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風の橋

幸福について

NHKドキュメント 「風の橋」より


 正月のテレビ番組はどんちゃん騒ぎの品のないものが多い中で、平成8年に放送されたこの番組は今でも心に残っています。 これは、中国の山岳地帯に住む少数民族、リス族の25歳の若者一家の暮らしを紹介したものでした。

彼の家族は、2歳年上の奥さんと三人の子ども、それに95歳になるおじいさんの6人です。
電灯も水道もガスもなくランプでの生活です。土の上に囲炉裏があってそれを囲んで食事をしていました。食べていたものは、米のご飯と野菜が沢山入った汁物でした。

 一家は農業を主とした自給自足の生活をしていますが、それでも最低必要なものは町まで出かけて買ってこなくてはなりません。山奥に住んでいるためその途中には幅150mの深い渓谷があり、下は激流となっています。そこを渡るには、滑車をかけた一本のワイヤロ-プに身を委ねなければなりません。滑車が滑る時、ビュ-ンという風の音に似たうなり音がすることから「風の橋」と呼ばれていました。

 取材をした年は稲が不作で、頼みのトウモロコシもほとんど実が入っていません。生きていくにはこれまで以上に現金を手に入れることが必要でした。そのためには商品価値の高いある種の木を伐りだして売ることが、これまでなされてきた手段でした。
 彼は、村の仲間二人とともに山に入っていきます。里の近くのものはほとんど採り尽くされているため、さらに山奥に入っていかなければなりません。目的を達するには3日がかりです。

 さんざん探し歩いた後、崖っぷちにあるところに一本見つけ、危険な目に遇いながら伐り倒します。そして、一人の人間が運び出せる大きさの角材に加工していくのです。道具といえば、チェ-ンソ-や鋸があるわけではなく刃渡り50センチほどの刀しかありません。長さ1m50㎝くらいに揃え、道なき道をかき分けて村まで運び出すのですが、生木だけに重くて大変な労力を伴います。彼の分け前は2本でした。

 次は、妻と一本ずつ背負って町まで売りに行かなければなりません。親と一緒に行きたいとせがむ一番下の息子に、大好きなビスケットをお土産に買って帰ることを約束して出かけます。雨の中を途中何度も転びそうになりながら、激流の渦巻く風の橋を渡り町までたどり着くと、今度は木材商と値段の交渉です。しかし、交渉とは名ばかりで、実際は商人の言いなりに買いたたかれてしまいました。彼の始めの予想は、300元でした。しかし、結果は100元でした。三日かけて山に入り、刀一本で伐倒し角材に加工して運搬して100元でした。

 彼の表情にちょっとだけ落胆はありましたが、夫婦にすぐ明るさが戻ってきました。とりあえず急場はしのげるのです。そのお金で仲良く買い物をする彼らの後姿を見ていると、喜びが伝わってきました。

 買ったものは、塩1㎏、高価な赤身を削り落とした牛肉の脂身を500g、そして子どもと約束した牛乳たっぷりのビスケット数枚でした。しめて60元。手元にはもう40元しか残っていません。

 家に帰る頃は、外は真っ暗でした。お土産のビスケットを家族のみんなに一枚ずづ渡すと、ゆっくりと味わいながら大事に食べました。もちろん95歳のおじいさんにも一枚あげるのですが、他の子ども達と同じ様にぶっきらぼうな渡し方でした。けれども、それでいてどこか優しさが感じられるような何とも言えない雰囲気がありました。それは、もはや年老い過ぎていて家計の一部でも稼ぎ出す期待がもてなくなったお年寄りを家族の一員として大切にする心が感じられたからかも知れません。

 夕食は買ってきた脂身と野菜の煮込んだおかずです。家族みんなが顔を見合わせ「おいしいね」と言って食べるのでした。その食事風景を見る時、何と優しくて満ち足りて豊かなのだろうと思って涙が出そうになりました。

 このあと若者に、山を離れたいとは思うことはないか、またあなたにとって幸福とは何かということについてNHKの取材班が質問しました。彼は「山を離れたいとは思わない。山は欲しいものは何でも与えてくれるし、幸福とは、例えば友達が我が家にやって来た時、できるだけのもてなしで迎え入れ、ともに楽しいひとときを過ごすこと、それが一番の幸福です」という意味のことを言ったのです。

 100元のお金をを稼ごうと思えば、山を下りて町で働けばあんな苦労はしなくてよいと思います。彼には3日もかけて山に入り、木を伐りだして売るまでの労賃と、町で働く賃金の金額の比較は全く頭になかったのかも知れません。

 生きるために必要なものは何でも自然が与えてくれるという安心感のなかで暮らせること、そして愛する家族があり心開いて語り合える友達がいること、これ以上の幸福はないのかもしれません。彼の言葉を聞いて、自分にとっても幸福とはそういうことだ、と思わず声をあげてしまいました。



乾杯

焼酎飲もうよ、乾杯





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