島流れ者 - 悪意なき本音

島流れ者 - 悪意なき本音

アメリカンルームメイトの巻 



この家の持ち主である彼女、マリアンと一番初めに会ったときに彼女はとても猜疑心の強そうな人だと思った。いろんな家を見て回る中でほとんどの人がとてもフレンドリーで、もしくはそうであるように装って、とても明るく、中には最後に、わざわざ来てくれて有難うとハグまでする人もいる中で、マリアンはまったく正反対に、明るく挨拶した私に対して笑顔のひとつも見せず、仏頂面気味だった。ところどころにこりとするときもあるが、目が笑っていない。まるで私が押し売りに来ているセールスマンでそれを煩そうにしているお客のように。

貸し出される部屋というのは実はマスターベッドルームで、例のフレンチルームメイトと住んでいた部屋の二倍もあるとても広々としたもので、しかもバルコニーから遠くの飛行場から飛び立つ飛行機まで見えるような素敵なものだった。加えて学校からもそれほど遠くないし、買い物にも便利で治安もいい住宅街だったため、すぐさまこの場所を気に入った。

マリアンはとても大柄、(はっきりいって大変な肥満体)であったため、一緒に付いてきてくれた人に、ちょっと心配かもしれないと警告された。(肥満であることはどこに言っても印象が悪く、仕事の面接やこういった状況で差別する人は多い)それでも私は見かけが問題ではないと思ったし、また始めだけ、やたら愛想いい人よりも、無愛想な人は、いったん心を開くと、とてもいい人だったりすることも多いので、その彼女の部屋を借りることにした。

彼女はその家を手に入れてかれこれ5年ほど経っていたようだが、何しろ古い家だったので、あちこち修理するのをすこしずづゆっくり自分でやっていた。ひっきりなしに家の改造計画を練っては、私との会話に、今度はあそこをこうして、それが終わったらここを直して...と言うのが常だった。私はまだ入居してまだ間もなかったので、彼女とうまくやってゆくために、多少なりとも私の出来る範囲で手伝おうと思った。

誰でもそうだが、自分の家の事は見慣れてしまって気づかないことが多いが、人の家にいくと散らかっていたり、汚いのがすぐに目に付いたりするものだ。私にとってのそれは彼女のガレージだった。本を読むのが好きな彼女は山ほどの本をガレージのあちこちの放り出し、その他にも色々な物が散乱していた。そこで、さりげなく日本の住宅事情の話をしているなかで、“多くの独身者は、こんな広い家を持っているあなたをとても羨ましがるわ。ひどいと、あのガレージと同じくらいの広さのアパートに住んでいるのよ。それと比べたら、あのまま放って置いたらせっかくの収納スペースが勿体無いわ。ちょっと片付けるだけでガレージをとても有効に使えるのに。よかったら私も手伝うけど。”と言うと彼女は乗り気になって早速あくる週末にガレージ掃除と内側の壁のペンキ塗りのプロジェクトを計画し、二日ほどの共同作業ででみちがえるほどの美しいものに生まれ変わった。

整頓することが苦手な彼女は共有空間のリビングルームはとりあえず片付けていたが、自分の部屋は荒れ放題。多くのアメリカの家には日本式の玄関というものがない。よって靴は各自のクローゼットに入れるのであるが、彼女は靴でさえも右左がばらばらに部屋のあちこちに転がっているし、脱ぎ散らかした服や、新聞や雑誌、本などはフロアーの至る所に飛び散っていた。足の踏み場が無いなんて生易しいもんじゃなく、まるで部屋が爆発したかのような状態であった。そんな中で太った人が住んでいるので言っては悪いが文字どうりの豚小屋だった。きれい好きな私はそれを見るだけで気が狂いそうになるので彼女の部屋のドアを出来るだけ閉めて視界に入らないようにしていた。

彼女はとてもケチで、仕事柄あちこち行って泊まったホテルからシャンプーや石鹸を持ってきては、バスルームの棚にこぼれるほどに積み上げていた。また、キッチンにはスーパーのビニール袋を小さく丸めるなんてことせずにそのまま放り込んでいたり、鍋、フライパンなどの整頓があまりにも悪いため、意外と広いキッチンの収納棚はガレージと同様にスペースを無駄にしまくりだった。見るに見かねて、よかったら整頓してあげるといったら大喜びでそれを私に頼んだのだった。

彼女は整頓することが出来ないばかりか、衛生面での意識が著しく欠けていた。例えば、猫を三匹飼っていたが、自分で用を足して尻を拭くわけでない彼女の猫達がぺたりと座ったキッチンのカウンターにまな板なしでチーズを直に切っていたり、また一番驚いたのが、バスルームのシンクの下にあらゆる私物、化粧品やアクセサリーが突っ込まれている中に、なんと、トイレを洗うブラシがドライヤーにぴたりとくっついたいたのだった!あまりにも信じられないので、“これはまさかトイレを洗うブラシじゃないよね?”と聞くと、“え?どうして、そうに決まってんじゃない”とまるでトンチンカンな事聞くわね!ってな顔をされてしまった。   

入居した日から私はキッチンの流しにある茶色がかったガラスのボトルに(空になったインスタント紅茶のボトル)得体の知れない液体と、沈殿物か混じっていたので、なんだろうなーとずっと不思議に思っていたら、ある日彼女が洗い物をしているのを見て目を疑った。なんと洗い物をして薄まった、しかも食べ物のカスが混じった洗剤の残り汁を次の洗い物の為にそのボトルに移して保存していたのだ。恐るべし!いくらケチな私でもそこまではしないぞ~!そこで彼女に原液を二倍から三倍に薄めて使うという、より効率的で、かつ、衛生的な方法を伝授した。初めは信じてくれなかったので、実験して証明したら、節約家の彼女は納得してそれからその方法に切り替えたのだった。

マリアンは結婚したことはない独身者であった。カレッジの心理学の教科書を出版する会社の編集者として勤めて、仕事はバリバリ出来るがプライベートではまったく味気ない生活を送っていた。寄り道せず毎日まっすぐ帰ってきては料理、といってもただブロッコリーを丸ごとでかい鍋で水煮して、脂肪抜きのマヨネーズをぶっ掛けたものや、インスタントのものをチンして食べた後、食後には決まって、でかいボウルにいっぱいのポップコーンを食べながら大好きな昔の映画を見るのが日課だった。

こんな風にいろいろ書いたから、とんでもない奴と暮らしていたんだなあ思う読者も多いと思うが、実は人間的にとても尊敬できる素晴らしい面々を持ち合わせていた。子供のころにクリスチャンである母親が付き合う移民の子供や、肌の色が違う人々と接していたためか、とても心が広くまた外国にもとても興味があり、アフリカのマスクや絵画をコレクションとしていた。それと旅行が好きで、日本にも実は二週間ほど自転車であちこち行くツアーに参加したと言っていた。彼女は私にとって大家であったし、はるかに年上ではあったが、対等に付き合ってくれ、家のプロジェクトの案を話しては私に意見を求めてきたり、私のつたない英語でも辛抱強く話を聞いてくれた。また、本当の意味で信用の出来る人だった。車がなかった私はどうしてもという時に彼女に乗せてくれるように頼んだり、英語のレポートの校正を頼んだりするたびに必ずぶすっとしながら嫌々ではあったが、必ず助けてくれた。インディアナ州出身のマリアンは、表面上とても愛想がいいが、実際は冷たいというよく居る典型的なカリフォルニアンとは正反対に、大変正直で、媚びることなく、ストレートに人と接する。だから、こういったのを慣れてない人にとっては取っ付きにくい人であるが、いざ深く付き合っていくととても頼りになる人だった。やはり私の初対面の直感は当たっていた。

彼女とは結局10ヶ月過ごしたが、つかず離れずのいい関係を保つことが出来た。その後、私がその町から車で6時間ほど離れた町に引っ越してから手紙でのやり取りが続き、私の結婚パーティに招待したら、ケチな彼女としては驚きの高級ナイフセットをお祝いとしてプレゼントしてくれた。

最近しばらく音沙汰がなくなっているが、彼女には今でも心の底から感謝している。


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