 ギルドをやっていて、ここにガスパーが居る時点で予想はついた。ガスパーが一人でクエストを受けに来るわけが無いし、当然だろう。それになんとなく、ガスパーは売り子向きだと根拠なしで思った。
「うん、そう。ギルドショップだよ。いつもガスパーに店番してもらってるんだ。結構評判はいいんだよ?」
 賞賛するシラバスの言葉に、どうだといわんばかりに胸を張るガスパー。
「……うん、すごいよ」
 飾り気がなく、短すぎるぐらいの言葉に、ガスパーは素直に喜んでくれた。
「えっへん、おいらにも取り得のひとつぐらいあるんだぞぉ」
 なんか喜びどころが違う気もしたけれど、本人が喜んでいるので構わないことにする。
「ガスパーのすごいところはそれだけじゃないってばw頑張ってるよ」
 シラバスとガスパーのコンビはとても相性がいい。きっと彼らには水と油という言葉は存在しないだろう。
 本当に、仲がいい二人だ。
 シンは、この二人と話している間は、胸のつかえがどこかへ隠れているのに気づく。たとえ消え去りはしなくても、この時間はシンにとって大切な時間に思える。
「そういえば、まだなのかぁ?」
 ふと、ガスパーが思い出したようにシラバスに問う。
「ああ、もうすぐ来るころだと思うんだけどね」
 どうやら待ち合わせか何かのようだ。『カナード』はそれなりに有名なギルドのようだし、メンバー仲間がいるのかも知れない。とシンは思う。この二人と一緒に居るというなら、人物的に良い人なのだろうと予想する。
「んー、でもどうだろうねぇ。あの二人にあちこち連れまわされてるかもw」
 シラバスが呆れと親しみを込めて言う。どうやら待ち人は3人ほどらしい。パーティでも組んでどこかへ行っているのだろうか。今の表現的に、その二人に振り回されている一人が中心人物のようだ。
「いつもいつも、大変だぞぉ」
「少しうらやましい気がするけどね、良いなあ、彼女欲しいなあ」
 シラバスの言葉からするに、つまりは待ち合わせのPCは男、二人とは女らしい。
「誰か来るの?」
 一応事情は察したが、聞いておくことにする。場合によっては、この場を離れたほうが良い可能性もあるような気がする。シラバスとガスパーには申し訳ないが、初対面のPCが居る状況で上手くやる自身が無い。
「うん、僕ら、『カナード』のギルドマスターだよw」
 少し、意外だった。
「マスターは他の人が?」
 てっきり、ギルドマスターはシラバスが勤めているとばかり思い込んでいた。しっかりものだし、適任である。
「あ、一時期ボクがギルドマスターだったときもあるんだけどね」
 話によると、途中からメンバーに加わったPCを、ギルドマスターに任命したらしい。二人がとても信頼している人物だそうだ。
「僕らのグランティとか、結構面白いんだよw」
 グランティ、とはギルドのマスコットキャラのことで、ノンプレイヤーキャラクター、NPCのことで、アイテム屋、クエスト屋やイベントを仕切るキャラもこれに含まれる。
「あぁ! シラバス、来たんだぞぉ」
 突然、街の一角を見たガスパーが言う。つられるようにシラバスもガスパーの視線を追い声を続ける。
「えっ? あっ本当だ! おーい!」
 シラバスとガスパーの言葉に、シンはエレベーターのほうを向く。そこから、三体のPCがこちらに向かっていた。先ほどの予想通り、男一人、女二人のパーティだった。
 女の一人は、呪療士らしき白と淡い黄緑色の大人しそうなPC。雰囲気からして『それっぽい』感じだった。
 もう一人の女PCは着物を着崩してアレンジしたような軽装で、赤髪の見るからに活発そうなPC。前者後者どちらも、どこかで見たような記憶があった。一体どこだったろうか。少なくとも知り合いではないのでただ一方的に目にした程度のはずなのだが、そんなことで覚えているほど記憶力はよくない。ある程度インパクトのある出会い方をしたはずだが、判らなかった。
 疑問を払い、男の方を見る。歩みとともに静かに流れる白銀の髪。髪と同じように、白銀の美しいボディ、特徴的な襟部分。不思議な形のよろいを付けた下半身など、あまり見かけないエディットタイプのPCだった。
「悪りぃ、待たせたな」
 男PCが頭を掻きながら言う。その口調から、少年的クールさが感じられる。年齢的にシンと大差ないだろう。
「こいつらが、何時までも景色とか、チムチムなんて見てっから……」
 男PCが後ろの女PCの二人をチラッと見ながら言う。その視線と言葉の意味に気づいて、
「ああっ、ずるいです! 人のせいにするなんて!」
「何っ!? お前だって結構楽しんでたじゃんか!」
 女PC二人が声を揃えて反論する。やはり予想通り、イメージとぴったり当てはまる感じだった。外見と雰囲気も対極的だが内面的に通じ合うものがあるらしい。否、精神的共通点だろうか。
「間違ってはないだろw?」
 二人の反論などどこ吹く風といったように、男PCは続ける。
「アトリはボーっと景色に見とれてるし」
 白と黄緑の呪療士の少女は『アトリ』というらしい。やはりこの名前は、どこかで見た記憶がある。
「揺光は揺光でチムチムをどれだけ蹴飛ばせるなんてくだらないことやってるし」
 赤髪の活発そうな少女は『揺光』というらしい。これはやはりどこかで――――と、シンは閃いた。
「あ」
 今そこにいるのは、前紅魔宮の宮皇だった、双剣士の『揺光』だった。見たことのあるような気がして当然である。アリーナへと赴いたことが無いわけではない。意外な大物との対面に、少なからずも驚くシン。正直、シラバスとガスパーがこの二人につながっているなんて思いもしなかった。
「まあまあ、アトリちゃんも揺光も、落ちついてw」
 シラバスが仲介に入る。実際に、シラバス達も知り合いのようだ。前宮皇と初心者支援のギルドというのはミスマッチな組み合わせに見えた。
 そして、得体の知れない男PCへと視線を移す。こちらにも、シンはかすかに見覚えがあるような気がした。
「そういや、お前は?」
 視線に気づいたのか、その男PCが聞いてきた。突然振り向かれ、驚きつつ答える。
「ん、えと。前にシラバスとガスパーにお世話になって……」
「へぇ、じゃああいつらのダチだな」
 そういって明るく微笑むPC。一見格好良い女PCに見えるその笑顔。綺麗だと素直に思いかける。余計に、緊張した。
「名前は?」 
 こちらの心境など知らず、再び男PCが聞いてくる。向こうはこちらに警戒心などは抱いていないようだったが、こちらは緊張が解けない。
「シンです」
 はっきりと聞き間違えられないように言う。その言葉を聴いて、
「シン、か」
 男PCは、確認するように呟いた。
「…………」
 なぜか、その男PCに名前を聞こうとは思わなかった。ただなんとなくなのだが、それに気づいてから、男PCの方が名乗ろうとしてないことにも気づく。名乗るべき時だけど、名乗るのを躊躇しているような。
 沈黙で自己紹介が終わると、シラバスが二人の女PCとのやり取りを終えて、こちらへと来る。
「そういえば紹介してなかったね。こちらが、僕ら『カナード』のギルドマスターだよw」
 それ自体は説明されるまでもなくわかってはいるのだけれど。
 シラバスはそれをすることが誇りのように胸を張って言う。
「そして、なんと! かの有名な『死の恐怖』―――」
 シンは愕然とする。
 死の恐怖。それは今や初心者でもない限りこのゲーム内で知らないPCはいないだろう(様々な事情故に、新規参加者は少ないのだが)。
 執拗にPKを追い続け、幾人のPKを切り伏せたPKKであり、一度にPK100人斬りを達成したともといわれる。
 また、あの超難関イベント『痛みの森』をもクリアしたと伝えらえる、伝説のPCに与えられた称号なのだから。
 そして、現竜賢宮の宮皇――のみならず、紅魔宮、碧聖宮もの、全階宮を制覇した、最強プレーヤーにも選ばれるほどのPCである。その功績は、全ネットゲームプレイヤー中最強としてニュースになるほど。
 そして、その名は。
「…………ハセヲ?」

知らず、運命の名を呟く。

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