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タンポポ
阪神大震災(その日のこと)
覚えてるうちに書いておこう、ここは記憶の、引出しだから
平成七年一月十六日、
その日、夫の両親と私たち、舅と夫のお弟子さんたちと、
朝から、新年の親睦を兼ねたお稽古会を料理旅館でしていた。
夜の宴会のとき、部屋の窓から見えた月は、やけに赤く大きく見えていた。
その月を見ながら、新年の挨拶を交わして、和やかに宴会は終わった。
その夜、夫の両親と、遠方から参加しておられた高齢のお弟子さんは
その旅館に泊まり、私たちは帰宅した。
平成七年一月十七日、
背中をたたかれたような気がして、目覚める、
かすかな揺れを感じ、「地震かな?」
次の瞬間、激しい横揺れが、来た。
後で考えると数秒のこと、とても長く感じたその揺れは
寝ているお布団から、放り出されるのではないかと、思うほどの激しさ
横に寝ている夫に「○○さん」名前を呼ぶと
「じっとしてろ!」・・・起きてはいるんだ。
次の瞬間上から物が降ってきた、天井から電燈が落ちた。
丁度二人のお布団の間、
と、その上に、今度はたんすが倒れてきた。
これも、二人のお布団の間
なんなんだこれ!?
地震?私の知っている地震はこんなに激しいものじゃない!
もしかして、ウチだけ?
怪獣がウチを掴んで揺すっているのか?
などと、人間は変なことを考えるもんだと、後で思う。
夫は、東京に地震が来た、と思ったと言う。
「日本は終わりだ!」と思ったそうな
同じ揺れを感じても、その思いは違う。
ようやく長いゆれがとまり、でも周囲からは何かの落ちるような音がする。
お布団から出ようか・・・しばし迷う。
夫が、「懐中電灯!」叫ばなくても聞こえる・・・
押入れを開けたところに入れてあるはず・・
あった、
まだ暗い部屋の中で、懐中電灯をつけると、
二人のお布団の丁度間にたんすが倒れている、
隣の和室は夫の仕事部屋、
懐中電灯の明りを頼りに見回すと、本棚と本棚が人の字に、寄りかかり
中の本が散乱している。
何が起きた?どうなってんの?
電気はつかない。
水の音がする。
どこから?家の中?
何か着るものを・・・
お布団に倒れていた箪笥(下着や普段着などを入れた小さいもの)
起こして衣類を物色し
パジャマの上にトレーナーを羽織り
パジャマのズボンの上からコールテンのズボンをはく。
夫も、同じような服装で、
さらにその上にダウンジャケットを着る。
小さな懐中電灯の明かりを頼りに、部屋を出る。
さむい・・・。
足元はものが散乱していて、
その中には本棚のガラス戸が割れた破片もありそうだ。
ともかく、足元に意識を集中させながら
見つけたスリッパを履いて、水の音のするお風呂場へ向かう。
途中のリビングも、壁際に合ったピアノが、一メートルほど移動し
そのピアノに寄りかかるようにして、食器棚が倒れている。
あ~~お気に入りの食器は、どうなっただろう・・・
ようやくお風呂場付近へ
と、洗濯機が、洗濯パンから飛び出して横倒しになっており
水道の線が抜けて、流れ放題。
あわてて栓は締めたものの、
昨夜、洗剤につけておいた洗濯機の中の衣類が
洗剤交じりの水と一緒に、流れ出ていて水浸し。
我が家は一階だったので、幸い下のお家のご迷惑にはならずにすんだ。
この経験以降、夜に洗濯機に水を張ることは、しなくなり
洗濯機用の蛇口は、洗濯中以外、開けないようになった。
この時点で我が家はまだ、水が出た。
今思えば、マンションのタンクの水、
とりあえず、前日のお風呂の残り湯の上に、さらに水を入れる。
風呂場はお玄関に近く、外に人の気配
道を隔てたお隣にお住まいの、大家さん夫人の声がする。
「大丈夫ー?お怪我はないー?」
ご自分のお宅も同じような状況のはずなのに、
声をかけてくださって、感謝。
「大丈夫です!」とお返事をして、玄関から出ようとするが
ドアが開かない。
歪んでしまったのか?鍵も折れているみたい。
「ドアが開かないので、ベランダから出ます!」叫んでベランダへ向かう。
思いついて玄関でスニーカーに履き替え
リビングからベランダへ、吐き出し窓が開いている。
振動で、窓の鍵がはずれ、勝手に5センチほど開いたのだ。
玄関のように、開かないよりは、ましか?
ベランダのフェンスを乗り越えて、中庭へ、
中庭と外を隔てている高いフェンスもよじ登りクリア
おてんばでよかったと、思ったりする。
夫はなぜか、「これがあるから、あかんのやー!」と
大きな声で、お隣のベランダとの仕切り板を、ぶち壊しながら
ベランダで格闘している。
そこを壊しても、意味ないけどな~とヘンに冷静に観察。
この仕切り板、後に夫は破壊したときの記憶がないことが判明。
数日後にたずねてくださった知人に、破壊された仕切り部分をみせ
「こんなになるほど、ひどかったんです」ひどいのは、あんたや(--;
落ち着いているのかと思いきや、
激震のさなか、私に対して、「じっとしてろ!」と言った記憶も
ない。
相当、パニックを起こしていたのだ。
平素から非常時に弱そうだとは思っていたが、これほどとは・・
さらにこの後も、夫の混乱はしばし続く。
やっと屋外で、大家さんご一家や、同じマンションの住人たちと合流
お互いに、お怪我は?と問いかけるが、幸い、皆さんご無事。
大家さんのお宅は?大丈夫でしたか?とお聞きすると
ご家族が揃って屋外へ出てこられた直後、お二階が落ちた、とのこと
まだ周囲は暗く、周りの被害は見えてこない。
「どうなるんでしょう・・・」わからない。
どこで、何が起きたのか、これから、どうなるのか?
車のラジオを聴こう!と言うことになり、
つけては見たものの、
「大きな地震がありました」とだけ、
「今のところけが人の報告はありません」
そんな生易しい、ゆれではないはず・・・不安がよぎる。
家族は大丈夫か、震源地はどこ?
少し周囲が明るくなってきた。
空がひろい?・・・あ!道路がない!
我が家のすぐそばに、私鉄の線路の上を、国道が高架になって通っている箇所があるのだが、
道路が、線路に落ちており、その部分の空が、いつもより広い。
自宅前の駐車場の車の周囲に、汚水があふれたようになっている。
マンホールから、逆流した模様。
冬でよかったのかも、夏なら匂いに悩まされたことと思う。
周辺のお宅も、屋根がずり落ちていたり、お二階が道路に流れるように落ちていたり、一階がつぶれたり・・・
明るくなるにつれて、被害の恐ろしさを見ることになる。
我が家も外壁など、罰印が壁のそこここに見られる。
窓もゆがんでいるので、完全に閉めることができない。
これは、大変だ!
「ご両親のところへ行こう!」と、夫を誘うが「9時になってからや!」???根拠はなに?
実はこのやり取りも、夫の記憶にはない。
後で、なぜ9時?ときいてみたが、「そんな事言ったか?」である。
実家へ行きたい。
父母、近所に住んでいる伯母・叔母家族はどうなったのか!
でも、まず、旦那の実家だろうと思い、早く出かけたく気持ちがはやる。
自転車で行こうといったのに、夫は車が良いと言う。
非常時に、どうかと思ったが、怪我をしていたら運ばなくてはならないと言う。
それはそうだが、それならすぐ出発するべきだろう。
どうも言動に矛盾が多い夫である。
同じマンションのご主人が車で周囲の様子を見て回ってこられ
北向きに行くなら車がつかえますよと、道路の被害が少ないことを匂わせる。
電話はまだ通じない。
公衆電話が通じる!という話を聞き、旦那が仕事関係者にかけるために出かける。
仕事の連絡をしないと・・・ということだが、
私は部屋の中へ戻り、万が一のことも考えて、救急箱、水、通帳や現金類、手帳、タオル、すぐに食べられそうなもの、などリュックに思いつくものを詰め、出かける用意をする。
この時点で出入りは、ベランダ越え。
長蛇の電話の列に並び、やっと仕事先へは電話をしてきた夫、
自分の両親や私の実家への連絡は、思いつかなかった模様。
言わなければならないことだったのか?
こんなさなかにも、怒りがこみ上げる。
この怒りをきっかけに、もう待ちきれなくて、夫の両親が泊まっている旅館に向かう。
なるほど、ウチから北を向いて走ると、徐々に町並みのゆがみは少なくなっていく。
これなら大丈夫か?
まだ車の数も少なく、途中開いていたガソリンスタンドで、満タンに給油。
これは偶然ガソリンが少なくなっていたからだが、この後、ガソリンも手に入りにくい状態になっていくので、この時点で満タンにできたのはラッキーだった。
この間車のラジオから流れ出る被災状況の報告は、死傷者数名、一桁?
そんなもん?
ウチの近所だけでも、一桁以上ありそうだ。
普段20分ほどでいけるところだが、小一時間はかけて到着。
と、古い木造の旅館、玄関は粉々に壊れている。
そこまでの道のり、少し安心しながらだったので、驚き
車を止めて、玄関付近を片付けている方に、駆け寄る。
舅・姑・来客は無事か?
古い料理旅館のお玄関先は、瓦礫の山、
その中で片付け作業をしておられる旅館の方々が、駆け寄る私たちに
「ご無事です、ご自宅へと帰られました」と告げてくれる。
義両親、来客の古いお弟子さんも、無事なのだ。
ホッとする。
義両親の自宅へは、歩いてすぐだ。
でも不在。
どこへ行ったのだろう?
近くのホテルへ避難しているのではないかと思い、ホテルのロビーへ行ってみる。
お泊りのお客様たちに混じって、義両親とともに泊まったお弟子さんの姿を見つける。
「お怪我は?」ないという。
自宅へは?はいれない?と聞くと、家具が散乱しているので、暫くホテルで様子を見てから帰ると言う。
義両親の無事を確かめると、やはり気になるのは実家のこと、
また後できます。と言葉を残し、もって行ったタオル類など姑が欲しがるものを渡し、
いったん自宅へ戻る。
自宅へ戻る途中のコンビニで、おにぎり・飲み物などを仕入れ、(食料がないと、さらにパニックに陥る夫である)
公衆電話から、実家へ電話をかけてみる、が通じない。
思いついて叔母の家へかける。叔父が出て室内は散乱しているが怪我もせず無事だと言う。
叔母の家と実家は一駅違いで近い。
実家も安心してよいのか?
自宅へ帰ると、余震のおかげか、玄関が開くようになっていた。
鍵は折れてしまったままなので、無用心ではあるが、玄関から出入りができることはありがたい。
夫の片付けなくてはと言う言葉で、室内を整理し始める。
程なく電気が通じ、テレビが映るようになる。
震災報道のたびに大きく写される阪神高速の倒壊。
実家は倒壊場所に、近い。
お腹が痛い。
早く行きたい。
ぶつぶついう旦那を置いて、自転車で出かけようとすると、
自分も行くと言う。車で行こうというのだ。
こういう緊急時に個人が車を出すことの無謀さを、かねてから私は父から諭されている。
父のところへ行くのに、今このときに車を使う必要はあるのか。
自転車のほうが、多分早い。
でも、夫の「怪我をしていたら運ばなくてはならない」と言う言葉の不吉さに負け
車で自宅を出発。
長いドライブの始まりである。
すでに道路には車があふれ、幹線道路は大渋滞を引き起こしている。
その中を、周辺他府県からの緊急車両が先を急ぐ、
緊急車両に、道を譲りながら、私たちは被災地の真っ只中へ進んでいく。
この先で緊急車両の到着を待っている人たち、それは父かも知れず母かも知れず、
知らない方でも、誰かのご家族、一人でも多く、早く、助けて欲しいと、祈る気持ち。
知らず知らずのうちに、涙が流れる。
「あの時、運転しながら泣いてたね」そんなことは覚えている夫。(--)
途中公衆電話で、並んでいる人の少ないところを見つけては、実家と弟の仕事先へ電話をかけてみる。
つながらない。
弟の自宅へ電話をし、留守番電話に、私たちは無事であること、
両親のところへは今、向かっていること
様子がわかり次第連絡を入れるが、会社にはつながらないので、
続いて留守番電話に残すことを、伝言。
後にわかったことだが、弟が私たちに会社の通知先として知らせていた番号は、数ヶ月前に他の部屋の電話になり、その部屋には普段人がいないのだと言う。
緊急連絡の意識のない弟に、そこはかとないバカさ加減を感じる。
裏道を選びながら、実家へ行こうとするが、
細い道には周囲の建物が傾れ崩れ、道をふさいでいる。
いたるところで火災。
結局幹線道路へ戻り、阪神高速の倒壊場所をとおる。
倒れた高速道路は、ダムのようだ。
トラックがつぶれて荷物が散乱している。
家の壁が一面崩れ落ち、部屋の中が丸見えのお宅
リカちゃんハウスのようだ・・・不謹慎なイメージを持つ。
倒れかかる電柱の下をとおる、次の余震で横倒しになるのではないか。
幹線道路の両側では、被災地の外へ、歩いて避難をする人たちの長い列。
ゴジラ映画のようだ・・・またしても幼稚な連想がはしり、われながら情けない。
空襲後とはこのようなものか?こんな連想も浮かぶ。
道路そのものの凹凸も激しく、車のそこを何度もこする。
信号もとまったまま、渋滞に拍車をかけている。
と、ある交差点では、茶髪のお兄ちゃんが交通整理をしていた。
ヘイ!ヤンキー!ええとこあるヤン!
車のラジオは、被災状況を次々と伝えてくる。
怪我をした方、亡くなった方、二桁になり、三桁になり、どんどん人数が増える。
耳慣れた地名が、燃えていると言う。
周囲はだんだん暗くなり、年末にお正月用の食材を買いに母と出かけた市場付近に到着。
ここも燃えている。
夫も子供のころからなじみの市場、火災の様子を見に行くと言い、車を彼は出て行った。
火事場見物は平素から好きな夫である。
少しづつだが動いている車の列、なかなか帰ってこない夫、気になる実家の様子
こんなときまでやじうま根性の火事見物かと思うと、いらいらはさらに募る。
実家の手前の小学校に到着。
伯母の家が近い。先に様子を見に行こうとすると
伯母の家につながる路地は、瓦礫の山で、先が見えないほどだ。
不用意に足を踏み入れるには、もう暗闇が迫っていた。
小学校に誰かいるか?
校庭で「○○さん」実家の名前「△△さん」伯母の名前
叫んでいると、子供のころに通っていたお絵かきの先生に出会う。
「○子ちゃん」私の名前を呼ばれ、振り返ると先生がおられた。
ご無事でしたか?お家は?と聞くと
建物は大丈夫だと思うけど、怖くて自宅にいられない。
暫く校庭に車を入れて、ここで休ませてもらうと言われる。
伯母にも両親にも会ったといわれ、足下から力、抜けるような思い。
やっと実家へ。
と、実家は無事で両親も無事。
建物の立っている方向が良かったのか、家具の倒壊もそれほどのことはなく、無事だったのだ。
何のことはない、自分の家のほうがすごいことになっている。(苦笑)
ただし、電気もつかないし、もちろんガスも水道も使えない。
電話も不通。これはファクシミリ付の電話を使っているためで、停電になって使えなくなっていた。
母が前夜の残りのかす汁があると言う。
「お持ちも焼く~?」のんきな母である。そんな場合かっ!(怒)
カセットコンロで暖めてもらって、私たちが持っていったおにぎりで夕食。
父から近辺の今朝からの様子を聞く。
その横で、のんびり味わい、おいしいですね、などと笑っている旦那に殺意に似たイライラを感じる。
実家ではテレビもつかないため、今回の地震の被害地域の話などをし、実家から私の家の方角に至るまで、すべて被災地域であること
私の家から北方向、被害方向へ向かう地域になればなるほど、被害は少ないと思われること、をつたえる。
そう、お昼12時過ぎに自宅を出て、実家へついたのは、大方7時、夕食の時間である。
普段なら混んでいても一時間かからない距離なのだ。
一休みして、帰途に着く。
帰り道、まだ連絡のついていない仕事関係者への電話のため、公衆電話を探しながら、コンビニでスナック菓子を仕入れる。
開いているといっても、店内の散乱していた商品を、店頭で積み上げて販売している。
あるだけまし、である。
10時ごろ、自宅へ戻っていた弟と、連絡がつく、
今、実家からの帰りであること、自宅へ戻ったらまた電話をかけると伝え、早々に切る。
夫は、ファミリーレストランが営業しているのではないかと、場違いなことを言い出す。
目の前の惨状が見えていないかのような発言。妄想か?
ようやく自宅へついたのは、深夜12時、
それから弟に連絡をし、今日の一日の様子を伝える。
「すぐに行ったほうが良いか?」と言う弟
自分で決められないのか!と思いながら
「余震もあり、交通手段もない、幸い両親も怪我をしていないし、実家も無事、来るなら暫く様子を見るほうが懸命」と伝える。
何はなくとも、駆けつけている家族もある中で、弟の動きの悪さは、いらいらした私の神経に障る。
それ以上に、もし駆けつける途中で、弟に何かあってもと、心配する気持ちもあるのだ。
この災害に巻き込まれてはいけない。
余震、断続的にあり。そのつど、心臓がきしむ。
電気は通っていたので、テレビが見れる。
深夜まで震災報道をそのまま見てしまう。
やはり、未曾有の災害なのだ。私たちはその中にいるのだ。
電話は使えるが、つながりにくく、深夜まで、心配してくださった友人知人の電話が続く、
だんだん一日の出来事を、まとめて話すことになじむ。(--)
思いがけない方からの、心配をしたと言うお電話、
ありがたい方二割、残り八割は被災者に知り合いがいることがうれしい?と言う風情。
また、周辺他府県のそれなりに揺れた地域の方は、自分のところがどんなに揺れたかを、話してくれるが
それどころではない我が家、何をかいわんや。(--)
窓も閉まらないままに、朝抜け出したお布団の中に、ダウンジャケットのまま、もぐりこむ。
片手にリュックを通し、枕元に靴を置いて、
いつでも脱出できる状態のまま、眠る。
長い一日が終わる。疲れ果てていても、怖くて眠れない。
これからどうなるのか?
わからないまま、この日が終わる。
夢の中で、アフリカのラリーに出ている私。
夢まで幼稚で情けない。
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