Gun's Free

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Apr 19, 2007
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カテゴリ: 日記小説
6.

 近く、ではなかった。そのものだった。
 家一軒が焼け落ちた現場だった。
「安藤・・・?」
 智英は呆然と呟いていた。乗ってきた自転車が傍らでひっくりかえる。
 近くを通りかかったオバさんを思わず捕まえていた。
「す、すみません!、ここんち、どうしちゃったんですか?!」
 おばさんは特に迷惑がらずに素直に話に乗ってくれた
「あら、お知り合い?」
「は、はい。昔の幼馴染みで」
 それがねー とオバさん。
「御両親とも亡くなったそうなのよー。ここから遺体で見つかったんですってー」
 亡くなった?両親が?!。
「そ、それで美由紀は?!」
 それがねー とオバさん。
「美由紀ちゃん、行方不明なんだそうなのよー」
「行方不明・・・」
 再び呆然と呟く。
 気がついたとき、智英はあてどなく自転車を走らせていた。
 我に返って停車した。
「安藤・・・」
 自転車を止めた直後だった。背後でハデにタイヤが鳴る音がした。
 慌てて振り返ると、黒塗りのセダンが止まっていた。
「あ、すみま・・・」
 言葉が途中で凍りついた。
 車のドアが開いて、目付きの悪い男たちが降りて来た。
 後悔する間もなかった。智英は取り囲まれた。
「えと、その」
 チラリとセダンに眼を走らせる。傷付けてはいない様だが。
 男たちが口にしたのは以外な言葉だった。
「キミ」
 と、恐らくリーダー格らしい男が意外に優しい声で訊ねてきた。
「安藤美由紀ってコ、知ってるよな」
「し、知りません」
 リーダーはうんうんと頷き、他の男たちもうなずいた。
「キミ、ウソは良くないよ。さっき近所のオバさんと話してたろう?もう忘れたのかい」
 あ、と智英は声を上げた。
「すこーしお時間いいかな。ちょっと一緒に来て貰おうか」
 抵抗する余裕も間も無かった。そのままセダンの後部座席に押し込められた。
 自転車もトランクに積み込まれた様だった。
 ぱかぱかとトランクの扉がセダンの揺れに合わせて揺れている。
 智英の今の心情を代弁するかの様にだ。
 安藤、おまえ何に巻き込まれちまったんだよ。そう心の中でぼやくのだった。

 いつになく険しい顔付きのジーマを美由紀は出迎えた。
「お帰りなさい」
 あなた、と言ってしまいそうになる。
 内助の功ではないが、食材の確保等の”外回り”を一切しない代わりに、テント内の整理や清掃、洗濯も美由紀の仕事だった。ここ一週間ほどで、美由紀はすっかりホームレスづいていた。これもジーマが探して来た男物だがその古服を身につけ、肩まであった髪もばっさり落とし、垢じみた風体はもうどこから見てもホームレス以外の何モノでもなくなっていた。
「移動するぞ。急げ」
 いつもの”転居”と様子が違った。それでも辺りを片付けようとした美由紀を。
「そんな”ガラクタ”はいい!来るんだ」
 美由紀は一瞬ワケが判らなかったが、すぐに気付いた。
 これだ。
 これがジーマの正体だ。
 ずんずん前をいくジーマの後を早足で追いつつ、軽の駐車場所まで移動した。
 駐車してある軽を見るのは初めてだった。驚いたことに軽はちゃんとコインパーキングに収まっていた。
 ジーマは素早く軽に収まると車内から手招く。
「何してる、早く乗れ」
 美由紀がナビシートにつくとジーマは直ぐに軽を車線に乗り入れる。
 そして軽はまず山手線の外側に出た。
「私の本名は矢嶋孝雄だ」
 突然、ジーマ、いや矢嶋が語りだした。
「人を殺したことはあるか」
 唐突な質問。
「ないよな」
 回答を期待してのものでは無かったらしい。
「私はある。何度も。ついさっきも4人殺してきた」
 トイレをすましてきた、とでもいう様な口ぶりで矢嶋は言った。
 ウインカーをしっかり出し、車線変更。出発は慌しかったが、今は普通に法定速度+10キロくらいを維持したままで軽を動かしている。
「最初に殺したのはちょうど君と同じ高校1年のときだった」
 男が押し入って来た。強盗だった。たまたま外灯を付け忘れていて、無人と勘違いした様だった。
 空き巣の前科持ちの男だったが、それは裁判の法廷で判ったことだった。
 居直り強盗だった。
 それを、当時野球部員だった矢嶋が、バットで叩き殺した。
 頭蓋骨骨折。脳挫傷、即死だった。
 遺族が納得いかず、法廷が持たれたが、矢嶋の正等防衛は動かなった。
 だが。
 法廷とは別の事実を、矢嶋とその両親は知っていた。
 命請いする犯人を、矢嶋は冷静に撲殺したのだった。
「社会のゴミを除去するいい機会だと思った」
 たんたんと、どこまでも平静な矢嶋の言葉。
「怖くは、なかったの」
 美由紀は思い切って声を出した。
「もちろん怖かったさ。自分が、ね」
 殺人不感症。
「何も無ければそのまま一生、気付かないですむ”病”だ。だが私は気付いてしまった」
 今から思えば、若いうちでよかった。
 このままでは、いつか、殺人者として裁かれることになる。必ず。
 その機会は幾らでもある。
 虫を潰すほどにも感情が動かないのだ。
 マナー違反、絡んで来た泥酔者、或いは地廻りのちょっとした因縁。
 全て、契機に為りかねない。
「両親も怯えていた。その日から私を見る眼が明らかに、変った」
 孤児院からの引き取り、養子、善意の発露、しかし。
「家にはいられなかった」
 高校の卒業を待たずに飛び出し、漂泊した。
 当然の様にチンピラに誘われ、鉄砲玉になり、数人を”かたわ”にしてのけたが。
「何か、違った」
 軽は荒川を渡り、埼玉に入った。
 そしてまた当然の様に日本を飛び出し。流れ着いた先は。
「フランス外人部隊。知ってるだろ」
「ええ、有名ね」
 殺人を生業とする道に、遂に足を踏み入れた。
「兵士が、どんな有能な兵士でもやがて壊れていく。理由は判るか」
 美由紀は少し考え。
「戦い疲れて?」
 だいぶ暗くなってきた。矢嶋はライトを灯す。
 もしかしたら実はこの軽は車検も通るんじゃないか、と美由紀は思った。
「大きく分けてみっつだ。まず加齢、次に物理的に壊れる場合」
 そして、精神的に壊れる場合。
「人間はそれほど丈夫に出来ていない、いやむしろ実に脆弱な構造だ。だから簡単に死ぬし、壊れる。死者の亡霊を見るようになったらもうダメだ。ドラッグに溺れるか病院にいくか。なんにせよリタイアだ」
 その点矢嶋は、どれだけ殺しても磨耗しない。
 殺すこと自体を躊躇わない。
「トリガーには、相手の命と自分の、兵士としての寿命が掛けられている。普通はそうだ」
 矢嶋がその”業界”で頭角を現すまでの時間は短かった。
 矢嶋、ジーマは戦友としても、仕事人としても、信頼され、信用されるようになった。
「まさか日本政府から依頼が来るとは思わなかった。それこそフィクションの中だけのハナシだと」
 人間の盾、知ってるか。矢嶋の問いに美由紀は大きく頷いた。
「知ってるわよ。大騒ぎだったじゃない」
「それはイラク戦争だろ」
 イラク戦争以外で?えーと。パパ・ブッシュの方だ、と諦め声で、矢嶋が言う。
「湾岸戦争でも在った。あまりメディアには露出しなかったがな」
 その中に。
「日本の、政府高官の、御令嬢が混じってたってワケだ」
 軽は17号に沿ったまま高崎を越えて、まだ北上する気配だ。
「発覚したらスキャンダルだ。極秘作戦が展開されることになった」
 目標の”救出”ないし”抹殺”。但し抹殺の場合は後金なし。
「それほど難しいミッションじゃなかった。作戦自体は」
 バグダット近郊の目標が寝起きする住居に侵入。スタンさせ身柄を拘束してそのまま撤収、ピックアップポイントへ直行。目標は非武装で特段の戦闘能力もなし。一人道案内がいればそれ程の難易度の作戦ではない。
「計算違いは」
 突然、ハンドルを殴りつけた。ハンドルは眼に見えて歪む。
「作戦の途中に、その高官とやらが別件で失脚したことだ」
 事なかれに、全てをなかったことに。余りにもお約束な展開で、泣けた。
 ピックアップポイントに到着したのは輸送ヘリではなく武装ヘリだった。
 相応の気構えと装備があればどうとでも対応出来る標的だが、そのときチームにはどちらの用意もなかった。
 殿を勤めていたことで予定時刻に遅れたが為に、矢嶋は難を逃れた。
 軽は山中に分け入った。矢嶋は途中からライトを消していた。
 やがて、この軽に似つかわしい、みすぼらしい掘っ立て小屋の前で、軽を止めた。
 その小屋の地階が、本館だった。
 目の前の光景に美由紀は思わず息を呑んだ。
 AK47、RPG7、名前の判らないライフル、そして弾薬、弾薬!、弾薬!!。
「本気で復讐を考えていた時期もあった。もう遠い昔の話だ」
 美由紀はまるでそれ自体殺意を発散しているかの、凶器の群れを前に身をすくめた。
 そして、聞いた。
「どうして」
 矢嶋は怪訝な顔をした。この少女は何を言い出そうとしているのか。
「こんなに、親切にしてくれるの」
 あっけにとられた。そういえば、なぜだろう。
 初めて自問した。
 少女の外観は。まあ確かに美少女、それも今は凄みを帯びた美少女。
 でも、あまり関係ないような。
 境遇か。孤独に漂白を続ける者、同士の。
 文学的で少し宜しいが、違う気もする。
 逆に尋ねてみた。
「聞いて、どうする」
 今度は少女が驚いた顔をした。
 そうよ、そんなコト聞いて。ただのヤブヘビじゃない。利用出来るモノなら徹底的に・・・。
 少しして。
「わかんない」
 そうすると、年相応の幼い顔が覗く。
 余り賢いやり口ではないねそれは、と矢嶋は揶揄しつつも。
「私も余り賢い方ではないんでね。よく判らん」
 それにしては貧相な宿無しの仮面を脱ぎ捨て、哲学者的な風貌に変った、矢嶋も言う。
 二人は何とはなしに顔を見合わせ。
 どちらともなく、失笑した。





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Last updated  Apr 19, 2007 06:05:31 AM
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