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ギロホリック
聖者が蛙に微笑む夜は・・・
聖者が蛙に微笑む夜は・・・
いつの間にか雪が積もっていた。
皆が楽しく過ごしている家の中からこっそり抜け出したケロロは、後ろ手に
そっと玄関のドアを閉めながら、ゆっくりと白い息を吐き出した。
雪が降りだしたのは西澤タワーから戻って程なくしてからだった。
タワーではクルルの作った装置が故障して、せっかくみんなで作ったあの像
が壊れてしまい、ケロロは頭の中が真っ白になった。
母船から降り立つ調査団、強制送還、軍法会議、強制労働・・・いろいろな
ことが頭をよぎった。
何より、こんな形で冬樹たちのもとを去ることだけは受け入れがたかった。
だが、今宵は聖夜。奇跡が起こったのだ!
そして調査団は帰っていった。強制送還も何とか免れたようだ。
しかしあれは本当に奇跡としか言いようがない・・。
まともに調べりゃ、すぐばれちまうよ・・・そう思いながらケロロはあたり
の様子を伺う。
・・・静かだ。
雪のせいか、とても静かに感じる。リビングからこぼれ出るクリスマスソン
グと笑い声の他は、外には何の気配もない。
「もう戻ってこないだろ」
唐突に自分のすぐ後ろで声がした。あまりびっくりしたので思い切り飛び上
がった拍子にギロロが担いでいたバズーカにしたたか頭をぶつけてしまっ
た。
「いってぇ~っ!ちょっと!あんた!ここで何してんのっ!」
「そういうお前は?何をしていた?」
痛む頭をさすりながらもケロロはどことなく落ち着きがない。
「わ、我輩はちょっと外の空気を吸いに・・」
「心配で見に来たんだろ?」
睨みを利かせながらギロロが途中で遮る。
「いつかのクリスマスの晩のように、また来るかもしれないと・・。」
地球で迎えた初めてのクリスマス、日向家の皆と楽しく浮かれて騒いでる最
中に突然鳴ったケロボール・・
「!!ギロロ、あんとき、見てたの?!」
「ふん。ひやひやさせられたぜ、まったく・・。だが、お前が機転を利かせ
てくれたおかげで、あの時は難を逃れた。今年も何もなければいいと思って
いたら、調査団、ときた。」
かじかみだした手に白い息を吐きかけながらケロロははっと思い当った。
そうか・・ギロロは警戒してたんだ。だから万が一を想定してツリーに手榴
弾をつけようとしたんだ・・。
雪の上で足踏みしながらギロロに聞いた。
「もう、戻ってこないかな。」
「おそらくな。納得したから帰っていたんだろう。それにこの寒さは地球に
慣れていない者には相当応えるはずだ。」
「そうだよね・・・って、しっかり臨戦態勢っすか?」
ありとあらゆる銃火器で武装しているギロロの姿に今更ケロロは驚いた。
「お、おお。備えあれば憂いなし、だ。」
「誰と戦うことになるかわかってんの?ギロロ伍長!」
「貴様と同じ程度には、な。」
「ゲロッ・・・」
はあぁぁ~っ、と深いため息をつくと、ケロロの口から一段と白い塊が吐き
出された。
「・・・そうなりゃ、俺たちは・・」
バズーカを担ぎなおしたギロロがやはり白い息とともに吐き出した。
その白い塊が暗闇に解けて行くのを見ながらケロロもつぶやく。
「うん、まちがいなく・・」
「軍法会議もの、だな。」
「軍法会議もん、でありますな。」
最後は二人同時に言って、顔を見合わせにやりと笑った。
軍法会議くらいじゃすまないことは、この赤ダルマだってわかってるは
ずだ。それは今はもう感覚がなくなってしまったこの足の指先が、部屋に戻
ったら痒くてたまらなくなることが予想できるのと同じくらい確実だ、とケ
ロロは思った。
「ああ!さっびぃっ!ママ殿のエッグノッグ、まだ残ってるでありますか
な。」
「お前、あんなものよく飲めるな。くそ甘いのに酒が入ってやがる!」
「ほーんと、ギロロ君たらシブきめのくせして、お酒ダメ・・」
「うるさいわっ!!」
二人は他愛もなくじゃれながら家の方に向かっていった。
「タマちゃん、お外に誰かいるんですの?」
桃華に声を掛けられて、カーテンの隙間から外の二人の様子を伺っていたタ
ママが慌てて振り返った。その拍子に持っていたオレンジジュースがこぼ
れ、桃華の豪華なビロ-ドのワンピースに飛び散った。
「てんめぇ~!せっかく冬樹くんのためにおしゃれしてきたのにっ!」
「きゃ~!モモッチ、許してくださいですぅ!!」
桃華がむんずとタママの首をつかんだとき、冬樹がやってきた。
「西澤さん、どうかした?ああ、びしょびしょだね!ちょっと待ってて。」
程なく冬樹は、よれよれのスウェットの上下を手に戻ってきた。
「こんな変なのしかなくて・・・でもよかったら着替えて。小さくて僕はも
う着れないから返さなくてもいいよ。」
「ふふふふふふゆきくんっ!!いいんですかっ!!」
真っ赤になった桃華に、大げさだなあと笑いながら冬樹が言う。
「着替えるなら隣の部屋、使って。僕、軍曹探してくる。・・みんなもどこ
行っちゃったんだろ・・」
冬樹が行ってしまった後もしばらくボーっとしていた桃華だが、片手にスェ
ット、反対の手にタママがぐったりしているのを見て
「タマちゃん!」
「・・・モモッチ、ごめんなさいですう~」
「ううん!私のほうこそ本当にごめんね。タマちゃんのおかげで、ほらっ!
すばらしいクリスマスプレゼントがもらえたんですのよ!」
「・・・すばらしい?これが??」
「私の今までの中で最高のプレゼントですわ。」
「モモッチ・・よかったですぅ。」
桃華の幸せそうな笑顔を見てると極上のスィーツを食べたような気持ちにな
るな、とタママは思った。
「ああ!そうだ。おうちの方にタマちゃんに素敵なプレゼント、用意してあり
ますわよ。」
「わーい!ですぅ、・・なんかもう帰りたくなってきたですぅ!!」
「うふふ、そうね・・そろそろおいとましましょう。」
桃華がジュースまみれになった頃、日向家の屋根の上ではドロロが静かに刀
を鞘に戻し、立ち去ろうとしていた。
「よかったね。無事何事も起こらなくて。」
「小雪殿!いつからそこに!」
「ドロロと一緒だよ。ドロロのお友達が外に出てきたときから。」
「・・・・小雪殿・・」
小雪がしゃがみドロロの目を正面から見つめた。
「ねえ、ドロロが戦うなら、あたしも一緒に戦うよ。あたしたちがが守りた
いと思ってる人たちは同じなんだから。それに・・・」
「それに?なんでござるか?」
ドロロが控えめにたずねる。
「ドロロは・・あたしの大切な家族だから。」
「こ、小雪殿・・・!」
ぎこちなく立ち上がりながら小雪はひざについた雪を払うふりをした。
「冷えちゃったねー!あったかいお茶が飲みたい!ケーキと紅茶もいい
けど・・」
「やはり、日本人はお茶でござるな。」
目を丸くしたあと小雪ががケラケラ笑い出した。
「な、何かおかしいでござるか?」
「だって、ドロロ、宇宙人・・」
笑って後が続けられない。
「そ、そうでござった。」
「もう、あたしにとっては宇宙人じゃないけどね。」
ドロロが小雪を見上げ二人の目がしっかり合った。
「そ、そうだ!お正月用に買った玉露、あれあけちゃおう。今夜は特別!」
「小雪殿・・・」
「ぼやぼやしてると置いてくよ!忍び失格!」
一瞬にして小雪が消えた。
「負けないでござるよ!といやっ!」
ドロロが音もなく後に続く。小さなつむじ風が白い粉雪の巻き上げて、それ
もやがて静かに消えてしまった。
ラボのパソコンの前に黄色のケロン人が座っている。
家の各所に取り付けられた隠しカメラで、日向家周辺の様子を見ていたクル
ルは、パラボナアンテナに内蔵されたカメラからの映像でキラキラ光る粉雪
が渦巻状に舞い上がりそして消えていくまでをじっと見ていた。
ケロン軍本隊の電波も先ほどからずっと傍受しているが、今夜のところはこ
れ以上、地球に誰かを送り込んでくる様子はないらしい。
それでも一応ダメ押しに手は打った。
「隊長、聞きに来れば教えてやったんだぜ~・・・。」
目の前の壁にいつだかケロロが貼った紙が一箇所、剥がれかけているのをな
んとなく見つめた。
『地球侵略』
へたくそな毛筆書きのその字を見ながらクルルは思った。
やるならやる、やらねえならやらねえで、とっとと帰る・・・それだけだ。
「まあ、面白けりゃぁ、どっちでもいいがねぇ。くっくっく・・・」
椅子を回した拍子にひじが当たり何かがこつんと床に落ちた。
「・・?・・」
白い包みを拾い上げながら、先刻、秋から受け取ったものだ、と思い出し
た。
「はい!クルちゃんにはこれ!きっと好みだと思うわー♪」
以前出版された漫画の販促用に配ったフィギュアだ、と秋は言っていた。
今はかなりレアでオークションだと結構いい値がつくのよ、とも・・。
包みを開くと、はにかんだ微笑を浮かべた黒いをお下げ髪のメイド姿の少女
のフィギュアが転がり出てきた。必要以上に強調された胸、短すぎる制服、
それに・・・眼鏡。
「・・・ふん・・」
足元にあったゴミ箱に放り投げた。ゴミ箱のそこから眼鏡が見上げている。
口元に全てを許すような優しい笑みを湛えながら・・・。
「売っちまうかもしんねぇぞ~」
そう独りごちながら、ゴミ箱から眼鏡のメイドを拾い上げた。
顔を上げたとき、パソコンに何かが映った。
・・庭に誰かがいる。
こんなに暗い闇の中でも、真っ白な雪の上ではあの赤い髪は隠しようがな
い。
手にリボンを掛けた包みを抱えている。
そのせいか、とても歩きにくそうだ。
何度も雪に足を取られ、それでもテントに向かってまっすぐ歩いていく。
・・・所詮、自分は命令どおり動くだけ・・・それでも、ここにいるほうが
まだまだ面白いことを見れそうだ、とクルルは思う。
・・・でも、今夜は勘弁しといてやろう。
「奇跡なんてもんに付き合うのは一度だけで十分だからよ~。」
プツン、とパソコンの電源を切って立ち上がる。しばらく暗い画面を見つめ
ていたが、ゆらりと寝室の方へ歩き出した。小さな黄色い手からは黒いお下
げがはみ出していた。
ラボの電灯を消しながら、反対に手元にあったリモコンのスイッチを押す。
「・・・・メリークリスマス、黄色いサンタからの贈り物だ。く~くっ
く・・」
日向家の上空にケロンスターを模した色鮮やかな花火が上がった。
音のない、静かな花火のあたたかな光が下界をを照らす。
そして雪は金色に光り、見上げた蛙たちと彼らを愛する者たちに、星くずの
ようにいつまでもいつまでも降り注いでいた。
おわり
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