番組構成師 [ izumatsu ] の部屋

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表と裏。


こんな記事を読んだ。



◆万引きとがめられ逃走、踏切へ 外国人男性が死亡

29日午前0時ごろ、東京都板橋区赤塚2丁目の東武東上線で、
万引きをとがめられて逃げていた外国人男性が踏切内に入り、
池袋行き上り準急電車にはねられて即死した。
外国人は所持していた外国人登録証から26歳のアジア系外国人
とみられ、警視庁が確認を急いでいる。 (asahi.comより転載)



どこの国から、この日本に来たのだろう、この青年は。
なにを求めて、繁栄するこの国に来たのだろう、26歳の若者は。
ふるさとを出るとき、異国でこのような死に方をするとは
頭のかたすみにもなかっただろうに。

同じアジアの、それも小さな島国でありながら、
世界一の経済力を持つこの国へ、なにかを求めてやってきた。
その夢は、なんだったんだろう。

一攫千金の淡い希望か、高い学問を修める知的な好奇心か、
家族の生活費をまかなうという現実か。

そのいだいていた夢がどのようなものにしろ、
青年の一生は、重い車輪の回転に消えた。

逃げるとき、青年は商品のズボンを投げ捨てて行ったという。
ズボンと引き替えに、異国で失われたいのち。

ニュースを読んで、ふと思い出したことがある。

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生きていること、生きていくことには表と裏がある。
なにが表で、なにが裏? 今の自分はどちらなのか?
若いころ、そんな思いが頭から離れなかったときがある。

「表と裏」と言っても、哲学的に深い意味じゃない。
自分の望む通りに生きていけるか、いけないか、その程度の意味。
そして、自分はそのどちらを歩むのか? 歩んでいるのか?

成功するという意味で“表”ではない。
望む方向、求める方向へ歩いているのか。
歩いていなくても、その方向を、せめて嗅ぎ取っているのか。
それを“表”とするならば、
その方向を向くことを、自分のせいであれ、環境の不可抗力であれ、
閉ざされた状態。
それが“裏”。

なにをしたらいいのか? 自分のやりたいことさえわからない。
そんな状態で生きている。
この今の状態が、自分の望む道なのか?

そんな思いのまま、社会に出て、ぼんやりしたまま、会社員となった。

今、この状態が“表”なら、“裏”へと移行するのも一瞬だ。
今、この状態が“裏”ならば、“表”は一体どこにある?

わからない。

そんなころ。
会社で仕事をさぼりつつ、パソコンに向かいチャットしていた。
「パソコン通信」と呼ばれていたころの、カタカナチャット。
実体はわからない、自称・女子大生を名乗る相手と話をしていた。
いきさつは忘れたけれど、ホームレスの話をしていた。

--アノヒトタチハ、ナマケモノ、タダノナマケモノナノヨ。

この経済力のある日本で、えり好みしなければ仕事はある。
なのに働こうとしないで、ぶらぶらごろごろ、公園で寝てる。
やる気もなければ、誇りさえない。
そんな人間なのよ、あの人たちは。単なる「ナマケモノヨ」。

その言葉に、むか、ときた。

--ソレハ、ヘンダヨ。イッショウケンメイハタライテ、
--ソレデモ、ウマクイカナカッタ、ソンナヒトモイルンジャナイ?

--ウマクイカナカッタラ、ホカノシゴトヲスレバイイジャナイ。

ぼくはホームレスの人たちに炊き出しをするつもりもないし、
まして仕事を世話するつもりもない。
と言うより、味方になったり、肩を持つつもりさえ、別にない。
しかし、彼女の言い分は決定的におかしい。そう思った。

まだ人生を生きて三分の一も経ってはいない。
だから、人生を語れない。
だけど、うまく行くだけが人生じゃない。
うまく行かないときの方が多いに違いない。

失敗を取り戻すことができるから人生。
しかし、取り返しのつかないことがあるのも人生だろう。
今は会社勤めで、仕事をさぼりつつチャットしているこのぼくも、
あすはどんな生活をしているのか、そんなことは誰にもわからない。
ボ~ッとしていても、月の25日には給料が振り込まれる生活。
それが一日で瓦解する。そんなことが現実にある。

運命という言葉は嫌いだ。
だが、自らではどうしようもない出来事、
そんなことが人生には起こりうる。
自分の努力で望みの道が必ず切り拓かれていくならば、
世の中に迷いや不安という言葉、失敗という現実はなくなる。

漠とした不安を抱きつつ、生きねばならない。それがヒト。
今、女子大生(と称するアナタ)を相手にチャットしているこの状態が表なら、
裏へ転げることなど造作もないことだ。

そんなぼくの言葉に、彼女はこう言って、落ちた。

--デモ、アノヒトタチハ、ナマケモノナノヨ、ケッキョクネ。

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異国の青年の死を知ったとき、
この死は、彼にとって表だったのか、裏なのか、
そんな問いが、ふと浮かんだ。

「なぜ? どうして?」

車輪に巻かれた刹那、
生と死の境目に、この青年の脳裏に浮かんだのは、
こんな言葉だったのだろうか。

そうだとしたら、あまりに哀しい。

(2004.05.29)




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