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2008.07.17
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カテゴリ: takasaki
「せんせい・・」
僕の顔を見て、柚子がポツリと言う。僕は、柚子に微笑み、多田に目礼してから、モニターに目をやり、看護婦の差し出す記録ボードに目を走らせる。
「自分で産んでもいいでしょ?先生」
柚子が言う。僕は、まずは多田に聞く。
「進み具合は?」
多田は、柚子を優しい目で見てから、
「初産にしては、陣痛の間隔も、子宮口の開きも悪くない。そろそろ一気に進みそうだな。一応、切開の準備もしているが、早く決めないと」
柚子は、
「先生、お願い」
僕は、目を閉じ、瞬時に考える。そして、柚子にうなずいてから、多田に、
「いけるとこまで、自然でいこう」
多田は、立ち上がり、
「よしっ、ユウコちゃん、いっちょがんばるか」
柚子はにっこりと、
「先生も、クマ先生もありがとう。よろしくお願いします」

段々と陣痛の、間隔が短く、強くなり、柚子は分娩台にあがった。
「高崎くんは、そっちにいてやって」
柚子の足元に回った多田がいう。僕は、柚子の顔が見える位置に座り、莉花の分も柚子の手を握る。僕の手を強く握り返し、規則的に息を吐き出しながらも、時折顔をしかめ、呻き声をあげる柚子に、つい、今更、手術をすすめたくなる。そんな僕に気づいたのか、多田が言う。
「高崎くんは、出産に立ち会うのは初めてか?」
「ああ。こんなに苦しんで・・大丈夫なのか?」
多田は軽く笑って、
「お産は、みんな苦しいもんだ。高崎くん、君は、しっかり、自分の仕事をしてくれよ」
柚子も、顔をしかめながら、
「せ、んせ、、痛いけど、、私、がんばる。。せんせ、ずっといて、、ね?」
僕は手を握りながら、
「ああ。分かった。ここにいるから。」
とうなずく。柚子は、もう一度、僕を見て、
「いつも、、みたいに、だいじょ、ぶだ、、、って言って?」
僕は両手で柚子の手をしっかりと握り、
「大丈夫だよ。クマ先生と、僕を信じて。」
柚子は満足そうにうなずいて、痛みへと戻っていく。

長い苦しみのあと、柚子の最後のうめき声。そして、ずっと握り続けていた柚子の手から力が抜ける。
「よし、。よく頑張ったなユウコちゃん。女の子だぞ~。っ、かわ、、」
産声をあげる赤ちゃんをニコニコと抱き上げながら大声で言う多田の声が、止まる。無事に生まれたことに安堵し、赤ちゃんに目を向けていた僕は、多田の顔を見る。真顔になった多田があごで僕の後ろを指しながら、
「高崎くん、出番だよ」
というのと、モニターのアラームがけたたましく鳴り出すのはほとんど同時だった。
僕は、慌てて立ち上がり、処置を始める。

長時間に及ぶ処置が済み、なんとか一命をとりとめた柚子。僕は、柚子の父に、
「・・今は落ち着きましたが、状態から見て、もう、ここ数日が・・」
と説明して、、、そして、あまりにも、優しくうけとめられたこと、無力な自分の申し訳なさ、に、そして近づく柚子の死に、情けなくも、大泣きしてしまった。
「すいません」
僕が、顔を覆い拭ってから、立ち上がって詫びると、柚子の父は、首を振り、柔らかく僕に言った。
「あの子に、会えますかな?」
「・・はい。まだ、、目覚めてはいませんが、どうぞ」
中に促す。静かに規則的な音を立てるモニターたち。そこにいる看護師に目で合図して、出て行ってもらう。
柚子の父は、眠ったままの柚子に耳元で何か声をかけていた。小声で僕には聞き取れなかったが、言い終えると、柚子の父は、僕に向き直り、
「先生、お時間があるなら、あなたが、、柚子のそばにいてやってくれませんか?」
「僕が・・?」
「はい。柚子は、きっと目が覚めたら、誰よりもあなたに礼を言いたいでしょうから」
「・・・僕は、、何もできなかったのに・・」
柚子の父は、笑って、
「まだ、そんなことを。。先生は、よぉやってくださいました。それに、先生、柚子はあなたのことを本当に好いとりました」
僕は、ぼんやりと柚子の父の顔を見る。
「もちろん、惚れたはれたとは別のもんかもしれませんが、、、あなたへの愛情、、と呼んでも差し支えないでしょう、、そう、あなたへの愛情は、、確実に。柚子自身は気づいておったかどうか。。ただ、もう何年前になりますかなぁ、あなたがご結婚された時」
「・・8年前です」
「あの時、柚子はあなた方へのお祝いとして、茶碗を焼いて、差し上げたでしょう」
確かに。とても、いいもので、今も、特別な時に、莉花と2人使っている。うなずく僕に、
「あれは、ええ作品やった・・」
眠る柚子を愛しそうに見つめながら、
「これは、すぐに倒れてしまうから、なかなか作品らしい作品を作ることができんかった。あなたにもよぉ怒られておりましたな。・・それが、あなたのために、なんとしても仕上げるんだと、あの時は、珍しく体調にも細かに気遣いながら、焼き上げたのがあれでした。一目で素晴らしいもんやと、私は思いました。柚子も気づいたんでしょう、自分はあれ以上のものを作れんゆうことが。かねがね、納得のいくものが一つ作れたら、もう、焼くのをやめるというとりましたが、結局、あれを、最後に、窯にはこんようになりました。」
確かに、あれから、窯で無理をして倒れることはなくなった柚子。
「あの作品には、あなたへの愛情が存分に含まれておりました。その少し前にも一度、なんとかという男の子のために焼いたもんがありましたが、あれよりは、もっと、愛情らしい愛情が。・・ただ、あなたへの結婚祝いやというのを聞いて、私は柚子の、、自分でも気づいておらんかったはずの気持ちを、幼い愛情を、わざわざ口にすることはありませんでした」
「僕への、、愛情。。」
柚子の父親は微笑んで、
「そんな深刻な顔をせんでください。柚子は、これまでにちゃんと納得のいく恋愛をしてきたんやと思います。・・相手は誰かいわんかったけれど、子供までもうけて。本人は満足やったでしょう。・・ただ、やはり、私は、最期のときには、あなたにそばにいてやってもらいたい。この子が、このまま心の底にあるあなたへの愛情に、気づかずに逝ってしまうんやとしても。心が残らんように、感謝の気持ちだけは受け取ってやってください。・・・それくらいは、、奥さんへの裏切りにはならんでしょう?」
イタズラっぽく、にこりと笑う父親。その目は、はっとするほど柚子に似ている。
「お父さんは・・・」
「私はもう、柚子が家からここに移るときに十分別れを済ませました。普通なら、最愛の伴侶や、子供達に囲まれて、看取られて逝くのが幸せでしょう。・・ただ、柚子はこんなに早よぉ逝かなならんから、、、子供の父親のことも口を割らんかったし。。だからといって、何もそれは親である必要はない。柚子がこれまで、存分に自分らしく生きてこられたのは、あなたのおかげです。柚子はあなたに、一番そばにいてほしいやろと思います」
真剣なまなざしに、ひかれるように、僕は、ゆっくりとうなずいていた。


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最終更新日  2008.07.17 00:45:09
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