Fancy&Happiness

Fancy&Happiness

第8章


お互いのこと、趣味のこと、そして
これからのこと
華乃は言った。
「私、近い将来には死ぬと分かっているのに、精一杯生にしがみついて、辛い思いして苦しみながら死ぬのは嫌なの。」
だからホスピスを選んだんだよ、と笑って見せた。
「でも、抗がん剤とかの治療を受ければ少しは長く生きられるかもしれないだろう?」
僕は言う。そうすれば、華乃が少しでも長生きするのなら、そのほうが良いと思ったのだ。
「そうだね。・・・・でもどうせいつかは死んじゃうんだよ?残された時間を、苦しんで生きながらえるか、有意義に過ごして死ぬかは病人の価値観とかの問題だと思う。」
それに、と彼女は言って、自慢にしている長い髪に手ぐしを通した。
「抗がん剤とかやったら、この髪の毛も抜けちゃう。それも嫌だったんだ。」
たしかに、彼女の髪の毛は病人らしくなくしっかりとしている。
「空輝ちゃん、空輝ちゃんはやっぱり・・・・・ここを死を待つ場所だと思ってるでしょう?」
「いや、そんなこと・・・・、」
そうは言ったが、確かにそう思う節はある。
次第に弱々しくなっていく彼女を見ていれば、なおさら
でも、彼女は元気に笑って言うんだ。
「だったら、そんな顔しないで!私は毎日楽しく過ごしてるよ?死ぬのも、もう怖くない。」
徐々に死の影を匂わせていても、やはり彼女は笑みを忘れない。
「華乃・・・・。」
そんな彼女がすごく愛おしく思えて
「愛してるよ、」
思わずそうつぶやいていた。
「うん!!私も空輝ちゃんのこと大好き!!!」
・・・・誰にも分からなくても、僕たちだけは分かっている
『愛してる』『大好き』の本当の意味。
そうだろう?華乃 

桜の木が緑の葉をすべて落として、景色が暖色系の色合いになる頃には
・・・・・華乃はもうこの世界のどこにもいなかった。
ちょうど、夏から秋へ季節が移るその時期。
僕が訪れたホスピスの101号室には見知らぬ人の名前が書かれていたんだ。
呆然と、その名札を見る
何度見ても、『吉村 華乃』とは書いていなかった。
考えれば、僕と華乃はお互いの連絡先を交換したりすることも無かった
華乃の両親に逢うこともなく、僕たちが親しい関係だと気付いているのはここに勤める人くらいのものだろう。
・・・・だから、僕に彼女が死んだという知らせがくるはずもなくて
突然、といえば突然で、そうではないといえばそうではなかった。
彼女が確実に病魔に犯されていることを僕は知っていたし、感じてもいた。
・・・・でも、こうも簡単に人というのはいなくなってしまうものなんだろうか?
事実を受け入れられず、僕は101号室の前に突っ立っていた。
・・・・・どれくらいそうしていたんだろう?
「・・・・あの・・・・・、」
遠慮がちな声に意識を取り戻す。
そちらを見れば、受付で見たことのある女の人が立っていた。  9へ続く


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: