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038:選挙結果一年生が異例の立候補という、生徒会長選挙は大変な盛り上がりをみせた。越川翔は卓球部の主将ということもあり、運動部の熱烈な支援を集めた。さらに数多くの先生たちは、さりげなく越川翔への一票を、生徒たちに促した。これまでの生徒会選挙では、高々と公約をうたうことはなかった。しかし菅谷幸史郎の場合は違った。標茶町の活性化のために寄与する、と宣言したのである。菅谷は低学年の生徒と文化系クラブから、大きな支持を受けた。標茶町の活性化にまで言及したのは、開校以来菅谷が初めてだった。多くの教員は困惑した表情で、選挙の成り行きを見守るしか術がなかった。菅谷はアカだ。菅谷はアイヌだ。誹謗中傷の声は鳴り止むことがなかった。菅谷はそれらと、真っ正面から対峙(たいじ)してみせた。「私のことを、アカだといっている人がいます。おそらくどこかの国のような、独裁君主になるといっているのでしょう。そんな気は、毛頭ありません。生徒と先生が同じ土俵で課題について意見を交わし、解決できる学園にしたいだけです」「私には、アイヌの血が流れています。アイヌの何が、いけないのですか。私はアイヌの血を、誇りにすら思っています。だいいち、標茶という地名はアイヌ語のシペッチャがなまったものです。アイヌ語では、大きな川のほとりという意味なんです」 これらの演説は、確実に生徒たちの心をつかんだ。そして菅谷は、圧倒的な多数票を集めて当選した。一年生が生徒会長に就任するのは、初めてのできごとだった。 菅谷は生徒会顧問と相談して、副会長に柔道部の野方智彦、書記に農業科の寺田徹を選んだ。二人とも、以前にちらっと登場した人物である。
2019年05月31日
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099cut:漆原清明の決断――Scene15:R製薬の危機影野小枝 漆原清明さん49歳は、28年間勤めたR製薬を退職しました。あれから1ヶ月。漆原さんのこれまでを、日記から拾ってみます。◎30日前 R製薬最後の1日。社長にあいさつをする。いくつかの会社名をあげて「紹介しようか」といってくれた。でも会社を創設する決心をしている。社長のやさしい気持ちに感謝しつつ、握手をして別れた。社長室を出たとき、森永タヌキと鉢合わせになった。勝ち誇ったような笑顔で、「長い間、ごくろうさん」と吐き捨てて寄越した。無視をした。◎29日前 本日から会社設立の準備を開始。会社名は株式会社CP社とした。R製薬の評価の最低の2つをいただいた。どん底からのスタート。いいネーミングだと思う。資本金は早期退職制度でいただいた1000万円をあてた。最初は会社の登記をしなければならない。◎13日前区役所、税務署、銀行、公証人役場と普段行ったことのないところへ、何度も何度も足を運ぶ。会社の実印を作り、会社のパンフレットの案も作成した。たちまち資本金が音を立てて崩れはじめる。節約しようと、会社設立は全部自分でやった。書斎を整理して、会社専用の電話も引いた。ホームページを立ち上げるために、ソフトも購入した。◎昨日書斎の扉に「株式会社CP社」のプレートを貼った。稚拙で味気はないがホームページも完成した。パンフレットもできあがった。明日は会社創設のあいさつ状にそえて、パンフレットも送ろうと思う。 ◎CP社パンフレット――業績格差は紛れもない人災です。――営業リーダーを鍛えませんか。――CP社には営業リーダーをレベルアップさせた実績があります。――CPプログラムは「人間系ナレッジマネジメント」に特化した、毎月1日×6回の学び、実践し、磨き合うスタイルになっています。
2019年05月31日
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バンクシーの絵を見て■ずっと読んでみたかった『泡坂妻夫引退公演・手妻篇』(創元推理文庫)がついに刊行されました。本書以外に「絡繰篇」も出て入るようですが、まだ見つかりません。読むのと探すのと、また楽しみが増えました。■ネットに次のような記事がありました。――英国の覆面ストリートアーティスト、バンクシーがウェールズの車庫に描いた壁画が、開館予定のアートギャラリーに移された。――この壁画は一見の価値があります。私はマイクロソフトニュースで見ました。落書きとはいえないできばえに、感動すら覚えました。もしなかったら、「バンクシー」「画像」で検索してください。私が感動したのは、上段左から3番目の絵です。山本藤光2019.05.31
2019年05月31日
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037:ちん入者たち 翌日から南川愛華は菅谷幸史郎と一緒に、熱心に昼休みの教室回りを実行した。愛華はビラを頭上にかざして、その不当性を訴えた。幸史郎は胸を張って「私にはアイヌの血が流れています。もう一つの共産思想については、残念ながら正しくない情報です」と笑い飛ばした。 放課後の新聞部部室に、三人のちん入者が現れた。前島豊とその仲間たちだった。「南川はいるか?」 入るなり、前島は室内を見回した。愛華は不在だった。前島は恭二を見つけて、「越川がビラをまいたなんて、デマを流しやがって。あれは菅谷が自分でやったことだ。南川にそう伝えろ」と吐き捨てた。「票を稼ごうとして、菅谷が自作自演したんだよ。汚い手を使った」 背の高い色黒の学生服がいった。「前島くん、変ないいがかりはつけないで。出て行きなさいよ。私たちは編集で忙しいんだから」 田村睦美は、顔を紅潮させて指を突きつけた。前島はひるまず部屋を歩き回り、「この印刷機でビラを作ったのか」と印刷機を叩いてみせた。「出て行きなさいよ。先生を呼ぶわよ」 秋山可穂が甲高い声を発した。 三人が消えてから、恭二は情けない思いにかられた。何も反発できなかった自分が、情けなかったのである。同時に越川グループに対する怒りも、ふつふつとわき上がってきた。そこへ愛華が入ってきた。「前島たちが乗りこんできたでしょう。今、そこで会ったわ。菅谷さんがビラを自作したんだって、血相を変えていた」「そんなことをするはずがないのに、とんでもないいいがかりだわ」 田村睦美はため息まじりにいった。「ビラのことはもういわない。さっき菅谷さんとそう決めたの。だから堂々と政策で闘うわ」「あいつらの政策は、何なんですか?」「クラブ活動の活性化。その予算を厚くするんだって」 恭二の質問に、愛華は笑いながら応えた。下校時間を告げるチャイムが鳴った。「こうなったら、絶対に負けられないわね。がんばろうね」 愛華は大きな伸びをしてから、また笑ってみせた。勝利を確信している顔つきだった。
2019年05月30日
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098cut:早期退職制度――Scene15:R製薬の危機影野小枝 漆原さんと新谷さんがいつものお店で、またお酒を飲んでいます。このあたりは筆者のフィクションですから、詮索はしないでくださいね。新谷 タヌキのおっさんが統合推進本部長なんだから、やってられないな。漆原 早期退職者候補リストには、おれたちの名前もあった。新谷 タヌキのおっさんのことだから、うちの営業部はみんな、あっちの下っ端にされるのだろう。漆原 タヌキに呼び出されたよ。あっちではSSTなどやる意思はないとさ。あげくに地方の工場の総務課長といわれた。新谷 おれも呼ばれた。子会社の営業部長を打診された。漆原 辞めろってことだな。新谷 親会社がC社を傘下に入れ、R製薬がC社の傘下に入る。複雑な心境だよ。漆原 日本ではうちよりも、あっちの方が成績がいいんだから、仕方がないことさ。この前きみと飲んだときも、同じことをいったような気がする。新谷 淋しいよな。屈辱的だ。
2019年05月30日
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ケン・リュウ『母の記憶に』出た■本日で73回目の誕生日。学生時代も企業人時代も楽しかったけれど、老齢期のいまがいちばん楽しい。やりたいことだけをやっていればいい。執筆、読書、本屋通い。健康さえ万全なら、こんな充実した時間はありません。昔書いた小説を引っ張り出して、最後の改稿も始めました。■ケン・リュウ『母の記憶に』(ハヤカワ文庫)が上梓されました。『紙の動物園』からスタートした著者の短編傑作集の第3弾になります。ケン・リュウについては、近いうちに筆をとります。山本藤光2019.05.30
2019年05月30日
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036:靴箱のビラ 翌日、新聞部の緊急会議があった。全員が集ったことを確認して、南川愛華は一枚の紙片をひらひらさせて語りはじめた。「菅谷幸史郎さんを中傷するビラが出まわっています。みなさんの靴箱にも、入っていたと思います。これは明らかに、対立候補の越川翔側がばらまいたものだと思います。許せません。菅谷さんは町の活性化に寄与できる高校を目指すと主張しています。これは新聞部の目指す方向と完全に一致しています。だから、私たちは力を合わせて、菅谷さんが生徒会長になれるように応援したいと思います」 ビラは恭二も見ている。菅谷幸史郎は共産思想を持ったアイヌである、と書いてあった。「同じクラスの猪熊勇太くんが菅谷さんの推薦人代表だったのですが、野球部の顧問から運動部の推薦は越川だといわれて、推薦人を外されました」 詩織は、着席した愛華に向かっていった。「知っているわ。だから菅谷さんは独りで演説して歩いているの」「菅谷さんは勝てるかな?」 田村睦美が独り言のように呟いた。「一年生では、学校のことはわからない。先生たちも、みんな越川を応援している。だから私たちが力を合わせて、菅谷さんを応援するの」「おれたちもビラをまきますか?」 愛華の言葉を継いで、恭二がいった。「ダメよ。ビラまきは校則違反なんだから」 愛華はきっぱりと拒絶してから、「明日から私が、推薦人の応援演説をします」といった。どよめきが起こった。愛華は続ける。「みなさんは個別に、生徒を説得してください。ビラの件はみんな知っているんだから、それが校則違反だと伝えてください。そして菅谷さんの標茶町を元気にしたい、というメッセージを広げてください」
2019年05月29日
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097cut:漆原と新谷の居酒屋――Scene15:R製薬の危機影野小枝 いつもの居酒屋です。漆原さんと新谷さんがすごいピッチで、お酒を飲んでいます。新谷 まさに青天のへきれきというやつだ。漆原 ずっと親方白十字っていっていたのに。新谷 スイスがC社を傘下に入れて、あおりでR製薬の名前が吹き飛んでしまった。日本でいちばん古い外資だったのに。漆原 おまけに統合推進本部のこっちの責任者が、森永タヌキときている。もう終わりだな。新谷 きみは派手にやったから、彼のさじ加減でポンだろうな。漆原 覚悟しているさ。新谷 支店長たちも動揺している。漆原 1支店に2人の支店長はいらない。新谷 昨年が創立70周年だった。寿命だったのかな。漆原 日本の実績ではC社にかなわないし、存続会社がそうなるのは仕方がないかもしれない。新谷 おれは内資はイヤだ。漆原 辞めるしかないようだな。影野小枝 寂しいお酒になりました。急にお酒のピッチが落ちて、ため息ばかりの席になっています。
2019年05月29日
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橋本治『負けない力』出た■トランプさんへの「おもてなし」が過剰すぎると批判がでているようです。私はそうは思いません。おもてなしに過剰という言葉はあてはまりません。しかし誰かを犠牲にしてまで、その人をもてなすのはどうかと思います。相撲の升席の件です。■二、三日文体をかえてみました。スッキリこないので、元に戻しています。慣れない文体をあやつると、思考が錯乱してしまいます。■朝日文庫の橋本治『負けない力』が1年ぶりに書店にならびました。帯には「ロングベストセラー『知性の顛覆(てんぷく)』(補:朝日新書)につながる一冊」とあります。こちらは入手が難しいので、『負けない力』をぜひ読んでみてください。山本藤光2019.05.29
2019年05月29日
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035:研究テーマ放課後、恭二は新聞部部室をのぞいた。二年生の田村睦美がいた。「こんにちは」 恭二はあいさつをして、窓辺の椅子に座る。原稿から顔を上げて、睦美は思い出したようにいった。「瀬口くんはいいときに、新聞部に入ったのよ。前の佐々木部長のときは、書きたいことは一切書かせてもらえなかった。きれいごとばっかり。私が一年の時、抜き打ちテストの是非という記事を書いたんだけど、批判的だと没にされた。今度の愛華部長は真逆の人だから、やりがいがあるわ」 詩織が入ってきた。恭二を認めて、手を振る。「二人ともそろそろ、研究テーマを決めなさいね」 睦美は鉛筆をワイパーのように、左右に振り続けた。「もし決まっていないのなら、私たちの『文学のなかの高校生』に参加してくれてもいいよ」 睦美は何人かの部員と、小説のなかに登場する高校生像を収集している。読書が苦手な恭二には、歓迎できない誘いである。 帰り道、恭二は詩織に、研究テーマについて質問した。「まだ何も浮かばない。でもせっかく何かの研究をするのなら、恭二と二人でやりたい」「おれも同感だけど、何を研究したらいいんだ?」「義務じゃないんだから、焦る必要はないよ」「それにしても、菅谷幸史郎の演説はすさまじかった。詩織の教室にもきた?」「うん。標茶の活性化のために、貢献できる高校を目指すといっていた」「愛華部長と一緒だよな。二人とも前向きだ」「菅谷さん、勝てるかしら?」「越川さんには運動部の票があるし、微妙だと思う。でもあの演説を聞いたら、何としても勝ってもらいたいよね」
2019年05月28日
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096cut:存続会社は――Scene15:R製薬の危機影野小枝 SSTアカデミーは、第2サイクルに入っています。やはりSSTほどの、成果は上がっていません。P評価の営業リーダーたちに対して、MRからは露骨な批判が届いています。いちばん多い指摘は、学術知識がないために話を補完してくれない、という点でした。そんなとき、臨時の衛星放送があるので全社員は午後3時に、テレビの前に集まるようにとの通達がありました。衛星テレビに映った社長の顔は、少し青ざめているようです。社長 このたびR製薬は、C社と合併することになりました。存続会社名はC社となります。漆原 そんな。新谷 まさか。磯貝 うそだろう。岸本 頭のなか真っ白。河野 R製薬の名前が消える。影野小枝 C社はR製薬グループの傘下に入り、日本の存続会社名はC社となるようです。日本ではC社の売上の方がはるかに大きいのですから、仕方がないのかもしれません。
2019年05月28日
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『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)がいい■『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)を購入。私が書評を書いている何人かを読んでみた。純文学のナビ本としては、立派な内容だった。おそらく記憶を再現するために、時々引っ張り出す本になるだろう。読書好きはぜひ備えておきたい。■北海道が日本でいちばん暑い日が続く。長年済んでいたが、30度越えの日の記憶はあまりない。ほとんどの家はエアコンの設備がないので、どうしているかと心配になる。これも地球温暖化の影響なのだろうか。トランプは地球温暖化説に科学的な根拠がないと、早々と対策組織を離脱している。大国がそんな認識だから、対策は遅々として進んでいない。山本藤光2019.05.28
2019年05月28日
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034:生徒会長選挙六月になった。高校生活に慣れてきたとき、生徒会長選挙の候補者募集が行われた。例年なら学校側が推薦する誰かが、生徒会長に就任する。しかし今年ばかりは違った。何と一年生の菅谷幸史郎(こうしろう)が、名乗りを上げたのである。対立候補は学校側推薦の二年生・越川翔だった。彼は標茶町町長・越川常太郎の孫である。学校側は菅谷幸史郎に、立候補の撤回を求めた。一年生では校内のことが、わからない。だから立候補を、取り下げるように。表向きは、そのように説得された。しかし菅谷には、学校側の底意が見えていた。彼は頑として、説得を聞き入れなかった。昼休みの恭二のクラスにも、生徒会長候補の菅谷は、たすきをかけてやってきた。「生徒会長に立候補しました、菅谷幸史郎です。四年ばかり、土木作業員をやっていました。理由は高校へ進学する、お金がなかったからです。やっと資金が貯まったので、標茶高校を受験しました。無試験でしたが、合格しました。私は標茶中学の卒業生ですが、日本一雄大な標茶高校に憧れていました。今回生徒会長に立候補させていただいたのは、標茶高校を名実ともに日本一の高校にしたいからです。そのためには、勉強もクラブ活動も、そして何より標茶高校のみなさんが、町の活性化に貢献できるような学園を目指さなければなりません。どうか、みなさんの清き一票を、おっさん、菅谷幸史郎へとお願いします。私なら、できます」 大きな拍手が、巻き起こった。恭二は彩乃さんのことを、思い出していた。働きながら、定時制高校に通っている。彼女も、兄も、何と強い自分を持っているのだろう。菅谷は標茶町の活性化のために、といった。恭二の心のなかで、また新たなうねりが起こった。標茶町のために、自分ができる何か。まだ磨りガラス越しにしか見えないが、おぼろげながらやるべきことが、見えてきたような気がする。
2019年05月27日
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095cut:第1期SSTアカデミー終了――Scene15:R製薬の危機影野小枝 漆原さんと新谷さんは、いつもの居酒屋にいます。遅れて桑田さんと岸本裕美さんも合流しました。新谷 まずは第1期SSTアカデミー終了おめでとう。第2期の人選は漆原部長の案通りでいいよ。それにしてもご苦労だったね。桑田くんは、高知まで駆けつけたようだね。桑田 富樫さんがMRと口論をして、あげくに山の中に置いてきぼりになりました。ネチネチやったので、MRはキレてしまったようです。それに鈴木さんが、県立病院でドクターを怒らせてしまって、支店長が謝罪に行ったり……とにかく、高坂所長も怒って、アカデミーは引き揚げろという話になりました。新谷 山の中で降ろされた富樫は、どうしたんだい?桑田 やってられないって、休暇願を出して帰ってしまったんです。河野支店長が自宅まで行って、説得しました。結局、高知に戻ったのですが、ケンカしたMRとは同行できないままでした。漆原 富樫もそうだけど、鈴木もダメだね。岸本 第1期終了後のデータが出ています。やっぱり富樫さんと鈴木さんのところは、MRの意識・行動レベルが下がっています。大方はSST終了時のように、MRの意識・行動レベルは上がっています。新谷 SSTアカデミーのメンバーには、メンタルのトレーニングが必要かもしれない。MRやドクターを怒らせるなんて、最悪だよな。漆原 MRを育てる、ということ自体が理解できないんだろう。この2人には部下を任せられない。新谷 大宮は4人の営業リーダーが勉強会を開催したりと、相乗効果が上がった。岐阜もお互いに刺激し合って、大いにプラス効果が出ている。高知は佐藤が引っ張ってくれたが、富樫と鈴木を一緒にしたのがまずかった。
2019年05月27日
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『芥川賞ぜんぶ読む』出た■トランプ米大統領が国賓として来日。相撲を桟敷席で観戦し、米大統領杯を優勝力士に授与した。SPの警備はものものしく、なんだか別次元の相撲になっていた。相撲取りはえらい迷惑を受けたようだ。やはり桟敷席ではなく、貴賓席での観戦がふさわしかったと感じた。■『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)の広告が新聞に掲載されていた。これは大学生の時の私の夢。ずいぶん読んだはずだが、途中で頓挫した。本書はそんな挫折人の慰めになるかもしれない。本日買い求める予定。山本藤光2019.05.27
2019年05月27日
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033:予定稿放課後の新聞部部室では、南川愛華がホワイトボードに向かって何かを書いていた。その傍らには同学年の田村睦美と野口猛の姿があった。三人とも、藤野詩織が入室したのに振り向こうともしない。詩織は窓際の椅子に腰を下ろし、三人のやりとりに耳を傾けた。「越川翔か、彼にだけはやらせたくない」貼ってある紙片に目を向けて、野口猛はため息とともに強い言葉を吐き捨てた。田村睦美が続けた。「またも運動部だよ。これで部活費のほとんどは、彼らに持って行かれる」ホワイトボードに貼ってあるのは、生徒会長選挙の予定稿である。新聞部では、生徒会長選挙の号外速報を準備中なのだ。今年も運動部が名乗りをあげて、無投票で生徒会長が決まる。そんなことを見通して、新聞部では着々と準備を進めている。――生徒会長に越川翔さん――十一年連続で運動部からこんな見出しにそえて、越川翔の写真がはめられている。「越川って、町長の孫なの?」愛華が尋ねた。「そう、町長の孫で、越川ミートの次男坊。こいつは悪だぞ」「どうしてそんな人が生徒会長になるの?」「部活費の配分を決めるのが生徒会なんだ。それが終わったら、生徒会は何もやることがない」「町の活性化のためにボランティアをやるとか、校則を話し合うとか、やるべきことはたくさんあるわ」 愛華の話にうなずきながら、野口猛はまた大きなため息をついた。「標高を空気の淀んだ死んだような学舎にしてはダメ。もっと町の発展のために、若い力を発揮すべきなんだから。このままではダメ。誰も立候補しないなら、私がやろうかな」 愛華は「ダメ」を連発して、天を仰いだ。「愛華部長、ちょっといいですか?」 窓際から、詩織が言葉を発した。三人の顔が一斉に詩織の方を向く。「ひょっとしたら、うちのクラスの菅谷さんが立候補するかもしれません」 詩織の一言で、室内がざわついた。「本当? もしそうならビッグニュースだね。この予定稿はボツになるわ」 愛華がいった。
2019年05月26日
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095cut:第1期SSTアカデミー終了――Scene15:R製薬の危機影野小枝 漆原さんと新谷さんは、いつもの居酒屋にいます。遅れて桑田さんと岸本裕美さんも合流しました。新谷 まずは第1期SSTアカデミー終了おめでとう。第2期の人選は漆原部長の案通りでいいよ。それにしてもご苦労だったね。桑田くんは、高知まで駆けつけたようだね。桑田 富樫さんがMRと口論をして、あげくに山の中に置いてきぼりになりました。ネチネチやったので、MRはキレてしまったようです。それに鈴木さんが、県立病院でドクターを怒らせてしまって、支店長が謝罪に行ったり……とにかく、高坂所長も怒って、アカデミーは引き揚げろという話になりました。新谷 山の中で降ろされた富樫は、どうしたんだい?桑田 やってられないって、休暇願を出して帰ってしまったんです。河野支店長が自宅まで行って、説得しました。結局、高知に戻ったのですが、ケンカしたMRとは同行できないままでした。漆原 富樫もそうだけど、鈴木もダメだね。岸本 第1期終了後のデータが出ています。やっぱり富樫さんと鈴木さんのところは、MRの意識・行動レベルが下がっています。大方はSST終了時のように、MRの意識・行動レベルは上がっています。新谷 SSTアカデミーのメンバーには、メンタルのトレーニングが必要かもしれない。MRやドクターを怒らせるなんて、最悪だよな。漆原 MRを育てる、ということ自体が理解できないんだろう。この2人には部下を任せられない。新谷 大宮は4人の営業リーダーが勉強会を開催したりと、相乗効果が上がった。岐阜もお互いに刺激し合って、大いにプラス効果が出ている。高知は佐藤が引っ張ってくれたが、富樫と鈴木を一緒にしたのがまずかった。
2019年05月26日
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多和田葉子『ボルドーの義兄/雲をつかむ話』読み始める■昨日、相撲を観ていたら、ドーンという音がして激しい揺れが追いかけてきた。震源地はすぐ近くだった。震度4。書棚の上にのせてあった本が10冊ほど飛び出していた。そのほかの被害はない。■本日午前4時。熱気がこもっているので、書斎の窓を全開にする。待ち構えていたように、ひんやりとした風が入り込む。遠くでウグイスが鳴いている。ほかの鳥たちの鳴き交わしがけたたましい。救急車がサイレンを鳴らして走り過ぎた。昨日は近所の小学校の運動会だった。花火が上がらなくなって久しい。運動会は午前中だけの時短になったようだ。人の世は少しずつ変わってゆく。変わらないのは、鳥たちの世界だけだ。■多和田葉子『ボルドーの義兄/雲をつかむ話』(講談社文芸文庫)を読み始める。ドイツ在住のこの人は、硬質な文章で読みやすい。海外でも評価が高まっており、カズオ・イシグロのような立ち位置になるかもしれない。山本藤光2019.05.26
2019年05月26日
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032:柳田教諭の信念ゴールデンウイークを間近に控えた放課後、体育館の片隅では十人ほどの男子生徒が車座になっていた。「今年もきみたちが、番を張らなければならない。誰かやってくれるか」 輪を仕切っているのは、柳田教諭である。生徒会長は運動部から排出する。それが学校の規律を守るための最善策である。柳田はそうした信念で、毎年この時期になると、運動部の主将を集めている。柳田は元新聞部の顧問だったが、この信念だけは一貫していた。 文化部の一人が生徒会長をしていたときに、学校が荒れたことがあった。それ以来運動部が学校の治安を守るべきだ、と主張し続けているのが柳田だった。「先生、今年はおれがやります」 手をあげたのは、卓球部の主将・越川翔だった。町長の孫で、越川ミート株式会社社長の次男である。「いいだろう。越川ならアカも駆逐できる」 柳田は大きく頷き、「新聞部が跳ね上がっているから、それを抑えなければならない」と続けた。 標茶高校の生徒会長は、ここ十年ほど無投票で選ばれている。それもずっと運動部での回り持ちである。柳田は長島太郎が率いる、新聞部に疑念を抱いている。生徒会のいちばん大きな使命は、部活の予算配分である。運動部を手なずけることで、これまでは新聞部に厚く予算を回してもらっていた。今年は越川をいいくるめて、極端な予算カットをしてやる。 柳田は越川翔の肩を叩き、「頼んだぞ、越川」と告げた。
2019年05月25日
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094cut:埼玉大宮営業所のSSTアカデミー――Scene14:SSTアカデミー影野小枝 もうひとつSSTアカデミーメンバーが派遣された、埼玉県大宮営業所(塚越所長)をのぞいてみましょう。こちらには旭川営業所の山之内さんが行っています。漆原新任リーダー時代は帯広のMRでした。それから奈良営業所の大沼リーダーも一緒です。4人の営業リーダーが、面談のやり方について意見交換しています。塚越 山之内さんの提案ではじめた、水曜夜の勉強会は5回目になります。今日は大沼さんの番でテーマは「面談のやり方」となっています。山之内 ぼくが先週やらせてもらった会議よりも、面談の方がずっと難しいですね。自己申告、年頭の個別計画立案、評価のフィードバックなど、定例のものは別にして、講義を受けるまではいい加減なものでした。大沼 講義ってどんなのを受けたの? 山之内 札幌支店のマネジャー会議で、コラボプランの山本先生の講義を聞いたんです。まず会議と面談の違いの説明がなされ、ぼくたちはそれをごちゃごちゃにしてしまっている、と指摘されました。大沼 山之内さんに少しレクチャーしてもらった方がいいね。影野小枝 高知営業所に行ったメンバーとは、全然雰囲気が違いますね。あそこだけは例外で、だいだいこうした前向きな勉強の場が、生まれていたようです。念のため。
2019年05月25日
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中国のレアアース■女王蜂。なんと読みますか。ひらがなで書いてみてください。これも結構誤用が多い漢字です。「じょうおうばち」と書いた人は間違い。正確には「じょおうばち」と書きます。■レアアースは、携帯電話や自動車にとってなくてはならない原材料です。中国が世界の7割を占めています。これをアメリカとの貿易戦争の切り札として使うようです。日本も中国から輸出制限を受けて、大混乱したことがあります。これをやられると、アメリカの先端産業はがたがたになります。■『小松左京ショートショート全集・全1巻』(勁文社)は、時々引っ張り出して自由にページをくくります。小松左京と星新一のショートショートが好きで、開いたページを読むのが習慣になっています。気持ちを切り替えたいときに現れてくれる、偉大な作家たちです。山本藤光2019.05.25
2019年05月25日
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031:液状化現象を起こしている高校へ入学して最初の日曜日、恭二はプロ野球のデイゲームを観ていた。ファイターズの猛打が爆発し、一方的な展開になっている。店舗から父の大きな声が聞こえた。「母さん、戸田さんがお立ちになるって」 鼻眼鏡で新聞を読んでいた母は、立ち上がりざま「戸田さんが引っ越すんだよ」と恭二に告げた。恭二も母のあとを追った。店舗には、戸田さん夫妻がいた。戸田さんは瀬口薬局の隣で、靴店を営んでいた。不景気で閉店するという話は聞いていた。「寂しくなるわね。お店の借り手は見つかったの?」 母が尋ねた。「貼り紙をしてあるので、瀬口さんのところへ問い合わせがくるかもしれません。その際はよろしくお願いします」 戸田さんはそういって頭を下げた。 戸田さん夫妻を見送って、居間に戻った母は大きなため息をついた。「明日は我が身だね。また、シャッターがひとつ降りてしまった」「戸田さん、どこへ引っ越すの?」 恭二が聞いた。「釧路の息子さんのところだって。商いって自己責任でするものだけど、こうも町が寂れると、町の責任にもしたくなるわ」「地方活性化予算を、あんなばかげたものに投入しちゃうんだから、情けないよ」 お茶を飲んで、父はそういい捨てて店舗へ消えた。居間には父の残した声が、どんよりとただよっていた。恭二はテレビを消して、父の言葉を胸のなかではんすうしている。この町は液状化現象を起こしている。傾いてゆく、瀬口薬局の映像が浮かんだ。
2019年05月24日
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093cut:鈴木のSSTアカデミー――Scene14:SSTアカデミー影野小枝 鈴木さんと東出MRの初顔合わせです。高知営業所の片隅で面談をはじめました。鈴木 1週間きみと同行したら、翌週は長谷部MRと同行する。おれが与えた課題に、きみはその間単独で挑戦しなければならない。合格したら、もう1段高いレベルに引き上げる。そうして20回やったら、おさらばということになる。東出 よろしくお願いします。これ私の顧客別実績表と月間行動計画書です。大学病院と大病院の担当ですが、あまり成績はかんばしくありません。鈴木 任せておきなって。おれがバンバン売ってやるから。影野小枝 あらあら、鈴木さんはとんでもない発言をしています。営業的な同行はタブーなはずですよね。アカデミーの趣旨を理解しているのかしら。
2019年05月24日
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消えゆく「ヴ」■「ヴ」の文字表記が減っている、とのニュースに触れました。「ヴェトナム」の国名が最近では「ベトナム」と表記されるようになっています。国名についてはあまり違和感はありません。しかし外国人作家となると、「ヴ」でなければしっくりきません。たとえば「ヴォネガット」や「ヴェルヌ」のケースで、「ボネガット」や「ベルヌ」ではずいぶん情けない感じになります。■瀬尾まいこ『ありがとう、さようなら』(角川文庫)は、著者が中学教師時代をつづったエッセイ集です。作品にあらわれる世界の、原点を知るうえで貴重な一冊です。山本藤光2019.05.24
2019年05月24日
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030:町の活性化のために新聞部の会議を終えて、恭二、詩織、可穂の三人は「喫茶むらさき」に席を移していた。以前、前島たちにからまれた一件があるので、恭二は入るときにちゅうちょした。ほかに客はいなかった。「お母さん、同じ新聞部に入った瀬口くんと藤野さん。二人は相思相愛らしいわ」 とんでもない紹介に顔を赤らめながら、二人はあわてて冷たい水を飲んだ。可穂の母はこの前の騒動には触れず、初対面のようにいった。「瀬口さんって、瀬口薬局の息子さんね。藤野さんは、藤野温泉ホテルの娘さんかしら?」「はい」二人は、声を合わせたかのように答える。「あら、やっぱり息が合っている」 可穂の突っこみに、二人はまた頬を染める。「愛華部長は前の顧問の柳田先生と、大げんかしたみたい。それで今年から顧問は、長島太郎先生にかわったんだって」 可穂はさっき先輩から聞いたばかりの情報を、二人に披露した。コーヒーを入れながら、可穂の母が口をはさむ。「おまえたちはアカか、って柳田先生が激怒したようよ。この前、長島先生がお見えになって、町の発展を願う若者に、アカはないでしょうと反発したら、じゃあ、おまえが顧問になれ、っていわれたらしいの。それで長島先生は、引き受けることにしたんだって。長島先生はここで、ときどきモーニングセットを召し上がっているのよ」恭二の胸のなかで、小さな何かが破裂した。おもしろいかも、新聞部。「長島先生はテレビに出てくる先生みたいで、若くて正義感がいっぱい。すてきだよね」 可穂はうっとりとした表情で、そういった。「愛華部長は、標高新聞で町を変えると張り切っているけど、そんなことができるのかな?」 詩織は、砂糖を入れたコーヒーを口に運んだ。小首は傾げたままだった。「ただ文化祭がありました。体育祭がありました。こんなニュースの後追いばかりじゃ、つまらない。私は愛華部長を信じて、新聞でどこまで町の活性化に寄与できるのかに、挑戦してみたい」 可穂の熱のこもった話を、恭二は冷めた思いで聞いた。みんなで力を合わせれば、ちょっとくらいは大岩が動くかもしれない。たかが高校生が発信した記事は、予防注射の針が刺さったほどの、刺激にしかならないだろう。 愛華部長の演説を聞いたときは熱くなった恭二だったが、風呂に入れた雪みたいに、もう跡形もなくなってしまっているのである。
2019年05月23日
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092cut:高知営業所のSSTアカデミー――Scene14:SSTアカデミー影野小枝 SSTアカデミーから派遣された、佐藤さんと鈴木さん、富樫さんが、高知営業所の高坂リーダーと打ち合わせをしています。1か所に4人の営業リーダーが、そろい踏みですから壮観です。富樫さんは研修初日に、桑田さんにからんだ人です。高坂 ご苦労さまです。うちはMR7人ですので、1人を除いてみんなお世話になります。それにしても、我々にとって、とんでもないプロジェクトが立ち上げられましたね。富樫 SSTが成功したからと、漆原部長は調子に乗っているみたいだ。同期の新谷部長を騙して、おれたちを生贄にしたんだ。佐藤 まあ、そうカッカしないことだ。高坂 通達にあったみなさんの強み弱みを書いたレポートを、MRの個性と突き合わせて、こんな担当を考えているんですが。佐藤さん高知市内、鈴木さんは市内および四万十・土佐清水、富樫さんは市内および安芸です。鈴木 おれは車酔いがひどいので、長距離はムリだよ。佐藤 では私が代わろう。足摺岬は一度行ってみたかったんだ。富樫 高知は業績もいいし、MRはみんな優秀だと聞いている。高坂 結構個性派が多いので、成功例の共有などはできないのが現状ですよ。鈴木 でっかい成果をあげたら、漆原を喜ばせるだけだよな。
2019年05月23日
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垣谷美雨『農ガール、農ライフ』文庫に■「知だらけの学習塾」を365項目に改めることにしました。今はやりの売れている本に習ったものです。季節感も示したいので、来年1月を目指して、執筆を開始します。根幹には「人間力」をおきます。1月1日なら元旦をテーマに、1年のスタートの心構えなどを書いてみるつもりです。■垣谷美雨はとことんヘンテコ路線を走ります。最近文庫化されたものでは、『農ガール、農ライフ』(祥伝社文庫)はその典型作です。女流のエンタメ作家は珍しく、これからも目が離せません。「500+α」では、『老後の資金がありません』(中公文庫)を紹介しています。山本藤光2019.05.23
2019年05月23日
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029:新聞部への入部恭二は詩織の誘いもあり、新聞部への入部を決めている。新聞部は年に四回、ブランケット版の「標高新聞」を発行している。ブランケット版とは、朝日新聞などと同じサイズのことである。恭二は文章を書くのも、本を読むのも苦手だった。しかしこれといって入りたいクラブもないので、強引に誘う詩織にしたがったまでである。新聞部は佐々木部長が卒業し、後任の部長として南川理佐の姉・愛華(あいか)が就任したばかりだった。愛華は二年生で、恭二の兄と同級生である。「今年は瀬口恭二くん、藤野詩織さん、秋山可穂さんの三人が入部してくれました。佐々木先輩がいなくなったことだし、これからの標高新聞は、標茶町の活性化をテーマに、新たな紙面作りに挑戦します」愛華は肩まで届いている髪を、かきあげてから続けた。目元は理佐とそっくりだった。「これまで、学校内のニュース以外は書いてはいけない、というしばりがありました。しかしそれって、おかしいと思います。標高(しべこう)は標茶町という過疎化が進んでいる、貧乏な町にあります。だから私たちの若い力は、町の発展に必要なんです」 過去のことはわからないまま、恭二は愛華の演説を心地よく聞いた。せっかくの地方再生予算を、とんでもないプロジェクトでムダにした大人たちが、許せなかった。めらめらと、闘志がわいてきた。 最後に顧問の長島太郎先生が、あいさつに立った。長島は国語が専門で、教師になって二年目とまだ若い。「私は南川の標茶町の発展にも寄与したい、という考えに賛成だ。この町は空気だけではなく、樹までも死んでいる。若い力で、死んだ町を活性化させる。それを標高新聞編集の中核にすえた新たな企画を、楽しみにしている」恭二の胸のなかに、熱いものがストンと落ちた。
2019年05月22日
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091cut:SSTアカデミー初日――Scene14:SSTアカデミー影野小枝 SSTアカデミーに選ばれた18人の営業リーダーが集まっています。みなさん不安そうですし、不満そうです。何でおれが苛酷な同行をしなければならないんだ、と顔に怒りが表れています。漆原 みなさんには、同行の威力を実体験していただきます。もはや評価者ではない立場で、見知らぬMRと同行の毎日を過ごさなければなりません。これから紙を配りますので、自分の強みと弱みを書いてください。自分を知ることは、極めて大切ことですから、じっくりと自分を見つめ直してもらいたいと思います。影野小枝 漆原さんが席をはずしたとたんに、桑田さんへの集中砲火がはじまりました。富樫 2か月半も現場を離れて、うちの業績が落ちたらどう責任を取るんだ?桑田 もしも業績が落ちたら、富樫さんが偉大だったことの証明になります。しかし落ちなかったら、どうしますか? つまり富樫さんがいなくてもいいという証になるんですよ。そこに今までのままで、のこのこと戻るんですか。鈴木 2か月間同行して、MRのレベルが上がらなかったらどうなるんだい? 相手がお粗末で、伸びないってことだって考えられる。桑田 みなさんの同行対象からは、P評価(最低評価)のMRは外してあります。つまり誰もが伸びる可能性があるMR、と理解してください。富樫 冗談じゃない。やってられないよ、こんなこと。桑田 あなたがいなくても、営業所の数字は落ちません。私が保証します。富樫 何だって、お前少し天狗になっていないか。佐藤 まあまあ、もめなさんな。私はSSTを受け入れて知っているけど、彼らのお陰でMRのレベルは格段に上がった。同行は本来、営業リーダーの仕事だろう。それを忙しさにかまけて、おれたちは満足な同行をしなかった。おれはSSTのようにはできないかもしれないが、MRのために全力を出そうと思っている。影野小枝 佐藤さんが取りなしてくれなければ、どうなっていたのでしょう。
2019年05月22日
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コレット『シェリ』新訳出た■昨日の朝日新聞の記事です。ついに政府は重い腰を上げました。――韓国大法院(最高裁)が日本企業に元徴用工らへの賠償を命じた判決をめぐり、日本政府は20日、日韓請求権協定に基づいて、第三国を交えた仲裁手続きに入ることを韓国政府に要請した。――おそらく韓国は応じないでしょうから、日本単独での仲裁手続きとなるでしょう。■コレット『シェリ』は、河野万里子訳で光文社古典新訳文庫の仲間入りをしました。コレットは『青い麦』(光文社古典新訳文庫、河野万里子訳)を「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介しています。すばらしい訳文でしたので、本書を読むのは楽しみです。山本藤光2019.05.22
2019年05月22日
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028:穴吹兄弟の始業式 午前八時。穴吹健二は、標茶高校農業科一年B組の教室にいる。中学時代の同級生だった、寺田徹も同じクラスだった。徹の実家は、塘路で酪農業を営んでいる。「合格おめでとう」 徹は白い歯を見せて、健二にいった。中学時代、徹はバトミントン部、健二は卓球部だった関係で、二人は体育館でよく顔を合わせていた。「一度は高校進学を諦めていただけに、合格はすごくうれしい」 健二は徹に応えながら、入学した喜びをかみしめている。「よかったよな、進学できて。やっぱり高校ぐらいは、卒業しておきたいものだ」「兄貴はおれを高校へ行かせるために、昼間働くことになって、定時制に編入した。頭が上がらないよ」「おまえの家、厳しいんだな」「零細酪農家は、どこも大変だ。おれは毎朝五時に起きて、牛舎の掃除と餌やりを手伝っている。夏休みはアルバイトで、学費を稼ぐつもりだ」始業式を終えて健二は、卓球部員募集の看板の前に立った。中学時代の卓球部の先輩だった、越川翔が「おう」といって迎えてくれた。越川翔は町長の息子・誠の次男である。「入部したいんですが」「穴吹が入ってくれれば、大きな戦力になる。歓迎だよ」「よろしくお願いします」「また鍛えてやるよ。ところで兄貴の健一は、今日は欠席していた。具合でも悪いのか?」 翔と健一は、農業科で同級生だった。「いえ、定時制に編入したんです。働かなければ、ぼくを高校へ進学させられなかったからです」 健二は正直に告げた。「貧乏はつらいな」 翔は口中の食べカスを吐き出すように、顔をしかめて見せた。 午後六時。穴吹健一は、標茶高校定時制二年の始業式の列にいる。全日制からの編入は容易だった。二十一人の生徒は一年からの進級で、健一だけが新顔である。健一は困難なマラソンの、スタートラインに立った心境でいる。酪農と勉学の両立。健一は頭のなかで、二つをそっと天秤にのせてみる。ため息がでた。
2019年05月21日
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090cut:SSTアカデミー準備室――Scene14:SSTアカデミー漆原 アカデミーメンバーへの内示は、完了したかい?岸本 やっと出番がきました。SSTアカデミーのスタッフ岸本裕美です。17名は済んでいますが、北九州の佐藤さんがゴネているようです。桑田 SSTが入ったとき、おれは知らん、勝手にやれといった人ですよね。でも最後はよくやったって、感謝したそうですが。漆原 さっき福岡支店長の関根くんから、電話があった。彼は納得したそうだ。ほかのメンバーのリストを見て、おれはクズの仲間入りかと激怒したそうだ。SSTアカデミーの趣旨を説明し、全営業リーダーが順次参加すると説明したら、納得したとのことだ。岸本 SSTが入っていない営業所のリストです。業績順に並べてあります。桑田 知らないところで、知らないMRと丸2カ月の同行はしんどいと思います。しかもこれまでと違って、評価者ではない立場で行くのですから、MRも簡単な妥協はしませんよ。金魚のフンみたいな同行はできませんし、名刺パワーでクロージングもできません。漆原 来週から2週間は製品教育だけど、プロマネは全員きてくれるんだね。岸本 すべてオーケーです。SSTのときみたいに、製品ファイルも人数分用意しました。桑田 とりあえず主力3製品だけは、徹底的にやるつもりです。漆原 面談のスキル教育は、コラボプランの誰がきてくれるの?岸本 河村さんと小乃さんがきてくれます。影野小枝 いよいよプロジェクトの第2弾が動き出します。
2019年05月21日
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塩田武士『罪の声』文庫に■塩田武士『罪の声』(講談社文庫)が刊行されました。文庫化にあたり再読を約束し、書評をアップさせていただきます。今直木賞にいちばん近い作家だと思っています。本書は映画化も決まり、オリンピックの年に公開予定です。■官邸が官僚の人事権を握っているので、官僚はつねに官邸に忖度(そんたく)している。そんなニュースが流れています。官邸の意向に反対したら即左遷。安部長期政権は、官僚を手玉にとっています。それでも安部支持率は落ちていません。これはひとえに野党がだらしないから。政治家も官僚も情けない令和の時代です。山本藤光2019.05.21
2019年05月21日
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027:高校一年の初日 瀬口恭二たちは無試験で、標茶(しべちゃ)高校普通科への入学を決めた。農業科の方は一・三倍の競争率だった。恭二はD組、詩織はC組とクラスは別々になった。恭二のクラスには、南川理佐がいた。猪熊勇太(ゆうた)は、詩織と同じクラスだった。そしてC組には、菅谷彩乃(あやの)の兄・幸史郎(こうしろう)がいた。彼は、十九歳になったばかりである。中学を出てからすぐに働き、学費を貯めて入学してきている。同じ詰襟を着ているが、勇太にはまるでおっさんに見えた。幸史郎には、勇太の方から声をかけた。「菅谷さんですよね。お姉さんから話を聞いています。おれ、猪熊勇太」「姉、ですか? 私には妹しかいませんが……」 その言葉で気がついた。彩乃さんの方が、妹だったのだ。「ああ、すいません、妹の彩乃さんでした。湖陵高校だと聞いていたんで、つい間違えてしまいました」 勇太は自分の軽率さを恥じ、彼を詩織の席に連れて行く。「彼女は藤野詩織さん、こちらは……」「紹介されなくても、わかるわよ。彩乃さんのお兄さんでしょう」 詩織は幸史郎の精悍な顔立ちを見て、やっぱりアイヌの血が混じっていると思った。眉が濃く、目は深い二重で、顎のひげそり跡が青々しい。しかも勇太よりも、さらに筋肉質の身体をしている。恭二のD組では、初めてのホームルームが開かれていた。標茶中学からの顔見知りが半分で、あとは隣町の磯分内(いそぶんない)中学校などから進学してきている。担任の指示にしたがい、それぞれが自己紹介をした。出身中学校名と入りたいと思っているクラブ活動名を、あげるのがルールだった。南川理佐は、「標茶中学出身、美術部を希望しています。趣味は絵を描くことです」と、落ち着いて自己紹介した。恭二の番がきた。「瀬口恭二、標茶中学出身。新聞部へ入部しようと思っています。兄がいます。標高の二年生です」一通りの自己紹介がすんだ時点で、担任は生徒に向かっていった。「便宜的にクラス委員を決めてある。落ちついたら選挙で選ぶけど、それまでは瀬口恭二に委員長、南川理佐に副委員長をやってもらう。何か相談ごとがあったら、二人を通すように。瀬口と南川は、突然の指名で悪いけど、みんなに顔を覚えてもらうために、壇上に並んでくれないか」二人は教壇に立ち、頭を下げた。ホームルームが終わると、さっそく「委員長!」という声に呼ばれた。磯分内中学校出身で、柔道部希望の野方智彦だった。「あのさ、委員長。おれ、目が悪いんで、黒板の字が見えないんだ。だから席を前に変えてもらいたいんだけど」「わかった、担任に伝えておくよ」 面倒な役職を、与えられたと思う。クラス委員長というのは、頭がいいやつが選ばれるのが常識じゃないか。何で、おれと理佐なんだ。そう思いながら恭二は、クラス日誌に席替えの件を書き留めた。 校舎から校門までの道の両脇には、さまざまなクラブの看板が並んでいた。執拗に、勧誘している生徒もいた。まるで繁華街のぽん引きみたいだった。恭二は足早に、そこを通り過ぎる。
2019年05月20日
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089cut:磯貝人材開発部長――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 新設された人材開発部長に、磯貝さんが抜てきされています。ちょっとお部屋をのぞいてみます。あら、お客さんのようです。梅田 立派な部屋じゃないか。ここできみは、社員のレベルアップに取り組むわけだ。磯貝 悪いね、まだ立ち上がったばかりなので、「梅田健太が斬る」のネタは転がっていない。梅田 いや今日の訪問の目的は「SSTアカデミー」にある。同行研修に名を借りて、ぶら下がりの営業リーダーをバッサリやろうとの意図が見え隠れしている。磯貝 責任者の漆原さんは、立派な人だよ。事務局長の桑田くんも元SSTのメンバーだ。彼らは清い。そんな疾しい意図なんか、微塵もないよ。残念だったな。おまえの取材は空振りだよ。梅田 それにしてもSSTは、すさまじい成果をあげたよな。いろんな雑誌に取りあげられ、NHKの「プロジェクトX」でも取材を検討中だ。磯貝 営業リーダーは何の研修もなく、本社から業績を上げることだけを求められていた。それが「部下を育てる」ことに、大きく舵を切り替えられた。営業活動の質を上げると、業績は自動的についてくることは、SSTでも完全に証明されている。梅田は「めんどうかい」って言葉を知っているかい? 山本藤光先生のブログにあったのだけど、面談・同行・会議の頭文字をつなげたようだ。これが営業リーダーに、不可欠な3大スキルだそうだ。梅田 SSTアカデミーは、そのなかの同行だけに特化したものだな。磯貝 違うんだ。3人のSSTアカデミーがどこかの営業所に派遣されるだろう。そこには現地の営業リーダーがいる。彼の会議を見ることができるんだ。つまり「めんどうかい」の会議も学べるんだよ。梅田 面談がないじゃないか。磯貝 同行前後の面談は義務づけられている。彼らが現地に赴任する前の2週間は、製品のロールプレイと面談のスキルアップを徹底させられるのさ。梅田「めんどうかい」スキルか。なんかいいネーミングだな。今度山本さんに取材してみよう。
2019年05月20日
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戦争発言その後■ロシアと戦争をしなければ北方四島は奪還できない、と発言した元維新の会丸山議員。ロシア大使館で謝罪をした維新幹部に対して、「意味不明」とツイートしたようです。どこまで劣化しているのか。こんなアホを選んでしまった有権者は恥ずかしいですね。まったく反省していないのですから。■渡辺容子『左手に告げるなかれ』(講談社文庫)は書評を紹介しています。昨日再読を完了し、新たな感動がよみがえってきました。女流のミステリー作家についてまとめた一文を書いてみたくなっています。山本藤光2019.05.20
2019年05月20日
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026:恋の町札幌 停車中の電車の指定席に着くと、理佐の姿はなかった。勇太は一人で、ぽつねんと座っていた。恭二の胸のなかに、ざわざわとした風が起こる。やっぱり、何かがあったんだ。「理佐は?」 詩織は、無頓着に質問する。恭二に緊張が走る。触れてはいけない闇に、詩織は踏みこんでしまった。「お姉さんへのお土産を、買い忘れたんだ。あわてていたけど、間に合うよ」 返ってきた答えに、恭二は胸をなで下ろす。小さな紙包みを抱えて、息せききった理佐が飛び乗ってくる。背後から、発車を告げるベル音が追いかけていた。「ごめん、心配かけちゃって」 ペコリと頭を下げた理佐は、「勇太の買い物がのろいから、肝心なお土産を買い忘れたのよ」と矛先を変えた。電車はゆっくりと、ホームを滑り出した。恭二と詩織の首に巻かれたそろいのマフラーを認めて、「お似合いよ」と理佐は目を細めた。その理佐の首には、ペンダントがぶら下げられていた。小さな額縁のなかに、モネの睡蓮の絵がはまっていた。理佐が大好きだ、といっていた絵である。「勇太、おれからおまえに、プレゼントがある」 恭二は勇太に、紙包みを手渡す。「マスクだ。ずっと欲しかった、キャッチャーマスクだよ」 勇太はつばを飛ばして、理佐にいった。進行方向に向かって右の窓に、テレビ塔が現れた。勇太はその光景を、マスク越しに見ている。詩織は心のなかのオルゴールを、そって開いた。いつもなら、「月夜の散歩」が聞こえてくる。しかし今、詩織の聴いているのは、――時計台の下で逢って/私の恋は はじまりました/黙ってあなたに ついてくだけで/私はとても 幸せだった/夢のような 恋のはじめ/忘れはしない 恋の町札幌という曲だった。それは羊ヶ丘の石碑から、聞こえてきたメロディである。
2019年05月19日
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088cut:山梨営業所の鈴木所長――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 山梨営業所の鈴木リーダーをのぞいてみます。鈴木さんは第1部では、最初のページに登場しています。漆原新任リーターの前任者でした。今回SSTアカデミーに選ばれて、落ちこんでいます。北九州の佐藤リーダーは、鈴木さんの同期です。佐藤さんも今回選ばれています。佐藤さんはSSTに向かって「おれは知らん。おまえたち勝手にやれ」といい放った人です。鈴木さん、喫茶店から佐藤さんに、電話をしています。鈴木 元気か? おまえにも赤紙がきたんだってな。佐藤 参加者のリストを見せてもらったけど、表彰式の常連リーダーの名前は一切ない。これは肩叩きの研修だよ。鈴木 さっき札幌の富樫から電話があった。抵抗したらしいんだが、「辞退したらきみの信用がなくなるだけだ」といわれたらしい。佐藤 とんでもない暴挙だ。50歳に2か月間もフル同行を課するのは、残酷過ぎると思わないか?鈴木 何とかブチ壊せないものだろか?佐藤 元SSTの関根支店長からは、「2か月なんてすぐに終ります」といわれた。ウワサによると、SSTのメンバーはみんな昇進している。確かに彼らはすごかった。でも彼らはみんな若い。おれたちみたいなロートルに、ムダな投資はいらないんだよ。鈴木 東京第2支店も元SSTの大河内が支店長だ。あいつらおれたちと、同じ営業リーダーだったんだぜ。おまけに漆原は、おれの後任リーダーだった。おれがまいた種で業績を伸ばして、あれよあれよという間に部長さんだ。しかもおれたちに赤紙を突きつけたアカデミーの責任者ときている。佐藤 やってられないよな。影野小枝 聞き苦しい電話は、このあたりにしておきましょう。とにかくSSTアカデミーは、参加者には全く趣旨を理解されていません。
2019年05月19日
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荻原浩『海の見える理髪店』文庫に■カモフラージュ。こう書いたら、違和感を覚えますか。日本人がいちばん間違えるカタカナ用語です。正しくは「カムフラージュ」です。共同通信社『記者ハンドブック』で確認しました。■荻原浩『海の見える理髪店』(集英社文庫)が文庫になりました。直木賞受賞作で、『明日の記憶』(光文社文庫)とともに好きな作品です。「山本藤光の文庫で読む500+α」では、『明日の記憶』を紹介しています。山本藤光2019.05.19
2019年05月19日
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025:黄色いマフラー午前十時、理佐の祖父母に見送られて、四人はバスに乗る。席が別れたせいで恭二は、勇太に成果を問いかけることができない。バスを待つ間、何度も目で合図をしてみた。伏し目がちの勇太は、何も語ってはくれなかった。札幌駅に着いてから、帰りの電車の時間までは、二時間ほどの余裕があった。二組は、別行動をとることにした。そのときにも恭二は、勇太に目の信号を送っている。二人は優秀な、バッテリーだったのだ。目だけで十分な、意思疎通ができるはずだった。しかし勇太は、何も返してこなかった。二人と別れて、恭二と詩織はマフラー売り場へ直行する。売り場はごった返している。詩織は恭二の手を引き、ぐいぐいと進む。つないでいた手が、混雑のなかで離れた。「恭二、きて!」詩織の呼ぶ声が聞こえる。詩織の声を追いかける。お目あての、黄色いマフラーがあった。詩織はサイズの違う、二つを選ぶ。「恭二、これすてき。これにしようよ」 詩織は愛おしそうに、大きな瞳を恭二に向ける。そして二つを持ってレジに進み、店員に値札を外してくれるようにお願いする。店を出た二人は、さっそくマフラーを首に巻く。「暖かいね、恭二、似合っているよ」 詩織は弾んだ声でいい、わざとマフラーを鼻までずり上げてみせる。そして、いたずらっぽく笑った。「恭二のマフラーの方が高かったんだけど、割り勘でいいよね」 恭二は苦笑し、自分の財布から詩織にお金を渡す。「ありがとう。このマフラーは、恭二と私の卒業記念。それから……」「それから、何だい?」「初キスの記念かな。でも春はそこまできている。だから今日が最初で最後の、マフラー日和になるかもしれないね」
2019年05月18日
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087cut:札幌支店の河野支店長――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 新谷営業部長から、河野支店長宛てに辞令が届きました。「6月1日付人事公布。札幌支店富樫営業リーダーを7月15日から9月30日まで、SSTアカデミーに出向を命ずる」とありました。さっそく河野さんは、富樫さんを呼びました。河野 きみに赤紙がきたよ。来月からSSTアカデミーに、出向してもらうことになった。富樫 SSTアカデミーって、SSTみたいに同行させられるやつですか?河野 そうだ。2か月間きみは朝から晩まで、どこかのMRと同行することになる。目的はMRのレベルアップ。そのためにきみの力が必要ということだ。富樫 冗談じゃないですよ、私が2か月もいなくなったら、チームはガタガタになってしまいます。河野 きみの代役は私がする。だからきみは、安心してSSTアカデミーに専念できる。きみは雑用が多くて満足な同行ができない、といつもぼやいていたじゃないか。2か月間は一切の雑用はない。だからしっかりと、同行に専念できるんだよ。富樫 たまりませんね。私はもうすぐ50歳ですよ。2か月のフル同行は、厳し過ぎますよ。河野 断ってもいんんだよ。富樫 断ったら、どうなりますか?河野 きみの信用がなくなる、っていうところかな。富樫 名刺はどうなるんですか?河野 営業本部付SSTアカデミーとなるようだ。富樫 タイトルなしですか?河野 タイトルなしで、その間は営業リーダー手当もカットされる。富樫 まるで左遷みたいじゃないですか。河野 きみの実力が試される、研修なんだよ。研修に営業リーダー手当は出せない、というのが本社の見解なんだ。影野小枝 あらあら、富樫さん膨れてしまいました。すべての雑用を排除して、同行だけに専念させる。漆原爆弾の炸裂ですね。
2019年05月18日
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池上彰『高校生からわかる「資本論」』文庫に■トランプ大統領が、令和最初の国賓として来日します。ニュースでは相撲を枡席で観戦するので、その警備の方法が話題になっていました。貴賓席での観戦なら日本人に迷惑をかけないのですが、どんな警備になるものやら。■池上彰『高校生からわかる「資本論」』(集英社文庫)が文庫になったので購入しました。本家『資本論』は難解で、投げ出していました。どのくらいわかりやすく解説してくれているのか、楽しみです。山本藤光2019.05.18
2019年05月18日
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024:卒業とはカーテン越しに、朝の日差しを感じた。詩織はそっと、目を開ける。恭二の寝息が、耳元で聞こえた。小さな胸の隆起には、恭二の右手が乗ったままだった。熱いものが、こみ上げてくる。恭二が最後まで求めてきたら、どうなっていたのだろうか。詩織はそんなことを考えて、赤面してしまう。詩織はそっと恭二の手を持ち上げ、はだけた胸を隠して、静かに起き上がる。幸せって、これなんだわ。カーテン越しの日差しに目をやり、詩織は満たされた気持ちで、大きな伸びをする。身体が、こわばっているように思う。恭二の寝顔を見下ろし、詩織は甘酸っぱい何かを飲みこむ。気配で恭二は、目を覚ました。少し照れくさそうに、「おはよう」と告げる。詩織も真っ赤になりながら、「おはよう」と返す。詩織の長い上向きのまつげが震え、大きな目から大粒の涙がこぼれた。詩織はあわててパジャマの袖でぬぐい、照れたようにいった。「うれしかったの。恭二と二人っきりで、朝を迎えたのね。ごめんね」 初めてのキス。初めての抱擁。そして初めて詩織の胸に触った。昨夜のことを詩織の涙に映し、おれたちは、まだ卒業していないと思う。高校生になって、まだ詩織との仲が続いていたら、卒業だよな。それまでは、ピュアなままの詩織でいてもらいたい。手のひらに、昨夜の温もりが残っていた。卒業って、すべてが終わってしまうことなのかもしれない。あるいは新たなステップへの、第一歩なのかもしれない。恭二はこんがらかってきた思考に別れを告げ、トイレへ向かった。勇太たちが眠る、部屋の前を通る。廊下には、昨夜のジンギスカンの匂いが残っている。恭二はドアに向かって、心のなかで「おはよう、お二人さん」とつぶやく。そして、思わず微笑んでいる。廊下には朝の陽光が、横たわっていた。新しい朝。最高の朝。廊下の日だまりを踏み、恭二は窓越しの藻岩山に向かって、大きな伸びをした。
2019年05月17日
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086cut:新谷営業部長との打ち合わせ――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 会議室に、漆原SSTアカデミー責任者、桑田SSTアカデミー事務局長、新谷営業部長がこもっています。新谷 ぼくの希望がかなって、感謝している。漆原 営業リーダーにSSTと同じことを体験させるのは、ちょっと苛酷だとちゅうちょしていたら、社長に「やれ」と一喝された。新谷 SSTアカデミーの概要を説明してくれないか?桑田 まず18支店(組織変革があり、支店は10から18に増えています)から、1名ずつ営業リーダーをピックアップしていただきます。対象は「2-6-2」の真ん中「6」を半分と、トップとぶらさがりの「2」から半分を選んでいただきます。新谷 ぶらさがりの「2」は、やってもムダだと思うけど。漆原 ダメだったら、専任MRとして部下なしで、やってもらうことになる。新谷 成果の検証はどうするんだい?桑田 アカデミーのメンバーが2か月間入って同行したMRの、半年後の業績を見ます。伸びていたら合格、伸び悩んでいたら不合格とします。漆原 SSTアカデミーに選ばれたメンバーには、2か月間で2人のMRと終日同行してもらう。目的はMRの育成で、彼らの同行の威力を体感してもらうことだからね。新谷 その間営業所は誰が面倒をみるんだい?桑田 支店のスタッフとか支店長に、お願いしようと考えています。新谷 支店長をメインにした方がいいな。錆びた現場感覚が戻るかもしれない。漆原 メンバーは3人が1組で、SSTが入っていない営業所に常駐してもらう。新谷 するとその間は、営業所に4人もの営業リーダーが存在するわけだ。漆原 4人がお互いに刺激し合いながら、MR育成を真剣に考えてもらえるような場も設定する。桑田 まず必要なのは、メンバーに対する製品知識教育です。事前に2週間、徹底的に話法を鍛えます。それと上から目線での同行は、必ずMRとの確執が起こります。そのあたりの訓練もします。
2019年05月17日
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「逆光」にルビをふりなさい■ナンクロを解いていて、「ぎや〇こう」の〇印にいれる文字がわかりません。「逆光」のことだと思いました。しかし「ぎゃくこう」はあてはまりません。他の問題を解いているうちに「く」のところが「つ」にならなければならないことを知りました。逆光は「ぎゃっこう」とも読ませるのだろうか。辞書をひいてみると、二つとも正解でした。口に出して発音すると「ぎゃっこう」といっていました。■川北義則『アランの幸福論』は非常にまとまっていて、わかりやすい一冊でした。アラン『幸福論』をまだ読んだことのない人は、本書から入ると理解が深まります。人生にビジネスに役に立つ著作です。
2019年05月17日
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023:……はずだ恭二たちの部屋で、トランプをした。しかし恭二の頭のなかは、別のことでうつろになっている。十時を回った。女性陣は「おやすみ」といって、部屋を出ようとした。勇太は理佐に向かって、「歯ブラシを持ってくるの、忘れた。ちょっとコンビニまで、つきあってくれないか」と告げた。「先に寝ているぞ」 恭二は勇太の背中に向かって、声をかけた。声が震えた。詩織には「おやすみ」と片手を上げてみせる。詩織も手を振って、隣りの部屋へと消えた。ついていこうと一瞬思ったが、ぐっと自制した。部屋に残った恭二は、ひたすら時を待つ。セーターを脱いでいる。ズボンも脱いだ。パジャマに着替えた。電気を消した。布団に入った。情景を思い描いているうちに、心臓がドクンドクンと鳴りはじめる。電気を消して、詩織は目を閉じている、はずだ。大きく深呼吸をして、恭二はそっと詩織のいる部屋のドアを開ける。彼女は布団に仰向けになって、スマートフォンの操作をしていた。黄色い水玉模様の、パジャマを着ていた。電気は消えていない。恭二はすかさず、理佐の赤いかばんを廊下に運び出す。ドアを閉めて、電気を消した。そして、詩織の横に滑りこむ。詩織は、「あっ」と声を上げた。抵抗はしない。スマートフォンをもぎ取り、恭二は詩織を抱き締める。石けんの匂いがした。唇を重ねる。詩織は、目を閉じている。長いまつげは、ピクピク震えていた。動悸が激しくなった。「好きだよ」と告げた。背中に回った詩織の手に、力が入った。「好きよ」と、上気した声が聞こえた。 勇太たちは、部屋にやってこなかった。恭二と詩織は一組の布団で、手を握り合ったまま眠った。何度も唇を重ね、恭二は白桃のような胸にも触れた。小さな隆起を、手のひらに包みこんだ。乳首を軽く、ひねってもみた。詩織の吐息が、乱れるのを感じた。しかしそれ以上の行為は、自制した。
2019年05月16日
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085cut:SSTアカデミー始動――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 定期人事異動が終り、SSTメンバーのみなさんも新たな職場へと赴きました。みんな希望がかなって、満足そうに新たな出発をしています。岸本 SSTが終了した翌月から「SSTアカデミー」が立ち上がりました。引き続き漆原さんの秘書として、私も参画します。今度は営業リーダーに、SSTと同じことをしてもらうプロジェクトです。SSTプロジェクトのときよりも、ずっとしんどそうです。何しろおじさんばかりですから。漆原 桑田くん、SSTアカデミーの事務局長として、SSTの経験を活かして存分に腕を振るってもらいたい。それにしても、あのとき辞めなくてよかったな。きみはしっかりとプロジェクトを全うしてくれた。桑田 ありがとうございます。力いっぱいやらせていただきます。あのときは、完全に自信喪失状態でした。自分に対する情けなさがイライラ感になって、それがMRに伝わったのだと思います。影野小枝 桑田さんが辞めたいといった夜、SSTリーダーの権藤さんとの面談を再現しておきます。
2019年05月16日
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橋本治『精読・学問のすすめ』読むぞ■橋本治『精読・学問のすすめ』(幻冬舎新書)を発見。まったく読んだ記憶のないタイトルでした。奥付を見ると2019年4月25日になっていました。調べてみると3年ほど前に単行本として発売され、そのタイトルを変更して新書版にしたようです。これは即読む棚に収めました。また楽しみが増えました。■仁徳陵が世界遺産になるとのニュースに触れ、日本の遺産の多さに驚いています。さっきネットでカラー写真をみました。規模の大きさに圧倒されました。■韓国が徴用工として働かされているとする鉱夫の写真は、日本人の写真家が撮影したもの。この鉱夫は日本人であると写真家は証言しています。韓国の教科書にも掲載されている写真は、韓国のでっち上げでした。世界でもっとも詐欺の多い韓国ならではの、破廉恥な事実です。歴史のねつ造も立派な詐欺行為です。国家ぐるみで詐欺をしている国なんですね。山本藤光2019.05.16
2019年05月16日
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022:入れ替わり 理佐の祖父母の家は、藻岩山の麓にあった。四人は理佐の祖父母から、熱烈な歓迎を受けた。食卓には、大きな毛ガニが並んでいた。今朝二条市場で、買い求めてきたという。「カニはね、食べはじめるとみんな寡黙になるから、最後にだすことにしているの。だからカニの存在を意識しながら、ジンギスカンを召し上がれ」 理佐の祖母はそう説明して、カニを補助テーブルに移した。「うちもそうしています。温泉ホテルをやっているんですが、カニはいつも宴会の最後です」 食卓の上に新聞を敷きつめ、窓を全開にして鉄カブト型の鍋が置かれた。火力を最高にして、祖母は脂肉で表面をなでつける。それからていねいに野菜を敷きつめる。開放された窓からは、冷たい風が吹きつけてくる。「あれ、理佐のところは、野菜が先なんですね」 恭二は祖母にいった。「こうすると、お肉が焦げないでしょう。家によってはお鍋の周りに、お野菜を並べるところもありますよね」「うちはそうです」と恭二は応じた。ジンギスカンとカニで満腹になった恭二と勇太は、先に指定された二階の部屋で足を投げ出している。布団は少し離して、二組が用意されていた。恭二は詩織と一緒の部屋がよかったのに、と少しだけ寂しく思う。 詩織と理佐は階下で、洗いものの手伝いをしている。水音が絶え間なく、響いてくる。天井を見ていた勇太は、反転して恭二にささやく。「寝る段階になったら、おれがコンビニへ行こうといって、理佐を外へ連れ出す。だからおまえは、すかさず隣りの部屋に移れ」 大胆な勇太の提案だった。男同士の部屋を、カップル用に模様変えしようというのである。恭二もずっと、そんなことを考えていた。すかさず同意した。
2019年05月15日
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084cut:SSTプロジェクト打ち上げ――Scene13:SSTからアカデミーへ影野小枝 2年間に渡って実施された、SSTプロジェクトが終了しました。晴れやかな顔が、ホテルの会場にそろっています。SSTプロジェクトの解散式が行われています。磯貝 只今からSSTプロジェクト解散式を開催いたします。最初に社長からご挨拶をお願い致します。社長 みなさん、長い間ご苦労さまでした。そして、よくやってくれました、ありがとうと申し上げたいと思います。SSTプロジェクトは、失敗例から学んで立ち上げられました。2年という長い期間を,誰一人離脱することなく、大きな足跡を残して終了の日を迎えることができました。これは一重にみなさんの真摯な努力の結果です。ただしこれで終わったわけでありません。みなさんにはSSTでの貴重な経験を、次なる舞台へとつないでいただかなければなりません。漆原 みなさん、やりましたね。私はこの目で、本物の同行を見続けました。そしてその威力を、体感させてもらいました。社長がおっしゃったように、誰一人脱落することなく、プロジェクトを全うしてくれました。ありがとうございます。それではせんえつながら、乾杯させていただきます。SSTの成功とみなさんの前途を祈念して、カンパイ!影野小枝 24名のSSTメンバーのなかには、1年間引っ張ってきた河野札幌支店長の顔もあります。岸本さんも紅一点で参加しています。みんなこぼれるような笑顔で、グラスを高々と掲げています。桑田 権藤さん、ありがとうございました。あの日がなかったら、今日の私は存在しません。辞めるのは最も簡単で安易な選択だといわれたことが忘れられません。権藤 とにかくタフな仕事だったね。でもこうして無事に終了の日を迎えられた。やり遂げた満足感でいっぱいだよ。関根 ゴンちゃん、お酌しましょう。桑田くん、よくがんばったな。影野小枝 桑田さん、泣いています。大河内 海老原くん、やったな。きみの同行は素晴らしかったって、浅野さんが絶賛していた。きみのがんばりに、カンパイ!海老原 SSTをやりながら、何だか育児の勉強をしているような気になりました。もうすぐ生まれてくるこどもの準備はバッチリです。河野 元札幌支店のお2人さん、ご苦労さま。きみたちを札幌に戻したい。大河内 うちの奥さん、喜びますよ。河野 大河内くんはおそらく支店長候補だから、きみが札幌へくるということは、ぼくが追い出されるわけだ。影野小枝 賑やかな宴は続いています。大きな仕事を成し遂げた充実感で、会場はとても熱く感じます。
2019年05月15日
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