MUSIC LAND -私の庭の花たち-

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「十三夜の面影」11








ボーイが一番高いボトルをうやうやしく運んで来る。

お客の男が、グラス片手に

「かぐや姫に乾杯」と言うと、

「ありがとうございます。乾杯。」

とにこやかにグラスを軽くぶつける。

慣れてる様子だ。

「お仕事は何をなさってるんですか?」

「当ててごらん? ヒントは先生と呼ばれてることかな。」

「先生と呼ばれる職業にいい人はいないと言いますよ。」

「それはきついなあ」

笑って受けながすところは大物なのか。

「教師、政治家、作家、医者、弁護士・・・その辺ですか?」

うかがうように彼を見上げる。

「まあそんなところだな。

その中のどれだと思う?」

「どれでも同じですわ。」

「それはまたどうして?」

「手の内を見せない人には

こちらも見せないのです。」

冷たくあしらうようにグラスをマドラーで響かせながら

水割りを作っている。

「分かった。教えよう。

医者だよ。これでいいだろ。」

大の大人がご機嫌取るのだ。

「そうですか。教えてくださって、

ありがとうございます。」

急に笑顔でグラスを目に前に差し出した。

「お医者様なら、高いお酒なんて

飲み飽きているのでしょうね。」

「なんでだね。」

「だって、お礼とかでいただくのでしょう?」

「酒なんかじゃないよ。現金さ。」

あっさり言うもんだ。

「そうですか。

そのお金でボトルも入れてくださったのね。」

媚を売るような甘い声だ。

「こんなのお安い御用だけどね。」

「それでは、もっといいものを

私のために下さるかしら?」

手を彼の手に重ねてしなだりかかる。

「なんだい。何でも言ってごらん。」

鷹揚にグラスを揺らしている。

「それでは、医療過誤で裁判中のカルテをいただきたいです。

もちろん修正前のね。」

姿勢を正し、声のトーンが低くなる。

「なに言ってるんだ。そんなものあるわけないじゃないか。」

うろたえて、グラスから酒をこぼしてしまう。

「いいえ、金庫の中にしまってあるはずです。」

「なんで、そんなことを知ってるんだ。」

「月から見えたのです。」

言い放つかぐや姫に、医者はたじろいでいた。

僕も驚いた。何もかもお見通しなのか。

「なに馬鹿なこと言ってるんだ。

もう冗談はいいかげんにしろ。」

狼狽したのか、罵声をあびせる。

「冗談ではありません。

あなたはそのカルテを持ってくるのです。」

かぐや姫がじっと医者を見すくめると、

まるで催眠術にでもかかったように、

医者が立ち上がった。

「分かりました。持ってきます。」

大声を聞きつけたボーイが、

「どうかしましたか」と駆けつけると、

「いや、なんでもない。

私は用を思い出したので帰る。」

そそくさと帰ってしまった。

僕はかぐや姫に駆け寄り、

「何をしたんだい。」と訊ねた。

「何もしてないわ。

ただ彼の心に呼びかけただけよ。

本当は彼だって罪悪感を持っているの。

それを隠して仮面をかぶってるから、

外してあげたまでよ。」

何かを思い出すようにつぶやいている。

僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。

もう帰ろうと言いたいところだけど、

まだ勤務時間だからなあ。

こういうことをするために、

かぐや姫はこの店に来たのか。

まだ訳が分からないでいた。

続き





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