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150:警官への復讐 宮瀬幸史郎は、大学生活を謳歌していた。ただし教養課程の授業は、高校時代の延長のようなもので退屈だった。幸史郎は時々授業をさぼって、ジャズ喫茶にたむろするようになった。 午前の授業を終えて、学食で焼き魚定食を食べていた。目の前に、影が動いた。見上げると、友永貞雄だった。彼は天ぷらそばとおにぎりの乗ったトレイを、テーブルに置いた。「寮の飯の方が、だんぜんうまい。ここは味つけが薄過ぎる」 幸史郎は空いた皿を、箸で叩きながらいった。「おれの兄貴もひぐま寮を出たんだけど、飯はうまいってほめていた」 学食は、急に賑わいはじめた。大きな教室の授業が、終わったのだろう。友永の声が低くなる。「ところで佐々木が痴漢の疑いで、派出所に連行された事件を聞いているかい?」「いや、初耳だ」「家庭教師の帰りに森林公園を通っていたら、いきなり若いおまわりにつかまったそうだ。もちろん彼は無罪だ。それがしつこいおまわりで、まるで犯人扱いされたそうだ。佐々木は、復讐してやると息巻いている」「そりゃあ、頭にくるわな」「それで今度の日曜日に、復讐を決行することになった」 日曜日の夕方。野幌森林公園は、散策するカップルや家族で満ちあふれていた。幸史郎、塚本、佐々木、友永のひぐま寮一年生は、さっきから時計をのぞきこみ、前方に視線を走らせている。遠くに、自転車が見えた。「きた」と佐々木が叫んだ。近づいてきた自転車を見て、佐々木は「あいつだ」といった。 四人はホールドアップする姿勢で、自転車の前を走った。後ろから「待て、きみたち」と叫ぶ声が聞こえる。かまわずに四人は、同じ格好で走る。自転車が前に回りこんできて、若い警官は両手を広げて立ちふさがった。自転車は、大きな音を立てて倒れた。警官は「それを下ろせ」といってから、佐々木を認めて「おまえも一緒か」と吐き捨てた。 周りに、人垣ができた。警官は威嚇(いかく)するような、大きな声でいった。「泥棒やろうたち、公共のものを盗むとは何たることだ。元の場所に返してこい」 佐々木は前に一歩踏み出し、「この前は痴漢で、今度は泥棒だと。おい、おまわり。おれたちが、泥棒だというのか」とにらみつけた。「がたがたほざくな。現行犯で逮捕してやる」 真っ赤になった警官は、腰の手錠に手をかけた。四人は頭上にあるベンチを、地面に下ろした。そして裏側を、警官の目にさらした。そこには「ひぐま寮」と墨書してあった。勝誇ったかのように、佐々木は吐き捨てた。「自分たちのものを、持って歩いてどこが悪いんだ。間違いでしたって、ちゃんと謝れよ」 目を白黒させて、警官は小さな声で「ごめん」といった。人垣から笑い声が起こった。警官は小首を傾げ、倒れている自転車を起こして舌打ちをした。
2019年09月30日
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087:指導の連続性――第6章:威力ある同行繰り返しになりますが、大切なポイントですので再度詳述いたします。営業リーダーの同行で最も大切なことは、「指導の連続性」です。指導の連続性とは、前回と今回がつながっているということです。ゴールが明確に設定されており、「同行」がそこへと向かっているということなのです。 ゴールを合意しての同行は、思いつきとは明らかに異なります。何のために「同行」しているのかが、はっきりとしているのですから、双方が真剣になります。「わずか1週間でギターが弾ける」という本があったとしましょう。ゴールは「禁じられた遊び」が弾けるようになることとします。第1日目は、弦の調音を学びます。次は和音を弾く、などとステップアップさせるわけです。「指導の連続性」は、このイメージで実施します。上司が現場で、営業担当者をステップアップさせるのです。 レベルアップのゴールについては、上司と部下があらかじめ話し合って合意しています。「同行でもしようか」なる人には、この部分が欠落しています。だから、成果が上がらないわけです。 指導の連続性とは、定期的という意味ではありません。ゴールさえ明確なら、不定期でも構いません。マラソンコースには、5キロごとに標識があります。あれがなければ、ランナーたちはペース配分ができません。「おまえは、ぜんぜん顧客ニーズを把握していない」と叱責されても、営業担当者はどうしたらいいのかわかりません。「顧客ニーズを探る」ゴールは、顧客から直接最大の関心事を引き出すこと。このようにゴールが明確になっていれば、現状とのギャップが理解されます。◎ショートストーリー「指導の連続性」のある会話を紹介します。このケースは、営業担当者の活動をレベルアップするのが目的の同行です。上司「前回の同行では、顧客ニーズを探るために、積極的に質問を投げかけるのが、きみのワンランク上の活動だったよな。今日はそれができるようになったかを、確認させてもらうよ」部下「見極めですか、緊張します」上司「自然体でやればいいよ」(顧客面談後)上司「ちゃんとできているじゃないか。すごい成長だよ。これで4点の顧客ニーズを探る活動は合格だ」部下「ありがとうございます」上司「ではきみが考える、5点満点の顧客ニーズを探る活動って何だ?」 営業リーダーは、部下ごとの「同行ノート」を持っています。前回指示したことや合意したことは、ノートに記録されています。ノートの存在がなければ、「指導の連続性」は生まれません。※ 「指導の連続性」は、年頭に上司と部下が話し合い、ゴールを設定することが基本です。これを怠っていたら、前回と今回がつながりません。「指導の連続性」には、目からウロコが落ちたという受講者が多数おります。※ 山本藤光『人間系ナレッジマネジメント・営業力をとことん高める』(医薬経済社)では、何度も「対(つい)をつなぐ」という言葉が登場します。対とは、仕事と日常、上司と部下、前回と今回などのことです。
2019年09月30日
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イーガン『シルトの梯子』購入■増税前日。酒とタバコを買っておこうと思います。食料品は8%据え置きで、その他は10%。何ともわかりにくい構図です。食品の価格を下げて、すべて10%にしたらよいのに、などと素人考えしてしまいます。おそらく年内は景気が大きく後退してしまうでしょう。■ずっと読んでみたかった、グレッグ・イーガン『シルトの梯子』(ハヤカワ文庫SF)を購入。これも増税前の滑り込み購入です。本日はアマゾンで、高価本を大量に買い求めることになります。山本藤光2019.09.30
2019年09月30日
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149:みじめなスタート 実力診断テストが、返却された。英数国の合計点は百二十七点と、三百点満点の半分にも満たない成績だった。学内順位は二百三十六人中百九十四番目。箱根駅伝の折り返しスタートのように、ライバルたちはすでに、はるか先を走っていた。予想していたこととはいえ、恭二は完璧に打ちひしがれていた。 とにかく誰にも負けない、努力をすること。ただそれだけを考えた。科目から科目への切り替えのときには、「笑話(しょうわ)の時代」ノートも開いた。高校時代に、ちょっとだけやっていた、笑い話の創作ノートである。コーヒーを飲み終わるまで、恭二は頭に浮かんだ単語に、おかしみが生まれるストーリーを考えた。気分転換には持ってこいのはずなのだが、なかなか笑える話は浮かんでこなかった。 ふと思いついて、ノートを一枚破り取った。ノートの一番下の欄に、四月・百二十七点・百九十四番と書いた。毎月数字を積み上げていくつもりだった。どん底だよな、と恭二は思う。そしてどん底って、これ以上落ちないところだとも思う。 参考書を開く。一月から十二月までを、旧月名で書きなさいとある。睦月、如月、弥生、卯月、五月と空欄を埋める。六月がわからない。覚え方のヒントが、掲載されていた。「むきやうさみふみはながしし」とあった。旧月名の頭を、連ねたものである。恭二は「み」を考える。水無月という単語が、浮かんだ。あとはスラスラできた。 この暗記方法は、自分に最も適していると思った。それからは難解なものはすべて、この方法で頭に叩きこむことにした。 翌朝は六時に、目覚まし時計をセットした。英単語も難しいものは、ストーリーとして覚えた。床についてからも、頭のなかでは英単語が浮遊していた。全科目が情けない点数だったが、特に英語はひどかった。単語がわからないので、長文問題はまったく手がつけられなかった。 英単語帳と格闘する、毎日が続いた。わからない単語にはラインマーカーを塗り、小さな文字でストーリーを添え続けた。たとえばこんな具合にやるのである。穴をホールhole。
2019年09月29日
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086:2つの見極め――第6章:威力ある同行◎ショートストーリーデータベースのコンピタンシーモデルは、多くの企業に存在しています。ただし大いに活用されているという話はあまり耳にしません。私が開発した「身の丈コンピタンシーモデル」との違いを紹介します。① データベースのコンピタンシーモデルを活用する上司「コンピタンシーモデルには、『顧客ニーズを探る活動:常にアンテナを高くし、顧客の言動から速やかに、顧客のニーズを探ることができる』と書いてある。きみの顧客ニーズを探る現状の活動は、5点満点で何点くらいだろう?」部下「まだピンとこない場合もありますから、3点くらいだと思います」上司「ではコンピタンシーモデルに、少しでも近づくようにがんばってくれ」②身の丈コンピタンシーを活用する上司「きみの『顧客ニーズを探る活動』って、5点満点で何点くらいだろう?」部下「平均的だと思いますので、3点くらいだと思います」上司「では、きみの考えるもうワンランク上の『顧客ニーズを探る活動』って、どんなものだ?」部下「……(考え込んでいる)」◎考えてみましょう 2つの質問のどちらが、営業担当者のレベルアップにつながるのか。考えてみましょう。 ①は多くの企業が導入している「コンピタンシーモデル」です。営業担当者の理想的な活動を、具体的に記載されています。ところが要求レベルが高過ぎて、平均的な営業担当者は使いこなせないのが現実です。 ②は営業担当者自身に、ワンランク上の活動を考えさせる「身の丈コンピタンシー」です。2つの違いは歴然としています。 営業リーダーの大切なスキルは、「考えさせる」「聞き取る」です。営業担当者が自ら考えたワンランク上の活動は、本人が責任を持って到達できるように努力をします。営業担当者の活動リストのなかから、1つか2つを選んでレベルアップを図るのがポイントです。1度にたくさんのゴールを設定しないこと。たくさんのゴールを設定してしまうと、目標が散漫になってしまいます。「身の丈コンピタンシー」については、後章で詳しく説明がなされています。部下にワンランク上の活動を可視化させることは、きわめて重要なことです。
2019年09月29日
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『元気が出る言葉366日』がいい■もう奇跡とはいわせない。ラクビーワールドカップ2戦目で、日本は世界ランク2位のアイルランドを撃破しました。4年前に南アフリカに勝利したとき、世紀の大番狂わせと絶叫されたことを受けての、アナウンサーの言葉です。まだ感動の余韻があります。■『元気が出る言葉366日』(西東社)は2016年発行のソフトカバーです。オールカラーなのに、880円+税と安価なのも魅力です。毎朝少しずつ読んでいました。ついに昨朝、完読しました。お勧めの一冊です。山本藤光2019.09.29
2019年09月29日
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148:入寮式 ひぐま寮の入寮式は、在寮生が主体で運営されていた。新寮生十四人を上座に置き、在寮生はそれと向き合う形で着席している。寮務委員長の富樫は、よく通る声で歓迎のあいさつをした。「今日からみなさんは、兄弟です。ひぐま寮は寮生の手で、自主運営されています。みなさんに求められていることは、規律を守りしっかりと勉強することです」 液体の入った、紙コップが回ってきた。幸史郎は匂いで、酒だとわかった。「新寮生の前途を祝って、カンパイ」 乾杯がすむと、新寮生は自己紹介を求められた。幸史郎の番がきた。「標茶高校出身。札幌学院大学文学部の宮瀬幸史郎です。貧乏だったので中学を出てすぐに、土木作業員として四年間働きました。だからおっさんの新人ですが、よろしくお願いします」どよめきと、拍手が交錯した。新寮生は、全道各地からきていた。幸史郎と同じ、札学生は三人いた。自己紹介が終り、宴会となった。一升瓶を抱えた先輩は、次々にお酌にやってきた。幸史郎は飲んだ振りをして、少量だけついてもらった。お開きになったとき、幸史郎は塚本輝正から声をかけられた。「ぼくの部屋で、少し話しませんか。富良野ワインを、持ってきたんです」 塚本は富良野高校出身で、酪農学園大だと自己紹介している。二百十二号室に入ると、先客がいた。塚本が紹介してくれた。「おれたちは、二日前に入寮したんです。彼は帯広出身、教育大の佐々木くん。こっちは函館出身、札学大の友永くんです」 二人はそろって、頭を下げた。幸史郎は色あせたじゅうたんに座って、紙コップを受け取った。「宮瀬さんのあいさつで、ガツンとやられました。中学を出て、四年間も働いていたんですね」 佐々木は真っ赤な顔で、幸史郎にいった。「同級生なんだから、呼び捨てでいいよ」 幸史郎はそうたしなめて、注がれた赤ワインを飲んだ。いよいよ大学生活がはじまる。夢のような新生活は、養子に迎えてくれた父・宮瀬哲伸と母・昭子からの贈り物だった。幸史郎は心のなかで、両親に感謝を捧げる。「ひぐま寮はね、ぼくたちの寮費と卒業生の寄付だけで、運営されているんだ。先輩たちは金を出すけど、口は出さない。入寮式にも卒寮式にも、誰もこない。完全におれたちに、任せ放しにしている」 友永は寮の概要を、熱っぽく語った。「その伝統が四十年も続いているんだから、すごいことだ」 塚本はあぐらを組み替えて、しみじみといった。おれたちの寮費は、たかがしれている。幸史郎は頭のなかで、素早くそろばんを弾いた。「ということは、ほとんどが寄付でまかなわれているってことか?」「そう。うちの兄貴は、ここでお世話になったんだけど、ボーナスの五パーセントを寄付する慣習になっているようだ」 友永の言葉が、身にしみた。性善説だけで、成り立っている世界がある。「ひぐま寮」の善意のバトンリレーの走者として、おれは選ばれた。幸史郎の心に、熱いものがたぎった。
2019年09月28日
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085:元気の「出る「同行」――第6章:威力ある同行 営業企画部長時代に、営業担当者にアンケートを実施したことがあります。数値は忘れましたが、タイトルは「元気の出る同行とは、どんなものか」でした。圧倒的に多かった回答は「ほめてもらう」であり、その次が「話をよく聞いてくれる」でした。3番目は「仕事の方向性を示してもらう」でした。 支店長会議で、そのことを伝えました。反応は鈍かったと記憶しています。「ほめてあげるための同行」を、イメージできなかったのでしょう。また、ほめるための素材が、思いあたらなかったのかもしれません。 営業担当者の多くは、上司からほめてもらいたいと思っています。そして自分の仕事に対して、これでいいのだろうかとの不安を抱いています。営業リーダーが「現場」へと出向かなければ、営業担当者のニーズには応えられません。「いいね、いまの話法はバッチリだったな」「ちょっと話法を変えてみないか? 今度のところでは、私が見本を見せてあげる」 営業担当者は、上司のこのようなセリフを待っているのです。 ほめるって、簡単なようで難しいものです。SSTプロジェクトでは、ほめるためのツールを準備しました。営業担当者の活動から50項目ほどを抜き出し、最高の活動とは何かを明確にしていました。同行時に、気づいた項目の点数をつけます。たとえば「顧客ニーズを探る」という活動があります。 最高の「顧客ニーズ」を探る活動(お手本・コンピタンシーモデル)を確認し合い、現状に点数をつけます。営業担当者とSSTメンバーが話し合い、5点満点で現状は3点などと点数化するのです。 営業担当者の「顧客ニーズを探る」活動に変化が生まれたら、ほめてあげて「4点になったな」といってあげます。単純なツールですし、4点はこれだという物差しはありません。 最高レベルの活動を確認し、現状に評点をつける。このステップを踏めば、ちょっとした成長をほめてあげることが可能になります。私はその体験から、「身の丈コンピタンシー」なるツールを開発し、現在はさまざまな企業に導入しています。詳細については、のちほど説明したいと思います。
2019年09月28日
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「有川ひろ」の初エッセイ集■韓国で『反日種族主義』という学術論文が11万部売れています。これは韓国の「反日」の根源を暴いた書籍です。まだ邦訳はでていません。しかし著者たちの講義動画は閲覧可能です。昨日4本見ました。感動で胸が詰まりました。興味がある方は、「反日種族主義」で動画検索してください。■有川ひろ『倒れるときは前のめり』(角川文庫)は、有川浩の初エッセイ集です。名前が平仮名表記になっていたので、見落としてしまいそうになりました。私は有川浩のエッセイが好きです。山本藤光2019.09.28
2019年09月28日
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147:入学ガイダンス 予備校は、徒歩十分ほどのところにあった。出かけるときには空っぽだったカバンは、教科書でふくれあがっていた。恭二は中味を机の上に乗せ、時間割を壁に貼った。入学ガイダンス直後に実施された実力診断テストは、さんたんたる結果だった。答案用紙を返してもらわなくても、結果は明白だった。――英数国の合計で、二百五十点がセンター試験の合格ラインです。 テストの開始前に、教官がいった言葉が頭から離れない。授業は土日を除き、九時から十六時までとなっていた。恭二は、残りの時間の設計をはじめる。早めの夕食をすませて、午後六時から十二時までを、勉強することに決めた。朝は六時起床。六時半から八時半までも、勉強と定めた。土日も同じようにこなす。決めごとは紙に書いて、予備校の時間割の下に貼った。 台所には電熱器しか、備えられていない。ガスは火事の恐れがあるので、禁止されていた。お湯をわかして、インスタントコーヒーを入れた。もらったばかりの教科書を広げ、明日の授業のページを予習することにした。家から持ってきたラジオを、FMに合わせた。静かだった部屋に、ジャズが流れた。教科書には、カッコばかりが目立った。そこに正しい単語を入れなければ、読みとおすことのできない仕組みになっていた。 恭二は持参した参考書の助けを借りながら、ひたすらカッコを埋める作業に没頭した。 それでも時々、詩織の面影が現れる。恭二はそのたびに、失せろと心のなかで切り捨てた。影は確実に、薄まってきているような気がする。 恭二は、暗記が苦手だった。暇があれば『英単語暗記帳』を開くのだが、昨日脳内に押しこんだはずのものすら思い出せない。重要単語は、ゴジック文字になっている。せめてそれだけは、完全制覇しなければならない。 開くたびにため息が出る。新しい単語をつめる片っ端から、古いものがこぼれ出てしまっているのである。
2019年09月27日
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084:営業リーダー降格――第6章:威力ある同行 SSTアカデミーで成果が上がらなかった営業リーダーは、専門営業担当者に降格となりました。「同行」で営業担当者を育成できない営業リーダーは、その役割を失ってしまったのです。2ヵ月半の営業リーダー研修は、営業担当者のレベルアップがすべてです。 その検証は営業担当者の意識・行動の変化と、半年後の業績推移で行います。営業リーダーのいちばん大切な仕事は、同行。そのスキルを確かめるのが、SSTアカデミーだったのです。SSTアカデミーは、「同行」にフォーカスをあてた営業リーダー研修です。2ヵ月半現場を離れるところが、ポイントです。その間、チームの業績が落ちることはありません。「きみたちがいなくても、数字が下がらないな」。私は参加者に、この一言を突きつけます。つまり、チームリーダーとしてのあり方を、現場で考え直させるのです。多くの営業リーダーは、同行パワーを実感して戻ってきました。SSTアカデミーも、SSTプロジェクト同様の成果を上げました。SSTアカデミーは、2度実施して終了しました。理由は日本ロシュと中外製薬の合併が決まり、プログラムが頓挫してしまったからです。私は合併を機に退職し、独立しています。
2019年09月27日
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百田尚樹『錨を上げよ』文庫に■まさかの時にそなえて、ランタンを2個通販で買い求めました。深夜に読書ができるほとの明るさでした。ついでに水もカートン買いしました。千葉県はまだブルーシートの屋根が目立ちます。カセットコンロも先日買いました。■昨日は百田尚樹『錨を上げよ』(幻冬舎文庫)の発売日でした。今回は1、2巻のみの刊行です。3、4巻は来月発売のようです。幻の処女作といわれた本書は、著者を知るうえでは必読の一冊です。山本藤光2019.09.27
2019年09月27日
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146:ひぐま寮 スマホの案内は、正確だった。野幌森林公園でバスを降り、三つほど角を曲がった突き当たりに、ひぐま寮はあった。鉄筋三階建ての白い建物は、周囲の緑によく映えていた。ここは札幌の大学に通う男子のみ六十人を収容する、民間の施設である。 玄関を入ると、「新入寮生受付」と書かれたテーブルがあった。長髪で無精ひげの男が、退屈そうに座っていた。宮瀬幸史郎(こうしろう)が名前を告げると、男は書類に目を落としていった。「百五号室。荷物は部屋の前に、積んである。明日の十一時に入寮式。それまではのんびりしていな。夕食は六時から八時の間。遅れるとなくなるよ」 山羊の糞みたいにつながりのない言葉で、しかも早口だった。全部は聞き取れなかったが、幸史郎は何とかなるだろうと思った。百五号室に入る。ドアを入ると右にベッドがあり、左は収納棚になっていた。ベッドは押し入れのように二段になっており、幸史郎の部屋は上段に据えられていた。壁になっている下段には、隣室のベッドがあるのだろうと推測できた。そして正面には、机と書棚が並んでいる。磨りガラス窓を開けると、目の前にうっそうとした木立があった。幸史郎は廊下から、布団袋と段ボール二個を運び入れる。館内放送が流れた。――これから寮内を案内するので、新入寮生はロビーに集ってください。 幸史郎は荷ほどきを途中にして、ロビーへ行った。十人ほどの寮生が集っていた。背の高い寮生が、「ついてきてください」といって玄関に向かった。「玄関は午後十時に、施錠されます。それ以降は自分で、暗証ボタンを押して入るように。暗証番号は、明日の入寮式で配布されます。下駄箱はここです。名前が入っていないところに、自分の名前を入れてください」 下駄箱は二段になっていて、ここでスリッパと履き替えなければならない。「こちらが寮監室です。そしてその横にあるのが、みなさんの名札です。在寮のときは赤字の方、外出のときは黒字の方を向けてください。名札の隣りにあるのは連絡ボードですので、毎日必ず目を通すようにしてください」 幸史郎は黒字になっている、自分の名札を赤に替えた。 玄関を背にした右側が、食堂になっていた。奥に椅子席が並び、手前は小上がりになった畳敷きの娯楽スペースだった。囲碁をしている寮生と、テレビを観ている寮生がいた。「朝食は七時から二時間。夕食は六時から二時間です。それが過ぎたら、あまった食事は自由に食べてよいルールになっています」食堂の奥が、風呂場だった。一度に二十人ほどが入れそうな、広さである。風呂の隣りには、四台の洗濯機が置かれていた。「では二階を案内します。二階には、卓球室と喫煙室があります。ひぐま寮は、全館禁煙です。もちろん、部屋での喫煙も禁止です。タバコは、喫煙室でお願いします」 卓球室には人がいなかったが、喫煙室には三人の寮生がいた。幸史郎たちは三階に上がる。「ここは図書室です。先輩たちが置いていった古い専門書ばかりですが、新聞や週刊誌はここで読むことができます」 続いて、屋上に案内された。ここは洗濯物を干すところです」 屋上からは野幌森林公園が一望でき、開拓の塔もよく見えた。幸史郎は大きな伸びをして、いよいよ大学生活がはじまる、とわくわくした気持ちになっている。
2019年09月26日
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083:過激なSSTアカデミー――第6章:威力ある同行 SSTプロジェクトが終了し、今度は営業リーダーのレベルアップを求められました。◎ショートストーリー社長「何としてでも、営業リーダーのレベルアップを図りたい。確実にレベルアップさせる方法を、考えてもらいたい」山本「営業リーダーの降格もあり、くらいの厳しいトレーニングでも構いませんか?」社長「やり方はきみに任せる。条件は確実に部下を育てられ、かつ業績を上げられる営業リーダーにすることだ」山本「わかりました。しっかりと考えて、企画を提案します」◎考えてみよう あなたなら、どんな対応をしますか。営業リーダーには、適格者と不適格者が存在します。いずれも元優秀な営業担当者だったのですが、営業リーダーとしての手腕が発揮できるか否かは別の話です。まずは営業リーダーの選別を考えてみてください。 日本ロシュが実施した、過酷な営業リーダー研修を紹介します。営業リーダーに「同行」の真価を実体験させたい。SSTプロジェクトが終了した時点で、今度は「SSTアカデミー」を提案しました。社長から承認が下りました。私が事務局長に就任しました。 16支店から、営業リーダーを1人ずつ選抜しました。彼らには2ヶ月間、朝から晩まで集中同行をしてもらいます。見知らぬチームへ行って、面識のない営業担当者と同行します。営業担当者のレベルアップに成功したら合格。失敗したら不合格となります。 現地に派遣する前の2週間、SSTアカデミー参加者には研修を実施しました。「同行」の基本を学んでもらい、ロールプレイで製品話法も磨きました。営業担当者の意識・行動を変えるための、問診表も勉強してもらいました。 2週間の本社研修を終えると、彼らは2、3人が1組となって派遣先チームへと赴きます。赴任地には担当の営業リーダーがいます。そのリーダーと話し合い、同行する営業担当者を決めます。人選の基本は、平均的レベルの営業担当者の抽出です。 2ヶ月間の同行は、2人の営業担当者に対して、1週間ずつ交互に実施します。営業担当者の意識と行動を変えれば、自動的に業績は向上する。この理念のもとで、彼らはひたすら現場で汗を流します。 彼らには、一切の内勤業務がありません。不在時には、支店長または業務課長がチームの面倒を見ています。夜遅くに帰社した営業リーダーは、現地のリーダーに現状の報告を行います。この時期は1つのチームに、3から4人の営業リーダーが存在しています。それぞれが、大きな刺激を受けたと言っていました。
2019年09月26日
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垣谷美雨『夫の墓には入りません』読み始める■肌寒い朝になってきました。現在室温は28度。それでもひやっと感じるのは、30度越えの毎日が肌感覚として残っているからなのでしょう。わずか2,3度の違いを敏感に感じ取ることができます。■垣谷美雨(かきや・みう)は、とことんタイトルにこだわる作家です。「山本藤光の文庫で読む500+α」では『老後の資金がありません』(中公文庫)を紹介しています。本日から『夫の墓には入りません』(中公文庫)を読み始めました。本書もタイトルからは、作品の展開をまったく読めない類いのものです。山本藤光2019.09.26
2019年09月26日
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145:札幌のアパート 瀬口恭二は札幌市桑園にある、木造二階建てのアパートの一室に入った。ドアを開けると、湿った黴っぽい空気が待ちかまえていた。六畳一間に古びたベッドと机と椅子が、ぽつんと置かれていた。小さな台所とトイレ兼シャワー室があり、ほかには何もなかった。恭二は急いで、窓を開ける。目の前に、向かいのアパートの窓があった。驚いて、窓を半開きにした。よその窓が手の届くところにあるのは、見慣れぬ光景だった。送った荷物は、ベッドの上に積んであった。ベッドから段ボールを取り除き、布団袋を開けた。ドアが叩かれた。大家だった。。「瀬口さん、これゴミ出し日とかの、入居規定が書かれたものです。後で読んでおいてください。二百三号室はね、縁起がいいんですよ。何しろ五年連続で、みんな志望校に合格しているんです」 大家は、そういって帰った。恭二は受け取った紙片を机に置き、布団をベッドに運んだ。そして仰向けに、横たわってみた。天井は、シミだらけだった。いよいよ戦闘開始だ。恭二は目を閉じ、浪人中のタブーを考えることにした。スマホは封印してある。手紙は書かない。読書はしない。帰省はしない。合格の日まで、これらの戒めを貫徹しなければならない。 恭二は起き上がり、机に向かった。ノートを破り、今決めたことを大きく書いた。そして壁に残ったままの、さびた画鋲で留めた。何だか小学生みたいだと思う。しかし持続力のない自分には、これがふさわしいと開き直った。空腹を覚えたので、外へ出た。周りは、アパートばかりだった。角を曲がると、たくさんの飲食店が並んでいた。恭二は、中華料理店に入った。カウンター席に座り、ラーメンと半チャーハンセットを注文した。厨房から、主らしい男が話しかけてきた。「見慣れない顔だね」「今日、そこのアパートに、引っ越してきました」「札幌学院生かね?」「はい、予備校生です」「では景気づけに、今日は半額でいいよ」「ありがとうございます」「その代わり、今後ごひいきにね」店内は、若い男女の客でいっぱいだった。片手に本を持ち、ひたすら口に箸やスプーンを運んでいる。会話は聞こえない。風貌から見て、全員が予備校生だとわかった。カウンター席には、恭二のほかに八人ほどの客がいた。みんな活字に目を落としながら、食事をしていた。よく見ると彼らが手にしているのは、参考書ばかりだった。恭二は競走馬のスタートゲージにいるような、錯覚を覚えた。負けられない、との思いが突き上げてきた。
2019年09月25日
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082:SST終了後にもなお威力――第6章:威力ある同行 SSTプロジェクト導入以前は、営業担当者の80%が苦手な顧客を抱えていました。しかし、SSTプロジェクト終了後は、60%の営業担当者がそこを単独訪問するようになっています。誰にでも苦手な顧客はあります。同行時に、ちょっと背中を押してあげる。何度も繰り返し、訪問してあげることが大切です。 それだけのことで、高かった敷居が低くなります。苦手だった顧客が、身近になります。SSTプロジェクトは、1年間半で240人の営業担当者と徹底同行をしました。同行されたのは、全営業担当者の3分の1に過ぎません。それでも全社で、対前年比23%もアップしました。SSTプロジェクトに刺激されて、営業リーダーたちも本格的な「同行」を開始したのも要因だったようです。この現実を、真摯に受け止めていただきたい。やればできます。SSTが入ったチームと、入っていないチームのアップ率の比較でも、前掲のグラフのような格差になっています。このケースも、SSTがいなくなってから、顕著な差がうまれています。
2019年09月25日
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芦沢央『バック・ステージ』読むぞ■日本で開催されているラクビーは、観客のモラルにもスポットが当たっているようです。公平な応援と試合終了後のスタジアムの清掃。この二つを報じる海外のメディアが増えています。日本人の民度の高さが、注目されているのです。■芦沢央『バック・ステージ』(角川文庫)購入。注目しているミステリー作家の最新文庫です。評価が高い作品なので、読んでみたいと思います。山本藤光2019.09.25
2019年09月25日
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144:恭二の回想 翌日、恭二は早朝の標茶駅で、釧路行きの電車を待っていた。リュックサックを背負い、大きなスーツケースを足下に置いている。待合室には誰もいない。暖房のない駅舎には、戸外と変わらぬ寒さがあった。 所在なく壁面を眺めていると、南川理佐が描いたポスターが目に留まった。中学時代の壮行試合の応援席には理佐がいて、そして隣りには詩織がいた。札幌の理佐の祖父母の家へ、卒業旅行に行った。そのときも、詩織が一緒だった。恭二はポスターを眺めながら、深いため息をつく。――結婚するかもしれない。 冷酷な一言が、恭二の回想に蓋をしてしまう。畜生と思う。ばかやろう、と叫びたくなる。恭二は宙を見上げ、心のなかに居座る澱(おり)と闘う。 改札が始まった。さよなら標茶。心のなかでつぶやく。そして、さよなら詩織と小さな声でいってみる。 釧路発札幌行きの特急電車は、空席が目立った。恭二は太平洋をのぞめる、進行方向左側の席を選んだ。荷物から「笑話の時代」ノートを出し、二つの荷物は網棚に乗せた。そしてポケットのスマホを取り出し、電源をオフにした。車内販売がきた。恭二は、コーラを注文した。コーラを飲みながら、恭二は詩織に思いをはせている。長い入院生活をしてから、詩織はおれと距離をおくようになっていた。おれの受験を案じてのことだ、と思っていた。それが違っていたのだ。――プロポーズされているの。 またもや、詩織の声が聞こえてくる。また悔しさが、突き上げてきた。心のなかにぽっかりと空いた空洞。洞窟には、詩織の放った毒がある。窓外に太平洋が、広がっている。大きな波頭が盛り上がり、白い塊になって浜辺に叩きつけられている。どんよりとした空に隠れて、水平線は見えない。まるで今のおれと同じだ、と恭二は思う。そして、固く目を閉じる。すべてを遮断するのだ。おれは流浪の身なのだ。失ったものはあまりにも大きかったが、これから手に入れようとしているものは、もっと大きい。すべての未練を断ち切るのだ。恭二は目を開けた。太平洋と別れを告げて、電車はひた走る。一浪生活の幕開けである。
2019年09月24日
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081:驚くべき同行の威力――第6章:威力ある同行 徹底的に同行されたグループとそうではないグループとでは、どのくらい格差が生まれるものでしょうか。ずっと以前から、興味のあるテーマでした。営業管理部に、比較データの作成を要求しました。SSTプロジェクトの指導を受けた営業担当者のリストを渡し、このなかの30名とそれ以外の30名を比較してもらいたいと伝えました。翌日、データが届きました。思わず跳び上がってしまいました。とんでもない格差が生まれていたのです。 SSTプロジェクトの威力を紹介しましょう。次のグラフを私が支店長会議で示したとき、「ウソだろう」と声が上がりました。折れ線グラフは、ある製品のアップ率を見たものです。4つのグラフは、上から次のようになっています。1番上:SSTメンバーの指導を受けた30名のアップ率2番目:全社平均のアップ率3番目:SSTメンバーの指導を受けていない30名のアップ率1番下:当該製品の市場のアップ率 SSTの指導を受けていない群は、当該製品の市場トレンドと似ています。ところが、SSTの指導を受けた群は、右肩上がりに業績が向上しています。SSTが導入されている間は、ほとんど格差がありませんでした。 SSTメンバーがいなくなってから、格差が広がるのです。その理由は、SSTメンバーが塾の先生に徹したからです。市場性の高い難渋先の攻略。SSTメンバーがいなくなってから、それらの顧客に火がついたのです。
2019年09月24日
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鹿島茂『悪知恵のすすめ』入手■御嶽海が決定戦で、貴景勝を破って優勝を決めました。横綱不在の寂しい場所を、この二人の力士が盛り上げてくれました。相撲界はこの二人の時代になるのでしょう。ただし二人とも押し力士なので、四つ相撲力士が割って入ることを祈ります。■注文してあった鹿島茂『悪知恵のすすめ』(清流出版)が届きました。副題には「ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世術」とあります。副題の書籍は「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介してあります。届いた本をさっそく読んでみましたが、押しつけがましくない筆運びに安心しました。山本藤光2019.09.24
2019年09月24日
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143:札幌へ 瀬口恭二は失ったものの大きさに、茫然自失している。藤野詩織が吐き出した「結婚するかも」という一言が、微熱のように体内に居座り続けている。微熱は体中にみなぎっていた力を抜き取り、何かをしょうという気力をも奪ってしまった。札幌の予備校へ行くために、明日標茶(しべちゃ)町を離れなければならない。詩織はそんなおれの背中を、残酷な刀で切りつけたのだ。 札幌予備学院から紹介してもらったアパートには、机や椅子やベッドは備えつけられているとの連絡があった。標茶から送ったのは、布団と衣類と簡単な調理器具と電気ストーブだけだった。 恭二は机のなかの、整理をはじめた。詩織の写真は全部破り捨て、本の紹介をつづった詩織ノートも引き裂いた。何一つ痕跡は、残したくなかった。壁に貼ってある、中学時代の野球の賞状も破いた。書棚の本は、そのままにしておくことにした。ふと見ると書棚に、一冊のノートがはさまっていた。標高新聞部へ入部したときに、何でもいいから自主研究をしなさいといわれて、思いつくまま書き留めていたノートだった。表紙には「笑話の時代」とあり、「笑話」には、「しょうわ」とルビが振ってあった。めくってみた。十枚ほど使用されていたが、あとは空白だった。 記憶が戻った。詩織と笑い話を集めようという話になって、思いつくまま書き連ねたものだ。笑い話の収集作業は、とっくに止めていた。自ら創作する習慣も、なくなっていた。ノートの存在すら、忘れていたほどである。 ノートに書いた笑話を、通学路で詩織に披露していた。受けたものもあった。しかしほとんどは不発に終わった、小さな物語ばかりだった。◎怖い夢――笑話(しょうわ)の時代精神科での医師と患者のやりとり。患者「毎日変な夢ばかりみます。最初の日は十五階から落ちて、次の日は十四階から落ちて……」医師「それで相談とは?」患者「私怖いんです。明日は二階から落ちる日なんです」医師「今まで相談にこなかったのに、なぜ二階の日は怖いんだい?」患者「今までは落ちる途中で目が覚めたんですけど、二階からだと目が覚める暇がないんです。先生、怖い!」(これは誰かに、教えてもらったものです。誰かは覚えていません)◎おもしろさの点数――笑話(しょうわ)の時代A「おもしろさの度合いを示す、十段階を考えた博士がいる」B「それはユニークな発想だな。それならどのくらいおもしろいかが、相手に理解される」A「ちょっぴり、おもしろいのは一点として、こんな具合だ。くすっと笑う。にやっと笑う。大口をあけて笑う。体をくねらせて笑う。げらげら笑う。肩を揺すって笑う。腹を抱えて笑う。笑い転げる。涙を流して笑う。これが博士の示した九点目までだ」B「それで十点は何だい?」A「笑いの実験をしていて、博士は十点を考えている間に、笑い死んだらしい」(これは、恭二の創作です) 新聞記事を書く腕を磨くために、おれはこんなばかばかしいことをしていたんだ。読んだ話は、ちっともおもしろくなかった。しかし恭二は、浪人中にこのノートを続けようと思った。猛勉強の合間の、気分転換くらいにはなるだろう。 胸のなかに溜まった詩織の澱(おり)は、時間が解決してくれるはずだ。明るく、笑って、おれは新たな一歩を踏み出さなければならない。ノートを、旅行カバンに入れた。そして、恭二は眠った。
2019年09月23日
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080:勝手にやればいい――第6章:威力ある同行 難しいことや特殊なスキルやノウハウを、移植するのではありません。営業活動の基本を、叩きこんだのです。営業リーダーは、学校の先生であってはいけません。塾の先生に徹するべきなのです。◎ショートストーリー SSTメンバーが派遣先に赴く。最初の場面を再現してみたいと思います。あなたは何を感じるでしょうか。SST「本日から3ヶ月、私たち3人がお世話になります」現地リーダー「話は聞いているが、おまえたちに何ができる? まあ命令だからしょうがないが、おれは知らん。勝手にやればいい」SST「営業リーダーの協力がなければ、絶対にうまくゆきません。趣旨を理解いただき、ぜひ一緒に、このチームを伸ばしましょう」現地リーダー「おれは目いっぱいやっている。おれは自分流にやるから、おまえたちはおまえたちで、自由にやればいい。邪魔はしない」SSTメンバーは、3人が1組になってチームに派遣されます。平均的に1つのチームには、8人ほどの営業担当者がいました。SSTメンバーが同行指導するのは、1人につき2人の営業担当者です。その意味は、あとで説明させていただきます。現地の営業リーダーは、SSTメンバーの成功を望んでいません。SSTメンバーが成功したら、自分たちの指導力が問われるからです。そんな関係ではじめのうちは、メンバーに対して協力的ではありません。しかしメンバーの熱心な仕事を目のあたりにして、少しずつ胸襟を開くようになりました。ショートストーリーは、実話です。この営業リーダーは、最終日にSSTメンバーに感謝の言葉を述べ、送別会まで開催してくれました。
2019年09月23日
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百田尚樹『日本国紀』がいい■巨人が5年ぶりにリーグ優勝しました。丸選手の加入が大きかったです。さらに原監督の再投入が大きく貢献していると思います。勝ちにこだわる采配は、負けるとぼろくそにいわれかねませんでした。ベンチ入りした選手を適材適所に使いこなす。この手腕は目を見張るものでした。■百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)を毎朝少しずつ読み進めています。これまで読んだどんな歴史書よりもわかりやすく、うんうんうなりながらの読書です。ポストイットが一杯になっています。山本藤光2019.09.23
2019年09月23日
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142:最後の夜 詩織の部屋のドアを、軽くノックする。手が震えた。すぐに扉が開いて、詩織は恭二をなかに招き入れた。詩織は恭二に椅子を勧め、自分はベッドの端に腰を下ろした。「恭二、ワインを飲もう。一番高級なのを、持ってきちゃった」 机の上には、二つのグラスと赤ワインが置いてあった。恭二は栓を抜き、グラスに注いだ。それを両手に持って、詩織の隣りに腰を下ろした。「恭二、何ていって乾杯する?」「二人の幸せのためにかな」「うん、それでいい」 グラスが合わされ、澄んだ高い音が響いた。「恭二、長い間つき合ってくれてありがとう」グラスを口から離して、詩織はいった。「グラス、置くところがないね」「机を引っ張ってきて」 グラスを机に置いて、恭二は詩織の肩に手を回した。詩織は引っ張ってきた、机の引き出しを開けた。そしてなかを指差していった。「これ全部恭二からもらった手紙。ごめんね、ずっと返事も出さないで」 引き出しの中は、恭二の手紙でいっぱいだった。詩織はそのなかに手を入れて、小さな消しゴムを取り出す。詩織消しゴムだった。詩織はそれを眺めながら、ぽつりといった。「私ね、小学校のときから、恭二のこと好きだったみたい。この前、気がついた。中学のときに、もらったラブレターを恭二に見せたよね。あれは恭二の気持ちを、確かめたかったからなんだ」「あのとき、おれの方が詩織のこと、何倍も好きだっていった」 展開が悪い、と恭二は思う。詩織ののど元には、別れの言葉が突き上げてきている。恭二はそう直感する。なぜだ、なぜだと思う。別れる理由が見つからないのだ。 頭のなかをスライドショーみたいに、昔の映像が次々に浮かんでくる。恭二は、覚悟を決めている。何をいわれても動じないでおこうと、固く決意している。「恭二、私、結婚するかもしれない」 予想もしていなかった、宣告だった。硬直してしまった思考回路を、力まかせにこじ開ける。言葉が出ない。「主治医の先生から、プロポーズされているの」「そうか」と、恭二は応じた。時間が固まってしまった。不安定だった、グラスタワーが倒れた。砕け散ったグラスから、粘液質の水がこぼれた。「恭二、ずっと私のこと、大切に思ってくれてありがとう」 詩織の肩が、激しく揺れはじめた。恭二は肩に回していた手を解き、絞り出すようにいった。「わかった。おれ、消える」 恭二は立ち上がり、机を元の位置に押し戻した。詩織は、背後から抱きついてきた。「恭二、きて!」強引に、手を引かれた。恭二は手を振りほどき、大きく息を飲んでから、「さよなら」と告げた。すすり泣きが聞こえた。恭二はドアノブに手をかけ、後ろ向きのまま、もう一度「さよなら、詩織」と吐き出した。ドア越しに、泣き叫ぶ声を聞いた。恭二は空っぽになった胸のなかから、「さよなら」の四文字をつまみ出し、自分の足下に放り投げた。
2019年09月22日
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079:塾の先生になる――第6章:威力ある同行 SSTプロジェクトでは、メンバーは塾の先生。現地の営業リーダーは、学校の先生と定義しました。学校の先生は、均一に広く浅く教える存在。塾の先生とは、短期間に苦手を克服させ、合格できるまでレベルを上げるのが使命です。必然、SSTメンバーは、営業担当者の難渋先を攻略目標としました。 難渋先とは大きな実績が見こめる、未攻略の顧客のことです。現状の2桁アップを実現させるためには、ポテンシャルのある難渋先の攻略が必要だったのです。ここではSSTメンバーが見本を示しながら、先頭に立ちました。3ヶ月のアクションプランを作成し、徹底的な集中訪問を繰り返しました。 未攻略先への訪問で営業担当者は、「仕事の手順がわかった」ようです。薬剤部を訪問し、病院での活動ルールを確認します。新薬の採用は、誰が決めるのかを調べます。医師とは、どこで面談可能なのかを調査します。競合品は何が採用になっており、どの医師が処方しているのか。動き出す前に、調査すべきことはたくさんありました。 営業担当者に仕事を覚えさせたければ、難渋先の同行をメインとすべきです。やがて、それが営業担当者の自信となり、その後の活動に弾みがつきます。SSTメンバーの1人が、こんなことをいっていました。「仕事を覚えてもらうためには、手つかずのいちばん大きな顧客をターゲットとすべきです。ひとつの成功体験で、完璧な基礎ができます」 一度成功を体験した営業担当者は、驚くほどレベルアップします。同行の目的は、次の2点です。・営業担当者のレベルアップ・難渋先の攻略 SSTメンバーは、難渋先の攻略を通じて、営業担当者のレベルアップを図りました。そのために毎日夜遅くまで、営業担当者とともに現場を駆け回りました。自らの「名人芸の移植」。簡単なことではありません。SSTメンバーは、当たり前のことを当たり前にできる、営業担当者を育てることをゴールとしていました。
2019年09月22日
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瀬戸内寂聴『求愛』文庫に■動画「朝鮮半島の今を知る第32回」(日本記者クラブ主催)は、阿部浩己氏の講義が実にわかりやすいものでした。日本と韓国の主張について深掘りしたもので、多くのことを学びました。視聴をお勧めします。■瀬戸内寂聴『求愛』(集英社文庫)が出ました。珠玉の掌(てのひら)恋愛小説集とコピーにあります。いずれも短い作品ですので、楽しみながら読むことができます。山本藤光2019.09.22
2019年09月22日
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141:フォークの柄 帰りかけた恭二の耳元で、詩織がささやいた。「一度家へ帰って、すぐに私の部屋にきて」 後ろ向きに手を上げて了解を示し、恭二は幸史郎たちとともに、藤野温泉ホテルを辞した。胸のなかで二種類の玉が、ぶつかり合っている。詩織の用件が、想像できない。よい話ではない、との思いが強い。「札幌へはいつ発つんだ?」「三日後。コウちゃんは?」「おれは四月一日。学生寮はそれまで、空かないんだ」 幸史郎と可穂を宮瀬家の前で見送り、恭二は勇太に「駅まで送るよ」といった。二人で並んで歩くのは、久しぶりだった。「恭二、おれな、株式会社・酪農猪熊を目指すことにした。近所の酪農家なんだけど、後継者がいないんで廃業するって、あいさつにきたんだ。おれ、そこを買うことにした。でっかい牧場になるんで、冬場は野菜のビニールハウスを経営しようと思っている。コウちゃんに相談したら、親父に格安で建設するように、頼んでくれるって」「そりゃいいな。勇太はちゃんと、未来のことを考えているんだ」「いつまでもひっそりと、酪農家を続ける気はないな。夏場は外国の研修生も受け入れるように、申請もしてある」「勇太、おまえは力強いよ。感心した」「おまえも、しっかりと勉強しな。帰ってきたときは、電話くれよ。今日みたいに会える友だちが、誰もいなくなるのが一番寂しい」 二人は標茶駅で、固い握手を交わす。お別れだ、と恭二は思う。ずっと以前に理佐とお別れをし、幸史郎と可穂にもお休みをいった。そして今勇太とも握手をした。一本のフォークの柄の部分だった関係が、先端部分に移行してしまった。恭二は勇太を見送り、最後の別れになるだろう、詩織の元へと足を運んだ。 胸のなかを、重い鉛の球が転がった。足取りが重い。恭二は力いっぱい息を吐き出し、みぞおちに力をこめた。
2019年09月21日
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078:暗黙知は色あせない――第6章:威力ある同行 SSTプロジェクトの詳細については、拙著『暗黙知の共有化が売る力を伸ばす・日本ロシュのSSTプロジェクト』(プレジデント社・第4回日本ナレッジマネジメント学会研究奨励賞受賞)、『SSTプロジェクトの奇跡・営業ドキュメント同行指導の現場』(プレジデント社)をお読みいただきたいと思います。それらを普遍化して営業リーダーに向けた『なぜ部下は伸びないのか・リーダーが変わるべきこと』(かんき出版)も、併せてお読みいただきたいと思います。「暗黙知」とは、スキルやノウハウのことです。一度身につくと、暗黙知は色あせることがありません。名人の暗黙知が移植された営業担当者は、その後も業績を伸ばし続けました。 SSTプロジェクトは、的確な育成同行の威力を実証しました。その後、私は「SSTアカデミー」を立ち上げ、70名の営業リーダーのレベルアップに取り組みました。最近、元SSTメンバーにインタビューしています。そのときのやりとりを紹介したいと思います。「営業担当者の成長が目に見えるので、毎日の同行は楽しいものでした」「多くの営業担当者は、当たり前のことができていなかった。当たり前のことを教えるのだから、難しい話ではありません」「身体で覚えてもらう。体育会系みたいですけど、現場での指導に勝るものはありません」
2019年09月21日
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鹿島茂『悪知恵のすすめ』注文■肌寒く感じるほどの朝でした。昨夜から毛布を蒲団に変えて寝ました。あの猛烈に暑かった夏は遠ざかったようです。ただ今室温は27度。これを肌寒く感じるのですから、体内温度計は完全に真夏仕様になっていたようです。■鹿島茂『悪知恵のすすめ』(清流社)を「日本の古書店」で注文。「アマゾン」の最低価格は3千円ほどでしたが、こちらのサイトでは千円でした。このサイトは高価な本を探すのに便利です。本書は先日書評を発信した、ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、大澤千加訳)を取り上げたものです。山本藤光2019.09.21
2019年09月21日
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140:最後の下校恭二は詩織と並んで、標茶高校を出た。歩きかけた詩織は、一度校舎を振り返って小さく頭を下げた。恭二もそれに習った。「恭二、いよいよ最後の下校だね」「何だかたくさんの忘れ物を、してきたような感じがする」「勇太のお父さんが亡くなって、私が病気になって、理佐が亡くなって、後半は寂しいことの連続だった。恭二は大学受験に失敗するし、私たちのグループは空中分解したみたい」「詩織はこれから、どうするの?」「今は通院しなくていい身体になること以外は、考えられない」 二人はオランダ坂を下る。「あのさ、詩織。毎朝、ここで待っていてくれたじゃない。家の前の道で、なぜ待っていなかったの?」 何も感じていなかったが、坂を下りながらふと思った。「いつも勇太と、一緒だったでしょう。だから男の友情の、邪魔はしたくなかった。でもオランダ坂からは、恭二は私のもの。そんなつもりの儀式だった」「詩織も勇太も、卒業できてよかった」 並んで歩きながら、時々肩が触れ合う。しかし恭二には、詩織がずっと遠くに行ってしまったように感じる。ランドセルを鳴らして小学生が二人、傍らを駆け抜けて行った。恭二はうつろな目で、彼らの後ろ姿を追った。三月の空には、太陽の姿はなかった。厚い雲が太陽を覆い、その分風を冷たくしていた。 いつもならピンポン球のように弾んでいた会話は、凍てついてしまっている。恭二は黙って歩いた。 藤野温泉ホテルの一室で、五人は賑やかに卒業を祝った。詩織の父は、ビールとジュースを運んできてくれた。「みんな卒業おめでとう。詩織も何とか滑りこみセーフだったから、今日は賑やかにやってください」 幸史郎はビールの栓を抜いて、両隣りの恭二と勇太のグラスに注いだ。向かいの席の詩織と可穂は、オレンジジュースだった。「ではおれたちの卒業を祝って、乾杯。それから理佐に献杯」 幸史郎の音頭で、一斉にグラスが持ち上げられた。「卒業って、寂しいものね」 可穂はそういって、詩織の顔をのぞきこんだ。「卒業にはお別れ、っていう意味があるからね」 詩織は恭二の方に、視線を向けていった。勇太が続いた。「コウちゃんは大学生。恭二は予備校生。おれは酪農家。詩織はおうちのお手伝い。可穂は家で浪人生活。みんなばらばらになっちゃった」「だからって、お別れじゃないわよ。お別れって、再会の日に向けられたメッセージなのよ。来年、瀬口くんと私が合格したら、こうしてお祝いしてもらいたいな」 可穂はいつになく、雄弁だった。詩織の母・菜々子は、お盆に山盛りの毛ガニを運んできた。「みんな卒業、おめでとう。最後の締めはカニだからね。たんと召し上がってください」 カニはみんなを寡黙にするから、宴会の最後に食べるものなの。亡くなった理佐の、祖母がいっていたセリフだった。カニに鋏を入れるのに悪戦苦闘している恭二を見かねて、詩織が呼んだ。「恭二、きて!」 自分がきれいに鋏を入れた、皿を差し出している。「危なっかしくて、見ていられない。これあげるから、恭二のカニをこっちに回して」 みんな笑っている。恭二はカニの身をはしでほぐして、口に運ぶ。しょっぱい味のあとに、すぐに濃厚な甘みが広がる。高校生活最後の夜は、カニの味と同じだった。
2019年09月20日
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077:3ヶ月間2人と同行――第6章:威力ある同行 こうして、「育成同行」専任部隊は誕生しました。絶対に成功するという確信はありませんでした。ただほかに方法がなかった、というのが正直なところだと思います。 SSTプロジェクトは、最終的に23%の業績アップを実現しています。SSTという「名人芸移植」プロジェクトは、信じられないほどの成果を上げました。SSTプロジェクトのポイントは、「同行」によって優秀者のスキル、ノウハウを平均的な営業担当者に移植する点です。 SSTメンバーは、3ヶ月間2人の営業担当者と同行を繰り返します。朝から晩まで、1日も欠かさずに同行します。第1週がAさんと同行だったら、翌週はBさんとの同行になります。 Aさんとの同行を終えると、SSTメンバーは翌週までの課題を与えます。そして再び同行したときに、課題をクリアしているか否かの検証をします。 できていなければ、もう1度同じことを教えることになります。SSTメンバーの指導を受けた営業担当者は、誰もが大幅に業績を伸ばしました。
2019年09月20日
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百田尚樹『今こそ、韓国に謝ろう』がいい■立民と国民などが衆参の統一会派結成。産経新聞の見出しです。また民主党の亡霊が復活するようです。自民党と何が違うのか、まずは明確にしてもらいたいと思います。また韓国の文政権とはどこが違うのか、明確に語ってもらいたいと思います。■百田尚樹『今こそ、韓国に謝ろう』(飛鳥新社文庫)は、自虐の論評です。副題には「そして、『さらば』と言おう」とあります。識字率10%だった韓国にハングル文字を広めたり、ほとんどなかった学校を建設したり、「お節介をしてごめんなさい」とつづられています。日本が韓国にどれほどの「無益」なことをし続けたのか、のすべてが網羅されています。本人がいうように、これは名著です。韓国がいかに真実をねじまげて「反日」をしているかが理解できます。山本藤光2019.09.20
2019年09月20日
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139:卒業式 恭二の大学受験は、失敗に終わった。札幌の予備校に通って、来春再挑戦することにした。一人でオランダ坂を上がりながら、恭二はこれが最後の登校だと思う。勇太や詩織と一緒に、通い続けた道である。 オランダ坂の上に、詩織がいた。幽霊かと思った。びっくりして、腰が抜けそうになった。「おはよう」 詩織は短くいった。大きな瞳が忙しく動いた。うれしそうでもあり、哀しそうでもあった。「どうしたんだ?」「卒業できることになったの。ちょっと単位不足だったみたいだけど、そこは私のかわいさで、おまけしてもらった」 白い歯がこぼれ、はにかんだ表情になった。そして久しぶりに見る笑顔にかわった。久しぶりに、耳にする軽口だった。ちゃんと左頬に、えくぼが浮かんでいる。「それはおめでとう。よかったな」「ここから高校までは、いつも恭二と一緒だった。お別れだね」「病気の方はどうなの?」「主治医が完治した、っていってくれた。でも検査のために、通院は続ける」「よかったな、それはおめでとう。こうして詩織と一緒に卒業式に出られるなんて、夢みたいだ」「恭二、長い間私を大切にしてくれて、ありがとう」 詩織は泣いている。恭二は、知らぬふりをして歩いた。そしていった。「詩織、おれ落っこちちゃった」「聞いてる。合格したのは、コウちゃんだけ」「札幌へ行っても、ときどき手紙を書く」「お手紙いらない。恭二は勉強に、集中しなければダメ」 E組の教室に入った。たちまち詩織のところに、みんなが集ってきた。「さっき長島先生に聞いた。詩織、卒業おめでとう」 可穂がそういうと、みんなから大きな拍手が起こった。詩織の瞳に、米粒ほどの涙が光った。幸史郎は詩織の肩に手を置いて、「詩織ちゃん、よかったな」といっている。 卒業式を終え、詩織のところでお祝いをすることになった。定時制の卒業式の列に並んでいた、勇太にも声をかけてあるという。幸史郎はそう説明してから、「詩織ちゃん、先に帰って豪華な部屋をキープしてくれないか。恭二は詩織ちゃんを、エスコートしな」と気を回した。 恭二は詩織との間を流れる、空気が違っていることを感じている。あれほど濃密だった空気は、なぜか希薄になっている。炭酸が失せた、コーラみたいな雰囲気になっているのだ。
2019年09月19日
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076:責任は私がとる――第6章:威力ある同行 全国のトップ営業担当者とリーダーを集めよう。彼らのスキルやノウハウを、平均的な営業担当者に移植しようということにしました。つまり、トップ営業担当者のコピーを作ろうとの発想だったのです。この方法なら、効果は持続します。 全国からトップ営業担当者とリーダー、24名を選抜しました。彼らには、徹底的な「育成同行」を実施してもらうことにしました。優秀な部下をひきぬかれた支店長たちからは、猛反発を受けました。「業績が落ちたら、誰が責任を取るんだ」「部下育成は我々現場の責任のはず。なぜ本社主導のプロジェクトなんですか」それらの声を、社長の一言が打ち消しました。「業績が落ちても構わない。SSTプロジェクトは実施する。責任は私が取る」
2019年09月19日
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「海外文学125+α」更新■「山本藤光の文庫で読む500+α」海外編を更新しました。【海外文学125+α・山本藤光の文庫で読む】……01~10…………ドストエフスキー:カラマーゾフの兄弟(全5巻、光文社古典新訳文庫)サマセット・モーム:月と六ペンス(光文社古典新訳文庫)E・ブロンテ:嵐が丘(新潮文庫) スタンダール:赤と黒(上下巻、光文社古典新訳文庫) カフカ:変身(光文社古典新訳文庫)セルバンテス:ドン・キホーテ(全6巻、岩波文庫) ヴェルヌ:十五少年漂流記(集英社文庫)バルザック:ゴリオ爺さん(新潮文庫)ヘミングウェイ:老人と海(新潮文庫)ヘルマン・ヘッセ:車輪の下で(光文社古典新訳文庫)……11~20…………デュマ:モンテ・クリスト伯(全7巻、岩波文庫)シェイクスピア:マクベス(新潮文庫)カミュ:異邦人(新潮文庫)ジョージ・エリオット:サイラス・マーナー(岩波文庫)ジェームズ・ジョイス:ユリシーズ(全4巻、集英社文庫)ルイス・キャロル:不思議の国のアリス(新潮文庫)トルストイ:戦争と平和(新潮文庫)C・ブロンテ:ジェーンエア(上下巻、光文社古典新訳文庫)スウィフト:ガリヴァー旅行記(新潮文庫)……21~30…………カポーティ:遠い声遠い部屋(新潮文庫)デフォー:ロビンソン漂流記(新潮文庫)サリンジャー:ライ麦畑でつかまえて(白水Uブックス)ユゴー:レ・ミゼラブル(全5巻、新潮文庫)アンネ・フランク:アンネの日記(文春文庫)チェーホフ:桜の園(新潮文庫)ジェイン・オースティン:自負と偏見(新潮文庫)チャンドラー:ロング・グッドバイ(ハヤカワ文庫)メルヴィル:白鯨(上下巻、新潮文庫)……31~40…………ウィングフィールド:クリスマスのフロスト(創元推理文庫)トーマス・マン:魔の山(上下巻、新潮文庫)ジッド:狭き門(新潮文庫)フローベール:ボヴァリー夫人(新潮文庫)シリトー:長距離ランナーの孤独(新潮文庫)サガン:悲しみよこんにちは(新潮文庫) デュラス:愛人(河出文庫)マーガレット・ミッチェル:風と共に去りぬ(全5巻、新潮文庫)ブルースト:失われた時を求めて(光文社古典新訳文庫)スティーヴンソン:ジーキル博士とハイド氏(角川文庫)……41~50………… アーサー・ミラー:セールスマンの死(ハヤカワ演劇文庫)D・H・ローレンス:チャタレイ夫人の恋人(新潮文庫)モーパッサン:女の一生(新潮文庫)アガサ・クリスティ:ABC殺人事件(創元推理文庫)ホロヴィッツ:カササギ殺人事件(上下巻、創元推理文庫)アイリッシュ:幻の女(ハヤカワ文庫)アベ・プレヴォー:マノン・レスコー(岩波文庫)ポー:モルグ街の殺人(新潮文庫) H.F.セイント:透明人間の告白(上下巻、新潮文庫) ロマン・ロラン:ジャンクリストフ(全4巻、岩波文庫) ……51~60…………D.ブラウン:天使と悪魔(全3巻、角川文庫)フィッツジェラルド:グレート・ギャツビー(新潮文庫)トマス・ピンチョン:スロー・ラーナー(ちくま文庫)イプセン:人形の家(新潮文庫)ピエール・ルメートル:その女アレックス(文春文庫)マーク・トゥエイン:トムソーヤの冒険(光文社古典新訳文庫)モリエール:人間ぎらい(新潮文庫)エミール・ゾラ:居酒屋(新潮文庫)ヘンリー・ジェイムズ:ねじの回転(光文社古典新訳文庫)ケイン:郵便配達は二度ベルを鳴らす(光文社古典新訳文庫……61~70…………カトリーヌ・アルレー:わらの女(創元推理文庫)アンデルセン:マッチ売りの少女(新潮文庫)ダンテ:神曲(全3巻、集英社文庫)スタインベック:怒りの葡萄(上下巻、ハヤカワepi文庫)ラファイエット夫人:クレーヴの奥方(岩波文庫)チェスタトン:ブラウン神父の童心(創元推理文庫ゴールディング:蝿の王(ハヤカワepi文庫)P・D・ジェイムス:女には向かない職業(ハヤカワ文庫)ヴァージニア・ウルフ:灯台へ(岩波文庫)ラクロ:危険な関係(角川文庫)……71~80…………グレアム・グリーン:ヒューマン・ファクター(ハヤカワepi文庫)クロフツ:樽(創元推理文庫)ホーソン:完訳・緋文字(ワイド版岩波文庫)ジョン・ル・カレ:寒い国から帰ってきたスパイ(ハヤカワ文庫)インドリダソン:湿地(創元推理文庫)ソポクレス:オイディプス王(岩波文庫)ノヴァーリス:青い花(岩波文庫)ストウ:アンクル・トムの小屋(河出文庫)ラディゲ:肉体の悪魔(光文社古典新訳文庫キイス:アルジャーノンに花束を(ハヤクワ文庫)……81~90…………ブラッドベリー:華氏451度(ハヤカワ文庫SF)ルイザ・メイ・オールコット:若草物語(新潮文庫)オーウエル:動物農場(ちくま文庫、開高健訳)エラリー・クイーン:Yの悲劇(創元推理文庫)ゴーゴリ―:鼻(岩波文庫)モンゴメリ:赤毛のアン(新潮文庫)D.ケネディ:仕事くれ(新潮文庫)バーネット:小公女(新潮文庫)O・ヘンリー:賢者の贈り物(光文社古典新訳文庫)ディケンズ:クルスマス・キャロル(新潮文庫)……91~100…………テッド・チャン:あなたの人生の物語(ハヤカワ文庫)マンスフィールド:園遊会(マンスフィールド短編集・新潮文庫)マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー:刑事マルティン・ベック 笑う警官(角川文庫)ワイルド:幸福の王子(バジリコ)サルトル:水いらず(新潮文庫)サン・テグジュペリ:星の王子さま(新潮文庫)スティーヴ・ハミルトン:解錠師(ハヤカワ文庫)コリン・デクスター:ウッドストック行最終バス(ハヤカワ文庫)エンデ:モモ(岩波少年文庫)シュリンク:朗読者(新潮文庫)……101~110…………カズオ・イシグロ:日の名残り(ハヤカワepi文庫)コクトー:恐るべき子供たち(岩波文庫)ジュネ:泥棒日記(新潮文庫、朝吹三吉訳)ロアルド・ダール:オズワルド叔父さん(新潮文庫)コレット:青い麦(光文社古典新訳文庫)ロフティング:ドリトル先生航海記(岩波少年文庫)パトリシア・ハイスミス:太陽がいっぱい(河出文庫)チャベック:ロボット(岩波文庫)魯迅:阿Q正伝(岩波文庫) ボードレール:悪の華(集英社文庫)リルケ:マルテの手記(新潮文庫)……111~120…………ヴォネガット:タイタンの妖女(ハヤカワ文庫SF)H・G・ウェルズ:タイム・マシン(創元SF文庫トゥルゲーネフ:初恋(光文社古典新訳文庫)ゲーテ:若きウェルテルの悩み(新潮文庫)コエーリョ:アルケミスト(角川ソフィア文庫)アシモフ:ミクロの決死圏(ハヤカワ文庫SF)リチャード・バック:かもめのジョナサン・完成版(新潮文庫)ディクスン・カー:三つの棺(ハヤカワ文庫)ウオラー:マディソン郡の橋(文春文庫)アミーチス:クオーレ(新潮文庫)……121~125…………G・バタイユ:マダム・エドワルダ(光文社古典新訳文庫F.エマーソン・アンドリュース:さかさ町(岩波書店)ラ・フォンテーヌ:ラ・フォンテーヌ寓話(洋洋社)O・S・カード:消えた少年たち(上下巻、ハヤカワ文庫SF)フイリップ・K・ディック:ユーピック(ハヤカワ文庫SF)【+α】シェイクスピア:ハムレット(角川文庫)ドストエフスキー:罪と罰(上下巻、新潮文庫)トルストイ:アンナ・カレーニナ(光文社古典新訳文庫)2019.09.19山本藤光
2019年09月19日
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138:同じ笑顔 ひたすら不合格の告知を、待つ日々が続いた。詩織からは、一切連絡がなかった。ベッドに寝転がり、本を読んでいた。枕元のスマホが鳴った。「愛華です。理佐が、理佐が……」「理佐ちゃんが、どうしたんですか?」 悪い予感が体内を貫く。ちょっと間があって、恭二はとんでもない報告を耳にする。「死んだ」 耳の奥に、異様な音が響く。頭のなかが、真っ白になる。理佐が、死んだ。反すうしてみる。現実感のないまま、恭二は震えるスマホを耳にあて直す。切れていた。 南川理佐は前島の運転する車に乗って、雪道でスリップした車もろとも、崖下に転落した。標茶町と虹別の中間点あたりで、無残につぶれた車のなかから、二人の亡骸が発見された。葬式には、恭二だけが参列した。勇太の姿はなかった。詩織には、知らせていない。弔問客のなかに、宮瀬幸史郎と可穂の姿があった。 恭二は手にかけた数珠が、はじけ飛んだような錯覚を覚えた。逝ってしまった。詩織が離れ、勇太が離れ、そして理佐も離れて逝ってしまった。 祭壇に向かって、手を合わせる。こぼれるような、笑顔の理佐がいた。恭二は幣舞橋で撮ったときの、理佐の笑顔と同じだと思った。焼香を終えて、遺族席に向かって頭を下げる。卒業旅行のときにお世話になった、おじいさんとおばあさんの姿があった。愛華の姿もあった。卒業旅行の日、理佐は勇太と二人っきりの朝を迎えている。何があったのか、勇太はとうとう語ってくれなかった。理佐が幸せの、絶頂期にあったころである。学生服の裾を、引っ張られた。宮瀬可穂だった。可穂は真っ赤な目を、参列者の後方に向けた。勇太がいた。恭二は勇太の傍らに寄り、そっと彼の肩に手を置く。「きたくなかった」 絞り出すような声で、勇太はぽつりと吐き捨てた。そして泣いた。恭二は「タウン誌くしろ」を、理佐に読ませたかったと思った。標茶町ウォーキング・ラリーのパンフレットを飾っているのは、理佐が描いた老若男女の笑顔だった。記事には小さいけれど、そのパンフレットが添えられていた。信じられなかった理佐の死を、恭二は厳粛に受け止めた。
2019年09月18日
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075:SSTプロジェクト誕生――第6章:威力ある同行◎ショートストーリー しばらく新製品が出ません。重点製品は、伸びを止めています。支店間の業績格差が拡大していました。こんな背景のなか、社長からぜいたく極まりない要求が突きつけられました。実話です。社長「1年以内に、2桁の業績アップを実現してもらいたい。しかも、効果が持続する方法で……」◎考えてみましょう さて、あなたならどうするでしょうか? 考えてみましょう。 私が実行したことは、次の通りでした。 早速、プロジェクトチームを立ち上げました。どうせ暇だろうという理由で、私がプロジェクトの専任事務局長に就任しました。2桁アップも厳しい要求ですが、効果が持続する方法が難題でした。社内キャンペーンなどでお茶を濁すな。社長は、プロジェクトが安直に走るのを戒めたのです。 営業リーダーを強化して、業績を上げる。誰もが考えることです。私も、真っ先にそう考えました。ところが、現状の営業リーダーには課題が多かったのです。実力格差が存在すること。多忙過ぎて、満足な同行ができないこと。営業リーダーを鍛え直して、しっかりとした同行をしてもらうには、時間が足りなかったわけです。◎考えてみましょう 次なる手段は何でしょうか。あなたならどんな方法をとりますか。
2019年09月18日
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高樹のぶ子『オライオン飛行』文庫に■千葉市を抜けて、市原市まで行ってみました。屋根にブルーシートがかけられた家と倒壊した樹や看板が目立ちました。幸いにも我が家は大きな被害はありませんでした。しかしこの光景を見ると胸が痛みます。今だに森田千葉県知事のメッセージは、まったく届いておりません。小泉進次郎が現地に入ったとのニュースには接しました。森田知事は、ニュースに取り上げられていないだけなのでしょうか。■高樹のぶ子『オライオン飛行』(講談社文庫)購入。1936年、フランス人パイロットが九州の山中に墜落し、搬送された病院で美しい看護師と出会う。そんな物語です。高樹のぶ子は『光抱く友よ』(新潮文庫)を紹介しています。しかし読書仲間の評価は本書の方が高いので、読んでみたいと思います。山本藤光2019.09.18
2019年09月18日
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137:タウン誌のドキュメンタリー 受験が終わった。発表になる前に、結果は歴然としていた。学校から帰ると、母が一冊の雑誌を手渡してくれた。『タウン誌くしろ』だった。「役場の北村課長が、届けてくれたの。ウォーキング・ラリーのことが、出ているって」 恭二は部屋で、さっそく読みはじめる。タイトルは「子どもと大人の知恵が融合/標茶町のウォーキング・ラリー誕生秘話」となっていた。第一話:空振りだった大人の企画 標茶町は地方再生予算一億円で、二つのプロジェクトを同時進行させた。狙いは、観光客の誘致にあった。標茶町は年々人口が減少しており、今では人の数よりも牛の方が多い。そんな危機感から、考え出されてのが、一つは「会社の博物館」であった。この施設は企業の社員研修を意識したもので、三階には大小五つの研修室があった。そして二階は会社の歴史を伝えるべく、懐かしい会社の備品を集めた展示室になっていた。ところがこの施設は、ほとんど利用されることはなかった。もう一つの企画は、「日本三大がっかり名所」の再現であった。高知県のはりまや橋、長崎県のオランダ坂、札幌市の時計台を町に建設して、観光客を待った。しかしこちらも、期待外れに終わってしまった。第二話:子どもたちからの提案 こうした状況を憂いた「標高新聞」は、「私たちもいわせて」という特集を組んだ。ぽつねんと建っている「日本三大がっかり名所」を、魅力的な観光スポットに変身させる。閑古鳥の鳴いている「会社の博物館」を、町民の憩いの場に改修する。この新聞は、大人の領域に子どもが入りこんできた、と猛烈なパッシングを受けた。結局、新聞は全数回収され、新聞部には活動禁止の処分が科された。 しかし「標高新聞」は騒動になる以前に、学習研究社主催の全国高校新聞コンクールに応募されていた。そしてみごとに、最優秀賞に輝いた。選評では、大人と子どもが協力し合い、町の活性化を考える斬新な企画と絶賛されていた。 こうした外部の反響に後押しされる形で、町議会は高校生を招いて、標茶町活性化の提案を受けたのであった。第三話:大成功!標茶町ウォーキング・ラリー その結果、誕生したのが、「標茶町ウォーキング・ラリー」である。筆者も家族同伴で、参加してきた。標茶町をあげての、大歓迎を受けた。前記の「会社の博物館」は町民に開放され、お年寄りから子どもまでが楽しい時間を過ごすことのできる、「おあしす」に改修されていた。「標茶町ウォーキング・ラリー」は、二十七カ所のスタンプを押すと願いごとがかなう、というコンセプトになっている。自転車や犬の、貸し出しがある。魚つりやたこ揚げを、楽しむことができる。牛の乳搾りや昆虫採集を、体験できる。ここには標茶高校生の多くが、ボランティアで参画している。「標茶町ウォーキング・ラリー」は、土日限定で開催されている。日帰りだけではなく、一泊二日のコースもある。最後はモール温泉で、汗を流した。一日を大満足して、過ごすことができた。大人と子どもがスクラムを組んで立ち上げたイベントは、たくさんの町民に支えられて大きな花を咲かせた。(文責・宗像修平) 恭二は新聞部の時代を、懐かしく思い出している。自分には町長や校長と、闘ったという気持ちはない。大人が勝手に、踊っていたのだと思う。大人の上から目線がぐっと降りてきたとき、つまっていた何かがはじけ飛んだのだろう。恭二は大きな伸びをして、標茶町って意外にやるじゃないかと思った。
2019年09月17日
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074:楽しみながら仕事――第6章:威力ある同行◎ショートストーリー 次のショートストーリーは、当時営業企画部長の私と上司との会話です。あなたが私の上司なら、どんな反応を示すでしょうか。山本「米国ロシュの部下育成制度を、日本でも導入させてください」上司「6製品を習得させるのに、10ヶ月かける? そんな悠長なことを考えるから、きみはダメなんだよ」山本「1泊2日の集合研修で何ができますか? 私にやらせてください」上司「ダメだ。認められない。そんな余裕がどこにある」山本「営業担当者のレベルアップを可能にするのは、研修部ではありません。営業リーダーの手腕なのです」上司「きみは、研修部を無能だというのか」山本「研修部のスタッフを、無能とはいっていません。でも営業担当者のレベルに合わせて指導できるのは、営業リーダーしかいません」 1人の営業担当者を育成するのに、10ヶ月をかけます。この提案に、納得する人は少ないでしょう。やがて、私はこの制度を「SSTプロジェクト」(次項を参照)に取りこんだのですが……。本稿を読んだ受講者は、一様に驚きの声をあげます。米国の営業リーダーは、すさまじい負荷を担っています。にもかかわらず、楽しみながら仕事をこなしています。自分とのギャップを考え、多くの営業リーダーは「カルチャーショックを受けた」と感想をもらしていました。米国ロシュのリーダーたちは、経費処理や実績の集計などもこなしています。仕事の実態は、日本と変わりません。「休日以外は、朝から晩まで仕事だよ」。彼らには、オフィスがありません。疲れて自宅に戻ってからが、内勤時間というわけです。
2019年09月17日
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今村昌弘『屍人荘の殺人』文庫に■中学生の孫が一人で遊びにきました。もうすぐ修学旅行なので、小遣いをもらいにきたようです。私は田舎の中学だったので、小遣いは低額に定められていました。孫は公立の中高一貫校なので、1から2万円とおおざっぱな決まりのようです。貧富の差が少ないからなのでしょうね。■今村昌弘『屍人荘の殺人』(創元推理文庫)が出ました。早速買い求めました。本書は単行本で読んでいます。文庫になったら「文庫で読む500+α」で紹介しようと思っていました。再読してから書評をアップします。山本藤光2019.09.17
2019年09月17日
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136:小さな消しゴム 詩織は少しずつ自分の体調が、戻ってきていることを実感している。頭髪もまばらではあるが、生え整ってきた。恭二に会いたいと思う。しかし恭二は、今が一番大切な時だ。詩織はあと一ヶ月の辛抱だと、自分にいい聞かせる。詩織は、進学を断念している。病気は治癒に向かっているものの、完治に至ってはいない。ベッドの上で詩織は、スマホの写真を眺める。二人で並んでいる、幣舞橋での写真があった。恭二の左のポケットからは、黄色いスマホのストラップがのぞいている。二人でストラップを交換した日が、よみがえってくる。新聞部の部室で、二人が頬を合わせている写真があった。詩織が、自撮りしたものである。恭二は真っ白い歯を見せて、笑っている。三枚目の写真には、恭二しか写っていない。理佐の祖母の家だ。二人で過ごした朝に、詩織が撮った。初キスの記念写真だった。あっという間に、涙が吹きこぼれてきた。ドアがノックされる。詩織はあわてて涙を拭き、ドアを開ける。母だった。「恭二さんからのお手紙だよ」母は、分厚い封筒を差し出す。受け取ると、意外に軽かった。急いで封を開ける。小さなものが、転がり出てきた。拾い上げる。消しゴムだった。小学校のときに、恭二から借りたままだった消しゴムである。そこには「詩織」という、裏文字が刻まれていた。封筒から、紙片を引き抜く。――愛する詩織。いよいよ、来週受験です。あまり可能性はありませんが、合格して札幌へ行ったら、たまには手紙をください。そのときに、詩織のハンコを押してください。恭二。 それだけしか、書かれていなかった。詩織はハンコを手に取り、赤いスタンプ台に押しつける。それを手帳の、今日の日の上に移動させる。「詩織」という、稚拙な文字が浮かび上がった。いったん止まっていた涙が、またわき上がってきた。詩織は愛おしそうに消しゴムに目をやり、そこに唇を寄せる。恭二が合格しますように。
2019年09月16日
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078:暗黙知は色あせない――第6章:威力ある同行 SSTプロジェクトの詳細については、拙著『暗黙知の共有化が売る力を伸ばす・日本ロシュのSSTプロジェクト』(プレジデント社・第4回日本ナレッジマネジメント学会研究奨励賞受賞)、『SSTプロジェクトの奇跡・営業ドキュメント同行指導の現場』(プレジデント社)をお読みいただきたいと思います。それらを普遍化して営業リーダーに向けた『なぜ部下は伸びないのか・リーダーが変わるべきこと』(かんき出版)も、併せてお読みいただきたいと思います。「暗黙知」とは、スキルやノウハウのことです。一度身につくと、暗黙知は色あせることがありません。名人の暗黙知が移植された営業担当者は、その後も業績を伸ばし続けました。 SSTプロジェクトは、的確な育成同行の威力を実証しました。その後、私は「SSTアカデミー」を立ち上げ、70名の営業リーダーのレベルアップに取り組みました。最近、元SSTメンバーにインタビューしています。そのときのやりとりを紹介したいと思います。「営業担当者の成長が目に見えるので、毎日の同行は楽しいものでした」「多くの営業担当者は、当たり前のことができていなかった。当たり前のことを教えるのだから、難しい話ではありません」「身体で覚えてもらう。体育会系みたいですけど、現場での指導に勝るものはありません」
2019年09月16日
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山本藤光の創作寓話■昨日、ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、大澤千加訳)の書評を発信しました。海外作家ハ行にあります。そのなかに挿入したのですが、久しぶりに寓話を書いてみました。【ウサギとカメ】(山本藤光の創作寓話)ウサギとカメが駆けっこをすることになりました。ウサギは「駆けっこの会場はキミが選んでもいいよ」といいました。思案したカメは、小さな池があり、周囲にうっそうと雑草が茂っている場所を選びました。勝ち誇ったようにウサギは「ゴールは向こう岸だ」といいました。号令とともにカメは池に飛び込み泳ぎ始めました。ウサギは草藪に飛び込みましたが、走ることはままなりません。こうしてカメは圧倒的な差をつけて、ゴールインしました。■江藤淳『戦後と私・神話の克服』(中公文庫)は以前に読んでいます。書店の棚で同名の文庫を見つけました。手に取ると帯に「自作回想『批評家のノート』初収録」とありました。そこだけを読むつもりで買い求めました。山本藤光2019.09.16
2019年09月16日
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ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、大澤千加訳)の書評を、外国著者ハ行にアップしました。
2019年09月15日
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ラ・フォンテーヌ『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、大澤千加訳)ルイ14世王太子も愛した 人生が変わる、ちょっとスパイシーな全26話のフレンチ・フルコース! 風味豊かなフォンテーヌ仕立て。美しくユーモラスな挿画を添えて。 17世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌは、皇帝ルイ14世の王太子に、 「人生の教訓を学んでもらいたい」との思いで、 動物たちを主人公にしたこの寓話集を著しました。 ユーモラスで可愛らしく、生き生きとした動物たちが、 この寓話の魅力を一層引き立ててくれています。(アマゾン内容紹介)◎フランス人なら誰でも知っている『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、大澤千加訳)は書斎の特等席に置いてあります。パソコンの前で疲れたときに、時々引っ張り出してイラストを眺めます。何度も読んでいますので、ストーリーは頭に入っています。ブーテ・ド・モンヴェルの絵は、シンプルで美しいものです。大いに癒やされます。画像のネット検索をすると、様々なイラストを楽しむことができます。ラ・フォンテーヌは1621年フランス生まれの詩人です。『イソップ寓話集』をベースにして、詩の形式でまとめたのが本書です。本書には26の寓話が所収されています。『イソップ寓話集』のように押しつけがましいところがなく、詩ですのでリズム感があります。したがってフランスでは小学校の教科書に採択されており、朗読用に活用されています。ほとんどのフランス人は、本書の何編かをそらんじることができます。昔外資系の会社で同僚だったフランス系スイス人が、得意そうに「ウサギとカメ」の一部をフランス語で披露してくれました。これをきっかけに、私は本書の存在を知りました。それほど今の時代でもフランス人にとっては、かけがえのない一冊なのです。ところが哲学者のルソーは、本書について詩情を認めながらも、次のように語っています。――教育の面から、こどもにはわからないので無意味である。(『面白いほどよくわかる世界の文学』日本文芸社)どうやらルソーの見識は、間違っていたようですね。◎「ウサギとカメ」の比較「ウサギとカメ」について、『イソップ寓話集』と『ラ・フォンテーヌ寓話』とを比較してみます。ちなみに『イソップ寓話集』のタイトルは、「亀と兎」となっています。――亀と兎が足の速さのことで言い争い、勝負の日時と場所を決めて別れた。さて、兎は生まれつき足が速いので、真剣に走らず、道から逸(そ)れて眠りこんだが、亀は自分が遅いのを知っているので、弛(たゆ)まず走り続け、兎が横になっている所を通り過ぎて、勝利のゴールに到達した。(『イソップ寓話集』(岩波文庫P174)――ある時、カメがウサギの若造に言った。/「ねえ、賭けしない?/あそこのゴールまでどっちが早いか、/もちろん私が勝つけどさ/「俺に勝つ? 正気かよ?」ウサギはヘラヘラ言い返した/「おばちゃんさ、ヘレボルス(山本補:精神錯乱の薬)四錠飲んで、/頭の中洗浄した方がいいんじゃない?/「正気かどうか勝負といこうじゃない」(『ラ・フォンテーヌ寓話』(洋洋社、P16)いかがでしょうか。ラ・フォンテーヌは、みごとに『イソップ寓話集』を詩として再構築していることがわかると思います。本書は岩波文庫『寓話』(上下巻)にも入っています。私は所蔵していませんので、イラストがどうなっているかはわかりません。おそらくイラストがあっても白黒だと思います。今回紹介させていただいた単行本は、淡いパステルカラーになっています。◎ラ・フォンテーヌの名言本書以外にラ・フォンテーヌは、私たちがよく知っている有名な言葉も数多く残しています。――すべての道はローマに通ず――火中の栗を拾う――ラ・フォンテーヌは別の寓話(『振り分け頭陀(ずだ)袋』で人間というのは「自分にはすべて宥(ゆる)し、他人にはなにひとつ容赦せぬ」存在であると述べている。(鹿島茂『悪の引用句辞典』中公新書)鹿島茂には『「悪知恵」のすすめ』(清流出版)という著作があります。副題に「ラ・フォンテーヌの寓話に学ぶ処世訓」とあります。◎創作意欲に火がついて『ラ・フォンテーヌ寓話』を読んで、猛烈に自分でも書いてみたくなりました。本書はお薦めです。【ウサギとカメ】(山本藤光の創作寓話)ウサギとカメが駆けっこをすることになりました。ウサギは「駆けっこの会場はキミが選んでもいいよ」といいました。思案したカメは、小さな池があり、周囲にうっそうと雑草が茂っている場所を選びました。勝ち誇ったようにウサギは「ゴールは向こう岸だ」といいました。号令とともにカメは池に飛び込み泳ぎ始めました。ウサギは草藪に飛び込みましたが、走ることはままなりません。こうしてカメは圧倒的な差をつけて、ゴールインしました。【蟻と梨の木】(山本藤光の創作寓話) 木枯らしの吹く季節になりました。蟻はせっせと、巣穴に食料を運んでいます。蟻の巣穴は、梨の木の根元にあります。忙しく働く蟻を見下ろし、梨の木はじっと冬将軍の到来を待つしかすべがありません。 勢いの弱まった太陽は、そんな蟻と梨の木に尋ねました。「ごめん。夏のような豪華な日射しを届けられなくなった。こんな貧弱な日射しだけど、雪の降る時期にもわしの恵みは必要かな?」 蟻は雪に巣穴がふさがれる情景を思い浮かべ、すばやく「なし」と答えました。梨の木は太陽の恵みがなくなったら枯れてしまうので、「あり」と天に向かって、枝を揺すりました。山本藤光2018.09.15
2019年09月15日
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135:別れの予感「恭二、毎日お手紙ありがとう。でももうお手紙はいらない。恭二は受験勉強に集中しなければダメ。ここへもきてはダメ。今度きたら恭二のこと、嫌いになっちゃうから」 初めての面会の日に、詩織はそう告げた。町中からジングルベルが、聞こえるようになったころである。そしてそれから数週間後、詩織は退院した。帽子をかぶった詩織を、両親と一緒に迎えた。朝方からの吹雪は、詩織の退院に合わせたかのように止んでいた。 父親の運転する車に乗った詩織を見送り、恭二はオランダ坂を下る。毎朝、詩織が待っていてくれた坂である。たくさんの夢を、語り合ってきた。力のない足取りで坂を下ったとき、目の前に猪熊勇太の姿があった。花束を抱えている。「詩織ちゃんのお見舞いに、行こうと思って」 勇太は顎で花束を示して、唇の端で笑った。「今、退院したばかりだ」 恭二がそう告げると、勇太の顔が曇った。「ごめん、遅過ぎたんだな」 勇太はそういうと、いきなり背中を向けた。「待てよ、勇太。久しぶりに会ったんだから、少し話でもしよう」 恭二の言葉を無視して、勇太は足早に遠ざかって行った。恭二のなかの、もう一つの何かが崩れた。今まで身近にあったものが、次々と消えてゆく。嫌な予感が、背筋を走る。 大学受験の模擬テストの結果は、さんたんたるものだった。北海道薬科大の合格確率はゼロ。 退院した詩織からは、一切の連絡はない。大学受験は来月に迫った。恭二はこれが自分にとって、初めての受験だったことに気がつく。高校へは、無試験で合格している。 詩織も勇太もいなくなった教室を出て、恭二は残された時間を、悔いのないものにしょうと思う。二人の分までがんばらなければならない、とも思う。そして何よりも、孤独だと思う。
2019年09月15日
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073:米国の営業リーダー(2)――第6章:威力ある同行 営業担当者を採用した営業リーダーは、最初の4週間を製品Aだけに特化して教育します。合格すると、本社にあるロールプレイセンターに送り出します。合格の目安は、製品テストで90点が取れるようになった時点です。 ロールプレイセンターで2週間の特訓を受け、合格したら営業担当者は再び営業リーダーのところへ戻ってきます。今度は製品Aに関する現場での「OJT」を4週間実施します。合格点が出たら、営業担当者は単独で製品Aの宣伝ができるわけです。 営業担当者は製品Aの指導同行を受けながら、夜は製品Bの勉強をします。あとのサイクルは、製品Aのときと同じです。 営業担当者はこの繰り返しで、主力6品目をマスターします。最低でも10ヶ月かかるとのことでした。米国ロシュの営業リーダーは、身体を張っていました。「同行でもしてやるか」などという人はいません。営業担当者の成長が、自分の評価として跳ね返ってくるからです。 私は帰国するなり、この制度を当社へも導入したいと提案しました。営業リーダーに、採用、研修、育成の使命を持たせたかったのです。だが提案は、一蹴されました。時期尚早。諦めざるを得なかったわけです。ところが思わぬきっかけで、米国ロシュ流を運用することになりました。
2019年09月15日
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小泉喜美子『ミステリー作家の休日』文庫に■最近のネット番組で、アメリカは北と同盟関係になる、との論調が増えてきました。そして韓国は、中国に吸収されると結ばれています。極論かもしれませんが、ポンペオ解任で、にわかに極端な見立てが増えたのだと思います。■小泉喜美子『ミステリー作家の休日』(光文社文庫)が出ました。翻訳家として名声が高い著者は、自らもミステリー小説を手がけています。著者の作品はどれも切れ味が鋭く、素晴らしいものです。本書は文庫未収録の短篇集です。どれでもまずは、一作読んでみてください。きっと「コイキミ」のとりこになることでしょう。山本藤光2019.09.15
2019年09月15日
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