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宇宙航海日誌
第三章(1)
テレーズ卿の部下になってから二ヶ月が過ぎた。ロキが最初に命じられた仕事は膨大な資料を読むことだった。彼がいるのは国立中央図書館のテレーズ卿専用の部屋で、普通の建物なら五、六階ぶんはありそうな高い屋根があり、壁にはびっしりと本が並べてある。ロキは難解な古代語で書かれた書物を『テレーズ卿著』と印字された辞書を片手に昼夜を問わず読み耽った。まるで監禁されているような生活だ。
「なんで俺がこんなことを・・・!」
読解不能な箇所にぶつかる度にロキは悪態をつき、ラクールが回復し次第、ここから逃げ出そうと決意するのだった。ロキは生まれてから十八年目にして初めて、机に向かって勉強するという行為をしていた。
ロキが孤軍奮闘する机の背後にある小さな木製の扉が開いた。ここにノックもせずに入ってくるのはテレーズ卿以外にいない。老人は長いローブをなびかせ、杖をコツコツ言わせながらロキのそばまで近寄ってきた。
「はかどっとるかな?」
「・・・ジジイ、俺はこんなことしたくてしてるわけじゃないぞ?俺は学者になるつもりもない!俺に仕事させるんなら密偵とかそういうのにしろ!」
テレーズ卿は机の周りをゆっくり歩きながらロキが既に読み終えた本の山を見た。本の山の頂上から一つ本を開き、満足そうにそれを眺める。
「ふぉふぉっふぉ。お主は十分学者じゃ。これらの書物は専門の学者でも読解に数年はかかるものばかりじゃ」
「あん?人には好き嫌いってもんがあるんだ!こんなこといつまでもやってられるか!」
老人はにやにやしながらまた別の本を拾い上げる。
「まあ、作業を続けたまえ。患者は順調に回復しておる。取引はきちんと守っておるだろう?」
老人は木製の椅子をロキの机の傍に寄せ、自分も座った。
「そのまま、少しワシの話を聞きたまえ」
テレーズ卿は長い白髭をなでながら窓の外を眺めた。仕方なく、ロキも作業を再開する。
「ワシはずっと千年前の謎を研究しておった。何百、何千という学者たちが解けなかった命題じゃ。しかし、ワシは何万、何十万の書物を調べる内に一つの仮説に行き着いた」
「・・・なんだ?」
「かつてミネルバニアにはクラインという偉大な魔女がおった。恐らく今現在残っておる全ての魔法使い、魔法の知識の上をいく存在であろう。彼女ならば魔王を召還することも可能かもしれん」
「ん?そんな魔女聞いたことねえぞ。そんな偉大な魔法使いならだいたい伝説や民話に残ってるはずじゃねえか?」
「どういう訳か彼女に関する記述はほとんど残っておらん。ただ、例の魔石を見つけた遺跡の中で、もう一つ、重要な発見をしたんじゃ。ミネルバニアの正式な歴史書の中ではなく、編纂途中の一枚のメモのようなものだ。その記述の中に魔女クラインの名を見つけたんじゃ」
「それじゃあ、本当に存在したかどうかも分からねえな」
「ほむ。だが、自分で更に調べることはできる。その古びたメモの中にはクラインの屋敷の場所のヒントとなるような記述もあった。そこでワシはすぐに調査隊を結成させ、現地に向かわせた」
テレーズ卿は窓の外を虚ろな目で眺めると、静かに溜息をついた。
「・・・それで?どうなったんだ?」
「一人として帰ってこなかった。屋敷があったと思われる場所まで行き、それから暫くして通信が途絶えた。軍部の特殊部隊の精鋭が全滅じゃ」
「魔族か?」
「魔族なら魔力の流れですぐに分かる。そもそも、ここ二十年ほど、小さな小競り合いはあれど、やつらから動きを見せることはほとんどなかった」
「魔族でなければ何なんだよ?特殊部隊って言えば軍人の中の上位1%しかなれない精鋭中の精鋭だろ?そいつらがそう簡単に・・・」
「その通りじゃ。魔族数匹なら十分勝てる豪傑ばかりじゃ。だが、この作戦の失敗で調査は中止、真相は闇に葬られた」
「それって軍部の中にジジイの失脚を狙った奴がいるんじゃねえか?」
「それはない。当時の軍部にはワシの息のかかった人間しかおらん」
「・・・さすがタヌキジジイだな」
「後に分かったことだが、二百年ほど昔にも魔女クラインに注目し、調査を開始した歴史学者がいたんじゃ。その時もやはり失敗したらしい。詳しい記述は残っていないが、恐らくワシと同じような目に遭ったのじゃろう」
「ん~それじゃ結局何も分かってないんじゃねえか」
「ふぉっふぉっふぉ。その通りじゃ!」
テレーズ卿は不敵な笑みを浮かべ、ロキの方を振り返った。
「その謎を突き止めるのがお前の役目だ」
「はぁ?」
「そこそこ賢しい頭をもち、武術に優れ、死んでも誰も文句を言わん。これほどこの調査に適任な人材はおらんのぉ!」
「・・・クソジジイ」
「ふぉっふぉっふぉ」
テレーズ卿は高笑いを浮かべながら去ろうとした。が、ドアノブに手を掛けたところで足を止める。
「そういえば一つ言い忘れておったな」
「ん?まだ何かあんのか?」
「魔女クラインは強力な魔法の使い手であったが・・・実は予知占いの使い手でもあったらしい」
「占い?」
「そうじゃ。占いに関しては実際に様々な古代の書物に書かれておるが、ほとんどの魔法研究者は占いなぞただの古のマジナイだと判断して、歯牙にもかけなかった。だが、どうやらクラインはかなり正確に未来を予知できたらしい」
「はぁ?そんなことが魔法でできるのか?」
「ほむ。ワシもそれには疑問をもった。だが一応、その占いについても詳細な研究を始めた」
「ジジイには悪いけど、それはさすがに魔法でも無理だろ?占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦だ」
「だが、当たったのだよ。当代随一の魔術師であるワシだからできたんだろうな」
「何が当たったんだ?」
「ふふふ。お主が魔石を盗みに来ることじゃ」
「・・・それで俺たちの計画が事前にバレていたってのか?!」
「そうじゃな。ふぉっふぉっふぉ」
ロキは憮然とした表情でテレーズ卿を睨む。どうやらロキの作戦の失敗はまったく予想もしなかったことが原因らしい。
「それとな、ワシの占いによると、もう一人、魔石を手に入れようとする人間が来るらしい」
「誰だ?」
「さあ、分からんな。ワシの占いはまだクラインと違って未熟じゃ。そこまでは分からんさ」
そう言うとテレーズ卿は戸をゆっくり開き、静かに廊下の暗がりに消えていった。ロキは混乱した頭でそれを見つめた。
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