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2008.07.09
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カテゴリ: takasaki
僕は、夜道を早足で歩きながら考える。

柚子が妊娠を告げにき、そして、彼女は産むということ、僕は産むことをバックアップすることを決めた日から、いつかはこの時がくると分かっていた。
莉花が、僕に、子供を望む日が。

莉花は子供が大好きだ。そんなこと聞かなくても分かる。なんたって、保育士をしているんだ。
だけど莉花自身の子供を産ませてはあげられない。僕の子供を産ませてはあげられない。
僕は、病室で彼女を抱き寄せてから、1ヶ月で彼女にプロポーズをした。その時も、彼女は、その早さよりも、子供が産めないことを理由に、渋った。
「だって、結婚って私達だけの問題じゃないもの」
というのが莉花の言い分だった。
僕はありとあらゆる言葉を使って、莉花を説得した。僕に必要なのは、子供ではなく莉花であること。そして、早く生活をともにしたいこと。少しでも長くそばにいられるように。
結果、莉花は僕にうなずいてくれたけれど、それでも、莉花がそのことを、この8年の結婚生活の間、ずっと気に病んできたことを僕は知っている。

いつのまにか、公園の噴水までたどり着いていた僕は、水のしぶきを眺めながら思う。

もっと、冷静に対処したかったのに。
僕は、もっと、優しく、受け止めてあげなくてはいけなかったのに。
自分の未熟さにあきれ返る僕。
僕の方が感情的になってどうすんだよ。
さあ、帰ろう。莉花の待つ家に。
いつもの冷静な僕に、戻って、ちゃんと。
ちゃんと、莉花を抱きしめてあげなくては。
辛いのは莉花のほうなんだ。

そう思った瞬間、僕は、もう、ほとんど走り出していた。

家のそばまでたどり着くと、莉花が門の前に立っているのが見えた。僕は慌てて駆け寄る。
「何してるんだよ、こんなとこで。入ろう」
息を切らしたまま促すと、莉花は僕の腕をしっかりと掴んだ。玄関に入るなり、僕に抱きついて、
「先生、ごめんなさい。わがまま言って困らせて。先生の気持ち、何も考えていなかった。こんな私を愛してくれて、結婚してくれて、2週間に1回しかできないのも我慢してくれて、とっても大切に、優しくしてくれて、それに、体のこと、、、これまでに散々心配かけてきたのに。この上、わがまま言うなんて、私、ほんとにひどいよね。・・・許して」
僕がいない間、きっとずっとこんな風に自分を責めて、、、そう思うと可哀相になる。
「莉花。謝るのは僕のほうだよ。ごめん。ひどいことを言った」
「ひどくなんて、、、ないよ。『誰か他の』って言われて、私、後から、、そうよね、って思ったもの」
僕は驚いて莉花の顔を見る。
「・・・莉花、キミ、まさか、子供を持つために、僕と別れようなんて・・」
莉花は、僕の表情を読んで、
「違うよ、先生。誤解してる。子供を持つのは、私が、じゃなくて、先生が、だよ」
「え?」
「私、ずっと、いつか来る自分の死ぬ日のことを考えてた。私は、先生と過ごせたことで、とても幸せな気持ちでその日を迎えられる。だから、そのことは全然怖くないの。だけど、その後、、先生は、、って」
「莉花・・・」
「きっと、私の死を哀しんでくれる。優しい先生だもん、きっと、辛い思いをする。だから、そんなときに、もし子供がいたら、違うんじゃないかなって思ったの」
莉花は、そこで、言葉を切り、少し無理に笑って言う。
「だけど、それは、僭越なことだよね。さっき、先生に、『誰か他の』って言われて、そうか、、って、初めて気づいたの。私ってほんとバカ。ねえ、先生。先生は、、、私が死んだって、新しいほかの誰かと、また新しい、温かい家庭を築いて、子供だって何人だってもつことができるんだって」
「僕は、そんなつもりで言ったんじゃない」
「わかってる。でも、聞いて?」
震え、ひきつる唇を必死で、抑えつけ、言葉をつなぐ莉花。
「こんな私なんかが無理して子供を産まなくてもいいんだって気づいたの。。先生は、素敵な人だもん。きっと誰かが、、、。。だけど、、先生、私、、、なんで?なんでなのかな?それに気づいても、やっぱり、私の中の、先生の子供を産みたい気持ちは変わらなかった。。。私が産まなくたっていいのに。でも、産みたい。・・・結局、先生のために、なんて、思っていたけど、違ったの。先生、私、、、私、、ただ、。先生を愛して愛された記憶を遺したかったのかも。私は死んでしまっても、先生に忘れられたくなかったのかも。だから、子供が欲しかったのかも。・・・そこまで、思ったら、私、、もう、自分を抑える自信がなくなった。先生、私、そばにいたら、きっと、ずっと同じ我儘を言って困らせる。だったら、何も死ぬこと待たなくても、もう、いいじゃないって、私は先生に十分愛してもらったんだもの。先生を解放してあげたいって、先生。もう、私と」
何もかも、吐き出させようと思って黙っていたけれど、その先を聞くわけにはいかない。僕は、強く抱き寄せて、莉花に口づける。重ねた唇をすれすれ離して、額をくっつけて言う。
「バカなこというな。僕はキミを失うことなんてできない。まして、子供を持つために、キミを失って、他の誰かを愛することなんて、ありえない。そんなこと、君にだって分かりきってることだろう?それとも、こうやって言わせたいのかな?」
「・・・・先生、私」
僕はもう一度、くちづけて黙らせてから、
「いいよ。君が納得するまで何度だって言ってあげるよ。僕は莉花を愛してる。出逢った日からずっと、気が狂いそうなくらい愛してる。他の誰も代わりにはならない。これまでも、今も、これからもずっとだよ。・・なあ、莉花、僕だって、心底の正直な気持ちを言えば、莉花との子供、欲しいよ。大切な、大好きな莉花との子供。可愛い莉花の分身。莉花の言うように、もしも、莉花が死んだら、僕を、癒し続けてくれるだろう。だけど、僕は莉花自身よりも、莉花の体を考える立場にある。夫としても、医者としても。だから、望めないことは、考えないようにしてきた。君が、きっと自分を責めるから。」
僕は莉花の顔を上げさせて、目を見つめて言う。
「どんな我儘も言えばいい。何度でも言えばいい。君のわがまま、全部かなえてあげられないことが悔しいけれど、それでも、僕は精一杯、莉花を愛してるんだ」
莉花は潤んだ瞳を閉じ、涙が幾筋も頬を伝う。
「ありがとう、先生、、、ごめんね」

そして、莉花は、もう二度と、自分から子供が欲しいと言うことはなかった。

でも、、いや、だからこそ、僕は・・。


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最終更新日  2008.07.09 00:27:03
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