2006年10月15日
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カテゴリ: 日記
 しんしんとゆきがふる

 雪が 降る

 まるで舞い散る白い櫻のように


 あきらは降りはじめた雪を手に取り、空を仰いだ。


 あの時

 憎しみを力に「鬼」への道を歩もうと決め、その思いに裏切られたあの日。

 雨が降っていたのを思い出す。


 冷たくて

 重くて

 でも何も感じられなくて。


 でも雪は違う

 しんしんと降る雪は冷たいけれど

 優しくて

 儚くて

 そして、美しくて。


 まるで思い出に似ている──あきらとっては。



『急な用事が出来たので出かけてきます。
 明日のお参りには間に合うと思うけれど、
 今日は帰れそうにありません。

 約束守れなくてごめんなさい。
 それと
 受験、お疲れ様でした。

 威吹鬼 』


 一人マンションに戻って、威吹鬼の部屋に訪れたが、そこに威吹鬼はいなかった。
 今日は受験の慰労会で、二人で食事に行こうと約束していたのだが…

 ローテーションから外れている威吹鬼が、その約束を守らないはずがない。
 何か、重大事でもあったのだろうか。


 食卓の上には、威吹鬼の手料理がささやかながら並んでいた。

 趣味人である威吹鬼は、料理も中々の腕前だった。
 あきらも修行時代、随分教えてもらったものだ。

 でも

 一人で食べる食卓は寂しい。

 実はあの後、明日夢とひとみが夕食に誘ってくれたのだが、威吹鬼との約束があったので断ってしまっていた。

 今頃二人は、家族ぐるみで団欒を楽しんでいるのだろうか。

 でも、どちらにせよ寂しいことに変りは無い。
 家族の団欒を忘れて久しい彼女には、多分居心地が悪いのではないか。

 そんな悲観的な事を思ってしまう。

 それに、楽しそうに語り合っているだろう二人を思うと、余計に寂しさが募る。

 そんな寂しさに負けまいと
 ──慣れているからと、そう自分に言い聞かせてみる。

 そう、あの日から

 両親を亡くしたあの日から

 彼女は寂しさに慣れていたはずだった。


その、はずだった


(違う)

 ならばこんな寂しさを感じる事などありはしない。

 威吹鬼が、響鬼が、明日夢が
『たちばな』のみんなが、寂しさを忘れさせてくれていたのだ。

 今なら、それが分かる。


 ふと、壁に飾ってある写真に目をやる。

 3年近く前になるだろうか。
 彼女がまだ中学生だった頃、関東支部のメンバーがめずらしくそろった時に写した記念写真がある。

 まだ修行途中だった轟鬼と自分。今は東北支部に出向している吹武鬼(フブキ)。
 石割に闘鬼一家に…

 そして──はにかむように、照れくさそうに口元をほころばせた斬鬼の姿もあった。

(……斬鬼さん)

 ──2年前の記憶が蘇る。

 朱鬼と出会い、憎しみを糧にして「鬼」への道を歩もうと決めたあの日。
 そしてノツゴに捕らえられ、自分を理解してくれたと思った人に、必殺の矛先が向けられた時。

 その時胸をよぎった感情を感覚を、今は思い出せない。

 それは絶望だったかもしれない。
 驚きだったかもしれない。
 恐怖だったかもしれない。
 嫌悪だったかもしれない。

 それを今は思い出せない。

 ただ、覚えているのはただ一つ。

 自分の名前を叫びながら、雷を纏った「男」の姿を見たときの、喜びと後悔。

 あの後、すでに斬鬼の身体が「鬼」になることに耐えられなくなっていたと知ったのは、随分後になってからだ。

 彼の言葉に耳を傾けようともしなかったのに
 彼の想いを裏切ったのに。

 でも彼は、己の命をかけて自分を救ってくれたのだ。

(斬鬼さん……っ)

 あきらの頬を、熱いものが一筋流れて落ちた。


「あれ? 威吹鬼君、帰って来てるの?」

 玄関から知った声が聞こえたのは、その時だった。

「…あ 香須実さん」

「あきら? 帰ってたのね」

 細面のキリっとした美女がひょっこり顔を出して、にこやかに手を振っていた。
 そして妙に慣れた感じで靴をを脱いで上がり、食卓の手料理をふむふむと見つめる。

「……相変わらず抜けてるわねぇ。
 受験が終わって帰ってきた妹分に、暖かくて疲れが取れるモノ作っときなさいっての」

 そう呆れたように言うと、香須実は勝手知ったるといった風情で食卓の料理をキッチンに持って行き、暖め始めた。

「あの…香須実さん?」

「ん~ 何ぃ?」

 奥でコトコトとシチューを暖める音が聞こえる。

「威吹鬼さん、何処に行かれたんですか?」

「……ん、ちょっと宗家の野暮用、ってトコかな。
 明日には帰ってくると思うから」

「宗家の?」

 と、なると、やはり重大事でも起きたのだろう。
 宗家 すなわち「本部」の命で動いているということは、かなり危急なコトなのではないか。

「心配しなくても大丈夫よ。
 ちょっと、現場を確認しに行っただけだから」

 現場を確認? 魔化魍がらみで、わざわざ本部の命でも降りたのだろうか。
 しかし、それは不自然すぎる。
 威吹鬼が直接行く理由が見つからない。他の鬼たちでもいいはずだろうに。

「──あきら?」

「? はい」

「猛士に残るって言っても、もう貴女は普通の女の子なのよ。
 変に気を回さなくてもいいの」

 あきらが何を考えていたか、お見通しだったらしい。
 香須実はキッチンからひょっこり顔を出して、穏やかに微笑んでいた。

「そう、ですよ ね」

「そう。今まで鬼のサポートしてきて、学校もがんばってきたんだから。
 これからはドンドンっ青春を謳歌しなきゃ。
 素敵な男の子見つけて、恋でもして
 今まで損していた分、取り戻さなきゃね」

 威吹鬼との日々が無意味だったとは思わないが、確かに今まで普通の子の楽しみとは無縁に近かった。せいぜい明日夢やひとみと過ごしたこの一年位だろう。

「恋──ですか」

 何故か明日夢の顔が浮かんできた。

「お?
 さてはすでに意中の想い人アリ、ってとこ?」

 思わず目を丸くする。
 顔に出ていたのだろうか。

「お姉さんの目は誤魔化せませんよ?

 で

 どうなのよ。ライバルに勝てそう?」

 ひとみのことだろうか。

「ライバルだなんて。
 第一安達くんは……」

「あたし、明日夢君のことだって言ってないわよ?」

 顔が赤く火照る。
 それはもう、響鬼の「紅」に匹敵するほどに。

 くすくすと悪戯めいた笑みを浮かべたあと、香須実は手に持ったおたまをずいっとあきらの眼前に突き出した。

 床にシチューの滴が落ちる。
 唖然と汚れた床と、おたまの向こうある美女の顔を交互に見比べた。

「いい?
 ああいう自分の道をまっしぐらっ、って子は
 こう、積っ極に!
 押して
 押して!
 押しまくって!!」

 おたまがずんずんと近づいてくる。
 妙に気合の入った香須実の顔と共に。

「無理やり首を捻る位の気持ちでアタックかけないとっ
 全っ然振り向いてくれなくて、お友達で終わるわよ?!」

 ──何か、香須実の過去に苦い経験でもあったのだろうか。

「はあ」

 何気に実感がこもっていたので、曖昧にうなずいてしまった。

「じゃ、ご飯にしましょ……って
 おや?」

 実にその時
 二人の鼻に実に香ばしすぎる香りが忍び込んできた。

「……か、香須実さんっ!?」

「きゃあああっ! 焦げてる焦げてるっ!!」

 慌てふためいた後、焦げたシチュー鍋を前に実に情けない表情をした香須実の顔を見て、あきらはその時になってふと思った。


 そう言えば、どうして香須実さんはここに来たんだろう、と。






「ははっ、そうですか。

 え?

 いえいえ、そんなことありませんって。
 感謝してます。
 じゃ、すみませんが、あきらにしばらく付き合ってあげてください。

 僕ですか?
 今、鋭鬼さん合流したんで、これから現場に向かいます。
 それじゃ、はい、よろしくお願いしまーす」

 夜半
 奥多摩の山中。

 深い 森の中 

 光射さぬ闇のなかで、二人の男が炎を囲んでいた。

 一人は長身痩躯の優しげな青年。
 もう一人は、小兵だが精悍で俊敏そうな、目の細い男だった。

 その一人、優しげな印象の青年─威吹鬼は、いつものおっとりした口調で香須実への電話を切った後、3つ目のカップメンを空にして7個目のコンビニお握りに手を出している小柄な男──鋭鬼に向き直った。

 その表情が優しげな「坊ちゃん」のものから、「鬼」としての表情に変る。

「それで鋭鬼さん。
 早速ですけれど……」

「ああ、そこの…」

 鋭鬼は咀嚼していたお握りを呑み込んみながら、アウトドアテーブルの上にある、携帯用のDVDプレイヤーのような機器を指さした。

「DAプレイヤーに、映像取り込んだDA(ヤツ)がもう入ってるから、まずお前の目で確かめてくれ」

 威吹鬼はプレイヤーの中に奇妙な文様が入った円盤が入っているのを確認して、再生スイッチをいれた。

 夕暮れの森の中を、まるでケモノのように駆け抜ける、人型の「何者か」の姿があった。
 映像はその「何者か」を凄まじいスピードで追いかけていく。


「…猿」

「な、わけねぇだろ」

「ですね」

 猿にしては大きすぎる。周囲のものから測るに、優に身の丈2mはある。
 まるでサスカッチと呼ばれるUMA(未確認生命体)のようだ

「けれどこれは……」

「ああ、間違いない。
 俺も最初は信じられなかったがな。

 …… テング  だ」


 テング


 それは魔化魍の中でも最も有名で、そして最も謎に包まれた種族だった。

「彼ら」は人間の大きさに近く、夏にその姿を良く見られる事から「夏の魔化魍」に分類される。

 ただしその発生については未だ謎が多く、一説には齢を経た「猿」が変化したものとも
 あるいは──「人」が変化したものとも言われている。

 中には人語を解し、東北支部の記録では「鬼」たちとコミュニケーションを図ろうとした者も居たという。

 少なくとも魔化魍を生み出す「童子」と「姫」を必要としないという点は、データとして昔から残っているし、他の魔化魍とは一線を画す存在だ。

 だが、その点はさておいても、この「冬」に姿を見せることは極めて稀有な例である。
 例外としては2年前の「オロチ」と呼ばれる、魔化魍が時期に関係なく混沌と大発生した現象の時位だろう。

「ん?」

 その「テング」の様子を観察していた威吹鬼は、妙なことに気がついた。
 テングが時々立ち止まって、「こちら」──つまり追跡しているDA(ディスクアニマル)を見ているのだ。

 明らかに追われているとコトに気がついている。

 だが、その追跡を振り切ろうという素振りがまるで見えない。

「……誘っているように見えますが」

「お前も、そう思うか?」

 最後のおにぎりを片付けた鋭鬼も、プレイヤーの前に座った。
 二人の男は、真剣な面もちで流れていく画像を見る。

「……そろそろだな。
『例の場所』が見えてくるのは」

 鋭鬼がそう言ったのは、風景が落日の直前になった頃だった。

「! 消えた」

 鋭鬼の言葉に合わせる様に、忽然とテングの姿が消えうせる。

「……その代わり、とんでもねぇモンが見えるぞ。

 ──吐くなよ」

 次の瞬間、映し出された光景を前に、威吹鬼の顔色が目に見えて青ざめていく。



 風が吹き抜け、木々がきしむ音だけがその場に響いていた。








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最終更新日  2006年10月15日 20時30分53秒
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