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2016.01.24
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 贅沢ともったいない、の境界線について。

 いちご狩りを主催している農家が、いちごを雑に食べて捨てている客がいて悲しい、せっかく丹精込めてつくったのに、こんな食べられ方をするなんて、というツイッターと写真が話題になっています。

 上のイチゴの食べ方、本来この手の「○○狩り」って、消費者に選択権を預けてしまった現場を生産者が目撃する、珍しい場所なんです。普通、農業も漁業も自分の作った野菜や果物、あるいは魚を業者に「おろす」ところまでしか見ていない、しかし、その食べ物が客の食卓でどんな食べられ方をしているかわからない。場合によってはほとんど手も付けられず捨ててしまう、いや、もっといえば売れないまま賞味期限が来てゴミとして廃棄処分、なんてことも普通です。だから、そういうことは普段は生産者の目に可視化されていないだけです。

 で、今回のイチゴについてですが、農家の人がショックを受けているのはわかる、からこそ、いちご狩りのシステムを変えることが求められる。その場で取ってその場で食べる、しかも時間で取り放題、になったら、こういう機会にと人は贅沢を求めます。この場合の贅沢とは「食材を無駄に食い散らかす」贅沢。

 こんなことは本来、この客が自宅でパックのイチゴを買ってきたとしたらしないでしょう。なぜなら「もったいないから」このもったいないというストッパーはお金に比例します。

 いちご狩りの「その場で捥いで食べる行楽的面白さ」と食品の美味しさは関係ない、となっているから、こういう食べられ方をしてしまうのではないかなあ。よく食べ放題バイキングでも食べきれない分量を皿にもって、結局ゴミに、なんてことはあります。

 いちご農家の方、もし、本当にいちごを大切にしてほしいのであれば、取ったいちごをその場で食べるのではなく、それこそ摘んだ分量を量り売りでパックしてあげた方がいいですよ。もったいない、って思想や倫理観は「同じ料金」となった途端、一気に決壊します。

 食材の無駄と贅沢は近似値であり、その贅沢を求めてやってくるのが客ですので。だから、この「贅沢」をシステムとして認めている以上、もったいないは逆に快楽を助長させるエッセンスになってしまう。罪悪感が快楽を上回れば一線を超えることはありませんが。





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最終更新日  2016.01.24 21:54:56
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