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テーマ: 實戦刀譚(65)
カテゴリ: 實戦刀譚

偽刀談義


 現地鑑定


 街に売る古い刀の五、六割までは偽物だといったら、
誰でもちょっと驚くだろう。
刀を見る初歩の眼さえあったら、およそ看破のできそうな偽物に、
仰々しく“眞正保証”の札をつけてあるなどは、その心臓の程がむしろ憎々しい。
 ついさき頃、ある刀剣及び武道の会の主催で、
全国から集まった会員所持の日本刀数十振りについて、
権威ある大家の鑑定したところによると、
これはと思われるものはわずかに数振りしかなく、
その他二流以下の本物、確かな無銘物を入れても、
半数はどうかと思われるものばかりであったという。
 今までどこにどう保存されていたかと怪しまれるほど、
古い刀が陸続〔りくぞく〕と出てくる。
某百貨店で開かれた刀剣鑑定及び即売の会へ行って、
世俗的に名の売れている職業鑑定家が、
次から次へと目まぐるしく鑑定していくのを見ていると、
十中八九まで、これは本物だ、この無銘物は誰の傑作だと、
極めて無造作に紙片に書いてやって若干ずつとる。
中には尤物〔ゆうぶつ〕だといわれて無性にうれしくなり、
本鑑定をたのみ、高い折紙料を払っていくものもある。
ここで見ていると、まず八、九割までは本物で通る。
 自分が今事変に従軍中、現地で見た約数千振りの日本刀についていえば、
偽物偽銘も相当あったが、不思議な事には、
内地の刀屋で見るような、危険なあぶなっかしい刀はあまりなかった。
戦争に行くという決死の覚悟の前には、役に立たないような偽物は、
自ら影をひそめてしまうのではなかろうか。
真剣に物を見る目には、神秘が宿っていて何もかも看破されるのではなかろうか。
そうした事の実例がある。
 徐州戦の初期、清寧城から三方から敵に囲まれていた中で、
山崎という騎兵軍曹が『角大八』という銘の上部だけ残っている
雄偉な大磨り上げの新刀を修理にもって来た。
軍曹はこれでその日まで敵を相当斬ったが、
粟粒ほどの刃こぼれが三つ四つできたのと、刀身が少々曲がっただけであった。
軍曹がこの刀を選定したのについては、
刀剣に一隻眼を有する友人が、家にあった古刀、
備前國住長船修理亮盛光作、と銘のあるものをすすめたのに対して、
咄嗟に、もしや偽物ではないかしら、と何という事なしに考えた。
そこで、別の刀二尺二寸八分『角大八』とあるものを
父君から乞いうけて出征したのであるが、如何なる刀匠たるかを知らなかった。
しかし実に物凄い刀ではあったのだ。
長船盛光は、なるほど大業物二十種のうちの一つであるが、
数の少ないものであり、かつ聞いた通りの銘字とすれば、
まず偽物らしく思われる。
それにひきかえ、角大八は、源元興と称する會津藩のお抱えの鍛冶で、
武用刀としては申し分ないものであり、
しかも偽物まである程に名が現れていない。
 刀剣については、専門的に知識のない山崎軍曹が、
短時間中に、自らこの判別をしたのは、いわゆる第六感の働きで、
物斬りと同じく無意識の意識がさせた不思議さのひとつとも見られる。
 本当の鑑刀というものは、こうした境地にまで至らなくては、
あるいはわからぬのではないかとも思われる。
これは理屈ではなくて、誰でも、今現に己が戦争に行くとして考えてみたら、
刀屋のいう事だけでは安心ができまい。
 徐州陥落以後、開封城内で、ある少尉の佩刀正宗を見た。
初陣に敵を一人斬った瞬間ぐたっと曲がってしまった。
それで二人目の敵に切りつけたが、
曲がっているために手元が狂ってついに逃したという
無念の思いのまつわったものであった。
 これは自分が現地で見た唯一の正宗であったが、
本物としたら正宗では戦争はできぬという事になる。
もっとも正宗は刀の王者で、戦争を馳驅〔ちく〕するような端武者ではない。
飾って鑑賞する刀だといわれればそれまでだが。
 偽物でも、正宗に化けているほどの刀は天下の名刀だという。
天下の名刀をそのまま化〔ば〕かしておいたら戦争には役立ったはずだが、
正宗は平べったい、薄いというのが一つの条件だから、
刀の中に柏餅の餡〔あん〕のように入れられてある心鉄と、
紙一重のところまで研ぎ減らしてしまう。
この心鉄というものは、大体軟らかなものであるから、
それでたわいもなく曲がるのであって、
現地鑑定の結果は、まさに変造物という事になり、
それについていた本阿彌の折紙も怪しくなってくる。
 同じ日に、今少佐の佩刀で
W字形に三段に曲がった関の兼平という刀を手がけた。
稀刀で一般的な銘鑑には載っていないが、法名を道然といった古刀で、
こんなに曲がっていても刃ぎれひとつできず、
しかも曲がりを直すのに堅くて一通りの苦労ではなかった。
折れず曲がらず止むを得ず曲がっても疵ひとつつかぬという、
これこそ真に天下の名刀だ。
現地で鑑定した自分の折紙だ。
いわゆる、刀は現地鑑定以上の鑑定は有りえないということになる。






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Last updated  2013年01月24日 23時53分30秒


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