Dog photography and Essay

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パタヤビーチへ


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パタヤビーチから高速ボートで20分、
観光船で1時間離れた所に、
珊瑚に囲まれた美しい島、金沙島があった。

その金沙島(日本語名はラマ島?)
パタヤから高速船で20分の範囲内です。

そこの金沙島にて、マリンスポーツや、
買い物、また海鮮料理を食べた後、
迎えにきた違う高速ボートでパタヤビーチへ
引き返す事になった。

この金沙島へ来る前に、海水パンツを買った事は、
大正解であった。私は泳ぎこそしなかったが、
膝上まで来る海水の中で、画像を撮ったため、
少し長めの海水パンツも、たくし上げなるほどだった。

ジーパン姿で来ている他の観光客も居たが、
結局、相当上まで、海水で濡れていた。
海水は、乾いた後でも、ネチネチした感じが、
残る為、この後の観光では、使えなくなってしまう。


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この金沙島へ来た時と同じく、我々は2艘の、
高速ボートに乗り込み、パタヤビーチへと急いだ。

前の高速ボートを撮影しようと立ち上がったが、
危険だからと、大きな声で注意をされてしまった。

普通の連絡線であるならば、船はゆっくりとした速度で、
進むのであるが、この高速船は、波の上を、
飛び跳ねながら走るので、椅子に奥深く座っていないと、
バランスを崩し、床に叩きつけられてしまうか、
最悪、海に投げ出されてしまうからであった。


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この金沙島近海は海が綺麗だった。
沖縄与論島も大昔に行ったことがあるが、
その海の青さを思い出すほどであった。

金沙島の入江には、多くの高速船が着けてあった。
いかに、観光客がこの島を訪れているかを物語っている。
ここは、ベトナム戦争時代、アメリカ軍の、
保養地として栄え、今ではタイの中でも、
屈指の観光地として名が知られている。

高速船は、パタヤビーチへ向かい走りつづけていた。
パタヤビーチの海岸沿いは、あまり綺麗ではないと事。
観光地化されてしまったところの宿命かもしれない。

または、観光客のモラルの問題だろうか?
一人一人が、ごみを持ち帰るようにすれば、
もっと綺麗な環境を作り出せると思うが、
これも各国の教育や両親の教育から始めるべきなのだろうか?


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日焼けのアト


パタヤビーチから高速ボートで20分、
観光船で1時間離れた所に、
珊瑚に囲まれた美しい島、金沙島があった。

朝早くから起きて、高速ボートに乗り、
金沙島へ行った甲斐があったと思った。
そして、ボートを降り、ホテルまで5分の
道程の中でも、中国の皆さんからは「良かったね」
「楽しかったね」の声しきりだった。

そして、皆さんからも「あなたはどうでしたか?」
と、聞かれたので「楽しかったし美味しかったし、
こんなに満腹感を感じた事は久しくないですね」と、

声高らかに話すと、「まぁ~!あなたは、食べる時と、
写真撮る時だけは、子供のように無邪気になるのですね」と、
医者の奥さんが話しだしたら「そんな失礼な事を、
言ってはダメですよ」とご主人。
皆からは笑いが絶えなかった。


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パタヤビーチが近づいてきた。
ビーチで日光浴をしているアメリカの人たち。
長期バカンスをパタヤで過ごしているのだろうか?

このパタヤはタイでも有名なリゾート地。
パタヤビーチで日光浴をしている姿を撮ったが、
ボートの振動が激しく、ズーム側にすると、
ブレが生じてしまっている。

私が高校生の頃、電車で30分くらいのところに、
海水浴場があり、父が勤めていた会社の海の家が、
有った事も手伝いよく行って遊んだものだ。

ある夏の日、悪ふざけをし、海の家から大きな、
茶碗を2個持ち出し、人気の少ない砂浜へ行き、
寝そべって、その2個の茶碗を丁度バストの辺りに、

私は不覚にもそのまま寝入ってしまった。

夏休みの間に旅行したり、夜遅くまで本を読んでいたりで、
疲れていたのだと思うが、2時間は寝入ってしまった。

身体を起こした時に、二つの茶碗が、転げ落ちたので、
寝返りも打たなかったのだろうかなどとも思ったが、
声のするビーチの方を見るとまだ一緒に来た友達が、
砂浜で、バレーボールやサッカーの真似事をしていた。


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私は皆のところへ、その転げ落ちた2個の茶碗を持ち、
「いや~!よく眠ったよ~!」と行った。

始めは皆も「お前さ、何処へ行っていたんだよ」などと、
言っていたが、そのうち女の子達のグループが、騒ぎ出した。
何で騒いでいるのか、始めは気付かなかった。

皆が、私の胸を指差し、笑っているので、見てみると、
ころっと自分が眠りに入る前に、何をしようとしていたのか?
すっかり忘れてしまっていた。

学校が始まってから、水泳の時間にプールへ入ったが、
その頃になると、黒く日焼けした部分と茶碗で日焼けしてない
部分とが、はっきりと分かり、先生も「お前、どうしたんだ?」

そのあと、生活指導室に連れて行かれ、散々絞られましたよ。
あの夏の思い出にしては、お粗末だったが、あれで友達が、
一気に増えたような気がした。

その時代そんな馬鹿をやる学生は少なかった。
本当に古きよき時代ですかね。中国へ来る前の同窓会で、
会った女の子達からは、その話しで盛り上がっていた。


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