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2008.07.21
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カテゴリ: takasaki
とめどなく続く雨音。

僕の肩をゆっくりと何度か叩いていた、多田は、
そのまま、何も声をかけずに部屋を出て行く。
僕は、まだ、莉花のそばから動けない。

莉花、、半年も前から、ずっと、、心の準備をしていたはずなのに、
僕は、もう、これからどうしていいのか分からないよ。
ただ、医者は辞める。
医者でいる資格なんてないだろう?
君を、、助けることもできず。
自責の念が、無力感が、僕を支配していく。

産後の、莉花の状態は、しばらくは落ち着いていた。
測定の終わった美莉を連れてきてもらい、2人で顔を覗き込む。

僕たちが会いたかった2人の子供。
今、こうして、目の前に。

莉花が美莉を腕に抱き、初乳を与えるのを、柚子のときとは違い、今度はそばで見守る。
愛しそうに、美莉を抱きながら、莉花はいう。
「先生、私ね、実は心配なことがひとつあるの」
「心配?」
「ええ、私がいなくなった後のことで」
僕は何もいえず、莉花の顔を見る。
「先生、絶対、この子に過保護になるでしょう?」
「過保護って、、そんなの今はまだ分からないよ」
「私には分かるわよ。先生って、私にも本当に過保護だったもの」
「そうかなあ・・?」
「まして、大切な、、一人娘となったら、尚のこと。でもね、大切に思う気持ちは分かるけれど、できるだけ、自由に生きさせてあげて?」
「自由に?」
「ええ。この子を信じて、自由に。そして、、先生みたいな素敵な人と出会えるチャンスをあげてね?ヤキモチなんてやいちゃダメよ?」
「・・うわ、まだ、そんなこと考えたくもないよっ」
くすくす笑う莉花に、僕は、渋々、
「なんとか、、できるだけ、、・・・努力するよ」
と言った。にっこりうなずく莉花。僕はその腕の中のミリを見ていう。
「かわいいな、ほんとに」
「ええ。天使みたい」

親子3人だけの、穏やかな時間。
そこは、病院の一室ではあったけれど。
僕たちは、かけがえのない時を過ごした。

いつまでも、ずっと、そうしていたい。

しかし、そんな願いがかなうはずもなく、、

僕は、急変した莉花を救えず。。

柚子の時とは違い、今度はダレもいない。
莉花がいない。
当たり前だろ?莉花が死んだんだから。。。

医者なんて辞めよう。

僕は何度も強く思う。
一体なんなんだよ、僕は。
大切な人を、救うこともできず。。。

「高崎くん」
ぼんやりと声の方を向くと、さっき、立ち去ったはずの、多田がいた。
腕の中には美莉。
「・・抱いてやれよ」
戸惑う僕の腕の中に、突然、命が押し込まれた。びっくりするほど、軽い小さな体。
でも、とても重い命を抱えた体。

そして、僕は、また聴診器を手に取り、胸の音を聞いた。
雑音は、ない。

でも、と、思う。
これまでの研究からしても、この病が遺伝する確率は高い。
いずれ、美莉が発症することもあるだろう。
そのとき、、僕は・・・?

後ろから僕の肩越しに美莉の顔を覗き込んでいた多田が、作り声で、優しく耳元で囁く。
「先生、ありがとう。私、幸せだったわ。ミリをよろしくね」
「ぅぉいっ、なんだよ?」
不気味すぎる。多田は笑って、
「莉花さんに頼まれたんだ。君が、後悔してそうなときには、耳元で何度でも囁いてやってくれって。」
「莉花が君に?」
「ああ。最高の人選だろ?」
「・・・」
「不満か?」
「いや、、」
「なんだよ?」
「あのさ、莉花の気持ちは嬉しいし、君がそれを引き受けてくれたのもありがたいんだけど、声真似はしないでくれよ?それと、耳元で囁くな。鳥肌が立つ」
「ひどいな~。似てないか?」
「ないっ!」

僕は、ふっと笑い、腕の中のミリを、そして、莉花を見る。

そして、、、負けたよ、と思う。
僕は、医者を辞めるわけにはいかない。
もしも美莉や、そう、柚子の子である、楓ちゃんが発症したときには、今度こそ、僕は助けるんだ。

そのために、僕は医者を続ける。研究を続ける。

きっと、僕が、君を失って、辞めたいと思うことまで、お見通しだったんだろ?莉花。
そして、美莉を抱いて、それを思いとどまることまで。

僕は、美莉を抱いたまま、莉花の手に触れる。

だけど、もう少し。。
もう少しだけ、ここにいてもいいかな?

この雨が止むまでは。

そう、雨が止んだら、、弱い、迷う僕は、ここに置き去りにして、、
しっかりと、歩き出すから。


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最終更新日  2008.07.21 01:11:26
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