ヒヤシンス*朝カフェ:感動したことは必ず人に話す☆人間は一番近くにあるものに影響を受ける

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2016年01月27日
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親が亡くなった後でも親子の情は回復できる!
回復できつつある…という感触を得ながら、日々書いている私です。
今日は仕事が休みなので、白い面に直打(じかう)ちですが、
仕事の日は移動の電車とバスの中で、ひたすらノートに書いています。


お父さん!おはようございます。サダノブお父さんおはよう。私は夫と一緒になる前から両家の家系供養位牌を作って、コップに二つ水をあげていた。お墓参りのつもりだった。誰から提案されたわけでなかった。自身から出た発案だった。

普通、結婚した人は嫁ぎ先のものを作るのであって、実家のものは作らないそうだ。仏壇屋さんの話では。でも、結婚してからでも実家の墓参りには行くことはあるはず。しかし、距離が遠い。実際は一生涯に何度行けるかわからない。

サダノブ父がお墓を建てたけれど、最低二回は今後、行く見込みである。母と兄の葬儀の際に。(私は彼ら以上に長生きするつもりでいる。そうなるだろう。)その他は、遠方であるため、いくことがないと思われる。

実際、サダノブ父の母親イトさん亡きあと、父が墓参りをしたかどうかはわからない。祖父母が眠る墓の場所もわからない。よそは知らないが、家族関係が希薄な家はそういうものかもしれない。今回、父の納骨の際、姪は参加したが、甥は参加せず。

実親の納骨シーンを見るのは、生涯にわたって二度。彼らにも見せてあげたかったと思った。骨壺に入ったばかりの、あたたかい骨を、柄の長めのトング(物を挟んだりする道具)のようなもので挟んで、墓の下に直(じか)に安置した。

仏さんが、初めて入る墓である。青森のこの地域の風習では、墓の下に直に安置することになっているとのこと。全てを長男である兄が恐る恐る行った。葬儀屋さんが、横から指導して下さるので安心しながら、執り行うことができる。

宗派によって、こだわりが様々なのだというが、無宗教の家であれば、こだわりなく、眼鏡を入れたり、靴を入れたりしてかまいませんとのこと。私は口出しせず、見守っている立場である。結局、眼鏡は入れ、靴は入れず持ち帰った。

今、思えば、眼鏡を入れる必要はなかったなあと思ってみる。しかし、その場では何も思わなかった。思う余裕はなかった。ただ、初めての行事を目の当たりにするだけで精一杯であった。このことを通して、葬儀に関することに多少の関心を持った。

おそらく参加した皆がそう思ったとことと思う。私の最近の書くことといえば、父のことに関することばかり。無意識に過ごせば、日常の雑多なことに塗(まみ)れて霧散(むさん)してしまうだろうことが目にみえている。書けば、いろいろなことが蘇ってくる。

何度でも同じことを繰り返し思ってみる。記憶に留めるために。そうしないと、父を失くしてしまう。父が存在しているということを意識づける必要がある。父の存在を永遠に私の中に生かすために、父についての記憶を文字にする必要がある。

人が親を亡くす。これは、すばらしい体験とも言える。ひとつは親より長く、子が生きた証である。ふたつは、見えていた親が、見えなくなったということ。人は天地創造の神様から生まれ出て、期間を全うすれば、神様のもとに戻っていかれる。

そういうことなのだ。本来、天国も地獄もなく、神様から始まって、神様のもとに戻るというだけのことなのだ。そんなふうに思えたのです。父母が亡くなれば、男性と女性を創造された、天の父の家に戻るだけなのだということを、思ってみたりしたのです。

まだ、寝ているとき、父の夢を見たことはない。起きている時は父の映像を最近はしょっちゅう見ているし、対面しているし、父の声も聞こえます。「み・こ・ちゃん」ゆっくりとした金属音の音で、いろいろなバリエーションの呼び方で。

えっ、私って、もしかして霊能者かなあ。と、思うほどです。この人間に備わった想像力の緻密さ。みごとです。会いたいときにいつでも会えるのです。父が生存している時より、よっぽど近い。よっぽど親しみ深く気持ちが通い合えていると感じます。

私は思うのです。この体験を通して、神様と親密になっていく秘訣を学んでいるのだなあと。たとえば、朝おきて、一番に「神様おはようございます」と言ったらいいそうですが、「お父さんおはようございます」と、なかなかできないものです。

できないなあ。と、ある日おもったのです。朝おきた際に父のことは忘れています。意識は、(寒いなあ。もうちょっと布団の中であったまっていたいなあ。寒いからトイレ行くのも面倒だなあ。でも、もう起きないわけにもいかないなあ。)

起きたら、一番に、夫の麦茶をペットボトルに入れます。昨日の朝からカムカム鍋に水出し麦茶を水で作っておいたものを、小さな急須に汲んで、ペットボトルの口に入れていきます。それを二本つくります。夫は他の飲み物には興味がなく麦茶しか飲まないのです。
その作業で、目が覚めます。そろそろと、意識が起き上がって、(ああ、そういえばお父さん)と意識して、父の顔を思い浮かべます。ここまで書いていて、気づきがありました。本当はこうしたら、いいのではないかと思いました。

朝おきたら、「神様おはようございます」と笑顔であいさつ。続いて、「アキラお父さんおはようございます」笑顔。続いて、「サダノブお父さんおはようございます」笑顔。これで、朝の挨拶は完璧です。

その挨拶で、ぱっと意識を覚醒して、神様に初水をふたつ。おとうさん神様にひとつ。おかあさん神様にひとつ。続いて、アキラお父さんにお水を「どうぞ」、続いて、サダノブお父さんにお水を汲んで「どうぞ」。これで、朝の水のお供えは完璧です。

全くできていません。私。震災のときに、水のお供えをコップでしていましたが、それが、こぼれて、ということがあってから、ガラスの瓶に汲んで蓋をしたままお供えしていましたが、それが習慣化していました。そろそろ、これらを改善しなければならないようです。

私はいま、書くという供養をしています。ただ、白い面に向かっているだけなのですが、書きながら、いろいろ自分の問題点を教えてもらうのです。こういうことが起こるから、気づきが与えられるから、私は書くことが好きなのだと思います。

アキラお父さん、最近、アキラ氏には済まないと思っています。夫の父親のことですが。夫には父の記憶があまりないのです。中学一年の時に亡くなったからです。家での闘病生活もあり、入院生活もあったため、父は息子が見舞いに来ることを好まなかったのです。

これまでは、ふたりの父親と私は距離が遠かったのです。最近、私の父が亡くなったということがあり、私の意識は、実父に大半が注がれています。そのことで、アキラ父が寂しく思っているだろうなと感ずるのです。でも、少し、堪(こら)えてください。

もともと、実親との縁の薄い私が、今、親との情を濃く煮詰めようとしています。濃いエキスの情を回復しようとしています。それが、出来てこそ、舅に真に仕えることができるのだと思っているのです。対面したことのない夫の父を真に愛することができるのだと思っているのです。

ちょっと目頭が熱くなってきています。人が亡くなったあとのこと。私、興味があります。昔から興味をもっていました。私は尼さんになりたいとおもったことがあります。頭を丸めて出家したいと発想したことがあります。

どうして、そうならなかったかというと、どう、そうなる方法があるか、わからなかったし、あてもなかったからです。情報がなかったからです。それでも、なりゆきで、流れ流れ、いま、私は、こうして、ここにたどり着き、ここに生存しています。

まるで、ここは、昔、ジャズ喫茶に置かれていたノートのようです。三十年以上も前のことです。ノートに、書いたのは一回か二回なのですが、東京に住んでいたとき、休みの日に行くわけなのですが、今も、仕事の休みにここに来て、書いています。

BGMはいつもヒーリング音楽ですが、音楽を聴きながら、とにかく指先を動かしつつ、日ごろは職場のマシーンになっている自分が、巨大なマシーンの部品の一部になっている自分が、ここで人間性を回復する必要があるためなのです。

私がこれからしたいことは、そういうことなんじゃないかな。亡くなった人たちをお世話して、そして、生きている自分は、どうすることが最善なのかを考えていくこと。なんだか、光が差し込んできたようです。なんだか、私の事業をうまくまわしていけそうです。二〇一六年一月二十七日(水)戊申





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Last updated  2016年01月27日 10時21分57秒
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