藤の屋文具店

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色即是空


 物質をどんどん細かく割っていって、もともとの性質が変わらな
いぎりぎりまで割った一番小さな粒々を、分子という。分子をもっ
と細かく割ると、もとの性質は消えて、いくつかの部品に変わる、
これを原子という。原子は、原子核と、その周りを取り囲む電子に
分けられ、原子核はさらに、陽子と中性子に分かれる。これら陽子
と中性子と電子のみっつの粒子の組み合わせによって、この世界の
物質はその性質が定められている、という理解のもとに元素記号や
周期表が作られたのは、高校までの教育で誰もが習った科学の基礎
である。

 現代の物理学はさらにこの先へ進み、これらの粒子すらも最小単
位ではなく、もっともっと小さな粒々の組み合わせであるとされ、
それらは素粒子と呼ばれて、いくつかのグループにわけられている
のだが、これら素粒子は、物質としての粒の状態と、何かが振動す
るエネルギー、つまり「波」としての状態の両方を持つものである
とされている。

 波は、海水浴に行けば誰でも体験できる身近なものであるが、あ
まりその正体をきちんと理解している人は少ないと思う。例えば、
海底火山の爆発で津波が押し寄せてくる場合、火山の噴火口から出
た海水が、海岸まで移動してくるわけではない。ドミノ倒しで、間
にあるドミノが順番に倒れていくようなもので、移動するのは物質
ではなくて転倒のエネルギーだけである。
 物質の一番ちいさな部分品がエネルギーであるということは、言
い換えれば、すべての物質は、エネルギーが違う状態であるところ
を観察しているものである、と言えることになる。

 科学雑誌のイラストなんかでは、ブラックホールがまわりの空間
をアリジゴクの巣のように歪めて深いところへ引きずり込むように
描かれているが、あれは何もブラックホールばかりではない、この
世界の全ての物質は、まわりの空間をゆがめ、そのゆがみを万有引
力と呼んでいる、そういう見方もできるわけだが、これを視点を換
えて見るならば、空間が歪んでいるところに、何かの物質があるよ
うに観測される、とも言えるかもしれない。
 わかりやすく言うと、この世界、宇宙は、実は何も無い空間なの
であるが、とても複雑なゆがみを無限に近く持っていて、空間のゆ
がみのひとつひとつが、あたかもそこに物質があるかのように振る
舞い、変化にとんだとてもたくさんの物質による無数の性質をもっ
た世界を、我々に見せている、そういうことである。

 これは、ブラウン管に映る世界と似ている。ガラス面に均質に塗
られた蛍光物質に電子線が当てられ、そこから発生する波長の異な
る可視光線の複雑な組み立てが、あたかも物質があるかのような映
像をそこに出現させるわけで、その世界を演算するプログラムによ
って、映像に過ぎぬ物質は互いに干渉して実在の物質と同じような
運動を、結果的に行う。窓の外の風景と撮影した映像の再生画面は、
原理的に区別することは無理であるということだ。

 物質で満ち溢れていると感じているこの世界の全ては、実は何も
無い空間にできた無数のしこりの集合であり、無数のしこりを生み
出すエネルギーというものは、実は物質と呼ばれるものに等しい。
しこりをほどけば物質は消え、同じしこりをどこかに作れるだけの
エネルギーとして空間をゆるがす。一度は目にしたe=mc^2の公
式の意味するものは、こういうことである。

 ならば、このしこりの偏在する情報は、どこから来るのか? ブ
ラウン管に映る世界の真実はその外部にあるように、この現象世界
を表す原因となる世界もまた、我々の感知できない別の場所にある
のだろうか。





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