・・沙嘴(さし)



点在する民家を縫うようにバスは走った。
いつのまにか地面は白い砂浜に変っている。
バスの中にも風が磯の香を運んできた。

今朝水揚げしたのか、ロープに烏賊が干されている。
まるで和紙で作られた凧のように陽を透かしていた。
海は近い。私の心は逸った。
秋の日を浴びて白く乾いた民家の庭端にはコスモスが数本、
淡いピンクの花弁をつけた花が風に揺れている。

バスは大きく曲がった。
椅子からずり落ちそうになった躰を直そうと前を向いた私は、
思わず小さな歓声を上げて身を乗り出した。
玄界灘だ。
眼前に海が広がっている。
でも、それだけではない。
私は初めて見る光景に目を瞠った。

右に玄界灘、左に博多湾、
何とその両方から波が打ち寄せている。
波打ち際も、白い砂浜も両方にあるのだ。
海を二つに分かち、道が真ん中に伸びている。
その砂の道は次第に狭く細くなり、
バスは、まるで波打際の砂浜を走っているようであった。

砂浜を走りたい。勿論 裸足で。
道を横切って右へ行ったり左へ行ったり、
玄界灘の波に足を浸して戯れ、次に博多湾の波にも遊ぶ。
ぴちゃぴちゃ、ぱちゃぱちゃ。
欲張りの私にはぴったりではないか。
私は初めて海を訪れた時の、
波打際で波と戯れた、
あの子供の頃の懐かしい感触を思い出していた。

降りようか、降りてみたい。こんな所は滅多にあるものでもないし・・
一瞬衝動に駆られた。が、
私は取敢えず、そのまま一つ目の目的地に急ぐことにした。

砂の道は細く伸び、その向こうにはまた陸が広がっている。
白く美しく、大きな鳥の嘴(くちばし)のように伸びている。
そうだ、沙嘴(さし)なのだ。
これこそ、あの沙嘴そのものなのだ。

昔、小説か何かで読んだ時の、
微かに残っている記憶を取り戻した。
あれは何という本であったか。

私が頭の中に描いていた、海の上に美しく伸びる白い嘴、
嘴のような白い道が、その光景が甦ってきた。
ついに岬の外れ、突端にきたのだ。
感動が私を包んだ。


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