Beauty Source キレイの魔法

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ルイーズ1860『誕生』



「誕生」

お姉さまの出産が近づいて、その準備で少し慌しかった我が家も落ち着いてきました。
亡くなったお母さまが末っ子の私を生んだのが14年前。
久しぶりに赤ん坊が抱けると、お父さまは嬉しそうにしてらしても、きっと不安もおありだ思います。
お姉さまがお相手だとおっしゃる方はご贔屓にしてくださる貴族のお一人で、
正式な奥さまがいらっしゃる。
当然お子様のお一人には加えていただけず、お姉さまは女手で子どもを育てていかねばならない。
でも、こんなことは華の都パリ、特にオペラ座の住人にはよくあること。
お父さまの憂慮は、お姉さまのお相手が、本当はどなたかということみたいです。

そんなお父さまのお気持ちをよそに、産み月に入ったお姉さまは静かに過ごし、
赤ん坊のための衣類の仕上げなどをしています。
私もそばでお手伝いをしたり、来年の結婚式のためのレースを編んだり。
あ、私は来年、花嫁になるんです。
少し早いかもしれないけれど、シャルルはもう30歳を越えているので、できればすぐにも、ですって。

彼はお兄さまが通っておられた建築学校のお友達で、私がまだ歌を習っている頃から
我が家にずっと出入りしていた人。
「君が歌い手になってオペラ座の住人になっていたとしても、同じことを言うよ。」
これがプロポーズの言葉。

遠い日、これが恋かしらっていうことを教えてくれたあの方とは、エリザベート様の結婚式以来、
一度もお会いしていません。
あの方に抱いた気持ちと、シャルルに対して持っている気持ちは本当に違うの。
お別れした後は、あの方のことを考えると、胸が痛くなって、哀しいような泣きたいような気持ちになって。
苦しくて、頂いた伝言をボロボロになるまで何度も読み返して。
花嫁人形が送られてきたとき、あの方のお気持ちを再度告げられたようで、
本当に号泣してしまったんです。

「シャルルは才能があって有望だ。デッサンをみればわかる。それに野心家だし
何よりお前を愛している。きっと幸せにしてくれるだろうよ。」
お父さまの言葉もあって、私、結婚することにしたんです。
シャルルと一緒にいると、とても心が穏やかになるのは確かなんですもの。
お姉さまをみていても、恋と結婚は全然別のものじゃないかって気がします。

「実は今日ね、締め切り間際のコンペ用の設計図が何とか仕上がってね、届けてきたんだ。」
その晩、訪ねてきたシャルルが、みんなの前で嬉しそうに話してくれました。
「いままでの中で最高のできなんだ。これが認められないなら、審査員の方に問題があるってことさ。
もちろん、優勝したら君との結婚に華を添えられるし、もっといい暮らしができるようになるけれど。」
「やっぱり応募したのか。シャルルなら可能性は高いと思うよ。」
「僕もそう願っていますよ、お父さん。」

「結果はいつわかるの?」
「来年の半ばごろかな。君との結婚式の6月に間に合えばいいね。」
「いっそオペラ座が完成するのを待って、そこで式をあげたらどうだい?」
「そりゃあいい。」
「オペラ座ですって?」
お父さまの言葉に、シャルルが答えたのとお姉さまが叫んだのが同時でした。

「設計コンペって、オペラ座のことなの?」
「そうですよ、クレア姉さん。いまの劇場はだいぶ傷んでいるし、設備も趣味も良くないでしょう?
新しいオペラ座建築の話は、建築仲間や芸術を愛する人たちの中では
よく話題になっていましたよね。」
「それはいつまで応募できて?」
「今日の午後五時で締め切りだったんですよ。だから僕はこうして・・・。」

シャルルの声をさえぎるように、いつも冷静なお姉さまが立ち上がりました。
「今日ですって?ああ!」
「興奮してはいけないよ。体にさわるだろう?」
「お父さまは、知っていらしたの?知っていらして黙っておられたの?」
「何を言っているんだね、クレア、落ち着きなさい。」

お姉さまの出産が始まったのは、それから間もなくのこと。
私が何もできないでうろうろしているうちに、シャルルは産婆さんを呼びにいったり、
その他たくさんの雑用に飛び回ってくれました。
幸い、出産はすぐにすみ、生まれたのは丈夫そうな女の子。
亡くなったお母さまの名前をいただいて、マーガレットと名付けられました。
きっとメグって呼ばれることになるでしょう。

「オペラ座のコンペときいて、お姉さまは何故あんなに興奮なさったのかしら?」
シャルルを玄関先で見送ったあと、居間でグラスを傾けているお父さまにおたずねしてみました。
「わからんよ、わからんがおそらく・・・。」

スコッチと共に飲み込まれた言葉を、なぜか聞いてみることができませんでした。
軽い眩暈が続くような記憶が、ふいに蘇ってしまったんです。
部屋に戻って取り出したのは、すっかり埃を被ってしまったあのオルゴール。
螺旋をゆっくりと巻き、懐かしい音楽に身をゆだねると、止め処なく溢れる感情に
私はただ押し流されていきました。

「夜は すべての感性を 鮮やかに磨き上げる
 暗闇は 想像力をかき立て 生き還らせる
 静寂の中で 感性という翼が 
 せまい籠の中から 解き放たれてゆく・・・」


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