◆ラテン旦那と大和撫子妻◆

父との別れ【女詐欺師S】




1997年の秋。

父の危篤の知らせを受けた翌日に、
取る物も取らずニューヨークから子供達と共に帰国しました。


顔面蒼白で幼い子供達の手を握っての長い旅の間、

色んな人から優しく接して貰った事は今でも忘れません。



飛行機に搭乗するまでの間、私が両手に抱えた荷物を親切にも

「機内に入る間、持って上げましょうか?」
と申し出て来てくれた日本人ビジネスマン。


荷物検査の時には、

片手に荷物を抱えて反対側の手で長女の手を取り、
更に次女をおんぶした私の姿を見て、係官が怪訝そうに


「旅行の帰りですか?」と聞いて来たので


「父が危篤なのでアメリカから来ました。」と言うと、

係り官のお兄さんは、ハッとした風にしてから、
深く私に一礼して


「どうぞこのまま通って行って下さい。」と言い、
近くに居た係りの人を呼んで私の荷物を手伝うように、と指示してくれました。


それらの事が、傷心の私にとってどれだけ有難かったか。。。。




ようやく実家に帰って来たのにも拘らず、
直ぐに父には会えませんでした。

と言うのも、

長女と次女がその日の夜中に立て続けに嘔吐をし、
長女に至っては、2日後になっても熱が下がらず、脱水症状になった為に、救急で病院へ行って点滴を受けると言う、
予想もしなかった事態に見舞われてしまったからなんです。


でも、父は未だそんなに今日明日を問うような危篤状態ではない。

と、家族から言われていたのと、
病人をお見舞いには連れて行けない,という事から

逸る心をぐっと抑えて、子供達が回復するのを待ってから父に会いに行く事にしました。



ここで一つ、
話しておかなければならない事があるんだけど、


実は、父の入院している病院というのが
実家から片道2時間半から3時間はかかる場所にあったのです。

本来、実家の近くに入院していた父ですが、
父の秘書“S”が、何かと父の事務所の近くの方が良いと、
私達が来る10日ほど前に、強引にも実家から遠く離れた病院に移送させたのです。


先に言っておきます。

彼女(秘書“S”)は天下の詐欺師です。


財産根こそぎ持って行かれました。


これは私立探偵を雇って、後でわかった事なんだけど、

彼女の夫が作った何千万円もの借金を、仕事をしていない夫の事は私達には極秘にして、

私の父に晦日も正月も無い位、四六時中張り付き取り繕い、
100%以上の父からの信頼を得ていました。

お金に関する事は一切家族には関与させずに、秘書が一人でやっていました。

芸術家馬鹿だった父は、ビジネスに関しては全く無欲でセンス無し。
そして家族よりも秘書を必要以上に信頼した結果、

財産を全て食われ、彼女は立派に夫の借金を返済したようなんです。

羊の仮面を被った、恐ろしい人間です。

だから父は、私の母が何を言おうが、家族の言う事など耳に入れるどころか、

彼女の事を悪く言う者に対して、例えそれが家族であろうが
怒りを露(あらわ)にしたのです。


彼女が上手いのは、彼女に対して疑いを掛けて来た人の事を父に

「私は○○さんから意地悪をされているのぉ~~!」と
大泣きをして告げ口をし、父の弱い所を上手く利用し、意図も巧みに父を味方に付けてしまう術。


彼女の行動を不審に思って父に話してくれた人を、
彼女の毒牙にかかってしまっていた父は、逆に彼女の肩を持って、何人も解雇して来たのです。



この話をすると長くなってしまうので、
今回は深くは触れませんが、又いつか
この“天下の詐欺師”について、

どれだけ恐ろしいのか、どれだけ人間でありながら
Evil(悪魔)の心を持ち合わせているのかを日記として書きたいと思っています。


話がそれちゃいましたが、


ようやく娘達の容態が良くなり、

やっと父の元へと3時間近くかけて
母と妹と5人で会いに行きました。

妹は初めての子供を妊娠中で,いつ生まれてもおかしくないような状態でした。

そんな中での父の危篤と言う一大事が、
妹にとってどれだけ負担だったか考えるだけでも心が痛くなりました。


でも、父にとっては初めての男孫の誕生が目の前、と言うことで、
男孫を抱くのが夢だった父は、それはそれは楽しみにしていました。



大急ぎで病室へ入ると、
異様にむくんだ顔の父が真っ先に私の目に入って来ました。
父はぐったりとベッドに横たわっていました。


ところが、私達の姿を認めると、


上半身をゆっくりと起こした、土色をした父の頬が、ほんのりと紅く染まったように見えました。


余りの父の豹変振りに、私は唖然として言葉を失ってしまい、
皆の前で泣いてはいけないと思い、慌てて

「トイレ我慢出来ないから、ちょっと先に済ませてくるね!」
と言い残して、病室から逃げるように走り去りました。


病院の廊下を早足で歩く間中、次から次へと涙が後を絶ちませんでした。

トイレで今にも取り乱しそうな心を落ち着け、深呼吸をしてから、
ハンカチで丹念に目の周りを拭いてから、何事も無かったかのようにして、病室へ戻りました。



病室の傍まで行くと、子供達のキャッ、キャッという、はしゃぐ声と、
皆の楽しそうな笑い声が聞こえて来ました。


少しホッとしながら中を覗くと、父の仕事仲間と例の秘書がベッドの脇で笑っています。

母が父の歯をベッドの上で磨いてやっていました。


父:「よく来たな。。。
子供達はもう大丈夫なのか?」


私:「うん。点滴もしたし、もう大丈夫。ほら、こんなに元気でしょう?」


父のベッドの直ぐ脇には、何か普通では無い様子を感じ取っている長女が、無言でピッタリと寄り添っていました。
父はそんな長女の髪を、いとおしそうに、しきりに撫でていました。


次女はというと、相変わらずのマイペースで、
ベッドの脇についている上半身を起こす為の、リクラインのリモコンに興味津々で、
そのボタンを何度も押すものだから、

父の上半身がウィーン、ウィーンと上下に揺れて
皆で大笑いをしました。


一笑いをした後に、父はふと思い出したかのように、

父:「○○君(私の旦那)は来なかったのか?」

私:「仕事がどうしても抜けられなくて一緒には来れなかったけど、
後から来ると思う。」


そう言うと、黙って何度も頷いていました。


後から母がそっと教えてくれたんだけど、

私達がアメリカから駆けつけて来たのが気になったようで、
母に、

「俺は、HITOMI達がわざわざアメリカから来なきゃいけないくらい
悪いのか?」

と聞いて来たそうです。

父は癌の他にも多臓器に渡って病んでいました。
生きているのが奇跡だと医者に言われて来たくらいなんです。

父には余命が後どの位とは伝えていませんでしたが
私達が来た事で、全てを悟ったのかも知れません。


私は父の側へ行って、

「もう車の運転は無理だってお医者さんが言ってたから、
そろそろリタイアして、のんびり過ごそうよ。」と話しました。

父は車の運転が大好きで、
死ぬまで現役を宣言していたくらいにアクティブな人間です。

その父に、運転はもう諦めた方が良い。
と言うのは、私達にとっても辛いものでしたが
父には想像以上のショックだったと思います。

父は退院して復活するつもりでいたし、私だってそう信じていた。

タフな父の事だから、絶対に蘇るだろうって。。。


私が話すのを子供の様に、唯黙って小さく頷きながら聞いている、
点滴だらけの父の腕に、そっと手をかけて撫でてみました。


むくみが酷くて、それがとっても痛々しくて、

こみ上げてくる涙を奥歯をぐっと噛み締める様にして、何度も必死に堪えました。


1時間も居ると子供達は飽きて騒ぎ出すし、
流石に父も疲れたようなので、とにかく父の姿を確認出来たので

殆ど父とはまともに話が出来なかったけれど、
今度来た時にじっくり話をしようと決めて、

帰る事にしました。



そして。。。。

その後容態が急変してしまい、



あれが父と会った最後になってしまいました。



父が亡くなった後、詐欺師の秘書の悪事が次々と明るみになって、

私はその詐欺師の秘書の事を妹と共に、徹底追及する為に
下半身が麻痺して身動きの取れない母の為にも
アメリカへは直ぐに帰らずに、日本にもうしばらく留まる事にしました。



そして、

父が亡くなって丁度1週間後に、待望の男孫が生まれました。


あと1週間父が持ち堪えていてくれたら、
妹の子供を、待ち焦がれていた男の子を抱く事が出来たのに。。。。

妹もこんな事態を良く乗り越えたと思いました。




言い忘れましたが、病室で父が亡くなった時に、
父の側にはピッタリと、あの秘書が付き添っていたのでした。



今でも腑に落ちないのは、

「先生が危ないです!  危篤だから今すぐ浴衣を持って病院に来て下さい!」

と言う秘書からの電話。


何故“浴衣を持って”何て言ったんでしょう。。。?



浴衣って、死んだ時に着せる(死に装束)んですよね。。。


妙に冷静だなって思いませんか?



危篤の場で、“浴衣を持って来て!”なんて、
死んだ後の事まで考えますか?


どう考えても妙なんです。


お通夜の場で、
私は気が狂ったように取り乱してしまいました。

折角日本に来たと言うのに、父に一回会っただけで、
ろくに話も出来ないままになってしまった事。

そして、あの秘書が付添ってはいたものの、

家族が一緒に居てやれずに、
たった一人で死んで行った父の事を考えると

悔やんでも悔やんでも悔やみ切れずに、



人目もはばからず大泣きをしてしまい、

母から

「みっともない! 落ち着きなさい!」と、叱咤されました。


気が付けば、
障害者の母が涙一つ見せずに、気丈にも葬式の細事を決めたり、
お通夜に訪れた人達の世話を、一心不乱にしているのです。

私は恥ずかしさで情けなくなり、
もう泣くのは止めようと気を取り直して
訪れてくれる人達のお世話に没頭したのでした。

そして母の気丈な姿に、崇高なものを感じたのです。



しかし、

お通夜や、葬式の準備で忙しいどさくさに紛れて、

あの秘書が裏で必死に証拠隠滅の為に動いていたのと、
妹にとんでもない罠を仕掛けて来ていたのでした。




次回に続く。。。。。








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