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Brog Of Ropesu
Act 1 赤ずきん
赤ずきん
それは、耳障りな音をたて、少年めがけて純粋な暴力を振るった。
今でも聞こえるその音は、肉たたきで肉を軟らかくする音だろうか。
骨と肉のサスペンションが組み変わるような、そんな音。
そいつ・・・ではなくそれと呼ぶのは、それはもう既存の霊長類から逸脱した形状だからだ。
「なんとも・・・めんどうな事になったな・・・」
放たれた拳と思われるそれを、必要最小限の動きで受け流し、少年は嘆息する。
めきょめきょ、と、肉が潰れるような馬鹿みたいな響きを伴いながら、少年がさきほどまでいたアスファルトは鉱泉煎餅のごとく砕け散る。
周りは閑静な住宅街であったが、刻は黄昏。
その轟音は近くでそれを目撃した人達の悲鳴にかき消された。
黄昏とは、元来、「誰そ彼」と書き、人の見分けがつきにくい明るさの時間帯であることを指す意味からきた言葉であるが、街灯が点在する現代にとっては、必ずしも同じ意味とはならない。
人々は、その怪異を目撃しては驚嘆する。
「てい、こうは、し、ないで、くれる、と、たす、かりま、す。」
それは、狙いがはずれた拳と思われるそれを、自分の元に引き戻すと再び肉と肉をこねてハンバーグを作るようなにちゃにちゃという、くぐもった旋律を奏でながら、途切れ途切れに人語と思わしき声を発した。
―――刹那、腕と思われる部分が、3メートル程の長さに変形する。
その形状は、さながら騎馬威嚇に用いられる槍と言ったところか。
「最近の、子供は化け物に変形するのが流行っているのか?何とも、世知辛い世の中だな。政治家も大変だろうに。」
冗談とも本気ともとれない表情で少年は皮肉る。
挑発めいた事をしながらも、少年は内心、焦っていた。
何にしろ場所が悪い。
ここは、何の変哲もない住宅街。
周りの人間が巻き込まれてしまう危険がある。
そして、少年も自分の事を見られる事は非常に不都合だ。
―――場所を変える必要がある。
そう判断し、少年は全力で駆けた。
後ろを見ると、異形も少年の後を追ってくる。
それは、見た目の異様さから、すれ違う人々から驚愕の声を次々と生み出していた。
身長はいつのまにやら2メートルを超す程までに変異し、腰から上は、重すぎて走る際にバランスがとれない為か、後ろ向きにほぼ直角に折れ曲がっている。
あれが、サーカスかなにかと思えば滑稽な姿に失笑を買うだろう。
だが、現実は残酷だ。
すれ違う人々の悲鳴を聞きながら、少年はこういう事が都市伝説になるのだなと、思った。
「くっ・・・。誰かに見られていなければいいが・・・。」
知り合いに目撃されることを恐れながら、少年はこうなった経緯を反省も兼ねて反芻した。
「おい!瞬!授業終わったぞ!いつまで寝てるんだ?」
「へいへい!瞬坊!お前は女の子でも無いのに眠り姫か?全く、いいご身分だぜ。」
言い終わるよりも早くに、声をかけた少年の片割れは、眠っている瞬と呼ばれた少年のイスに蹴りを入れる。
国立日真高校3年C組の教室と、隣接するリノリウム製の廊下にその金属音は響き渡る。
「おいおい!三河!何やってるんだ?!」
「あン?乱暴な真似するなとか日和ったこと言い出すんじゃないだろうな?瞬坊は、これでも足りないくらいだぜ?」
「うん、まぁ・・・一応な。人としてヤツだ。俺も瞬は机ごと蹴り倒さないと起きないと思う。」
二人は、机に突っ伏している瞬を見る。二人の推測通り、瞬は未だ惰眠を貪っている。
「しっかし、まぁ、こうまで俺たちと予想を裏切らないとなんか泣けてくるよなー。
おい!瞬坊っ!!いい加減起きやがれっ!」
三河はサンドバックに蹴りを入れるように、気持ちが良いぐらいに思い切ったロー気味の蹴りをイスに叩き込む。
鈍い音ともに蹴り飛ばされたイスは、達磨落としの要領で、すっぽ抜ける。
もちろん、上に座っていた人間は床に落下した。
「ぬぐぐぐ・・・・!いってぇー!!なんなんだよ!いてぇじゃねぇかっ!!俺が蹴ったら壊れるくらいの脆さでつくれってんだ!JASっては、気が利かないったらねぇよ!
と、とりあえずバーカ!!」
もう一人の少年は、無茶苦茶を言っている三河に憐憫じみた溜息をつきながら、床に倒れ込んだ瞬へと声をかける。
「瞬?目が覚めたか?」
瞬は2、3度かぶりを振ると未だ覚醒していない胡乱な瞳で、少年を見た。
歳相応では無いあどけない顔だ。
「ああ、ソウイチか。何で、こんな所にいるのだ?」
「あー・・・それ、説明しなきゃならんのか?」
「うむ。頼む。」
総一は後ろを見る。そこには、未だ痛がって蹲っている三河がいた。
三河は総一の視線に気づき、こくりと頷く。
サッカー日本代表すらも習得していない、阿吽の呼吸のアイコンタクトだ。
「お前は、何しに学校にきてるんんだーーー!!!」
三河は叫びと共にドロップキックを瞬に放つ。瞬は、まともに食らい、のけぞった。
「あー・・まぁ、そういうこと。瞬?お前は、今日も元気に登校してきて、一時間目の始まりから放課後まで、ばっちり寝てたってワケ。そりゃー前後の記憶もぶっ飛ぶよなー。ま、いつも通りっちゃ、いつも通りだけどな。お前らしいというか何というか・・・。」
「なるほど、得心した。ならば、下校か。」
瞬は、そそくさと帰る準備を始める。
「だあああ!!人の話を聞けー!!でもって、俺の華麗な一撃がもっと利けー!!」
三河の一撃をものともしない瞬に、三河は駄々っ子のように地団駄を踏む。
「じゃ、帰ろうぜ?瞬。」
「うむ。」
「おい!!総一!お前まで無視すんなーーー!!!」
独演する三河は、教室に残っていた他の生徒達に笑いの神を降ろした。
「なぁ、総一―。瞬坊―。帰りどっか寄らねぇ?テストも終わったしお前ら暇だろ?」
昇降口で上履きから、靴に履き替えながら三河が続ける。
「こうさ、テストで溜まったフラストレーションをパーッてさ、晴らしたいのよ俺は。」
「却下。」
「あーわりぃ、パス。」
三河の方を振り向きもせずに、二人は即答した。
「え?!ちょっと待てよ!少しくらい・・・せめて考えるふりくらいしてもいいじゃねぇかよ!」
三河は欧米人の様に大仰なリアクションで抗議する。
「うむ。今日は日が悪いのでな。うちのアダルトチルドレンが、学校の職員会議で遅くなるらしいのだ。冷蔵庫の中も侘びしい故、買い出しに行かねばならぬのだ。」
瞬も三河に習って、欧米人の様に肩を竦める。
「そりゃ気の毒だな。樹先生、帰ってきてメシが無いってだけで大暴れしそうだからな。あれだ、ご愁傷様ってヤツだ。
しっかし、樹先生といい、瞬坊、お前といい、何で男なんかに産まれてきたのかね?樹先生はメチャクチャ美形だし、お前はお前で、中性的な顔立ちだから、性別換えるだけで百合だぞ、百合!
ったく、惜しいよなぁ・・・瞬坊?今からモロッコ行ってきて性転換しないか?お前くらいのかわいこちゃんなら、元男でも俺は一向に構わん!」
三河は瞬の肩をバンバン叩きながら、欲しいオモチャを前にした子供の様に目を輝かしている。
瞬は歎息しながら、総一を見る。
総一の目からは暗に、「あいつは真性の変態だから放っておこう」という台詞が滲み出ていた。
目は口以上にモノを語るとはまさにこの事だ。瞬もそれに習い閉口する。
「で?総一?お前はどうしてだ?」
「ん?ああ。俺は、先約が入ってるんだ。こっちのお姫様はすっぽかしたりすると、後が怖い。口より手より先に足が出る。命がいくつあっても足りやしないさ。」
総一も、前の二人に習い、肩を竦める。
「へいへい・・わーったよ。暇人なのは俺だけですか。そうですか。いいさ、一人でナンパでもしてくるさ、かわいい子ひっかかっても、絶対お前らにその友達とか紹介してやらんからなー!!」
三河は、ちょうど校門付近にさしかかったところで大声で叫ぶ。
「わ!ちょっ!バカっ!!巫山戯んな!!場所が悪い!!あいつに聞かれたらどうするんだ!!」
総一は激しく動揺し、三河を叱咤する。
「あら?三人とも、面白そうな話していますね?ナンパですか。ふふふ、世良君?あいつっていうのは誰の事ですか?」
校門で、誰かを待っていたと思われる少女が問いかける。
総一は、滝の様な汗をかき、「あっ・・・」という50音の最初の音だけ、かろうじて絞り出した。
少女は、日真高校のブレザー制服と違う制服である。他校の生徒だ。
清潔感のある白いセーラー服に青いリボン、赤いスカートは日真高校近くの有名お嬢様学校のシンボルである。
高貴を表す紫を髪に持つ、ショートカットの少女だ。
容姿端麗で、健全な男性がすれ違ったならば、10人が10人振り返るような美少女である。
「違う!!断じて違う!!三河の阿呆が一人でまくしたてていただけだ!俺は一切関係ない!!」
総一はなんとか現実逃避しかかった頭をニュートラルな状態に戻すと、必死の形相で、少女に弁解する。
「質問にはきちんと答えていただけますか?議論のすり替えですよ?世良君?私は、『あいつ』とは、誰だと言ったのですよ?ナンパとかは、そう、何とも思っていませんから。ふふふふふふ!!」
引きつった笑いを浮かべる少女。顔は笑っているが目は真剣だ。
「やや!優衣様!今日もお美しい!俺は、優衣様のそのお姿を一日一度は見ないと発狂してしまうんですよ!いやー眼福眼福。」
空気の読めない男が一人、機関銃の様にしゃべる。
だが、今の総一にとってはこの上ないくらいの助け船だ。
総一は嫌な汗をかきながら「俺は、一日一度でも優衣の顔を見ると発狂するけどな」と、三河の台詞に悪態をついた。
「や、やだなー三河君。おだてても何も出ないですよー。それと、様付けはくすぐったいから止めて欲しいかな。うん!」
「何をおっしゃいますか!優衣様ほどのかわいこちゃんに様付けしないってのは、三河家の家訓に反します!罰あたりってモンです!」
瞬と総一は、随分と軽薄な家訓があったものだ。と、心の中で辟易した。
おそらくは、三河家の家訓などでは無く、三河が勝手に守っている自分ルールであろう。
「しかし、総一は罰当たりな野郎です!毎日こうして優衣様に放課後待って貰える光栄を得ながら、今日の数学の時間ずーっと窓の外の2年生の体育を見てたんですよ!絶対にいやらしい目で見ていたに違いありません!」
「ふぇ?!み、三河くん!?わ、私は別にその、総一を待ってるワケじゃないんだからっ!
ちょうど下校時間も重なるし、通学路の途中だからって・・・・いや、えっと・・・その、一人で帰るのもあれだから、ついでに待って・・って、どっちにしろこれじゃ待ってる事になるじゃないっ。な、なんで言い訳みたいな事してるの、私?!」
優衣は顔を紅潮させ、口調がしどろもどろになっている。
その光景を見て、瞬は微笑んだ。優衣は瞬が一年前に知り合った女の子だ。
初めて総一に紹介された時の印象は「信用ならない人物」だった。
当時の優衣は、感情を表に出さない少女であった。
否、感情を出さないという表現には語弊がある。感情はそれなりに出していた。
しかし、それは表面上のモノで、本音では無かったのである。
―――そう、まるで、「笑いの面」をつけたままでいる、そんな印象。
故に、瞬は「信用ならない」と判断した。
だが、今の彼女は違う。どこにでもいる普通の少女だ。
普通と呼ぶには、感情の吐露が激しすぎる感は否めないが、それは、今まで「自分」を偽ってきた反動であろう。
どうやら彼女のつけていた仮面はこの一年で完全に取り払われたようだ。
それが、瞬にはたまらなく嬉しい。記憶の中にいる、とある少女の遺志を守れている気になれるからだ。
「はぅ~・・・もう、何言ってるんだろ、私。・・・・・・って!!ずっと体育を眺めてたですってー!!」
優衣は変態っ!と叫びながら総一に詰め寄る。見事な時間差ボケである。
「おい!三河の阿呆!なんてこと言うんだ!どうしてくれんだよ!明日の三面記事に『高校生撲殺される』って記事が出てたらお前のせいだぞ!俺の平穏なる放課後を返せ!!」
半分涙目になりながら総一は、三河を睨み付ける。
「む?総一は女性にはあまり興味が無き者故、女体を食い入るように見つめる事はないと思うぞ?」
「くくく、食い入る様にですってー!!」
瞬は、口にしてから、しまった、と思った。弁護するつもりが蛇足をつけたせいで藪蛇になってしまった。蛇に足を付けたら蛇が出たとは、何とも皮肉な話である。
「世良く~ん?その話は、この後、二人でサッカーでもしながら、ゆーーーっくりと話し合いましょう?」
瞬は、笑顔で敬語の少女を見て、男、世良総一はもう強制連行は免れないなと思った。
そして、優衣の言うサッカーを思い出し、背筋に冷たい汗が流れる。
人間(総一のみ)をボールに見立て、蹴りこむという一方的な暴力である。
総一はキッ、と親の仇を見るような眼光を瞬に向ける。
せめてもの償いとして、すまん、とジェスチャーで謝罪する瞬。
それでどうにかなる問題では無いが。
「優衣様?サッカーはふたりじゃ楽しくないっスよ?」
全ての原因となった三河が、相変わらず空気の読めない発言をする。
瞬は、サッカーという国民的人気スポーツの名を借りた非道な行いを、優衣に気取られない様に、三河に耳打ちする。
「あーなるほど。そりゃ悲惨だわな。でもなぁ・・・優衣様に蹴って貰えるんだったらそれはそれで、羨ましいよなあー・・・代わって欲しい・・。」
三河のそんな呟きを聞き、瞬はちょっと本気で友達をやめようと思った。
その後、総一は罵詈雑言、怨嗟の数々を放ちながら、優衣にズルズルと引き摺られるようにして、退場した。
レッドカードを貰うほどの反則はしていないハズなのに、悲惨なヤツだな。と、瞬は思う。しかも冤罪である。
せめてもの手向けとして、この世を去ることになった時の為に、合唱しておく。南無。
「しっかし羨ましいなぁ、総一は。俺も、頑張って学園アイドルの黒崎さんでも、いっちょマジに落としてみるかね・・・うん。」
瞬は、あれをどう見たら羨ましいんだ、と口をパクパクしたが、デリカシーゼロの三河には通じなかった。
「あーあ、優衣様見た後じゃ、どの女も霞んで見えてナンパにならんよなぁ。
ま、どーせ、じじいが流鏑馬の練習しろって、うっせーだろうから、今日の所は大人しく、たまには親孝行でもしますかね、どうも。」
三河の甲斐性ではナンパの成功率は低いだろう。少子化だ、と騒がれているご時世ではあるが、三河の場合、親孝行する方がよっぽど生産的である。
三河は、ルックスは悪くない、むしろ良い方だ。
童顔で、同い年の女の子達から「子犬みたいでカワイイ!」とからかわれる瞬にとっては、その精悍な顔立ちは憧れの対象であったりもする。
だが、いかんせん、人格が破綻しているが大きすぎる欠点だ。
デリカシーも無い、空気が読めないと、ある意味ダメ男属性の百貨店である。
ナンパなんてした日には大バーゲンのできあがりだ。
「んじゃ、俺も帰るわ。今日は新月らしいぜ?月夜の無い夜には気をつけろ、ってか?ひゃはは!
ま、とりあえずお前も気をつけて帰れよ。
夕方は、逢魔が時って言ってな、あやかし達の生活する夜と俺たち人間たちの生活する昼が交差する時間だから、怪異に逢いやすいんだとさ、昔、ウチのじじいが言ってた。じゃあな、アデュー!」
三河は人差し指と中指の2本を、ひたいに当てると、愛車のドラッグスターに乗り込む。
中型のアメリカンバイクはけたたましいエンジン音を上げ、つむじ風を巻き起こしながら去って行った。
三河はこう見えても、格式高い近所のお屋敷の一人息子である。
伝統的なお家柄の息子故か、時折、古い言葉を知っていたりするのだ。
ナンパやらアメリカンバイクやら、行動は伝統とはかけ離れてはいるが。
でも、最近は坊さんがスクーターで法事に行く時代なので、瞬は時代の流れだろうと思うことにしている。
みんなと別れ、一人になった瞬は商店街へと買い出しへと向かった。
自分と同居人である樹の好物である、高野豆腐は常にストックして置かないと落ち着かないからだ。
高野豆腐を買い、その他のおかずも適当に買って帰宅する。
近道である公園を抜けると、商店街から瞬の家までは一本道だ。
買い物袋を提げた瞬は、公園を抜け、自宅が並ぶ住宅街へと出る。
さあ、早く帰って夕飯を作らねばと、その一本道を歩き始めたところで、
「・・・太陽の民に畏怖されし、終末告げるは凶つ神。その響き渡る調べたるは、汝に等しく死を与えん。」
―――詩が聞こえた。酷く歪んだ不快な唄。その耳障りな音に瞬は顔をしかめる。
「あの・・・神風瞬(じんぷう しゅん)さんですか?」
突如、背後から声をかけられ、振り返る。その姿を見て、瞬は大きな溜息をついた。
三河の言葉は変な所で、的を射ている。
あんな迷信が当たるくらいなら、「蛇の抜け殻を入れておくとお金がたまる」の様な、迷信に出会いたかったと、つくづく思う。
そこには子供がいた。小柄な瞬より一回り小さい子供。少年か少女かはわからない。
―――なぜなら、その子供は異様過ぎた。全身を包帯でグルグル巻きにし、肌の露出は一切無い。
どこで見ているのか、目も覆われているし、口にも巻かれている。
ダボダボの、明らかにサイズが大きい、真紅のパーカーを着込み、フードを被っていた。
体型からも声からも性別の確認はできない。
・・・そもそも人間かどうかすら疑わしい。
右腕は身長を超えるほどまでに伸び、左腕に当たる部分に至っては、腕ですらない。
包帯で塞がれているためか、何を言っているかもイマイチ聞き取りにくい。
化け物の鳴き声か何かが、偶然人語に聞こえたのかも知れない。
また、何であるかは判断が及ばないが、包帯の中で何かがしきりに蠢いている。
包帯の中身の何かが身を捩る度、ぐちゃぐちゃという、塗れた粘土質の土を歩いた時のような不快な音がする。
―――いや、その表現は正しくは無い。
一番近い周波数を上げろと言われたらそれは、肉と血、骨をすり鉢ですりつぶした音の波だろう。
瞬はその想像を意図的に避けた。夕飯が食べられなくなるからだ。
そして既に、瞬は今晩の夕食のメニューから肉料理を排除した。
「良かった。探していたのです。
・・・えっと、上の方から指令があって、瞬さんを拉致してこい、との事です。
あ、そうです。初対面の方に出会うときは自分から挨拶しなければ失礼ですよねっ。
私は『ミクトランテクゥトリ』と呼ばれていますです。はい。」
赤いパーカーの子供は、悪びれた様子もなく業務連絡を告げる事務員のように淡々と言葉を紡ぐ。
―――ミクトランテクゥトリ。アステカ神話に由来する、死の国ミクトランを支配する死の神である。
この神の歌う夜の歌は聞くものに、すべからく死を与えると言われている。
なるほど、あのいびつな旋律は遠回しな宣戦布告だったという事か。瞬は、状況を把握した。
「ええっと、えっと、一年前の、三大呪術師の一角『黄昏の夜』の消滅。及び、半年前の八人機関のメンバー『瓦礫の王』のロストに、瞬さんが関わっているのを、なんか、ウチのとこの首魁が気づいたみたいで、是非、『十戒』のメンバーとして戻ってきて欲しいそうです、はい。」
―――その台詞を聞いたとき、瞬は目の前の肉塊を完全に「敵」と認識した。
―――『三大呪術師』
全ての寓話、伝説、神話の祖である「寓話公」と謳われる存在をはじめとした、三人の呪術師である。
その、始原の災厄の担い手がそれぞれ「黄昏の夜」「果てよりの凶報」の二人を産み出したと言われている。
もっとも、「寓話公」は、かつて、疫病を悪魔とした暗黒史と同様、「悪」という偶像を作ることにより、いつかはその負の象徴を壊そうという希望を産み出さんと作られたものである。
また、虚像に責任をなすりつけることで、相対的に自分を「善」とする、いつの世も存在する、人間の悲しきエゴである。
故に、「寓話公」の行いと言われている現象は、世界中にこれ程多く残存している。
全ての物語の原点と為される所以である。
結論としては「寓話公」は誰も見たことの無い伝承のみの存在、それ以上でもそれ以下でも無い、口伝のみの概念。
事実上存在はしないが、確実に語り継がれる存在。人間の弱さの象徴だというのが定説である。
「果てよりの凶報」は完全なる中庸。
人物ではなく、その呪力を受け継いだ者に与えられる、言わば称号のようなものである。
使う者の人格によって、悪にも善にも成りうるということだ。
言い換えるならば、人と人の間を往来する強大なエネルギーの塊の様なマテリアル。
前任者の力をそのまま継承するので、代を重ねるごとに叡智を重ね、その驚異は増す。まさに「呪い」である。
今代、襲名された「果てよりの凶報」は、今頃、眼鏡の青年と共に世界中を彷徨っている事だろう。
―――その一方で、「黄昏の夜」は、明確に不吉をばらまく存在。
ある一定周期で輪廻転生を繰り返し、自分の子孫に憑依する事により、未曾有の大災害を巻き起こしてきた。
復活の際に強い意志を持つ、12人を選定し、不思議な力を与え、争わせ、最後に残った一人の力を吸収し、再び眠りにつく。
まさに、蟲毒めいた事をし、自らを神格化せしめんとした純粋な悪意である。
特に10年前には、世界規模の大暴走を巻き起こし、世界の宗教は全滅、また宗教色の強い圏は文明ごと消滅し今でも荒野が広がっている。
人々の怨嗟連なる、混沌の時代を作り上げた。
だが、一年前、力を手に入れた世良総一により掃滅され、その惨劇に幕を下ろす事となった。
瞬は、総一と共に「黄昏の夜」と邂逅し、その消滅の場に立ち会った。
皮肉な事に、自らで作り上げた毒により、その終わりを告げたという事である。
ミイラ取りがミイラになったという事だ。
そして、三大呪術師とは相対的に、まじない的な力に頼らず、科学・化学を用いて、世界の真理を求めんとしたのが、「八人機関」である。
こちらに存在するのは悪意でも善意でも無く、純粋な好奇心や探求心。
無害に見える連中ではあるが、目的の為ならば周りを気にせず手段を選ばないので、突如災厄となりうる、白とも黒ともつかない集団である。
自らの美を追究し過ぎた為に、次々と機械、有機物、無機物などを取り込み、自我を無くした末に、大空を彷徨うだけの存在になってしまった女性科学者「散策する俯瞰庭園」。
真理を求めようとしたが為に、自らを情報端末のデータにし、世界の全てを計算尽くそうとした「虚数限界」。
不老不死を目指し、肉体を素粒子化、分散してもなお意思を持ち活動していると言われる「極光の君」。
―――など、最早、生命と定義できるかどうか怪しい存在もメンバーに名を連ねている。
だが、これらは「寓話公」と同じ様な、概念としての認識。嘘から出た真である虚数と同格な概念である。
現存はしないが、理論上存在していないと成り立たない、仮定的なもの、アラン・スミシー(誰でもない者)であるとされている。
「瓦礫の王」は72体のアーティファクトを製造し、人体実験をしていたマッドサイエンティストのなれの果て。
別名、「マスター・オブ・レメゲトン」とも呼ばれ、ソロモン王72柱の悪魔に類似した異端の力を、「黄昏の夜」により荒廃した大陸の人々にもたらした。
瞬は、現地の自警団員「ナベリウス」や、トレジャーハンター「デカラビア」等と協力し合い、それらのアーティファクトを「瓦礫の王」と共に廃棄した。
「三大呪術師」「八人機関」はどちらも、遙か古より存在し、世界の秩序を乱す存在ではある。
―――そして、かつて瞬が属していた『世界の十戒』。
「十戒」は文字通り10人で構成される組織。世界の抑止力である10の福音。それら異端を屠るための調停者である。
こちらは、ここ近年発足した集まりである。
―――10年前「黄昏の夜」が起こしたカタストロフの際、八人機関の存在していた地方、技術圏の諸国のみ八人機関の力により、消滅を免れた。
だが、科学圏でない宗教圏の国々が世界から抹消してしまったのである。
また、それに隷属する退魔師や魔術も根絶した。呪術以外は現在、存在しないのである。
それら、平定を保つ者たちが殲滅された事によって、世界は自らのワクチンとして産み出したのが、「十戒」とされている。
また、メンバーは常に10人。
誰かが欠けたら、別の誰かが異能を手にするシステム。
10人なのは世界が妥協したギリギリの人数ということだろう。
世界の均衡を保つために、自らが均衡を歪めているのだ、毒をもって毒を制す。
強すぎる薬は紛れもなく毒。これ以上は、逆に世界を歪めてしまう。
「俺の力は元々組織の様な集団で戦うには向かない。
・・・・最も向いていた所で、戻るつもりも毛頭無いがな。俺は脱退、離反したのだ。
離反と言っても主等の理念にだ。選民思想の傲慢な思考にはうんざりなのだ。
袂を別った時点で、既に不干渉。今更の介入はお互い不相応というものだろう。」
瞬は明確な敵意を鋭利な瞳に宿し、朱と白のコントラストを有する異端へと一瞥する。
「えぇ!だ、ダメなんですかぁ?!むー・・・楽ちんな任務だと思ったのになぁ・・・。
えっと、じゃあ、『拒絶した場合は力ずくでも』との事なんで、ちょっと痛いかも知れませんけど、あの、その、上手く言えないんですが、我慢してくださいっ!」
―――経緯を考えると、自分が今、必死に逃走しているのは、なるほど、必然だったという事か。
脱退してから、のほほんとした哲学教師以外の「十戒」メンバーに出会っていなかった故の油断があっただけだ。
よくよく、考察すると実に単純である。
「十戒」は常に10人。自分のような離反者がいれば、9人になってしまって弱体化してしまう。
・・・ならば、10人に戻すにはどうするか?
説得して戻ってくれば良し。抵抗すれば、殺害してしまえば言いワケである。そうすることによって、空位となった席を埋める為に、世界が異端者を一人調達する。
瞬は、今までその結論に行きつかなかった、自分の認識の甘さ、日和具合に反吐が出そうになった。
半時ほど、走ると、ついに袋小路に行き当たる。
逃げる前が夕暮れであったために、辺りは既に暗い。
加えて、路地裏とおぼしきそこは、漆黒の闇と化していた。どうやら今夜は新月のようだ。
「あ、き、らめて、くださると、たす、かりま、す。」
依然、ふしゅふしゅと肉のムースを製造した様な空気の伝播を発する怪異。
「・・・そう言えば。人間というものは70%程が水分で出来ているのは、知っていると思うが、潮の満ち引きと一緒で、人間も月の引力によって、体調が変わるらしい。」
瞬は絶体絶命な状況にあるにも関わらず、穏やかな口調で異形へと語りかける。
「新月の夜では、その影響を受けて普段より眠くなるそうなのだ。交通事故が多発する夜になるらしい。」
瞬は黒の学生服の上下に、黒のインナー、黒のヘアカラーで染めたような漆黒の髪に、黒いシューズ。双眸は深淵よりもなお昏い真の黒。
「人目のつかない路地裏に着いて、僥倖だったのは、主だけでは無いと言うことだ。しかも今宵は新月。実に都合が良い。」
全身に純粋な黒を纏った瞬はその体躯を駆る。
闇と同化して動くその黒は、まさに影。
影は、ビル風と一体化したような突風となり、異形へと間合いをつめる。
「名前負けというか、お前の実力は、その任をこなすには不足していたというワケだ。『死を司る凶つ神』の名は重すぎたようだな。」
瞬は、相手の動きを無力化する部位。
即ち、大腿骨に腰をひねり全身をしなやかな竹と化して蹴りこむ。
ずしん!という重い音。
瞬の回し蹴りは並の威力では無い。常人ならば、立てなくなるどころか、受けた骨ごと砕けるであろう。
その威力はまさしく大砲。
その規格外の破壊の衝撃が、異形の太股と思われる部位へとめり込む。
――だが、異形の盛り上がった肉は、それを許さない。
肉の鎧は、力を分散し、瞬の放ったそれは、相手を少し仰け反らせるだけに留まった。
しかし、瞬は構わず、蹴り続ける。
異形も抵抗しようとするが、僅かに身を捩るたびに、その部位を的確に拳や足の冷徹なる一撃が叩き込まれる。
異形は辛うじて、四肢を用いてボディを守っているという感じだ。
全身が肉にまみれている異形ではあるが、頭から胸にかけての正中線上は、どうやらその異能を適用できないようだ。
そして、4撃目にして、瞬の風を纏ったような鋭利な拳は右腕の包帯を破り、異形はその中身を晒すことになった。
「・・・む?」
瞬は、その中身を見て、僅かに戸惑った。
―――そう、異形の中には、何も無かったのである。そこに在るべきハズのモノがない違和感。
あれほど、こちらの打ち込みを受けていた肉は、その包帯の中には存在していなかった。
「・・・あの感触は一体?」
瞬は、自らの手を2,3度握り、首を傾げる。まるで、狐に化かされているようだ。
「小説、『とう、め、い、人間』の主、人公が、何故、自らのすが、たを、包帯で、隠すか、ご、存知です、か?」
異形は、途切れ途切れに言葉を発しながら、既に覆われていない右腕を除く左腕、右足、左足と四肢の包帯を解く。
「そ、れは、自分が、透明であ、る事を隠す、為、です。」
異形が話し終わると同時に、瞬に横凪の運動エネルギーが襲う。
瞬は、不意打ちを躱しけれず、腕で受ける羽目となった。
思った以上の衝撃に苦悶に彩られた表情を象る。
「わ、たしの、力の、ひとつは、不、可視、の肉の、生成。
周、辺の有機物を、組み、変え、再構、築。
ひか、りの屈折、率に作用し、ステルス性、を、持たせ、ます。」
続いて背後から、鈍重な空気を纏いながら、唸る音を帯びた何かが、瞬の背中へと襲いかかる。
瞬は、空気の流れからその攻撃を予測し、自分の背後の中心に足を突き出し受け止める。
―――と、同時に、瞬の正面から伝わる風の動き。瞬は体を捻り、それをやり過ごす。
異形は路地裏という狭い地形と不可視の四肢を用いてマルチアングルからの攻撃を繰り出しているようだ。
瞬は一見すると、それらを造作もないようにあしらっている。
だが、目に見えないモノを空気の流れからの推測判断での動作になるので、どうしても無駄が多くなる。
体力的には圧倒的に不利だ。長引けばエンプティーランプが点く事になるのは確実だろう。
そう判断した瞬は、短期決戦とすべく、動きを止めた。
「や、っと、ついてきて、くださ、る気に、な、りました、か?う、うれし、いで、す。」
ほっ、と胸をなで下ろすように動きを止める異形。
戦意喪失したと誤認し出来るであろう、一瞬の隙。瞬の狙いはまさにこれであった。
―――途端、瞬は、姿勢を深く落とし、異形へと直線に駆ける。
その経路はまさしく異形とを結ぶと垂直となる、角度のズレが皆無な純粋な直線。
異形は、油断と、あまりの軽業から、瞬の位置を見失う。
姿勢を深く落とした事により、異形の視界に、瞬は映らない。
映っていたとしても結局は同じ事だろう。瞬の神速は、瞬く間に自分の間合いへと異形を捉えた。
そして、その目の前には、攻撃のために四肢が遠くにあるため、隙だらけになった異形の身体があった。
瞬は、軽く息を吸うと、胸にある雁中(がんちゅう)と呼ばれる急所に突きをねじ込む。
雁中は肋骨を狙い、肺にダメージを与える急所だ。
肉の塊となった化け者の唯一に肉で覆われていない部分でもあった。頭を狙わないのは瞬の僅かばかりの慈悲であろう。
・・・もし、この異形が無関係な人々を巻き込んでいたならば、この情けはかけられてはいなかっただろうが。
「さらばだ。圧倒的な剛の前では柔は意味を為さない、ということを覚えておくがいい。もし来世で出会うことがあれば、の話ではあるがな。」
「や、やめて!!ひっ!ここだけは!」
絞り出すような悲鳴を聞き、一瞬の逡巡。動揺から瞬の唸る様な豪腕の一撃は緩む。
それにより、瞬の突きは威力が死に、申し訳程度の一撃が赤いパーカーの胸部に放たれる。
―――むにっ、と。妙に柔らかい感触が瞬へと伝わった。
それは今までこちらの攻撃を阻害した肉とはまた違う、さわり心地のよい感触。
「・・・ひっく、ひっく・・・・やめてって言ったのにぃ~・・・・」
何とも緊張感の無い声。瞬は、顔をしかめる。
「えっちなのはダメだよぅ・・・うぅぅううぅぅ・・・」
と、異形は情けない音を発しながら、へたり込んだ。
それと、同時に膨れあがった肉はしぼみ、元の子供の姿へとカメラの逆回しのごとく、正常な、人間としてあるべき姿へと戻る。
「うぅぅううう・・・ひっく・・・」
依然、啜り泣くような何とも奇怪な行動を取る包帯児は、座り込み、俯いたまま動かない。
瞬は、訝しみながらも、警戒を緩めず元異形へと歩み寄る。
相手に気取られない様に、気配を遮断しながら、背後へ回り込ようにしながら。
―――刹那、ミクトランテクゥトリは振り返り、瞬を睨み付ける。
包帯で隠れている為、定かでは無いが、瞬はそう、感じた。
「ふぁ!!い、いつのまに後ろにっ!!ぅうう・・・また、えっちな事するつもりなんだあっ!!ぜったい、ぜったい許さないんだからねっ!!」
どうやら、自分の気配を読めるほどの使い手では無いようだ。
瞬は、あまりにも次元の低すぎる刺客に、つい溜息を漏らす。
「ああっ!!な、何だろっ!その溜息っ!!人の胸触っておいて、それは、失礼じゃないかなっ!ど、ど~せ私は、ちっちゃいですよ~だっ!!」
「主が何を言っているか解らぬが・・・・」
「言い訳して、泣いて謝っても、もう絶対許さないんだからっ!ホントは、傷つけずに確保するつもりだったけど、もう知らないからっ!!」
瞬の言葉を、一方的にまくし立て、かき消すとミクトランテクゥトリは、腕を左右に平行に伸ばし、唄を歌い始める。
「・・・太陽の民に畏怖されし、終末告げるは・・・」
呪文の様な言葉の羅列。それと同時に包帯が再び躰を覆い始める。
「俺が、それを黙って見ているお人好しに見えたか?」
今度は、何の躊躇いも無い、まるで槍のような凶悪な突き。
それは顔の真横の虚空を穿ち、歪な歌姫を問答無用で沈黙させた。
その苛烈なまでの一閃は相手の戦意と共に、その姿を異形せしめていた顔の包帯までも同時に刈り取った。
「ふぇぇぇえええ・・・」
―――その白い衣装の中から現れたのは、美しい黒髪を持つ可憐な少女。
少女は、目にうっすらと涙を浮かべて、へなへなとその場に崩れた。
「な、なんだと・・・・?!」
瞬は瞠目した。
普段、あまり感情を吐露しない瞬にしては、恐ろしく希有な反応だ。
それほど、瞬にとっては驚愕すべき出来事だった。
―――だって、少女の顔は、思い出になった女の子に、とてもそっくりだったから。
「ぃやぁ・・・見ないでぇ・・・。な、泣いてなんかいないんだからぁ・・・ひっく・・」
忘れていたワケではないが、鮮明に、彼の近くから消えてしまった少女が脳裏に甦った。
「・・・ひ、ヒカリなのか?いや、そんなハズは無い・・でも、しかし・・・まさか・・」
あからさまな狼狽。瞬の心は激しく揺れ動いた。
「ううぅ・・・この人強いし、なんかおっかないし・・・元メンバーを連れ帰るだけの楽な任務って聞いてたのに、話が違うよう・・・」
依然、泣き言を続ける少女。戦意は完全に喪失してしまったようだ。
こんな、まともに覚悟すら出来ていない少女を追っ手としてよこすという事は、十戒の人材不足はどうやら深刻らしい。
なるほど。自分を欲しがる理由はそういう事か。
瞬は、一人納得したが、釈然としないものを感じていた。
―――何か、何かがひっかかる。
そして同時に、静かな怒りが生じていた。
例えるならば、それは蒼炎。赤々と燃えさかる炎よりも高温である、一見穏やかだが、内に滾る確かな熱量。
刺客の少女が、自分の既知の少女に似ている事もあるだろうが、このような到底戦いに向かない子供を送り出す十戒に向けてだ。
いかなる理由があるにせよ。それは許せない事だ。
彼女「ミクトランテクゥトリ」は、はっきりいって弱すぎる。
そして使命感や意志、信念すらも微弱にしか感じられない。
おそらくは、自分が今していることの半分も理解していないだろう。
それほどまでに、少女は幼い。
「・・・ね、ねぇ?えっと、神風さん。お、お願いがあるんですけど~・・・聞いてとかくれちゃったりしちゃいますか?」
瞬は自分の推察が違わぬ事を、少女のなんとも間の抜けた台詞で確信した。
胸糞が悪くなる思いから、瞬は一言だけ「なんだ?」と返答した。
「ふぇ!お、怒らないでくださいよー・・・・。うん、とね。あの、ね。そのー・・・ね?」
「・・・はやくしろ」
「・・・ふぁぁぁ。だから怒らないでくださいってばぁあ・・・」
少女は涙目で怯えている。どうやら瞬の不機嫌さの原因が自分にあると思っているようだ。
その認識はあながち間違いではないが。
「あの~戻ってきて~・・・くれませんよね?うんとね、お代は私の胸を触った事チャラにしてあげるよっ!私のお願いっ!って事じゃ、ダメかなぁ・・・?」
モジモジしながら少女は瞬に尋ねる。瞬は一瞥すると
「愚問だ。」
一刀のもと切り捨てた。
「あぅううう・・・やっぱりなぁ・・・」
「交渉決裂であるな。さらばだ。もう二度と会うことも無いだろう。さっさと帰るがいい。俺は戻らない。全力で抵抗させてもらう。連中にもそう伝えておいてくれ。」
瞬の完全なる拒絶。戸惑いの欠片も無い絶対的な否定。
「・・・うん。そうだよね。私、帰ります。・・・はぁぁぁあ。」
大きな溜息と共に、うなだれた少女は背を向けて、トボトボと歩き去って行った。
瞬は少女の背中を見送りながら、様々な思念が内に駆け巡っているのを感じていた。
●◎●
「・・・お仕事失敗しちゃったなぁ。『失敗しちゃいましたー』って、報告しずらいなぁ。」
仲間との合流場所である、公園のブランコを漕ぎながらミクトランテクゥトリは独りごちた。
「むー!でも、大体こんなに強いし、非協力的な人だっただなんて、私は聞いてないんだからねっ!伝令の人もなかなか来ないしっ!えっちな事されるしっ!もう、踏んだり蹴ったりってこの事だよっ!・・・泣きっ面に蜂の方が正しいかなぁ?」
ミクトランテクゥトリは憤慨しながら、激しくブランコを漕ぐことによって怒りを拡散させようとする。
「もうっ!ホントに遅いなっ!待ちくたびれ・・・・あっ!着た着たっ!」
ミクトランテクゥトリの懐から、携帯電話が軽快に音を立てる。
着歴は非通知。携帯電話に非通知でかけてくる相手など、彼女には一つしか思い浮かばない。
そのメロディに合わせる様に、彼女もまた軽やかにブランコから飛び降りる。
「もしもしっ!ミクトランテクゥトリですけどー」
通話ボタンを嬉々として押すと、待ち人がきた事により、先ほどまでの憤怒は嘘の様に霧散し、会話を始める。
「おっ!もしかして女の子?いやー、俺ってば『ミクトランテクゥトリ』なんて名前だからさ、骨みたいにガリガリなインドア気質の研究員みたいな野郎を想像してから、ビックリだよ!遅れてごめんねー」
電話越しに聞こえてくるのは男の飄々とした軽口。
「わわっ。なんか明るい人っ!意外だよー。もっと堅苦しい人が来るって思ってたんですよぉー」
予想外の電話の主に少女の緊張が解れる。
ようやく連絡がきたことによって、浮かれていた彼女だが、多少は緊張していたようだ。
「あー情報の伝達なんてお互いに判れば良いんだ。めんどくせー言い回しなんていらねぇさ。で?首尾はどうだった?」
「うん・・・とね。失敗しちゃった。私、ダメダメだよねっ。でもねっ!もう一回やってみるよ!今回は運が悪かっただけかも知れないしっ!ねっ?そう伝えて貰っていいかなぁ?」
彼に親しみを覚えたミクトランテクゥトリは、ダメで元々、電話越しの相手に「お願いっ!」と手を合わせて懇願してみる。
「あーOKOK!任せとけって!そんなに気にすることないさ。誰だって失敗の一つや二つするってば!」
返ってきたのは、了承の言葉。相手の物わかりの良さに思わず破顔する。
「ホントにっ!わーいい人だねっ君っ!今日会った元メンバーの人とはえらい違いだよー。人にえっちな事したり、絶対戻らないーの一点張りだったり、凄く頑固で失礼なんだよ~。
君みたいに、もっと・・・・って君じゃ失礼だよね?・・・えっと、なんて名前なのかなぁ?」
弾むように問う少女。
今日出会った黒の少年、瞬と比較することでますます電話の主への好感度が上がっているようだ。
「俺の名前?悪いけどそれは教えられないなぁ~?」
「ええっ!な、なんでだろ?」
だが、少女の予想に反して返ってきたの言の葉は、拒否の意。
自分が知らずの内に失礼なことをしてしまったのかと、思いミクトランテクゥトリは焦りの色を見せた。
「漢ってのはぁ、秘密が多いほど格好いいものなのさっ!謎に包まれた男は、それだけで画になるものよっ!なーんつってな!ひゃはははっ!!」
どうやら自分の狼狽は杞憂だったようだ。
男のあっけらかんとした笑い声に、ミクトランテクゥトリは、その凹凸の稀薄な胸をなで下ろす。
「あははっ!何それ?凄く面白いんだよっ!君みたいな明るい人、好きだよー。」
「おっ?それは俺に対する告白ってとこかな?いやーモテる男は辛いねぇ、どうも。ひゃはははっ!
まぁ、愛の告白は後でじっくりお茶でも飲みながら改めて聞くとしてだな。俺から麗しきお嬢さんに渡すモノがあるのさっ。今、けっこう近くにいると思うんだけどさー。公園の出口辺りで待っててくんないかなぁ?この辺地理弱くてさー。」
「ち、違うよっ!そ、そういう意味じゃ無いよぉっ!誤解だよぉっ!・・・って私に渡すモノ?何かなぁ?」
ミクトランテクゥトリはそれこそリンゴに祟られたかの様に真っ赤に頬を染める。
「ひゃはははっ!それは見てからのお楽しみって事でさっ。とりあえず、目印になるよう待っててくれ。じゃーよろしくー」
と、相変わらずの軽口で男は電話を切った。
ミクトランテクゥトリは言われて公園の出口へと向かう。その足取りは軽い。
方法を知っていたならば、スキップをしてしまいそうなくらいだ。
彼女は失態を犯したことで内心ビクビクしていた。怒られる事も怖かったが、最低でもネチネチと嫌味くらいは言われるモノかと思っていた。
―――だが、現実には責められるどころか励ましてさえくれた。
加えて、何かをくれると言う。承った任務をよりスムーズに遂行するためのモノなのかは何なのかは判らないが、状況から察するに、その類のモノであろう。
さらには、連絡の相手が予想外に陽気な人物だった事もあり、彼女は上機嫌であった。
―――だからだろう、一連の会話に何の違和感も持たなかったのは。
現在の自分の置かれている状況に彼女が、何の危機感も抱かなかったのは。
組織間の連絡であるのに、男が対象に自分の呼び名も連絡先も教えなかったという、異常事態に。
少女が出口に着くと同時に、再び非通知からの着信が入る。
「はい、ミクトランテクゥトリですー。」
「今、公園から出てきた赤い服着た子?」
「そうですー。でで?渡すモノってなんだろっ?凄く気になるんだよ~」
「OKOK。赤い服の子でいいのね。渡すモノが何か、そんなに気になる?どうしよっかなぁー?教えちゃおうかなぁー?」
含み笑いをしながら、焦らす男。
「教えてっ!教えてーっ!いいでしょー?」
しばしの沈黙。そして電話越しに何やら、金属が摺り合わされるような奇怪な音が不協和音のように木霊した。
「・・・お前、バカだろ?」
と、今までの調子の良い口調から一転、トーンを落とした声で答えたかと思うと、男からの電話はプツリと途絶えた。
Act 1 続き
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