龍水御朱印帳

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2021.04.08
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カテゴリ: 神社


裳掛天満宮(もかけてんまんぐう)

岡山市東区金岡東町2-11-22

■御祭神 菅原道真公

境内のご由緒書きより

昌泰4年(901年)1月
菅原道真公九州大宰府に左遷の途次 犬島付近にて
暴風雨に遇いこの地の観音堂に難を避ける
その後 観音堂は寶琳寺となり
菅原道真公神社を鎮守として祀りあり
後岡山藩主池田光政の代
寛文年間 藩命により分離独立せしむ
菅原道真公避難の際
衣装を境内の松に掛け乾かしたるに因り
裳掛天満宮と称す


.



本 殿




宮司が常駐していないどころか、社務所さえない境内。

少なくとも50年前からこういう状態でした。

私は子供の頃、この近くに住んでいました。

氏神さまではなかったようですが、

自宅から最も近い神社でした。

小学校の同級生たちと、この境内で缶蹴りやボール遊びをしました。

みんな「天神さん」と呼んでいました。

社殿は当時のままなのだろうと思います。

しかし境内の雰囲気は、あの頃とは全く違います。


.






.
現在の境内にある2本の木。

ちゃんと確認はしていないのですが、

おそらく手前は松でもう1本は楠と思われます。

松は「御由緒」にちなんだものかも知れません。









こちらは2006年に撮った写真。

幹の太さから同じ木とは思えませんが、この木は楠のようです。

間違っていたらすみません。

私はずっと、この木は欅(ケヤキ)だと思っていました。

この木はかつてここにあった大木の子孫だと聞いていたからです。

この神社と隣の寶琳寺山門の間には、

かつて大木がそびえ立っていました。

天神さんお境内は常にその大木の「木陰」で

夏には数えきれないセミの声が、

早朝から数百メートルさきにまで響き渡っていました。


最近になって知ったことですが、

郷土史の資料によれば、かつてここにあった大木は榎(エノキ)で

樹齢は400年、高さはおよそ20メートル。

昭和の末期に枯れたと記されていました。

父からはあの大木は雷の被害を受けた後枯れたと聞いていました。

高さ20メートルがどのくらいの大木なのか想像できますでしょうか。

だいたい7階建てのビルの高さに相当するようです。

私が子供のころ(今でも周辺はあまり変わっていませんが)、

2階建てより高い建物はありませんでしたので、

その大木の存在は御神木と言うよりは、その地の主のような存在でした。
















境内社は見たことのない造り。

人の手入れがないことを想定して、耐久性を考えたものでしょうか。

一部にコンクリートが使用されているようでした。







​。
あの大木がないせいでしょうか。

境内を見ても、境内に立っても全く懐かしさが感じられませんでした。






「龍水御朱印帳・裏ばなし」
かつてあった大木が欅だったと思ったワケ(Comming Soon)

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Last updated  2021.04.09 04:09:55
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