h o r o k a r a 





下手な善良さで僕の死を邪魔しないでください。










事件なのか、事故なのか、自殺なのか。
なんで自筆じゃないんだろう。学生服の背中にガムテープで貼られた紙の上につめたいワープロ字が晒されている。
変だよ。だってなんだって、こんなとこで。ここは人っ子一人いなくて、日がな一日ボーっとするしかない自分にとって唯一の居場所。だからそんな手紙誰に宛てなくたって、誰にも気付かれずに逝けるって。こんな顔の奴知らない。でもやっぱり、え?俺宛なのかこの手紙。って待て。え?
待て待て待て。









生きてる。









あー… どうしたらいいんだろう、と考える前に公衆電話で救急車を呼んだ。
それから手紙をむしり取ってポケットにねじ込んだ。なんでかな。救急車を待つ間、一行しかない手紙を何度も読んだ。それからたぶん、傍の鉄橋から落ちたんだろう彼の潰れなかった顔を幾度も見ていろいろ考えたけれど、どこにもかするような記憶がなくって。やっぱりなんだってんだよ?って感じで。でもほっとけなくて一緒に救急車に乗った。









顔は潰れてなかったけど、体の中はぐちゃぐちゃに潰れてたみたいで。今夜が山とか峠とか。
警察に事情を聞かれてる間にこいつがどこのだれでどういった奴なのかちょっと聞いた。でもやっぱりひっかかるところもなく、他人だなぁという再確認。関係なんてちっともない。
あの場所は何の目的なのか不明な鉄塔と、貯水池の管理小屋、その陰になってコンクリートの冷たい地面。管理小屋は無人。普通だったらこんなとこ、ワルのたまり場になっていそうだけれど、土地の所有者のじいさんが俺のために立ち入りを厳しくしてくれている。日がな一日ぼーっとする場所の必要な俺のために。

「下手な善良さって何。」
「俺が善良な心の持ち主って何で思った訳。」
「そもそもやっぱり、これ俺宛だったの?」

手紙が無かったら救急車には絶対乗らなかったと思う。
だからかこいつがもし、明日死んでたら寝覚めが悪いような心持ち。けれど、こいつが目を覚ましたところでそれが一体何だっていうんだろう。知らないやつの生き死になんてどうでもいい。
けど思えば、こんなに何かを考えたのって久しぶりだ。記憶をさぐることが出来たこと自体には、今。驚いた。
















あの日以来、ずっとぼーっとすることしか出来なくなった。周りからは慰められたり変に避けられたりしたけれど、そんなどーでもよくって。とにかく何にも考えたり行動するのが億劫で、それ以上に怖かった。そのうち誰と居るのも苦しくなって学校も辞めてでも働けなくて、でもあいつらが残した金があるから生活はどうにかなって。食べることも眠ることも本当にどうでも良くなった。髪もひげも伸びっぱなし。くったくたによれまくったTシャツとジーンズで一日のほとんどをあそこで過ごして家には暗くなってから寝に帰る。

「俺は善良だと思うよ。そんであんたを死なせるほどの下手さは持ち合わせてない。」

とことんあんたは良い子だよ。本当に本当だよ、と小母さんは言ってくれた。
抱きしめるぽちゃっとした腕が小刻みに震えて、大粒の涙を垂らしながら重だるい熱を感じて。そっから俺はまだぼんやりしているよな感じでもある。
もしあの日、あの時、あいつらに。言える勇気があったんだとしたら。こいつと似たような言葉を口にしたのかも。さんざんいたぶっておいて、最後の最後で置き去りにしていったあいつらに。金まで残して何考えてるんだか。













明け方近く。ぱたばた、とスリッパを打ち鳴らしてあいつの縁者がかけてきた。















と思ったら、医師たちで。そんであいつはあっけなく逝った。一人で。
















なので俺はあいつの遺書を持っている。
自殺じゃなかったら違うんだろうけれど。もう一回声に出して読んでみる。

「下手な善良さで、僕の死を邪魔しないでください。」

湿った埃くさい部屋に通る俺の声があの日あの時あいつらに。
時間差で届いていれば、
こんな遺書もこんな俺もみんなみんな綺麗に消えて救われたんだろうか。













(FIN.2009/3/30)


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