浜松中納言物語 0
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源氏物語〔5帖若紫 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。だいぶ馴れてきて可愛らしかったのに、外へ出て山の鳥に見つかってしまったらどうなるでしょうと言いながら立って行った。尼君は子供に、あなたはいつまでも子供っぽくて困るわね。私の命が今日明日にでも終わるかもしれないのに、それは何とも思わないで雀のことばかり心配しているのね。雀を籠に入れておくことは仏様のお喜びにならないことといつも言っているのにと言う。そして、ここへと呼び寄せ、美しい子は下に座った。その顔つきは非常に可愛らしく、眉がほのかに伸びているところや、子供らしく自然に横に撫でられた額や髪の性質には優れた美しさがあった。源氏は、子供が大人になった時の美しい姿を想像し、その子が恋しい藤壺の宮に似ていることに気づいた。尼君は女の子の髪を撫でながら、梳かせるのも面倒がるけれど、良い髪ですね。あなたがこんな風にあまり子供っぽいので私は心配している。あなたの年齢ならもう少し大人びた人もいるのに、亡くなった姫様は十二歳でお父様と別れたが、その時には悲しみも何もよく分かるようになって、私が死んでしまった後、あなたはどうなるのでしょうと言っていた。その時、僧都が向こうの座敷から来て、この座敷はあまり開け広げすぎていおり、今日は端の方に座っていたのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将がマラリアのまじないに来られた話を今初めて聞きました。ずいぶん忍び歩きで来られたので知らないでいました。同じ山にいながら今まで伺うことができなかったと言っていた。尼君は、こんな所を御一行の誰かが覗いたかもしれないと言い、御簾を下ろした。僧都は、世間で評判の源氏の顔をこんな機会に見せてもらったらどうですか。人間生活と絶縁している私たち僧でも、源氏の君の顔を拝見すると世の中の嘆かわしいことなどすべて忘れられて、長生きできる気がするほどの美貌ですよ。私はこれからまず手紙で挨拶をすることにしょうと言い、その場を去った。その後、源氏は山上の寺へ帰り、自分が可憐な人を発見したことで、旅に出ることの意外な収穫を楽しんでいた。源氏はその美しい子供を手元に迎えて、恋しい人への思慕を慰めたいと強く思った。寺で皆が寝床に就いていると、僧都の弟子が訪れ、惟光に会いたいと申し出た。
2024.08.15
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源氏物語〔5帖若紫 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏はよく訪問に行ったりするとも言っていた。でもどうだろう。どんなに美しい娘だと評判でも、やっぱり田舎者だろう。小さい頃から片田舎の場所で育ち、頑固な親に教育されているんだからと話した。すると、ある人が、その母親は立派な方なのでしょう。京の良い家にいた若い女房や童女をたくさん呼び寄せて、娘のために素晴らしいことをしているようだから。ただの田舎娘では満足しないでしょう。だから、娘もそれなりに価値があるのではないでしょうかと話した。源氏は、なぜ彼女を后にしなければならないのだろう。そうしなければ自殺させるという凝り固まりでは、他人から見ても良い気持ちはしないだろうと言ったが、心の奥底ではその平凡でない話に興味を抱いている様子だった。もう夕方になっていますが、今日は病気が起こらないで済むでしょうか。もう京へ帰った方がよいかと従者が言う。しかし、寺の聖人は、もう一晩私が加持をしてから帰るのがよいかと言った。皆がその意見に賛成し、源氏も旅で寝ることに喜びを感じて、では帰りは明日に延ばそうと決めた。夕方になると、源氏は午前中に見た小柴垣の所まで行き、他の従者は寺へ帰し、惟光だけを伴ってその山荘を覗くと、垣根のすぐ前に西向きの座敷があり、持仏を置いて勤めをしている尼がいた。簾を少し上げて、その時に仏前に花が供えられた。部屋の中央の柱近く座り、経巻を読んでいる尼はただの尼ではないようで、四十代で、非常に色白で上品に痩せて、頬はふっくらとして目元は美しく、短く切り揃えられた髪の裾が艶やかだった。中年の女房が二人いて、その他にこの座敷を出入りして遊んでいる女の子供が何人かいた。その中に十歳くらいに見える子供がいて、白の上に淡黄の柔らかい着物を重ねていた。その子は他の子供とは異なる生まれつき綺麗な素質を備えており、肩の垂れ髪が扇を広げたようにゆらゆらとしていた。顔は泣いた後のようで、手でこすって赤くなっていた。その子が尼の横へ来て立つと、尼は、どうしたの、童女たちのことで憤っているのと尋ねた。その子は、叱られるに決まっているのに悪さばかりしているこのうっかり者のことがまったく気にくわないと答えた。そばにいた中年の女が、またいつもの粗相やさんがそんなことをしてお嬢様に叱られるんですね。困ったものです。雀はどちらへ行ったのでしょう。
2024.08.14
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源氏物語〔5帖若紫 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏はその少女のことをもっと知りたいと思い、僧都の坊へ移った。そこは優美な山荘で、南向きの室を美しく装飾して源氏の寝室が用意されていた。源氏はその夜、意外な収穫を得たことに喜びを感じ、美しい少女のことを思い続けた。二代ほど前は大臣だった家系で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをも嫌って近衛の中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人で、坊様になったのなら坊様らしく、深い山の方へでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えており、播磨にはずいぶん坊様に似合った山なんかが多い。変わり者の能力や実績などを、言動にひけらかし、若い妻子が寂しがるだろうという思い やりなのです。そんな意味でずいぶん賛沢に住居なども作ってあり、先日父の所へまいりました節、どんなふうにしているかも見たいので寄ってみたところ、京にいる間は不遇なようでしたが、今の住居などはすばらしいもので、何といっても地方長官をしていて、そして一 方では仏弟子として感心に修行も積んでいるようで、あの人だけは入道してから真価が現われた人のように見受けますと言うと、源氏は、その娘というのはどんな娘だと尋ねた。まず無難な人で、代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知しないのです。自分の一生は不遇だったので、娘の未来だけはこうありたいという理想を持っている。自分が死んで実現が困難になり、自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてほしいと遺言をしているようです。源氏はこの話の播磨の海べの変わり者の入道の娘がおもしろく思えた。竜宮の王様のお后になるんだね。自尊心が強いったらないね。困り者だなどと冷評する者があって人々は笑っていた。話をした良清は現在の播磨守の息子で、さきには六位の蔵人をしていたが、位が一階上がって役から離れた男で、ほかの者は、好色な男なのだから、その入道の遺言を破る自信を持っているのだろう。それでよく訪問に行ったりするとも言っていた。
2024.08.13
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源氏物語〔5帖若紫 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。将来の生活に困らない準備が整っており、一方では仏弟子として熱心に修行しているようだ。入道してから彼の本当の価値が現れたように見える。その娘はどんな人ですか?無難な人のようです。代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知しない。自分の一生は不遇だったので、娘の未来だけはこうありたいという理想があるようだ。自分が死んで娘の結婚が困難になった時には、海へ身を投げろという遺言までしているようだ。源氏はこの話に興味を持ち、竜宮の王様の后になるんだろうか。自尊心が強い娘だねと冷笑する者もあり、皆は笑った。話をしたのは現在の播磨守の息子で、元は六位の蔵人を務め、位が上がって役から離れた男だった。どんなに美しいと言われても、やはり田舎者のようなものでしょう。小さい頃からそんな所で育ち、頑固な親に育てられているのですからと源氏は思った。しかし、母親は立派で、京の良家の出身の若い女房や童女などを呼び寄せ、娘のために何かと力を尽くしているようで、それだけでただの田舎娘が育つわけがないと考える者もいた。なぜ彼女を后にしなければならないのか。自殺させるという凝り固まった考えでは、他の人から見ても良い気持ちはしないでしょうと言いつつも、源氏はその娘の存在に興味を持っているようだった。もう夕暮れが近いですが、今日は病気が起こらずに済むでしょうか。京へ帰りましょうかと従者は聞いた。寺の聖人は、もう一晩私に加持をお受けになってからお帰りになるのがいいのではと言う。皆その意見に賛成し、源氏も、では帰りは明日にしようと決めた。山の春は特に長く感じ、夕方に小柴垣の近くに行ってみた。尼が西向きの座敷で持仏を前にお勤めしており、その美しい様子が見えた。そこにいた若い女の子は、将来どんな美しい女性になるのだろうと思われるほどの麗質を備えていた。雀の子を犬君が逃がしてしまいましたのにと泣きそうな顔で話す女の子。どうしても雀の方が惜しいのだね。私はもうすぐ死ぬかもしれないのにと尼君は言いう。源氏はその美しい子供に心を奪われた。その後、僧都が訪ねてきて、源氏を自分の坊に招待した。源氏はその少女のことをもっと知りたいと思い、僧都の坊へ移った。
2024.08.12
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源氏物語〔5帖若紫 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏は、そうか、あの立派な僧都の家だったんだ。あの人にわたしと知れてはきまりが悪いね、またこ んな体裁で来ていてなどと言った。美しい侍童などがたくさん庭へ出て来て仏の閼伽棚(あかだな/仏に供える水や花などを置く棚)に水を盛ったり 花を供えたりしているのもよく見えた。明日この家に女がいますよ。あの僧都がよもや隠し妻を置いてはいないでし ょうが、いったい何者でしょうと従者が言った。崖を少しおりて行ってのぞく人もある。美しい女の子や若い女 房やら召使の童女やらが見えると言った。源氏は寺へ帰って仏前の勤めをしながら昼になるともう発作が起こるころであるがと思うと不安だった。気を紛らして、病気のことを思わないのがいちばんですよと人が言うので、後ろの山へ出て今度は京の方を眺めた。ずっと遠くまで霞んでいて、山の近い木立ちは淡く煙って見え、まるで絵によく似ており、こんな所に住めば人間の汚い感情などは起こしようがないだろうと源氏が言う。この山などはまだ浅いもので、地方の海岸の風景や山の景色を見られたら、その自然から得ることがいろいろあって、絵が大分上達することでしょうとこんな話をする者があった。また西のほうの国々のすぐれた風景を言って、津々浦々の名をたくさん並べ立てる者もあり、皆病への関心から源氏を放そうと努めている。近い所では播磨の明石の浦が良いと言う。特別に変わった良さはないが、 ただそこから海の方を眺めた景色はどこよりもよく纏っています。前播磨守入道(明石入道)が大事 な娘を住まわせている家は立派なもの。二代ほど前には大臣の家系で、もっと出世するべき人物だったが、変わり者で仲間との交際を嫌い、近衛の中将を辞めて自ら願い出て播磨守になった人がいます。国の者に反抗されたりして不名誉なことになり、京に戻れないと言い出家した。出家したなら、深山で修行すればいいものを、名所の明石の浦に邸宅を構えて、播磨には坊様にふさわしい山も多いのに、変わり者だったのかと思ったが、実は理由あって、若い妻子が寂しがるのを思いやった結果で、そのため、邸宅はかなり贅沢に住まいを作っています。先日、父のもとを訪れた際に、その様子が見たくて寄ってみた。京にいた頃は不遇だったが、今の住まいは立派で、地方長官を務めていた時に財産を築いたため、将来の生活に困らない準備が整っている。
2024.08.11
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源氏物語〔5帖若紫 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏は瘧病(ぎゃくへい/奈良時代から知られる感染症でマラリアのこと)にかかっていた。いろいろと呪いもし、僧の加持も受けていたが効験がなく、この病の特徴で発作的にたびたび起こってくるのをある人が、北山の某という寺に非常に上手な修験僧がおり、去年の夏この病気が流行った時も、呪いも効果がなく困っていた人がずいぶん救われた。病気をこじらせると治り難く、早く試した方が良いと言って勧めたので、源氏はその山から修験者を自邸へ招こうとしたが、修験僧は既に老体になっており、岩窟を一歩出ることも難しいという僧の返辞だったので、源氏は、仕方がなく、親しい家司を伴い、夜明けに京を立って忍びで出かけた。郊外のやや遠い山で、三月の三十日だった。京の桜はもう散っていたが、 途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くに従い渓々をこめた霞にも都の霞にない美しさがあった。窮屈な境遇の源氏はこのような山歩きの経験がなく、何事も皆珍しく面白く思わ れた。修験僧の寺は身にしむような清さがあって、高い峰を負った巌窟の中に修験僧ははいっていた。源氏は自身がだれであるかを言わず、服装をはじめ思い切って簡単にして来ていたが、源氏を迎えた僧は、先日来られた方でしょうと言い、もう私はこの世界のことは考えないので、修験の術も忘れておりますのに、どうしてわざわざ来られたのでしょうと、驚きながらも笑を含んで源氏を見ていた。非常に偉い僧で、源氏を模った物を作り、源氏の瘧病を移す祈祷をした。加持祈祷をし出した時分にはもう日が高く上っていた。源氏はその寺を出て少しの散歩を試みた。寺の周りを眺めると、ここは高い所にある寺なので、多くの僧坊が見渡された。螺旋状になった路のついたこの峰のすぐ下に、それもほかの僧坊と同じ小柴垣ではあるが、目だってきれいに廻らされていて、よい座敷風の建物と廊とが優美に組み立てられ、庭の作りようもきわめて凝った一構えで、あそこにはだれが住んでいる所なのと源氏が聞くと、紫の上が源氏にさらわれた際に、世話役として二条院に連れてこられたがもう二年ほど引きこもっている僧都だと告げた。
2024.08.10
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源氏物語〔4帖夕顔 30完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、亡くなった夕顔を仏に託す願文を、詩文の師匠である親しい文章博士に書かせる。通常の例とは異なり、故人の名前を出さずに愛人を阿弥陀仏に託すという意味を込めて、源氏は自ら文章を下書きし、それを博士に見せた。博士はその文章に感銘を受け、手を加える必要がないと伝え、源氏は涙をこらえきれず、博士もそのような方が亡くなった話を聞いたこともないが、源氏の君がこれほど悲しむとは、彼女はとても幸運な人だったのだろうと感じた。源氏は故人の衣装を取り寄せ、袴の腰に和歌を書き、その間、源氏は般若心経を唱え、四十九日間は霊魂がこの世をさまようということを考え続けた。また、源氏は頭中将に会うと故人の子供の様子を伝えたくなるものの、恋人を失った悲しみを思い出すのが辛く、なかなか話すことができなかった。五条の家では女主人の行方がわからず、人々は源氏の君が関わっているのではないかと噂していたが、情報を得ることはできなかった。最終的に、誰かが女主人を連れて地方に行ったのではないかと想像するようになった。源氏はせめて夢にでも夕顔を見たいと願い、比叡山で法事をした後、夕顔が現れた夢を見た。これにより、美しい源氏に恋をした六条御息所が愛人を取り殺したという謎が解けた。源氏は自分自身も危険だったことを知り、恐怖を感じた。伊予介が十月初めに四国へ赴任することになり、彼の妻も同行するため、源氏は通常より多くの餞別品を贈り、秘密の贈り物もあった。さらに、空蝉に以前預けた夏の薄衣(空蝉の脱殻と呼ばれるもの)も返した。空蝉はその返礼として、小袿(こうちぎ)を小君を使いにして源氏へ送った。源氏は空蝉との別れを惜しみ、彼女の気高い態度に感嘆し、冷たい運命を感じた。その日は立冬で冬の季節に入る日、時雨が降り、空も物悲しい色をしていた。源氏は一日中物思いにふけり、秘密な恋をする者の苦しさが身にしみると感じた。このような空蝉や夕顔のような華やかでない女性との恋の話は、源氏自身が隠していた為、最初は書かれなかったが、源氏の恋が全て理想的なものであるかのように言われることを避けるため、これらのエピソードが補足された。それでも、作者は源氏に対して少し申し訳ない気持ちを感じている。----次回から5帖若紫に入ります。
2024.08.09
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源氏物語〔4帖夕顔 29〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は「ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし(かすかにでものきばに生えているおぎを結んでおかないと、露のかごとを何にかけましょうか)」と「荻(おぎ)を結ぶ」という表現は、実際には植物を結ぶというよりも、愛情を象徴的に示す行為を意味し、この和歌では、源氏が夕顔への思いを伝えようとしているのに対して、具体的な行動をしなければその思いが伝わらないことを嘆いていると解釈できる。また「露のかごと」ははかない文句や言い訳を指し、ここでは源氏が夕顔への思いを具体的な形にしなければ、その思いが儚く消えてしまうことを表している。この和歌は、源氏が夕顔との関係を儚くも美しいものとして捉えていることを表しており、源氏物語の文学的な魅力の一端を感じさせる一節。その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では不注意で少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。しかし小君は少将の来ていない暇をみて手紙を括った荻の枝を女に見せた。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。「ほのめかす風につけても下荻の半は霜にむすぼほれつつ(ほのかに吹く風のせいで荻の下の部分は霜で冷たく凍りつきそうになっている)」下手であるのを酒落れた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。灯の前にいた夜の顔も連想される。碁盤を中にして慎み深く向かい合った方の人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何も情交がなく、自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心の惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。源氏はタ顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行なわせることにした。それはかなり大層なもので、上流の家の法会としてあるべきものは皆用意させた。寺へ納める故人の服も新調し寄進のものも大きかった。書写の経巻にも、新しい仏像の装飾にも費用は惜 しまれてなかった。惟光の兄の阿闍梨は人格者だといわれている僧で、その人が皆引き受けてしたのである。
2024.08.08
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源氏物語〔4帖夕顔 28〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は「ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし(かすかにでものきばに生えているおぎを結んでおかないと、露のかごとを何にかけましょうか)」と「荻(おぎ)を結ぶ」という表現は、実際には植物を結ぶというよりも、愛情を象徴的に示す行為を意味し、この和歌では、源氏が夕顔への思いを伝えようとしているのに対して、具体的な行動をしなければその思いが伝わらないことを嘆いていると解釈できる。また「露のかごと」ははかない文句や言い訳を指し、ここでは源氏が夕顔への思いを具体的な形にしなければ、その思いが儚く消えてしまうことを表している。この和歌は、源氏が夕顔との関係を儚くも美しいものとして捉えていることを表しており、源氏物語の文学的な魅力の一端を感じさせる一節。その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では不注意で少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。しかし小君は少将の来ていない暇をみて手紙を括った荻の枝を女に見せた。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。「ほのめかす風につけても下荻の半は霜にむすぼほれつつ(ほのかに吹く風のせいで荻の下の部分は霜で冷たく凍りつきそうになっている)」下手であるのを酒落れた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。灯の前にいた夜の顔も連想される。碁盤を中にして慎み深く向かい合った方の人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何も情交がなく、自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心の惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。源氏はタ顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行なわせることにした。それはかなり大層なもので、上流の家の法会としてあるべきものは皆用意させた。寺へ納める故人の服も新調し寄進のものも大きかった。書写の経巻にも、新しい仏像の装飾にも費用は惜 しまれてなかった。惟光の兄の阿闍梨は人格者だといわれている僧で、その人が皆引き受けてしたのである。
2024.08.07
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源氏物語〔4帖夕顔 27〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。どうかすると人の誘惑にも負けそうな人でありながら、さすがに慎ましくて、恋人になった男に全生命を任せているような人が好きで、おとなしくそうした人を自分の思うように教えて成長させたいと源氏が言うと、そのお好みにぴったりな方が亡くなられたことが残念でと右近は言いながら泣いた。空は曇って冷ややかな風が通っていた。寂しそうに見えた源氏は、「見し人の煙を雲とながむれば夕の空もむつまじきかな」と独り言のように言ったが、返しの歌は出てこなかった。右近はこんな時に二人揃っていればと思い胸が詰まる気がした。源氏はうるさかった砧(きぬた)の音を思い出してもその夜が恋しくて、「八月九月正長夜、千声万声無止時」と歌っていた。伊予介の家の小君は時々源氏のところへ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来ることはなかった。自分の冷淡さに懲りたのかと思って、空蝉は心苦しく思ったが、源氏の病気を聞いた時にはさすがに嘆いた。それに良人の任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、自分を忘れてしまったのかと試みる気で、このごろの様子を承り、案じてますが、それを私がどうしてお知らせできましょうか。「問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる」と手紙を書いた。思いがけないあちらからの手紙を見て源氏は珍しく嬉しく思った。この人を思う熱情も決して醒めていたのではない。生きがいがないとは誰が言いたい言葉でしょう。うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よと、はかないことである。病後の恐怖や興奮などで身体が震える手で乱れ書きをした消息は美しかった。蝉の脱殻が忘れずに歌われてあるのを、女は気の毒にも思い、うれしくも思えた。こんなふうに手紙などでは好意を見せながらも、これより深い交渉に進もうという意思は空蝉になかった。理解のある優しい女であったという思い出だけは源氏の心に留めておきたいと願っているのである。もう一人の女は蔵人少 将と結婚したという噂を源氏は聞いた。それはおかしい、処女でない新妻を少将はどう思うだろうと、その良人に同情もされたし、またあの空蝉の継娘はどんな気持ちでいるのだろうと、 それも知りたさに小君を使いにして手紙を送った。死ぬほど煩悶している私の心はわかりますか。
2024.08.06
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源氏物語〔4帖夕顔 26〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。右近の話を聞いて、源氏は自身の想像が当たっていたことで満足し、その優しい人がますます恋しく思われた。小さい子を一人行方不明にしたと中将が憂鬱になっていたが、そんな小さい人がいたのかと尋ねた。一昨年の春に生まれたお嬢様で、とても可愛らしい方でした。その子はどこにいるのと聞くと、人には私が引き取ったと知らせないで、私にその子をくれないかと言うと、形見も何もなくて寂しく思うばかりだから、それが実現できたらいいねと、源氏はこう言って、また、頭中将にも話をするが、あの人をあのような場所で死なせてしまったのが私だから、当分は恨みを言われるのが辛い。私の従兄の中将の子である点からしても、私の恋人だった人の子である点からしても、私の養女にして育ててよいわけだから、その西の京の乳母にも何かほかのことを頼んで、お嬢さんを私のところへ連れてきてくれないかと言った。それが実現したらどんなに結構なことでしょう。あの西の京でお育ちになるのはあまりにもお気の毒です。私ども若い者ばかりでしたから、行き届いたお世話ができないということで、あちらへお預けしたのですと右近は言った。静かな夕方の空の色も身にしみる九月で、庭の植え込みの草が枯れかかり、虫の声もかすかにないているだけだった。少しずつ紅葉の色づいた景色を右近は眺めながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。五条の寂れた家を思い出すだけでも恥ずかしい。竹の中で家鳩という鳥が調子外れに鳴くのを聞いて、源氏は某院でこの鳥が鳴いたときに夕顔が怖がった顔を今も可憐に思い出した。年はいくつだったの普通の若い人よりも若く見えたのも短命の人だったからだね。たしか十九歳になったころで、私は奥様のもう一人の乳母の忘れ形見だったので、三位様が可愛がってくださり、お嬢様と一緒に育ててくださいました。それを思うと、あの方が亡くなってからも平気で生きていることが恥ずかしくなります。弱々しいあの方をただ一人の頼りに思って右近は生きて参りました。弱々しい女が私は一番好きだ。自分が賢くないせいか、あまり聡明で人の感情に動かされない女は嫌いだ。
2024.08.05
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源氏物語〔4帖夕顔 25〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、つまらない隠し合いをしたものだ。源氏の本心ではそんなに隠そうとは思っていなかった。あのような関係は源氏にとって経験のないことだったから、世間が怖かったのだ。御所の注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があった。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに心が惹かれていくようになり、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだ。しかしまた恨めしくも思う。こんなに短い縁なら、あれほどにも心を惹いてくれなければよかったのにと言い、まあ今でもよいから詳しく話してくれ。何も隠す必要はないだろう。七日ごとに仏像を描かせて寺へ納めても、名前を知らないのでは意味がない。それを表に出さなくても、せめて心の中で誰の菩提のためかを知っておきたいじゃないかと源氏が言った。お隠ししようとは決して思っておりません。ただ自分の口から話さなかったことを、亡くなってから話すのは気が引けるだけです。御両親はずっと前に亡くなり、殿様は三位中将でした。非常に可愛がっていまして、それにつけてもご自身の不遇をもどかしく思われていましたが、その上寿命にも恵まれず、若くして亡くなりました。その後、頭中将がまだ少将だったころに通って来るようになり、三年間ほど関係が続いていたが、昨年の秋ごろ、あの方の奥様のお父様である右大臣のところから脅すようなことを言われ、気の弱い方でしたから、むやみに恐れて西の京の奥様の乳母が住んでいた家へ隠れて行かれましたが、その家もひどい状態でしたので、困って郊外へ移ろうと思われましたが、今年は方角が悪いので、方角避けに五条の小さい家へ行かれた。それがきっかけであなた様がおいでになるようになりました。あの家は寂しい場所で、困ったようです。普通の人とは違い、非常に内気で、物思いをしている姿を見られるだけでも恥ずかしいと思い、どんな苦しいことも寂しいことも心に納めていました。
2024.08.04
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源氏物語〔4帖夕顔 24〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。運命があの人(夕顔)に授けた短い縁から、その片割れの私ももう長くは生きられないのだろう。長い間頼りにしてきた主人に別れたお前が、さぞ心細いだろうと思うと、せめて私が命を持っている間は、あの人の代わりに世話をしたいと思ったこともあったが、私もあの人のあとを追うようだ。お前(右近)には気の毒だね。こう話して、ほかの者には聞こえない声で言いながら弱々しく泣く源氏を見た右近は、女主人(夕顔)に別れた悲しみは別として、源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。二条の院の人々はみな、静かな心を失って主人(源氏)の病を悲しんでいた。御所からの使いは雨脚よりも頻繁に参上した。帝の御心痛が非常に大きいことを聞いた源氏は、その恩義を感じて病から脱しようと自らを励ますようになった。左大臣も徹底的に世話をし、大臣自身が二条の院を見舞わない日はなかった。そしていろいろな医療や祈祷をしたせいか、二十日ほど重体だったあとに余病も起こらず、源氏の病気は次第に回復していった。死者などの穢れに触れ、自分も穢れることの遠慮の正規の日数もこの日で終わる夜だったので、源氏は逢いたく思う帝の心中を察して、御所の宿直所まで出かけた。退出の時は左大臣が自身の車に乗せて邸に伴った。病後の人の謹慎の仕方も大臣が厳しく監督した。この世ではない所へ蘇生した人間のように、当分の間、源氏は思った。九月二十日ごろ、源氏は完全に回復し、痩せはしたが返って艶やかな趣を添えた源氏は、今も思い出すとまたよく泣いた。その様子に不審を抱く人もあり、物怪(六条御息所)が憑いているのではないかとも言われていた。源氏は右近を呼び出し、暇な静かな日の夕方に「今でもわからない。なぜあの人(夕顔)の娘であることを最後まで私に隠したのだろう。たとえどんな身分でも、私があれほどの熱情で思っていたのだから、打ち明けてくれてもよかったのに」と言ったときに右近は、「そんなに隠そうなどとお思いになることはありませんでした。そうしたお話をなさる機会がなかったのではないでしょうか。最初があのような関係でしたから、現実の関係のように思われないとおっしゃって、それでもまじめな方ならいつまでもこのように進んでいくものでもないから、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだと寂しがっておられた」とこのように答えた。
2024.08.03
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源氏物語〔4帖夕顔 23〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。右近は、夕顔と一緒にあの世へ行きたいと思っている。惟光が源氏に、もう明け方に近いころなので、早く帰らなくてはなりませんと促すが、源氏は振り返ってばかりで、胸も悲しみに塞がったまま帰途に就いた。露の多い路に濃い朝霧が立っていて、このままこの世でない国へ行くような寂しさが感じられた。某院の閨にいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣にまだ巻かれていたこと、などを思って、全体あの人と自分はどんな前生の因縁が あったのであろうと、こんなことを道々源氏は思いを巡らせた。心細い様子で馬を御して行けるふうでもなかったので、惟光が横に寄り添って行った。加茂川堤に来て源氏はとうとう落馬し、気を失ったようである。源氏は、家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろうかと思う。二条の院まではとうてい行けない気がすると惟光へ言ったので、惟光の頭も混乱状態になった。自分が確とした人間だったら、あんなことを源氏が言っても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。川の水で手を洗って清水の観音を拝みながらも、どんな処置をとるべきだろうと思い悩んだ。源氏もしいて自身を励まして、心の中で御仏を念じ、そして惟光たちの助けも借りて二条の院へどうにか 行き着いた。毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、見苦しいことですね、近ごろは平生よりもよく忍び歩きをなさる中でも昨日はたいへんお加減が悪いようでした。そんな体でありながら、また出かけるのですから、困ったことですと、こんなふうに嘆いていた。源氏自身が予言したとおり、それ以来ずっと病床に伏して苦しんでいた。重い症状が二、三日続いた後には、さらに酷く衰弱していた。源氏の病気を聞いた帝も非常に心を痛め、あちらこちらで間断なく祈祷が行われた。特別な神への祭りや祓い、修法などが行われた。源氏のように特別な人は短命で終わるのではないかと言って、一天下の人々がこの病気に関心を持つようになった。病床にいながら、源氏は右近を二条の院へ連れて行き、近くの部屋を与えて、手元で使う女房の一人とした。惟光は、源氏の病が重いことにとても心配しながらも、その気持ちを抑えて、馴染みのない女房たちの中で不安そうな右近に同情してよく世話をしていた。
2024.08.02
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源氏物語〔4帖夕顔 22〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。病苦が朝よりも加わったことも分かっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでどんな危険が待ち受けているのかも分からない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を見ておかなければ今後夕顔は見られないという思いが心細さをおさえて、惟光と随身を従えて出た。加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明の淡い明りに鳥辺野のほうが見えるという不気味な景色にも 源氏の恐怖心はもう麻痺してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻き乱されたふうで目的地に着いた。凄い気のする所である。そんな所に住居の板屋があって、横に御堂が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸から透いて見えていた。部屋の中には女一人の泣き声がして、 その部屋の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏を唱えていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行も終わったころで静かだった。清水の方角にだけ灯がたくさ んに見えて多くの参詣人の気配も聞かれる。主人の尼の息子の僧が尊い声で経を読むのが聞こえてきた時に、源氏は体中の涙が流れて出る気もした。中へはい ってみると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風のこちらに右近は横になっていた。どんなに佗しい気のすることだろうと源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐さと少しも変わってい なかった。源氏は、私にもう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前生の縁だったかわずかな間の関係だったが、私はあなたに心を寄せた。それなのに私をこの世に捨てて置いて、こんな悲しい目をあなたは見せる。もう泣き声も惜しまず、はばからぬ源氏だった。僧たちも誰とは分からないまま、死者に断ちがたい愛着を持つ男の出現を見て、皆涙をこぼした。源氏は右近に、二条の院へ来なければならないと言ったが、右近は、幼い頃からずっと仕えてきた主人の夕顔が亡くなってしまったことを非常に悲しんでいて、彼女は、主人を失った今、生きて帰る場所がないと思っている。また、夕顔がどうなったのかを他の人にどう伝えればよいのか、そして夕顔を亡くしたことで自分が周囲からどのように思われるのかも心配して、これらの思いから、右近は涙が止まらない。
2024.08.01
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源氏物語〔4帖夕顔 21〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は袖を顔へ当てて泣いたが惟光も泣きながら、夕顔はもう確かにお亡くなりになったのです。いつまでも置いておくのもよくないのと、ちょうど明日は葬式によい日でしたから、式のことなどを私の尊敬する老僧に、よく相談をして頼んでまいりましたと言う。いっしょに行った女は、それがまたあまりに悲しがり、生きていられない様子で、今朝は渓谷へ飛び込むのではと心配された。五条の家へ使いを出すというので、よく落ち着いてしなければいけないと申して、とにかく止めてきましたと惟光の報告を聞いているうちに、源氏は前よりもいっそう悲しくなり、私も病気になったようで、死ぬのじゃないかと思うと言った。惟光は源氏に、そんなにまで悲しみにくれるのですか、あまり良くないです。全てが運命でございます。どうにか秘密のうちに処置をと思い、私もどんなこともしているのですよと話す。源氏は、きっとそうだ、運命に違いない。私もそう思うが軽率な恋愛悪戯から、人を死なせてしまったという責任を感じるのだ。妹の少将の命婦などにも言うなよ。尼君なんかはまたいつもああいったふうのことをよくないと小言に言うほうだから、聞かれては恥ずかしくてならない。山の僧侶たちにも全く違う話をしてあると惟光が言うので源氏は安心したようである。主従がひそひそ話をしているのを見た女房などは、行触れだと言い、また何か悲しいことがあるようにあんなふうに話していると、腑に落ちないように言っていた。葬儀はあまり簡単な見苦しいものにしないほうがよいと源氏が惟光に言った。葬儀は大々的にするものではと否定してから、惟光が立って行こうとするのを見ると、急にまた源氏は悲しくなった。よくないことだと惟光は思うだろうが、私はもう一度遺骸を見たいのだ。それをしないではいつまでも憂鬱が続くように思われるから、馬ででも行こうと思うがと源氏は言う。主人の望みを、とんでもない軽率なことであると思いながらも惟光は止めることができない。そして、そんなに思うのならば致し方ないと、夜の更けないうちに帰られた方がよいと惟光は言った。源氏は五条通いの変装のために作らせた狩衣に着更えして出かけた。
2024.07.31
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源氏物語〔4帖夕顔 20〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は胸が締め付けられ苦しくて、そして生命の危険が迫ってくるような心細さを覚えていた。宮中から使いが来た。帝は昨日も源氏をお呼びになったが源氏に会えなかったことを心配されていた。左大臣家の子息たちも訪問してきましたが、そのうちの頭中将だけに、立ったままで少しこちらへと言わせて、源氏は招いた友とすだれを隔てて話していた。私の乳母が、この五月ごろから大病を患っていたが、尼になったりしたことで一時的に回復したのですが、最近また病状が悪化して、生前にもう一度会いたいと言ってきたのです。小さい頃から世話になった者に、最後に恨まれるのは残酷だと思い、訪問しました。ところが、その家の召使の男が前から病気をしていて、私がいる間に亡くなってしまったのです。恐縮して私に隠して夜になってからそっと夕顔の遺骸を外へ運び出したということを私は気がついた。御所では神事に関した御用の多い時期なので、そうしたけがれに触れた者は遠慮すべきであると思って謹慎をしているのです。それに今朝方から何だか風邪を引いてしまったのか、頭痛がして苦しいのでこのように謹慎をなどと源氏は言う。中将は、ではそのように奏上しておきますが、昨夜も雅楽(音楽)があった時に、御自身で指図され、あちこちとあなたを捜させたのですが、おいでにならなかったので、機嫌がよろしくなかったと言って、中将は帰ろうとしたがまた帰って来て、どんな穢れに遭ったのですか、先ほどから伺った事柄どうもほんとうとは思われないと、頭中将から言われた源氏はハッとする。先程話したように細かにではなく、思いがけない穢れに遭ったと申し上げて下さい。こんな事で今日は失礼しますと素知らず顔で言っていても、心にはまた夕顔の死が浮かんできて、源氏は気分も非常に悪くなり、だれの顔も見るのがおっくうだった。使いの蔵人の弁を呼んで、またこまごまと頭中将に語ったような外出して穢れに遭った事情を帝へ取り次いでもらった。左大臣家の方へもそんなことで行かれないという手紙が行った。日が暮れてから惟光が来た。行触れの件を発表したので、二条の院への来訪者は皆庭から取り次ぎをもって用事を申し入れて帰って行くので、めんどうな人はだれも源氏の居間にいなか った。源氏は惟光を見て、夕顔はどうだったと聞き、やはりだめだったかと言うと同時に袖を顔へ当てて泣いた。
2024.07.30
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源氏物語〔4帖夕顔 19〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。女性が亡くなった事は、小さな家が多いと、近所隣へそんな声が聞こえ忽ち世間へ知れ渡ってしまう。山寺はこのような死人などを取り扱いに馴れており、人目を紛らすのには都合がよいように思われますと、考えるふうだった惟光は、昔知っている女房が尼になって住んでいる家が東山にあるので、そこへ夕顔を移したいと思いますが、私の父の乳母をしていて、今は老人になっていますが、その者の家に移しましょう。 東山なので人がたくさん行く所ですが、乳母の所の周りはそこだけは閑静だからと言って、夜と朝の入り替わる時刻の明暗の紛れに車を縁側へ寄せさせた。源氏自身が遺骸を車へ載せることは無理なようだったので、ゴザに巻いて惟光が車へ載せた。夕顔は大柄ではなく小柄な人だったので、死骸からは悪感は受けないで美しいものに思われた。残酷に思われるような扱い方を遠慮して、確かにも巻いているだけなんだから、ゴザの横から髪が少しこぼれていた。それを見た源氏は目まいがするような悲しみを覚えて煙になる最後までも自分がついていたいという気になったのであるが、惟光から、あなたは世間の者が起き出さないうちに早く二条の院へ帰った方が良いと言った。遺骸には右近を付き添いとして乗せた。自身の馬を源氏に提供して、自身は徒歩で、袴のくくりを上げたりして出かけた。ずいぶん迷惑な役のようにも思われたが、悲 しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよいという気に惟光はなった。源氏は無我夢中で二条の院へ着いた。女房たちが、どちらからのお帰りなんでしょうか。ご気分が悪いようですよなどと言っているのを源氏は、知っていたが、そのまま寝室へ入り、そして胸に両手を添えて考えてみると自身が今経験していることは非常な悲しいことと言う事がわかった。なぜ自分はあの車に乗って行かなかったのだろう、もし蘇生することがあったらあの人はどう思うだろう、見捨てて行ってしまったと恨めしく思わないだろうか、こんなことを思うと胸が締め付けられるようで、頭も痛く、からだには発熱も感ぜられて苦しい。こうして自分も死んでしまうのであろうと思われるほどである。八時ごろになっても源氏が起きないので、女房たちは心配をしだして、朝の食事を寝室の源氏へ勧めてみたが無駄だった。源氏は苦しくて、そして生命の危険が迫ってくるような心細さを覚えている。
2024.07.29
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源氏物語〔4帖夕顔 18〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。やっと遠くで鳴く鶏の声が聞こえて、ほっとした源氏は、どうしてこんな危険な目に遭うのだろう、自分の心ではあるが恋愛についてはもったいない、思うべきでない人を思った報いに、こんな例にもないみじめな目に遭うのだろう、隠しても事実はすぐに噂になるだろう、陛下のお気持ちをはじめとして人が何と言うだろう、世間の嘲笑が自分に集まるだろう、とうとうついにこんなことで自分は名誉を傷つけるのだなと源氏は思っていた。 やっと惟光が出て来た。夜中でも暁でも源氏の意のままに従って歩いた男が、今夜に限って そばにおらず、呼びにやってもすぐの間に合わず、時間の遅れたことを源氏は憎みながらも寝室へ呼んだ。孤独の悲しみを救う手は惟光にだけあることを源氏は知っている。惟光をそば へ呼んだが、自分が今言わねばならぬことがあまりにも悲しいものであることを思うと、急には言葉が出ない。右近は隣家の惟光が来た気配に、亡き夫人と源氏との交渉の最初の時から今日までが連続的に思い出され泣いていた。源氏も今までは自分自身一人が強い人になって右近を抱きかかえていたが、惟光の来たのにほっとすると同時に、はじめて心の底から大きい悲しみが湧き上がってきた。非常に泣いたあとで源氏は躊躇しながら言い出した。奇怪な事が起こった。驚くという言葉では現わせないような驚きをさせられた。人のからだにこんな急変があったりする時には、僧家へ物を贈って読経をしてもらうものだそうだから、それをさせよう、願を立てさせようと思って阿闍梨も来てくれと願ったのだが、 どうしたのだろうと思う。昨日比叡山へ帰ったばかりです。いったいどのような事でしょうか。奇怪な事が起こっていますね。以前から体調がすぐれなかったのでしょうかと聞いてみるが、そんなこともなかったと言って泣く源氏の様子に、惟光も込み上げる思いを堪え切れなく、この人までが声を立てて泣き出した。老人は面倒なものとされているが、こんな場合には、年を取っていて世の中の色々な経験を持っている人が頼もしいと思う。源氏も右近も惟光も皆若かった。どう処置をしていいのか手が出ないのであったが、やっと惟光が、この院の留守役に真相を知らせることはあまり良いとは言えない。当人だけは信用できても、秘密が洩れやすい家族がいるでしょうから、兎に角ここを出でましょうと言った。でもここ以上に人の少ない場所は他にないのではと言うと、それはそうですが、あの五条の家は女房などが悲しがって大騒ぎをするのではないでしょうか。
2024.07.28
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源氏物語〔4帖夕顔 17〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。テレビではフランスにて100年ぶり五輪開幕の模様が放送されている 開会式の舞台はセーヌ川で観光船に乗る選手たちの歓びの表情夕顔の体はどんどん冷たくなり、硬直は進みすでに人ではなく亡骸であるという感じが強くなっていく。右近はもう恐怖心も消えて夕顔の死を知って声を挙げて泣いている。紫宸殿(ししんでん)に出てきた鬼が貞信公(藤原忠平)を威嚇したが、その人の威に押されて逃げた例などを思い出して、源氏は無理やり強くなろうとした。それでもこのまま死んでしまうことはないだろう。夜というものは声を大きく響かせるから、そんなに泣かないでと源氏は右近に注意しながら、恋人とのひと時がこうなったことを思うと呆然となるばかりだった。滝口(内裏警護の詰所の武士)を呼んで、急に何かに襲われた人がいて、苦しんでいるから、すぐに惟光朝臣の泊まっている家に行って、早く来るように言えと誰かに命じてくれと言う。更に兄の阿闍梨がそこに来ているのなら、それも一緒に来るようにと惟光に言わせ、母親の尼さんなどが聞いて心配するから、大袈裟に言わないようにと言う。あれは私の忍び歩きをうるさく言って止める人だと、順序立ててものを言いながらも、胸は詰まるようで、恋人を死なせることの悲しさがたまらない気持ちと、辺りの不気味さがひしひしと感じられる。もう夜中過ぎになっているらしい。風がさっきより強くなってきて、それに呼応して松の枝が鳴り、それらの音は、これらの大木に深く囲まれた寂しく古い院であることを思わせ、一風変わった鳥がかれ声で鳴き出すのを、フクロウとはこれであろうかと思われた。考えてみるとどこへも遠く離れて人声もしないこんな寂しい所へなぜ自分は泊まりに来たのだろうと、源氏は後悔の念も起こる。右近は夢中になって夕顔のそばへ寄り、このまま恐怖や興奮で死んでしまうのではないかと思われた。それがまた心配で、源氏は必死に右近をつかまえていた。一人は死に、一人はこうした正体もないふうで、自分一人だけが普通の人間だと思うと源氏はたまらない気がした。灯はほのかにまたたいて、中央の部屋との仕切りの所に立てた屏風の上とか、部屋の中の隅々とか、暗いところの見えるここへ、後ろからひしひしと足音をさせて何かが寄って来る気がしてならない、惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏は思った。彼は泊まり歩く家をいくつも持っていたので、使いはあちらこちらと尋ねまわっているうちに夜がぼつぼつ明けてきた。この間の長さは千夜にもあたるように源氏には思われた。
2024.07.27
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源氏物語〔4帖夕顔 16〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。御所の滝口に勤めている男で、彼は弓弦を鳴らして、「火危うし」と声を出し父である預かり役の住居の方へ行った。源氏はこの時刻の御所を思い浮かべていた。殿上の宿直役人が姓名を奏上する名対面はもう終わっているだろう、滝口の武士の宿直の奏上があるころであると、そんなことを思ったところをみると、まだ深夜ではなかったに違いないと思いながら、寝室へ戻り、暗がりの中を手で探ると夕顔は元のままの姿で寝ていて、右近がそのそばでうつ伏せになっていた。「どうしたんだ。気が狂ったように怖がっているじゃないか。こんな荒れ果てた家には、狐などが人を驚かせて怖がらせるようだよ。だけど、私がいればそんなものに驚かされることはないよ」と源氏は右近を引き起こした。「とても気持ちが悪くて下を向いていた。奥様はどんな気持ちでいたことだろう」「なぜこんなことになって」と言い、手で探ると夕顔は息をしていない。動かしてみてもぐったりして気を失っているようであった。若々しく弱い人であったから、何かの妖怪にやられたのだろうかと思うと、源氏はただため息をつくばかりであった。蝋燭の明かりが来た。右近には立ち上がる力もないので、寝室に近い屏風を引き寄せてから、「もっとこちらへ持って来い」と源氏は言った。主君の寝室の中に入るなんてことは一度もしたことがない滝口は座敷の上段には行けない。「もっと近くに持って来ないか。場所が悪い」灯を近くに取って見ると、この寝室の枕の近くに源氏が夢で見た通りの顔をした女が見えて、そしてすっと消えてしまった。昔の小説などにはこんなことも書いてあるが、実際にあるとは思わず源氏は恐ろしくてならないが、夕顔がどうなったかという不安が先に立って、自分がどうなるかという恐れはあまりなく横へ寝て、「ちょっと」と言って不気味な眠りから覚まさせようとするが、夕顔の体は冷え切っていて、息はまったく絶えている。頼りになる相談相手もいない。坊様などはこんな時の力になるものだがそんな人もいない。右近に対して強がって何かと言った源氏であったが、若いこの人は、恋人の死を見て分別も何もなくなって、じっと抱いて、「あなた。生きてください。悲しい目を私に見せないで」と言っていたが、恋人の体はますます冷たくなって、すでに人ではなく遺骸であるという感じが強くなっていく。
2024.07.26
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源氏物語〔4帖夕顔 15〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。十時過ぎに少し寝入った源氏は、枕元の所に美しい女が座っているのを見て少し驚く。女性(六条御息所)は「私がどんなにあなたを愛しているか知らないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人を連れていらして愛撫なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」そう言って、その女は横にいる女性に手をかけて起こそうとする。この光景を見た源氏は、苦しい気持ちになり、すぐに起きたが、その時に灯が消えてしまい、不気味に感じた源氏は、太刀を引き抜いて枕元に置き、右近を起こした。右近も恐ろしくて近くへ来て、「渡殿にいる宿直の者を起こして、蝋燭をつけて来るように」と言いなさいと申し付けた。この暗い中どうしてそんな所まで行けましょうかと、源氏に言うと、子供みたいなことを言うものではないと、源氏が笑って手をたたくと、それが反響して、限りない気味悪い雰囲気になる。しかし、その音を聞いて来る者はいない。夕顔は非常に怖がって震えていて、どうすればいいか分からない様子で、汗をかいて、意識があるかないかも疑わしい状態だった。非常に物を恐れる性格ですから、どんなお気持ちなのでしょうかと右近も言う。弱々しい人で、昼間も部屋の中を見回すことができず、空ばかり眺めていたので、源氏はかわいそうに思えた。私が行って人を起こそうと、手をたたくと山彦がしてうるさく、しばらくここに寄っていてくれと、そう言って、右近を寝床の方へ引き寄せた。両側の妻戸の外へ出て戸を押し開けると、渡殿についていた灯も消えていた。風が少し吹いていて、このような夜には侍者は少なく、しかもほとんどの人は寝てしまっており、院の預かり役の息子で、普段源氏が使っていた若い男と侍童が一人、例の随身だけが宿直をしていた。源氏が呼ぶと返事をして起きてきたので、「蝋燭をつけて来なさい。随身に弓の弦を打たせて、絶えず声を出して魔性に備えるよう命じてくれ。こんな寂しい所で安心して寝ていてはいけない。先ほど惟光が来たと言っていたが、どうしたか」と告げると、「参っておりましたが、用事もないから夜明けに迎えに参ると言って帰りました」こう源氏と問答をしたのは、御所の滝口に勤めている男で、彼は専門的に弓弦を鳴らして、「火危し、火危し」と言いながら、父である預かり役の住居の方へ行った。
2024.07.25
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源氏物語〔4帖夕顔 14〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。「いつまでも本当のことを打ち明けてくれないのが恨めしくて、私も自分の正体を隠していた。でも、もう負けました。この辺りでいいでしょう、あなたの名前を教えてください。あまりにも人間離れしていますよ」と源氏は言うが、夕顔は「家も何もない女ですから」と言って、まだ心を開かない様子も美しく感じられた。「仕方ない。私が悪いのだから」と源氏は恨み言や愚痴を言ったり、永遠の恋の誓いを交わしたりして時間を過ごした。惟光が源氏の居場所を突き止め、用意してきた菓子などを座敷に届けた。これまでの態度を右近に恨まれるのが嫌で、近くには顔を出さなかった。右近とは夕顔の乳母の娘であり、幼い頃から一緒に育ち、 そのまま夕顔に仕えるようになった。惟光は、源氏が居場所を隠してまで一日を犠牲にするほど熱心になる相手の女性が、それにふさわしい人であると想像し、自分が主君に譲ったことを度量が広いと自嘲し、羨ましくも思った。静かな夕方の空を眺めながら、奥の方が暗くて気味が悪いと夕顔が感じたので、縁の簾を上げて夕映えの雲を一緒に見た。夕顔も源氏と二人で過ごせた一日に、完全に落ち着いたとは言えないが、過去にはない満足感を得たようで、少しずつ心を開く様子が可憐に思えた。夕顔は源氏のそばに寄り、この場所が怖くてたまらない様子が若々しい印象を与えた。格子を早く下ろして灯りをつけさせた後も、私にはもう何も秘密が残っていないのに、貴女は違うと源氏は言った。源氏は夕顔が心を開かない事に恨みを言っていた。源氏は、陛下が今日も自分を召しになったに違いないが、捜す人たちはどこにいるだろうと想像しながら、この夕顔をこれほどまでに愛している自分が不思議に思えた。六条の御息所もどれほど煩悶している事だろう。彼女に恨まれるのは辛いが、恨むのは当然だと恋人の事を考えた。無邪気に男を信じて一緒にいる夕顔に愛を感じると同時に、高い自尊心に苦しむ六条御息所を思い、少しその点を捨てればいいのにと、目の前の夕顔と比べて源氏は思っていた。
2024.07.24
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源氏物語〔4帖夕顔 13〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。夕顔が、風情ある言葉で伝えているのが、恐れているように感じたので、源氏はあの小さな家に多くの人が住んでいたのだから当然だと思い、おかしくも感じた。車を門の内に入れさせ、西の棟に準備が整う間、車の柄を高欄に引っかけ、源氏たちは庭にいた。右近は風情を味わいながら、女主人の過去の恋愛の場面を思い出した。預かり役が自ら出て客人を丁寧に扱うので、右近にはこの風流な男性が誰であるかが分かった。物の形がぼんやり見える頃に、家に入って行った。急な仕度ではあったが体裁よく座敷が用意されていた。「誰か名の知れた人物がお供していないなんて、本当に困ったことだ」と、預かり役が話す。彼は常に出入りする源氏の下家司でもあり、座敷の近くに来て右近に、御家司をどなたか呼んだほうがよいでしょうかと伝えた。源氏は、わざわざ誰にも知られない場所を選んだのだから、お前以外の者には全て秘密にしておいてくれと頼んだ。すぐに準備された粥などが出され、給仕も食器も簡素なもので、このようなことに経験のない源氏は、全てを気にせず、恋人と気兼ねなく語り合う楽しみに没頭しようとした。源氏は昼頃に起きて、自分で格子を上げたが、周囲は非常に荒れていて、人影は全く見えず、遠くまで見渡せた。向こうの木立は、古びた大木が立ち並び、近くの草や低木には美しい景色はなく、秋の荒野の景色となっており、池も水草で埋め尽くされていた。預かり役は別の棟に部屋を持って住んでいるようで、そこはかなり離れていた。気味悪い家になっているが、鬼なんかだって私だけはどうともしないだろうと源氏は言った。まだこの時までは顔を隠していたが、この態度を夕顔が恨めしがっているのを知って、何たる思い違いなのだ。不都合なのは自分である。こんなに愛していながらと気がついた。夕露にひもとく花は玉鉾(玉で飾ったほこ)のたよりに見えし縁こそありけれあなたの心あてにそれかと思うと言った時の人の顔を近くに見て幻滅が起こりませんかと言う源氏の君を後目に女は見上げて、光ありと見し夕顔のうは露は黄昏時のそら目なりけり」と言った。冗談までも言う気になったのが源氏にはうれしかった。打ち解けた瞬間から源氏 の美はあたりに放散した。古くさく荒れた家との対照はまして魅惑的だった。
2024.07.23
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源氏物語〔4帖夕顔 12〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。だいぶ明け方近くなってきた。この家に鶏の声は聞こえないで、現世利益の御岳教の信心なのか、老人らしい声で、立ったり座ったりしながら、とても忙しく苦しそうに祈る声が聞かれた。源氏は身にしむように思って、朝露と同じように短い命を持つ人間が、この世に何の欲を持って祈祷などをするのだろうと聞いているうちに、南無当来導師の弥勒菩薩 (みろくぼさつ) に帰依することを表して祈る阿弥陀如来を呼びかけていた。現世利益だけが目的じゃなかったとほめて、「優婆塞が行ふ道をしるべにて来ん世も深き契り絶えすな契り絶えすな」と言った。玄宗と楊貴妃の七月七日の長生殿の誓いは実現されない空想であったが、五十六億七千万年後の弥勒菩薩出現の世までも変わらぬ誓いを源氏はしたのである。「前の世の契り知らるる身のうさに行く末かけて頼みがたさよ(前世からの宿命が知られる今のこの身の辛さですから、来世をあてにするのは難しいこと)」と夕顔は言った。歌を詠む才なども豊富であろうとは思われない。月夜に出れば月に誘惑されて行って帰らないことがあるということを思って出かけるのを躊躇する夕顔に、源氏はいろいろに言って同行を勧めているうちに月もはいってしまい東の空の白む秋の夜明けの空が徐々に明るんできていた。人目を引かぬ間にと思って源氏は出かけるのを急いだ。女のからだを源氏が軽々と抱いて車に乗せ右近が同乗した。五条に近い帝室の後院である某院へ着いた。呼び出した院の預かり役が出て来るまで止めた車から、忍ぶ草の生い茂った門の廂が見上げられた。大きな木々がたくさんあり、その木々が暗さを作っていた。霧は深く濃く、空気が湿っぽく、車の簾を上げていた。そのため、源氏の袖も濡れていた。夕顔は、私は初めての経験ですが、妙に不安で、昔の人もこんなふうに、私がまだ知らない暁の道でどうしたらよいのか惑ったのでしょうかと夕顔は恥ずかしそうに言った。「山の端の心も知らずに行く月は、上の空にあって影が消えてしまいそうで、私は心細い」月が山の端(山のふもと)の様子も気にせずに進む様子を、自分の不安な気持ちに例えている。月が上空にあって影が消えそうであることを、夕顔の心細さや孤独感と重ね合わせて表現している。つまり、夕顔は源氏に対して不安や心細さを感じていることを、風情ある言葉で伝えている。
2024.07.22
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源氏物語〔4帖夕顔 11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。人の恨めしさも、自分の悲しさや、体面が保たれないきまり悪さも、できるだけ考えたとは見せまいとするふうで、自分自身は貴族の子らしく、娘らしくして、ひどい近所の会話の内容もわからぬようであるのが、 恥じ入られたりするよりも感じがよかった。ごろごろと雷以上の恐い音をさせる唐臼(からうす)も、寝床のそばで鳴ってるように聞こえた。源氏も聞いていてやかましいと思った。けれどもこの貴公子も何から起こる音とは知らないのである。大きなたまらぬ音響のする何かだと思っていた。 そのほかにもまだ多くの騒がしい音が聞こえた。白い麻布を打つ砧(きぬた)の音もあちこちから聞こえている。空を行く雁の声もした。秋の悲しく哀れな気持がしみじみと感じられていた。庭に近い部屋であったから、 横の引き戸を開けて二人で外をながめていた。小さい庭にしゃれた姿の竹が立っていて、草の上の露はこんなところのも二条の院の庭先の草木の露と変わらずきらきらと光っている。虫もたくさん鳴いていた。壁の中で鳴くといわれて人間の居場所に最も近く鳴くものになっている蟋蟀でさえも源氏は遠くの声だけを聞いていたかったが、ここではどの虫も耳のそばで鳴くような風変わりな情趣だと源氏が思うのも、夕顔を深く愛する心が何事も悪くは思わせないのであろう。白い袷に柔らかい淡紫を重ねたはなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、 どこか非常に際立ってよいというところはないが繊細な感じのする美人で、ものを言う様子に弱々しい可憐さがあり、もう少し才気らしいものをこの人に添えたらと源氏は批評的に思う。源氏は、もっと深くこの人を知りたい気がして、「さあ出かけましょう。この近くのある家へ行って、気楽に明日まで話しましょう。こんな ふうでいつも暗い間に別れるのは苦しいから」と言うと、「どうしてそんなに急なことを言い出すの」とおおように夕顔は言った。変わらぬ恋を死後の世界にまで続けようと源氏が誓うのを見 ると何の疑念も抱かずに信じて喜ぶようすなどのうぶさは、一度結婚した経験のある女とは思えないほど可憐であった。源氏はもうだれの思わくもはばかる気がなくなり、右近に随身を呼ばせて、車を庭へ入れるよう命じた。夕顔の女房たちも、この通う男が女主人を深く愛していることを知って、だれとも分からずにいながら信頼していた。
2024.07.21
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源氏物語〔4帖夕顔 10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。風流な男以外の者とは思っていなかったので、やはり好色な隣の五位が導いて来た人に違いないと惟光は疑っているが、その人は全く気づかないようで、相変わらず女房の所へ手紙を送って来たり、訪ねて来たりするので、どうしたのかと女の方でも普通の恋の物思いとは違う悩み方をしていた。源氏もこんなに真実を隠し続ければ、自分もその女が誰であるかを知ることができない。今の家が仮の住まいであることは間違いないようなので、どこかへ移ってしまったら、自分は呆然とするだろうと源氏は思った。だが、行方を失っても諦めがすぐにつくものならよいが、それは源氏の心中を誰が見ても不可能である。(公園の中の池から今日も亀が出ていたがももは見ているだけ)世間を気にして時間を空ける夜などは耐え難い苦痛を覚えると源氏は思い、世間には誰にも知らせずに二条の院へ迎えよう、それを悪く言われても自分はそうなる前世の因縁だと思うほかはない、自分ながらもこれほど女性に心を惹かれた経験が過去にないことを思うと、どうしても運命の約束事と解釈するのが至極当然であると考えた。こんなふうに源氏は思って、感情を害した時などに突然そむいて行ってしまうような性格はなさそうである、自分が途絶えがちになったりした時には、あるいはそんな態度に出るかもしれないが、自分ながら少し今の情熱が緩和された時にかえって女の良さが分かるのではないかと思う。だが、それを望んでもできないのだから、途絶えが起こるわけはない。したがって、女の気持ちを不安に思う必要はないと知っていた。八月の十五夜に明るい月の光りが板屋根の隙間だらけの家の中に差し込み、狭い家の中の物が源氏の目に珍しく映った。もう夜明けに近い時刻で近所の家々で貧しい男たちが目を覚まし、今年は商売がうまくいかず、地方廻りもできそうにないから、心細いと高声で話すのが聞こえた。哀れなその日その日の仕事のため、そろそろ労働を始める音なども近い所でするのを女は恥ずかしがっていた。気取った女ならば、決まり悪いと思うが、夕顔は落ち着いていた。
2024.07.20
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源氏物語〔4帖夕顔 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。女の誰であるかを知ろうともしないで、源氏は自身の名も明らかにせず、思いのほか質素な身なりをして多くは車にも乗らずに通った。深く愛しておらねばできぬことだと惟光は思って、自分が乗るべき馬に源氏を乗せ、自分は徒歩で供をした。惟光から申し込みを受けたあの女はこの状況を見たら驚くだろうなどと愚痴を言ったりしてたが、このほかには最初タ顔の花を折りに行った随身と、私から申し込みを受けたあの女性がこの様子を見たら驚くだろうと愚痴をこぼしていたが、他には、顔を知られていない随身と、源氏の召使いとあまり知られていない小侍だけをお供にして行った。それから知られることになってはとの気づかいから、隣の家へ寄るようなこともしない。女のほうでも不思議でならなかった。手紙の使いが来ると、そっと人をつけて様子を探らせたり、男が夜明けに帰るときに道をうかがわせたりしても、相手はそれを察知して上手く逃れてしまった。しかし、源氏の心は完全に惹かれており、一時的な関係で終わらせるつもりはなかった。これを不名誉だと思う自尊心に悩みながら、しばしば五条通いをした。恋愛問題ではまじめな人も過失をしがちなものであるが、源氏だけはこれまで女性のことで世間の非難を招くようなことをしなかったのに、夕顔に傾倒してしまった心だけは別だった。別れるときも、昼の間も夕顔をそばに見られないことが耐えがたい苦痛だった。源氏は自分で気が狂ったような事をする。それほどの価値がどこにある恋人かと反省もしてみる。驚くほど柔らかでおおらかな性質で、深みのある人でもない。若々しい一方の女性であるが、処女であったわけでもない。貴婦人ではないようである。源氏は、どこがそんなに自分を惹きつけるのであろうと不思議でならない。わざわざ普段の源氏には用のない狩衣などを着て変装した源氏は、顔なども全然見せない。夜が更けてから、人が寝静まった後で訪れたり、夜のうちに帰ったりするので、女のほうでは昔の三輪の神の話のように気味悪く感じていた。しかし、どんな人であるかは手の感触から分かり、若い風流男以外の者とは思っていなかった。
2024.07.19
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源氏物語〔4帖夕顔 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。中将が通りにいますよと言うと、相当な女房が出てきて、静かになさいと手で押さえ、なだめるようにしながら、何故それがわかったのか。私が覗いて見ようと言って前の家の方へ行く。細い渡り板が通路ですから、急いで行く人は着物の裾を引っかけて倒れたりして、橋から落ちそうになって、大きな声を挙げ大騒ぎして、もう覗きに出る気もなくなりそうもない。車の人は直衣姿で、随身たちもいた。源氏が頭中将の話を聞いて、その車の主が誰か知りたいと思っていた。惟光(これみつ)は、源氏が忘れないように話した「常夏の歌の女」ではないかと推測し、それを探りたいと考えていた。惟光は、源氏のためにあれこれと工夫を凝らして、その女性に近づく手助けをしていた。源氏は自分の身分を隠して、質素な格好で女性のもとに通うようにしていた。深く愛しているからできることで、惟光はその行動を見て、源氏の真剣な気持ちを感じ取っていた。惟光は源氏を馬に乗せ、自分は徒歩で供をするなどして、源氏の恋をサポートしている。源氏物語の中で源氏が様々な女性に惹かれ、その中での恋愛の駆け引きや策略が描かれて、惟光の献身的な支えと、源氏の情熱的な恋愛模様がよく表れている。だれだれもと数えている名は頭中将の随身や少年侍の名ですと言った。確かにその車の主が知りたいものだ思い、もしかすればそれは頭中将が忘られないように話した常夏の歌の女ではないかと思う。源氏の、もう少しよく探りたいような表情を見た惟光は、我々仲間の恋と見せかけ、実はその上に御主人がいることも承知しているが、女房相手の安価な恋の奴になりすましていた。向こうでは 上手に隠せていると思い、私が訪ねて行ってる時などに、童女がうっかり言葉をすべらしたりすると、いろいろと誤魔化して、自分たちだけだと言って笑った。おまえの所へ尼さんが見舞いに行った時に隣を覗きたいと源氏は言い、仮住まいでも五条の家にいる人だから、下の品の女の中にもおもしろい女が発見できればと思い、源氏の機嫌を取ろうとする惟光で、彼自身も好色者で他の恋愛にさえも興味を持つほうであったから、色々と苦心をした末に源氏を隣の女の所へ通わせるようにした。
2024.07.18
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源氏物語〔4帖夕顔 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎうき今朝の朝顔どうすればいい(人の心を惹きつける美しさや恋心があっても、それを行動に移さずに見過ごしてしまうことの切なさや後悔。朝顔は朝に咲いて昼にはしぼむ花であり、その儚さがさらに詩情を深めている)こう言って源氏は女の手を取った。物馴れたふうで、すぐに、朝霧が晴れる瞬間は美しいものであるにもかかわらず、それを待つ余裕がないが、その中で花の美しさにも気づかずに過ぎ去ってしまう。源氏の焦点をはずして主人の侍女としての挨拶をした。美しい童侍の子が、裾を締めくくる事ができるように紐を通した袴を露で濡らし、草花の中へ入り、朝顔の花を持って来たりする。この秋の庭は、絵に描きたいほどの趣があり、源氏を遠くから知っているだけの人でも、その美しさを敬愛しない者はいない。物事の美しさや情感、風情を理解し、共感できる心を持っているようなものだ。各々の身分に応じて、愛している娘を源氏の女房にさせたいと思う人や、相当な女性であると思う妹を持つ兄が、ぜひ源氏の出入りする家の召使にさせたいと思った。ましてや、何かの折に源氏から優しい言葉をかけられる女房、この中将のような女は、この幸福を軽んじているわけではなく、恋人になろうとは思いも寄らず、女主人の所へ毎日来てくれることが嬉しいだろう。惟光が担当している五条の女性の家のことを探る件は、惟光は様々な情報を集めてきた。源氏の美しさや魅力が、源氏と関わり幸福や喜びが増え、愛する娘や妹を源氏の近くに置きたいという思いになる。また、惟光が五条の女の家のことを調べたが、まだ誰であるかは分からず、隠れていたが、隠れていることが知れないようにと苦労したが、暇なので南の高い窓のある建物へ行って、牛車の音がすると若い女房たちは外を覗いている。主人らしい女も時には、そちらへ行っているが、かなりの美人らしい。この間、先払いの声を立てて通る車があったが、童女が後ろの建物の方へ来て、早く覗いてごらん。中将が通りにいますよと言うと、相当な女房が出てきて、静かになさいと手で押さえ、なだめるようにしながら言った。
2024.07.17
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源氏物語〔4帖夕顔 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、空蝉に対して強い態度を取り続けたことで、空蝉に負けたくないという反抗心を抱いた。そのため、源氏は空蝉を忘れることが少なく興味も失ってない。以前は空蝉のような高位の女性が源氏の心を引くことはなかったが、雨夜の出来事を経て、源氏の好奇心は広がるばかりだった。伊予介が上京し、源氏を訪ねたとき、源氏は伊予介を真面目な男と認識し、自分の心の暗い部分を反省するようになった。伊予介が娘を連れて結婚し、次に妻を同行させるという噂を聞いた源氏は、空蝉が遠くへ行くことに耐えられず、空蝉に近づくための策略を考えるが、機会を作るのは難しかった。空蝉は源氏に完全に忘れ去られることを悲しんでおり、時折手紙で優しい心を示している。空蝉の簡単な文字には可憐な感情が混ざり、芸術的な文章も書いて源氏の心を惹きつける。だが、源氏は冷淡な感情を抱きながらも、空蝉を忘れられないと時折思い出す。もう一人の女は結婚しており、源氏は彼女の事についてはあまり気にしていない。しかし、この時期の源氏は初恋の苦悩の中であり、左大臣の家への訪問も減り、六条御息所との関係も以前のようには熱心ではなくなっていた。源氏は自分の態度によって女の名誉が傷つくことになってはならないと思うが、夢中になるほどその人の恋しかった心と今の心とは、かけ離れているものだった。六条御息所は物事を深く考え込む性格で、源氏よりも八歳上。その年齢から不釣り合いな相手に恋をして、たびたび愛されない運命について悩むことが多かった。ある霧の濃い朝、源氏が帰る際には、御息所の女房の中将が几帳を引いて格子を少し上げ、貴女に見送らせるようにした。その時、六条御息所は頭を上げて外を見つめて、彼女は植え込みの花々に心を奪われ、立ち止まる源氏を眺めた。源氏は非常に美しく、廊下に向かう間に中将が供をした。中将は淡紫の薄物の裳をきれいに結んで、その腰つきは艶やかだった。源氏は振り返って曲がり角で中将を見つめ、彼女の優雅な態度や額髪(ぬかがみ)のかかり方も美しく、主従の礼を守る姿勢もすばらしかった。
2024.07.16
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源氏物語〔4帖夕顔 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏の牛車が進む道を、先行する人が馬上で持つ松明の明かりは弱く、暗闇をかすかに照らしているだけで、牛車の室内の光は外に漏れず、外から見える範囲が限られているが、源氏の車はその状況下でも前へ進んでいた。六条御息所が住む邸宅は広く、美しい庭があり、内部も気品があり、快適に暮らせるように整えられていた。六条御息所はまだ源氏の完全な所有物でなく、打ち解けぬ気高い女性を扱うことに心を奪われ、夕顔のことを思い出す余裕もなくなっていた。源氏は早朝に帰宅する事が多く、その姿は世間から称賛されるほどの美しさであった。ある朝、源氏は五条の門の前を通りかかった。これまで通り道ではあったが、最近興味を持ち始め、その家には行き来するたびに目を留めるようになった。そんな時、惟光が現れ、病気のため手が離せないと言いつつ、源氏の近くに座った。惟光は、隣の家の事について、この家には最近、ある人物と同居しているようで、人物の正体は家の者にも秘密にしていた。時々、垣根越しに覗き、簾の隙間から若い女性たちの姿が見える。彼女たちは主人が不在の時にしか腰から下に衣を着けなく、昨日、夕日が家の中に差し込んでいる時、一人の女性が座って手紙を書いてた。六条御息所の隣の家に新たに住む若い女性の顔は美しく、物思いに沈んでいるように感じ、家の中には泣いている女性もいたようだと源氏に告げた。源氏は笑顔でいたが、より詳細に情報を知りたいと惟光に告げた。源氏は、自分の身分を理由にしても、このように若く美しい女が恋愛に興味を持たない筈がない。隣の家の内情に興味を持ち、機会を見計らって隣の女性に手紙を送ったところ、すぐに書き慣れた上手な字で返事が来た。どうやら、とても良い若い女性がいるようだ。だが、その女の正体が分からないのは何か不安だと源氏は言う。源氏が隣の家の若い女に興味を抱き、社会的に低い身分に属する家の女であっても、意外な魅力や特質を持つ女性を見つけることがあれば喜ぶだろう。源氏は空蝉の冷淡さを思い浮かべ、もし、空蝉が言うままになる女だったら、悔む思いもなかったと、時折思い出していた。
2024.07.15
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源氏物語〔4帖夕顔 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、惟光に対して隣の家のことについて尋ねるが、主人の好色な嗜好を知っているため、冷淡な返答をし、惟光は現在母の家に滞在しており、病人の世話をしているため、隣のことを詳しく知らないと言う。しかし、源氏は興味を示し、扇を見せながら隣の家の詳細を調べるように依頼する。惟光はその後、隣の家の番人と話をし、地方庁の役人の家であり、主人は田舎へ行っている間に、風流好きな細君とその姉妹たちが出入りしていることを報告した。源氏が周囲の情報に興味を持ち、人々に詳細を尋ね、惟光が源氏の気まぐれな性格をよく理解していた。惟光は源氏の好色な癖が出てきたと感じた。源氏が隣の家について尋ねた時、惟光は源氏の好色癖が始まったと思った。女性や風流な事柄に関心を持ち、源氏が隣の家の女について尋ねるが、惟光は母の家に滞在して、病人の世話をしているため、隣のことは詳しく知らないと答えた。この冷淡な返答に対して、源氏は女の事を聞いたので面白く思わないのだろうか。この辺のことに詳しい人を呼んで聞いてごらんと言う。その後、惟光は隣の番人に状況を聞き、その家が地方庁の介の家であり、主人は田舎にいる間に若い風流好きな細君とその姉妹たちが出入りしている事を源氏へ告げる。源氏は、後宮にいる女房たちに対して、自分が源氏であるという認識で物腰柔らかに接し、軽い冗談を言ったりしていた。その中で、下の階級の女性から歌が届いたが、それに対してどう返事をするか戸惑っていた。源氏は女性に好かれやすい性格であり、礼儀を欠いた事も出来ず、別の字で懐紙に、「寄りてこそ それかとも見め 黄昏れに ほのぼの見つる 花の夕顔」と歌を書いた。夕方に微かに光が差し込む中で夕顔の花を見つけたという情景を詠んだ。その後、源氏は侍従にこの歌を持たせ、夕顔の花を折って隣の家の貴人に贈った。その家の人は源氏を知らないため、源氏の行為に戸惑いつつも、礼儀として返事を用意した。このやり取りに関して、後宮の人たちはどう対応するか話し合うが、身分が低い侍従は使命を果たしただけで帰ってきた。源氏の車が進む道を、先行する人が馬上で持っている松明の明かりは弱く、暗闇をかすかに照らしているだけだった。
2024.07.14
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源氏物語〔4帖夕顔 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。他人に対して悲しんでほしいというのは別にして、源氏とその兄弟たちが互いに手や目で合図を送り合っているという場面描写であり、特定の状況や心情を示している。そして、源氏が乳母に同情して微妙な感情や人間関係がうかがえる。夕顔は幼少期に母や乳母を早く失い、その中で役人が大勢いる中でも特に親しく感じていたのはあなただった。大人になってからは、以前のようにいつも一緒にいることができず、思い立った時にすぐに訪ねることもできない状況になっているとのことで、それでもあなたと長い間会えないと心細い気持ちになった。生死の別れというものがなければよいという古代の人々の言葉を引用し、自分もそのように感じている。深い愛情と寂しさ、そして死別の哀しみを含んだ感情を表し、しみじみと話して、袖で涙を拭いている美しい源氏を見ては、この方の乳母でありえた我が母もよい前生の縁を持った人に違いないという気がして、批難がましくしていた兄弟たちも、しんみりとした同情を母へ持つようになった。源氏が引き受けて、もっと祈祷を命じてから、帰ろうとする時、惟光に蝋燭を点させて、さっき夕顔の花が載せられて来た扇を見た。よく使い込んであって、よい薫物の香のする扇に、きれいな字で歌が書かれてある。心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花(心の向かう先が、もしかすると見ているのかと思わせるような白露の光に照らされた夕顔の花)源氏が自分の心のあり方や感情を表現するために使われ、白露の光が夕顔の花に照らされているという情景は、静かで美しい光景を描写しており、その中で源氏の内面の複雑な感情が表現されている。文字を綺麗に一直線で揃えず、多少バラバラに書くスタイルの散らし書きの字は、紙全体に均一な墨の量と濃度を維持し、その散らし書きの字が上品に見えた。意外だった源氏は、風流遊戯をしかけた女性に好感を覚えた。
2024.07.13
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源氏物語〔4帖夕顔 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。夕顔は、白い花を手で提げては不恰好な花ですから、扇に載せてあげなさいと言う。補佐役は、夕顔の花をこの時、門を開けさせ出て来た惟光(これみつ/藤原惟光)の手から源氏へ渡してもらう。鍵の置き場所が分からなくて、よいも悪いも見分けられない人の住む界わいだが、見苦しい通りに待たせて失礼をと惟光は恐縮していた。車を引き入れて源氏の乳母の家へ下りた。このごろは、惟光の兄の阿闍梨、 乳母の婿の三河守、娘などが皆ここに来ていて、こんなふうに源氏自身で見舞いに来てくれたことを非常に感謝しており、尼も起き上がっていた。もう私は死んでもよいと見られる人間なんですが、少しこの世に未練を持っており、こうしてあなたにお目にかかることがあの世ではできないから、尼になった功徳で病気だったが快方へ向かい、あなたの前へも出られたから、もうこれで阿弥陀様のお迎えも快く待つことができると言って弱々しく泣いた。長い間恢復しないあなたの病気を心配しているうちに、こんなふうに尼になり残念です。長生きをして私の出世する姿を見て、そのあとで死ねば九品蓮台(極楽浄土に往生するとき、連れていってくれる蓮の台)の最上位にだって生まれることができるだろう。この世に少しでも満足しない心を残すのはよくないと、源氏は涙ぐみ言っていた。欠点のある人でも、乳母というような関係でその人を愛している者には、それが非常に立派な完全なものに見えるから、まして養い育てている君主がこの世の誰よりすぐれた源氏の君であっては、自身までも普通の者でない誇りを覚えている夕顔であったから、源氏からこんな言葉を聞いてはただうれし泣きをするばかり、息子や娘は母の態度を飽き足りないほど歯がゆく思い、尼でありながらこの世への未練を断ち切れないようなものである。
2024.07.12
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源氏物語〔4帖夕顔 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。夕顔とは、源氏の後宮に入った女性で、彼の愛人となるが多くの女性へ強引に関係を契り、今の世では考えられない。4帖では「夕顔」が描かれ、源氏が幼少期に出会った女性で、美しい容姿と優れた才能を持ち、成長した源氏が夕顔と再会し、彼女に深い愛情を抱く。夕顔は源氏の後宮で暮らし夕顔の美しさや優雅さに惹かれる。後宮では女性が源氏の愛を巡って競い合い、夕顔もまた時には他の女性との諍いも生じる。夕顔は、源氏物語の中で愛と嫉妬が絡み合う帖の一つで、源氏の心情や女性たちの複雑な感情が描写され、当時の貴族社会の情愛や女性の地位、人間の心理が浮き彫りにされている。源氏が六条に恋人を持っていた頃、御所から六条へ通う途中、相当重い病気を患い尼になった大弐の乳母を訪ねようとして、五条辺の家を訪れたが、車を入れる大門が閉めてあり、従者に呼び出させた乳母の息子の惟光(これみつ)が来るまで、牛車に乗ったままで源氏は立派とは言えない、その辺の町を車からながめていた。惟光の家の隣に新しい檜垣を外囲いにして、建物の前の方は上げ格子を四、五間ずっと上げ渡し高窓式になって、新しく白い簾を掛け、そこから若い綺麗な額を並べて、何人かの女が外をのぞいている家があった。高い窓に顔が当たっているその人たちは非常に背の高いように思われる。源氏はどんな身分の者たちが集まっている所なのか、風変わりな家だと思った。今日は牛車を簡素なのにして目だたないようにして、先導の人払いの声も立てず、自分が誰であるのか町の人は気が付かないと、風変りな家を覗いた。門の戸も格子を取り付けた板戸になっており板戸が上げられ、下から家が全部が見える簡単な作りで、哀れに思ったものの、ただ仮の世の姿であり、宮殿も藁屋も同じという歌が思われ て、我々の住居だって一所だとも思えた。軒の先端部分に垂木の端を隠すため取り付けられる横材に青々とした蔓草が巻き付き、白い花が嬉しそうに揺らいでいた。白く咲くのは何の花かと歌を口ずさんでいると、源氏を護衛する近衛の随身が車の前に膝を屈め、あの白い花は夕顔と言う人間のような名で、このような卑しい家の垣根に咲くものと言う。その言葉どおりで、貧しげな小さな家のこの通りのそこかしこに白い花が咲いていた。源氏が、気の毒な運命の花と言う事か、一枝手折って来なさいと言うと、格子を取り付けた板戸の門のある中へはいり護衛は花を折った。しゃれた作りになっている板戸の口に、黄色の生糸を練らないで織った絹織物の袴を長めにはいた愛らしい少女が出て来て随身を手招いて、 白い扇を色が着くほどの薫物を渡した。この少女が夕顔である。
2024.07.11
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ8(完)〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。小君が姉のところへ行ったが、空蝉は待っていたようにきびしい小言を小君へ言った。ほんとうに驚かされてしまい私は隠れてしまったけれど、誰がどんな想像をするかも知れないので、浅はかな事ばかりするあなたを、かえって軽蔑されないかと心配すると言う。源氏と姉の間に立ち、どちらからも受ける小言の多い事を小君は苦しく思いながら歌を出す。さすがに中を開けて空蝉は読んだ。抜け殻にして源氏に取られた小袿(こうちぎ)が、見苦しい姿になっていなかったかなどと思いながらも、その人の愛が身に沁んだ。空蝉の思い煩う心は複雑だった。西の対の人も今朝は恥ずかしい気持ちで帰って行った。一人の女房すら気が付かなかった事件だったので、源氏はただ一人で物思いにふけり、小君が家の中を往来する影を見ても、胸を躍らせる事が多いにも関わらず手紙はもらえなかった。これを男の冷淡さからとはまだ考える事ができないので、蓮葉な心(軽率な事)にも愁を覚える日があったであろう。冷静を装っていながら空蝉も、源氏の真実が感じられるにつけて、娘の時代であったならと、かえらぬ運命が悲しくばかりで、源氏から未た歌の紙の端に、「うつせみの羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな(空蝉の羽に着いた露が、木陰からは見えないように、私の袖も人目につかずにひっそりと涙に濡れる)」こんな歌を源氏へ書いていた。「空蝉」は、源氏物語の中で光源氏との逢瀬を初めて拒んだ女性で、もともとは上流貴族の家柄で、宮中に勤めることを望んでいたが、父の死により家が没落して、老いた地方官僚へ嫁いだ。空蝉とは、蝉の抜け殻の事で、源氏が口説こうと部屋に忍び込んだ時、上着のみ残しするりと逃げてしまったことから空蝉と呼ばれた。空蝉は源氏を拒んだが一度のみ結ばれている。源氏のことは内心魅力的に感じたが、拒み続けた。だが夫の死後、継息子が空蝉に言い寄るようになり、距離を置くため空蝉はまだ若いのにも関わらず、俗世の暮らしを捨て仏門へ入る。
2024.07.10
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。小君(空蝉の弟・小君。空蝉に源氏からの和歌を渡したり、家へ行く手助けをしたりする)は憎らしく思って、外へ出るだけと言いながら源氏を戸口から押し出した。夜明けに近い時刻の明るい月あかりに、老女は人影を見てもう一人はどなたと聞き、民部さんで、背の高い人と言う。朋輩の背の高い女性のことで、老女は小君と民部が一緒に行くのだと思っていた。今にあなたも負けない背丈になりますよと言いながら、源氏たちの出た妻戸から老女も外へ出て来たので、困りながらも老女を戸口へ押し返す事もできずに、寝殿造りの渡殿で立っていると、源氏のそばへ老女が寄って来た。私は腹の具合が悪く部屋で休んでいたが、不用心だからと呼び出された。でも、どうも苦しく我慢できないと伝え、痛いからまた後でと言い、去ってしまった。やっと源氏はその場を離れることができた。欲望のまま動く冒険はできないと、源氏は懲りた。小君を車の後ろに乗せて、二条の院へ帰った。その人に逃げられた今夜の経過を源氏は話し、お前は子供だ、やはりだめだと言い、小君の姉の態度が思い通りにいかないと語った。源氏が気の毒で小君は何も返答することができない。源氏は小君に姉さんは私を嫌っているようだから、嫌われる自分が嫌になった。せめて話す事ぐらいしてくれても良いではないか。私は伊予介より面白くない男に違いないと、恨めしい思いから言った。そして持って来た薄い小袿を寝床の中へ入れて寝た。小君をすぐ前に寝かせながら、恨めしい気持ちも、恋しい心持ちも言っていた。お前はかわいいけれど、恨めしい人の弟だから、いつまでも私の心がお前を可愛く思うかどうかと、真面目そうに源氏が言うのを聞いて、小君はがっかりしていた。しばらく目を閉じていたが、源氏は寝られなく、起きるとすぐに筆を取り、文を無駄書きのようにして「空蝉の身をかえてける木のもとに なお人がらのなつかしきかな」と書いたが、いろいろ考えた末に書いた手紙を小君に託することはやめた。
2024.07.09
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。やっと目が覚めた女性は、驚いているだけで、源氏に対する気の毒な感情は起こらなかった。彼女は娘であるわりに生意気ではあるが、慌てる事はなかった。源氏は自分が彼女でないようにしてしまいたかったが、後で彼女を考えると、それは自分のためにはどうでもよいことである。彼女が世間をはばかるほどに冷淡だったので、このことで秘密を暴露させることはかわいそうだと思った。そのため、彼女に自分がこの家を選んだのは彼女に近づきたかったからだと告げた。少し考える人には継母との関係が分かるであろうが、若い娘心はそう思い至らなく、彼女に憎しみはなかったが、彼女の心を惹きつける点がないと感じた。この時でさえ源氏の心は無情な人の恋しさでいっぱいだった。自分の思い詰め方を笑っている人がどこにいるのか、この真実の心は普通ではないと嘲笑する気になっても、やはり彼女が恋しいのである。だが、何の疑いも持たない新しい情人も可憐に思われる点があり、源氏は言葉巧みに後の約束をしていた。公然の関係よりもこうした忍びの中の方が恋を深めるものだと昔から言う。あなたも私を愛して下さい。私は世間への配慮をしているが、思い通りの行為はできない。あなたの側でも父や兄がこの関係に好意を持ってくれそうで今から心配している。忘れずにまた逢いに来る私を待って下さいと、安っぽい浮気男のような口ぶりで言っていた。人にこの秘密を知られたくないので、私からは手紙を出しませんと、女性は素直に言っていた。皆に怪しまれるようにしてはいけないが、この家の小間使いに頼んで私も手紙を出そう。だが、気をつけないといけませんよ、秘密をだれにも知らせないようにと言い置き、源氏は恋人がさっき脱いで行った一枚の薄衣を手に持って出た。隣の部屋に寝ていた小君を起こすと、源氏のことを気にかけながら寝ており、すぐに目を覚ました。小君が妻戸を静かに開けると、老女の声で、誰ですかと大げさに言うので、面倒だと思いながら小君は私だと言う。こんな夜中にどこへ行くのですかと、老女がこちらへ歩いて来る様子である。
2024.07.08
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。小君のために妻戸を上げに来た童女もそこに入って一緒に寝た。しばらく寝床に横になってみせた後で、小君はその隅の部屋から差し込む灯りの方を、広げた屏風で隔ててこちらの暗い部屋へ源氏を引き入れた。人目について恥をかくのではないかという不安を感じながら、源氏は導かれるままに中央の母屋の障子の垂れ幕をかき分けて中へ入ろうとした。それはきわめて慎重に行われたが、家の中が静かな時間には、柔らかな源氏の衣服の音も聞こえた。女は最近源氏から手紙が来なくなったことを、安心の材料にしようと思っていたが、今も夢のようなあの夜の思い出を懐かしく思い出し、安らかな眠りにつけないことがあった。人知れぬ恋は昼間は終日彼を思い巡らし、夜は眠れぬことが多かった。碁の相手の娘は、今夜はこちらで泊まると言って若々しい話をしながら眠ってしまった。無邪気な娘はよく眠っていたが、源氏がこの部屋へ近づくと、衣服の香りが漂ってくるのに気づいて、女は顔を上げた。夏の薄い障子越しに、人が動くのが暗い中でもよく感じられた。静かに起き上がり、薄着の単衣を一枚身に着けてそっと寝室を抜け出た。入ってきた源氏は、外に誰もいないことを確認し、女性が一人で寝ているのを見て安心した。帳台から下の方に二人ほど女房が寝ていた。掛けてある着物を掻き分けて近寄った時に、あの時の女性よりも大きい気がしていたが、まだ源氏は彼女を恋人だと思っていた。彼女がよく眠っていることに疑問を感じ、やっと源氏は彼女でないことがわかった。あきれると同時にくやしくなったが、彼女に人違いであると言ってここから出て行くことも怪しまれることで困ったと源氏は思った。彼女が隠れた場所に行っても、自分から逃げようとする人は自らに会いたいとは思わないだろうし、あなどり無視した扱いされるだけだろうと感じ、もしこれがあの美しい女性であれば、今夜の情人にこれをしておいてもよいと思った。これでつれない人への源氏の愛情もどれほど深いかと思われるだろう。
2024.07.07
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。若い源氏は、その女性の考えが浅く軽率な振る舞いに興味を持ったものの、彼がこれまで見てきた女性は皆、礼儀正しく、控えめな振る舞いをしていた。そんなだらしない女性の姿を見るのは初めてであり、隙見男の存在を知らない女性はかわいそうだと思ったが、もう少し立っていたく、小君が縁側へ出てきそうになり、静かにそこを退いた。暫くして、妻戸の向かいに立っていると、小君がやって来た。彼女は申し訳なさそうな表情をしていた。普段いない人が来ています。姉のそばへ行かれないと小君が言った。そして今晩のうちに帰るのだろうか。逢えなくてはつまらないと源氏が尋ねたが、そんなことはないでしょうと言う。あの人が行ってしまっても、私が面倒をよく見ますと彼女が答えた。彼女は成功の自信があるように言ったが、子供であるが故に目は鋭く、うまくいく可能性があると源氏は思った。碁の勝負がいよいよ終わったのか、人が分かれて行くような音が聞こえた。若様はどこにおられますか。この格子を閉めますよと小君が言い、格子を中からこつこつと鳴らした。もう皆寝ているから、入って行って上手くしなければと源氏が言った。小君も、姉の心を動かせそうにないことを知り、相談なしに、人の少ない時に源氏を寝室へ案内しようと考えていた。紀伊守の妹もこちらにいるのか。私に隙見させてくれと源氏が言った。そんなこと、格子には障子が添えて立ててあるからと小君が答えた。その通りだ、いやそうだけれどと源氏は思ったが、見たとは知らないふりをするだろうと、かわいそうだと思いながら、ただ夜が明けるのを待つ苦痛を言っていた。小君は、今度は横の妻戸を開けさせて中へ入った。女房たちは皆、すでに眠っていた。風がよく通るから、この敷居の前で私は寝ますと言って、小君は板間に上敷を広げて横になった。女房たちは東南の隅の部屋に皆入って寝たようである。
2024.07.06
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。中央の部屋の中柱に寄り添い座っているのが恋しい人ではないかと、まずその人に目が行った。紫の濃い綾の単襲(ひとえがさね)の上に何かの上着をかけて、頭の恰好が細い小柄な女性だった。顔などは正面に座っている人からは全体が見えないように注意を払っているようで、痩せている手はほんの少ししか袖から出ていなかった。もう一人は顔を東向きにしており、完全に見えていた。白い薄衣の単襲に淡藍色の小袿らしいものを引っ掛け、紅い袴の紐の結び目の所まで着物の襟が開いて胸が露出していた。極めて行儀が悪い様子で、肌は白く、よく肥えており、頭の形と、髪がかかった額が美しい。目つきと口もとに愛嬌があり、派手な顔である。髪は長くはないが多くて、二つに分けて顔から肩へかかるあたりが美しく、全体的に朗らかな美人に見えた。源氏はその姿に興味をそそられ、「だから親が自慢にしているのだろう」と考えた。静かな性質を少し持ち合わせているように思え、源氏はそれに少し親近感を覚えた。碁が終わり駄目石を入れる時など、彼女の巧みな動作が目に留まり、蓮の葉に水が滴るように華やかさを放っていた。一方、奥の方の人は彼女の行動を静かに制して、「まあお待ちなさい。そこは両方とも同じ数でしょう。それからここにもあなたの方の目がありますよ」と声をかけるが、彼女は「いいえ、今度は負けましたよ」と言う。「そうそう、この隅の所を勘定しなくては」と指を折って数えていた。その様子を見ていると、無数だと言われる伊予の温泉の湯桁の数も、この人にはすぐに理解できるだろうと思われた。少し下品で、袖で口元を掩うようにして隙見男に顔を見せないが、彼女が今一人に目をじっと向けていると次第にその容姿がよく分かってきた。少し腫れぼったい目のようで、鼻なども整っているとは言えない。華やかなところは見当たらず、一つずつ言えば醜い顔であるが、姿勢が良く、美しい彼女よりも人の注目をより多く引く価値があった。派手な愛嬌のある顔を性格からあふれる誇りに輝かせて笑う彼女は、一般的な見方からすれば確かに美人である。
2024.07.05
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源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。相手からの手紙が途絶え、彼女が私を憤慨しているのだと感じたが、自分を忘れるのは寂しいとも思った。しかし、無理に彼女を引き留めることはしたくない。その思いに苦しむ中で、このまま終わりにするのも悪くないと考え、理性と感情がせめぎ合っていた。源氏の振る舞いに不満を感じつつも、ただそのままにしておくわけにはいかないという焦燥感が私を襲った。あの冷酷で妬ましい男は、他に類を見ない。忘れようとしても、自分の心がそれを許さないから苦しんでいるのだ。彼女はいつも私にもう一度会えるような好機を作ってくれと言った。困惑しながらも、私は彼女を源氏に必要とされる存在にしてくれることに喜びを感じていた。子供心で機会を窺っていたが、やがて紀伊守が任地に赴任するなどして、女の家族だけが残されたある日の夕暮れ、見極めが難しいほどの時間に、私は自分の車に源氏を乗せて家へと連れてきた。案内者が子供であるため、源氏は不安を感じたが、慎重になどして急ぐことでもなかった。目立たない服装をして紀伊守家の門が閉まる前にと急いだ。子供であるため、家の侍などが出迎えることはなかったので、まずは安心した。東側の妻戸の外に源氏を立たせて、小君自身は縁を一回りしてから、南の隅の座敷の外から元気よく戸をたたいて中へ入った。女房が、「そんなに大騒ぎしないでください、人がお座敷を見ますよ」と小言を言っている。「どうしたの、こんなに今日は暑いのに早く格子を下ろしたの?」と尋ねると、「お昼から西の対-寝殿の左右にある対の屋の一つ-のお嬢様が来ていらっしゃって碁を打っていらっしゃるのです」と女房が答えた。源氏は、恋人とその継娘が碁盤を中にして対局しているのをのぞき見ようとして、口を開けて妻戸と御簾の間に立った。小君が上げた格子がまだそのままになっていて、外から夕明かりが差し込んでいるため、西向きにずっと向こうの座敷まで見えた。こちらの部屋の御簾のそばに立てた屏風も端の方が都合よく畳まれている。普段なら目障りになるであろう部屋の間仕切りや目隠しも、今日の暑さで上げられ、さおにかけられていた。灯りは人が座る近く置かれていた。
2024.07.04
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ33 完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。「帚木の心を知らでその原の道にあやなくまどひぬるかな/帚木のように心が定まらないまま、その原の道で理由もなく迷ってしまった」と遠くから見ると見え、近づくと見えなくなるという帚木のように、あなたの心が情を装いながらも冷淡だとは知らずに、虚しい恋路に迷い込んでしまったこと。今夜の気持ちは言葉にできない」と私は小君に言い放った。彼女もまた眠れずに苦しんでいた。そこで、「数ならぬ伏屋におふる身のうさにあるにもあらず消ゆる帚木/自分の辛い境遇が取るに足らないものだと感じながらも、その苦しさが時折現れては消えていく」という歌を弟に頼んで伝えた。取るに足らない身分の私は、帚木のように目には見えるが手に触れることのできない存在として、あなたの前から姿を消すつもりですと。小君は源氏を同情し、彼の気持ちを知りながら、他人に怪しまれないように往ったり来たりしている私を心配していた。酔った従者たちはいつものように眠りについたが、源氏だけは不機嫌で眠れなかった。普通の女性とは異なる強い意志を持つ相手に対する嫉妬と、一瞬はもうどうでもいいと思ってもすぐに恋しさが襲ってくる。彼女を隠れた場所へ連れて行ってくれないかと頼んでも、戸を開ける気配もなく、女房も多く、そこへ行くのは無駄だと小君が言った。源氏を気の毒に思った小君は、もういいわ、あなただけでも私を愛してくれるならと言い、源氏を自分の側に寝かせた。若く美しい源氏が自分の横にいることに子供のような喜びを感じた。源氏物語〔3帖空蝉 うつせみ1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語3帖空蝉の研鑽」を公開してます。空蝉(うつせみ) 伊予介の後妻。衛門督の娘。光源氏が口説こうと部屋に忍び込んだが、上着のみを残してするりと逃げてしまったことからそう呼ばれる。 しかし、空蝉が光源氏を拒んだのは、空蝉の夫への誠意による行動で、光源氏のことは内心では魅力的に感じていたが伊予介(後年は常陸介)の死後、出家。のちに、二条東院へ引き取られる。「空蝉(うつせみ)のわが薄衣(うすごろも)風流男(みやびお)に馴れてぬるやとあぢきなきころ」眠れない源氏は、「私はこれまでこんなにも冷たくされたことがない。今夜、初めて人生が悲しいものだと悟った。恥ずかしくて生きていけない」と口にするのを、小君は涙を流しながら聞いていた。彼女は源氏が非常に可愛らしいと感じた。彼の小柄な体や、以前触れたことのあるあの人の髪と似ているように感じられ、懐かしい気持ちがした。女性を巻き込むことは不快だと思われたし、また本当に嫉妬心から行動しているのであれば、それ以上口を出すこともやめ、翌朝早く帰る源氏を、小君は気の毒で何とも言えないと感じた。
2024.07.03
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ32〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。自分自身に逢おうとして払われる苦心は女の身にうれしい事ではあったが、だからといって、源氏の言うままになり、自己が何であるかを知らないように恋人として逢う気にはなれない。夢であったと思う事もできる過失を、また繰り返す事になってはいけない。妄想で源氏の恋人気どりになって待っている事は、とてもできないと女は強い意志を持ち、小君が源氏の座敷の方へ出て行くと直ぐに、あまりにお客様の座敷に近いから失礼な気がする。私は少し体が辛くて、腰でも叩いてほしいから、遠い所のほうが都合がよいと言い、渡殿で持っている中将という女房の部屋へ移って行った。初めから計画的に来た源氏であるから、家従たちを早く寝させて、女へ都合を聞かせに小君をやった。小君に姉の居所が見つからなく、やっと渡殿の部屋を捜しあてて来て、源氏への冷酷な姉の態度に心を痛めた。こんな事をして姉さんは、どんなにか私が無力な子供だと思われると、もう泣き出しそうになっている。なぜお前は子供のくせに悪い役なんかするの、子供がそんな事を頼まれてするのは駄目な事なのだと叱り、気分が悪く女房たちを傍へ呼んで介抱してもらっていると言えばいい。 皆が怪しがりませんかと取りつく島もないように姉は言うが、心の奥底では、もし父が生きていて源氏を迎えることができたならば、どれだけ自分は幸福だったであろうと考えている。女は源氏の愛情に応えることができない状況にあり、人妻という立場があるために冷淡な態度を保ち続け、どうしても人妻という束縛は解かれない。どこまでも冷ややかな態度を押し通して、この冷淡さを変えまいという気に女はなっていた。女は源氏がどのように計画を進めてくるかに関心を抱きつつも、彼女の頼りにする小君からの報告で源氏の試みが失敗に終わったことを知り源氏は女性の冷淡な態度に対して深い失望を感じ、自分が恥ずかしく思えるほどの感情を抱いた。暫らく沈黙した後、源氏は愛情が報われない事への苦悩と、女の冷淡な態度に深い失望と恨みを抱いた。
2024.07.02
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ31〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。源氏から新しい手紙が小君(小少将の君)に渡されたが手紙の内容は、お前は知らないと思うが、伊予の老人よりも私は先に姉さんの恋人だった。頸の細い貧弱な男だからと、姉さんはあの不恰好な老人を良い人に持ち、今も知らないなどと言って私を軽蔑している。だけどお前は私の子になっていなさい。姉さんが頼りにしている人は先が短いと思うと源氏がでたらめを言うと、小君はそんな事もあったのか、申し訳ない事をする姉さんだと思う様子を可愛いと源氏は思った。小君は始終源氏の傍に居て、御所へも共に連れられ行ったりしていた。源氏は自家の衣裳係に命じて、小君の衣服を新調させたりして、言葉どおり親代わりらしく世話をしていた。女は始終源氏から手紙をもらっていたが、弟はまだ子供であり、不用意に自分の書いた手紙を落とすようなことをしたら、もとから不運な自分がまた正しくもない恋の名を取って泣かねばならないことになるのは、自分がみじめであるという考えが根底になっており、恋を得るという事も、こちらにその人の対象になれる自信のある場合にだけある事で、自分などは光源氏の相手になれる者ではないと思う心から返事をしなかった。ハッキリと見たわけではないが美しい源氏を思い出さないわけではなかった。 真実の感情を源氏に知らせても何にもなるものでないと、苦しい反省をみずから強いている女で、源氏はしばらくの間もその人が忘られなく、気の毒にも恋しくも思った。女が自分とした過失に苦しんでいる様子が目から消えない。本能の赴くままに忍んで会いに行く事も、人目の多い家でありその事が知れては困る事になる、自分のためにも、女のためと思っては悩み苦しんだりしていた。またずっと御所にいた頃、源氏は方角の障りになる日を選んで、御所から来る途中で突然に気付いたようにみせ紀伊守の家へ来た。紀伊守は驚きながら、庭先の草木の露が零れるほど濡れておりしみじみ落ち着いた気分だと挨拶していた。小君の所へは昼のうちからこんな手はずにすると源氏は言っており、約束ができていた。始終そばへ置いている小君であったから、源氏はさっそく呼び出し、女の方へも手紙が行っていた。
2024.07.01
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ30〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。源氏の手紙を弟が持って来たが、弟がどんな想像をするだろうと苦しんだが、弟は手紙を読むつもりであり、きまりの悪さを隠すために顔の上で手紙をひろげた。女は手紙を読むに連れ呆れて涙さえも零れて拭っていた。さっきから体は横にしていたのである。手紙は長かった。終わりに、見し夢を逢ふ夜ありやとなげく間に目さへあはでぞ頃も経にけると、眠ることができないほど貴女のことを想っていると添えてあるが、この時、女(空蝉)は、伊予介の妻で紀伊守の継母である。源氏から恋文をもらおうとも、付き合いは出来ないと思った。手紙は目もくらむほどの美しい字で書かれてあり、涙で目が曇って、しまいには何も読めなくなり、苦しい思いをしていたが、新しく加えられた運命を思い続けた。翌日源氏の所から紫式部の同僚の小君(小少将の君)が召された。出かける時に小君は姉に返事をくれと言った。あのような手紙を頂くはずの人がないと申し上げればいいと姉が言った。間違わないように手紙を送って来られたのに、そんな返辞はできないと考えるが、秘密はすっかり弟に打ち明けられたようで、こう思うと女(空蝉)は源氏が恨めしくてならないと言うと、そんな事を言うものじゃない。大人の言うような事を子供が言ってはいげない。断わる事ができなければお邸へ行かなければいいと言った。無理な事を言われて、弟は、呼び来られたのだから、伺わないわけにはと言って、そのまま行った。好色な紀伊守はこの継母が父の妻である事を惜しく思い、取り入りたい心から小君にも優しくしてつれて歩きもする。小君が来たというので源氏は居間へ呼んだ。昨日も一日待っていたのに出て来なかったね。私だけがおまえを愛していても、 おまえは私に冷淡なんだねと、恨みを言われて、小君は顔を赤くしていた。小君はありのままに告げるほかに術はなかった。おまえは姉さんに無カなんだね、返事をくれないなんてと、そう言ったあとで、また源氏から新しい手紙が小君(小少将の君)に渡された。
2024.06.30
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ29〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。家へ帰ってからも源氏はすぐに眠ることができずにいた。再会の至難である悲しみだけをしているが、自由な男でない人妻のあの人はこの他にも色々な煩悶がある筈であると思いやっていた。優れた女ではないが、感じの良さを十分に備えた中の品であり、多くの経験を持った男の言う事には敬服される点があると、五月雨の一夜、光源氏や頭中将たちが女性の品評をする場面の話を思い出していた。この頃はずっと左大臣家に源氏はいた。あれきり何とも言ってやらないことは、女の身に とってどんなに苦しいことだろうと中川の女の事が可哀そうに思われて、始終心から離れないで苦しい果てに源氏は紀伊守を招いた。私の所へこの間目にした中納言の子供を差し遣わしてくれないだろうか。可愛い子だったから私の傍で使いたいと思うし、御所への後ろ盾もしようと言うのであった。結構な事で、あの子の姉に相談してみますと、その人が思わず引き合いに出された事だけででも源氏の胸は高鳴った。その姉は君の弟を生んでいるのと聞き、そうではなく、この二年ほど前から父の妻になっていますが、死んだ父親が望んだ結婚ではないと思うと答えると、可哀そうだが評判の娘という事で、本当に美しいのかと聞くと、悪くないが、年のいった息子と若い継母は親しくしないと言いますから、その習慣に従い何も詳しい事は分からないと紀伊守は答えていた。紀伊守は五、六日してからその子供をつれて来たが、整った顔というのではなく、艶やかな風采 を備えていて、貴族の子らしいところがあった。近くへ呼んで源氏は打ち解けて話していた。 子供心に美しい源氏の君の情けを受ける人になれた事を喜んでいた。源氏は姉の事も詳しく聞いた。答えられる事は答え、礼儀正しくしている子供に、源氏は秘密を打ち明けにくかったが、上手に嘘まじりに話して聞かせると、そんなことがあったのかと、子供心におぼろげにわかればわかるほど意外であったが、子供は深く聞き直す事もしない。源氏の手紙を弟が持って来たが、女は呆れて涙さえも零れてきた。
2024.06.29
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ28〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。衝撃的な事で心の悲しみに沈んでいる女を源氏は尤もだと思った。真心から慰めの言葉を発して いる。鶏の声がし家従たちも起き出し、寝坊をしてしまい、早く車の用意をと、そんな命令も下すのが聞こえていた。紀伊守は女の家へ方違えに来た場合とは違い、早く帰る必要はないじゃないかと言っている。源氏はもうこんな機会が作り出せそうでない事と、今後どうやって文のやり取りをすればよいか、それが出来ない事で胸が痛んだ。行こうとしてる女を源氏は引き留めて、連絡の方法を聞いた。冷淡なあなたへの恨みも、恋も、一通りできなく、今夜の事をただ泣いて思っている。源氏は思えば思うほど余計に女が艶やかに見えた。何度も鶏が鳴き、つれなさを恨みもはてぬしののめにとりあへぬまで驚かすらん(あなたの薄情さをまだ恨み足りていない明け方に、どうして鶏までもが慌ただしく私を起こそうとするのでしょうか)慌ただしい心持ちで源氏はささやいた。女は己を省みると、不似合いという晴がましさを感じ源氏から熱情的に誘われても、嬉しい事とは思わない。私としては愛情の持てない伊予の国が思われて、こんな夢を見ていないかと恐ろしかった。空蝉は身の憂さを歎くにあかで明くる夜はとり重ねても音ぞ泣かれける(我が身の不孝を嘆いても嘆き尽くせないうちに夜が明けてしまい、鳥が鳴いて私はかさねて泣かずにはいられません)と言った。どんどん明るくなり、奥の方の人も起き出して来たので騒がしくなり、襖を閉めて元の席へ帰って行く源氏は、一重の襖が越えがたい隔ての関のように思われた。直衣(のうし)を着て、姿を整えた源氏が縁側の高欄に寄り掛かっているのが、隣室の縁低い衝立の上の方から覗いて、源氏の美の放つ光が身の中へ沁み通るように思う女房もいる。残月の頃で落ち着いた空の明かりが物を爽やかに照らし、趣のある夏の曙である。だれも知らぬ物思いを、心に抱いた源氏なので、とても身に染む夜明けの風景と思ったが、空蝉に言づてする便宜がないと思い顧みがちに去った。
2024.06.28
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源氏物語〔2帖帚木 ははきぎ27〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語2帖帚木の研鑽」を公開してます。源氏が女を座敷へ抱いて行き下ろし襖を閉めて、朝迎えにと中将が聞けばどう思うだろうと、女はそれを聞いただけで死ぬほど恥ずかしく苦痛にも感じた。流れる汗に悩ましそうな女に同情を覚えながら、女に対し誠実な調子で、女の心が動くはずだと思われるほど口説き文句を言っても、女は人間の道徳に許されていない恋に共鳴してこない。こんな無理を許す事が現実の事だろうとは思わず、女は卑しい私ですが、軽蔑してもよいというあなたのお心持ちを私は深く恨みます。私たちの階級とあなた様たちの階級は、遠く離れ別々のものでと言って、強さで自分を征服する男を憎いと思う様子は、源氏を十分に反省さす力があった。源氏は女性に階級のある事は何も知らない。はじめての経験なので、多情な男のように思われるのを恨めしく思い、あなたの耳にも入っている事でしょうが、無分別な恋の冒険をしたこともありません。それにもかかわらず前生の因縁は大きな力があって、私をあなたに近づけて、そしてあなたからこんなに辱められています。 あなたの立場になって考えれば考えられますが、そんなことをするまでに私はこの恋に盲目になっています。真面目になって色々と源氏は口説くが、女の冷ややかな態度は変わる事はない。女は一世風靡の美男であればあるほど、その人の恋人になって安んじている自分にはなれないと思っていた。 冷血的な女だと思われて病むのが望みで、きわめて弱い人が強さをつけているのは、なよ竹のようで、さすがに折る事はできない。誠に浅ましい事だと泣く様子が可憐であり、気の毒だがこのままで別れたら後々まで後悔が自分を苦しめると源氏は思った。勝手な考え方をしても救われない過失をしたと、女の悲しんでいるのを見て、何故そんなに私を憎く思うのですかと。お嬢さんのようにあなたの悲しむ姿が恨めしいと源氏が言うと、私の運命がまだ私を人妻にしない時、娘だった時に貴方の情熱で思われたなら、心の迷いでも希望が持てると思いますが、夫のいる今は何もかもだめで恋も何も要らないので昨夜の事はなかった事にと言う。
2024.06.27
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