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建築家45年(1)
建築家45年(1)
大学を卒業した時、建築家に成る為にはどうすれば良いかを考えた筈だった。が、想い返してみれば大した事もせず、取りあえず建築の仕事に就く事から始めるしか無かった様に想う。大学での基礎勉強は出来ていたが資格試験を受験するには未だ経験年数が無く受験資格が無かった。幾ら自分で才能があり実力があると想って居ても世間が認めてくれない以上、先ず試験に合格する事が先決だった。資格試験は、車で言えば運転免許であって、それがあって何とかスタート台に立てる。それは建築技術者としての資格試験で、1級建築士と2級建築士とがあって仮に合格しても建築家に成れる訳では無く、建築家に成るには更に経験年数(一般にインターン期間が10年と言われる)が要るとされ、仮に1級建築士の試験に早く合格しても建築家に成れるには早くて33歳頃だという訳である。
今68歳だから建築家になって35年という事に成る。35年が経験年数として多いのかどうかは分からないが、ボク自身は建築家を45年はやって来たと想っている。つまり大学を卒業した頃には既に内容的には今と同等の実力を持って居て仕事も本格的にやっていたからだ。技術面は勿論、芸術性も備わっていたと想っていた。何故なら芸術性なぞは生来持って生まれた才能の様なものであって芸術家に年齢が無いからだ。元来、ボクは画家になる積りだった。絵を描いている時が一番楽しかった。子供時分でも周りからそう想われ一目置かれていた。展覧会には必ず出展され賞も貰った。親も最初は絵描きにさせても良いと考えで居た様だった。しかし、中学時代に親父の事業の失敗から遊んで暮らせるだけの金が無くなって画家に成る夢は脆くも消えてしまった。働かざるを得なくなった訳だ。
45年の経験には少年時代に親父の会社(建設会社)で見学や仕事を手伝ったりして建築についての生の勉強をして来た事が含まれる。小学校時分には建築の設計図のようなものまで描いていて先生が目を丸くしていたものだった。現場では大工や他の職人達を観て自然に身体で技術を学んでいた。好きだったからこそ学べたのだろう。大工がカンナから削り出す薄いカンナ屑を拾っては手にして綺麗な模様に見入っていたものだった。左官が塗る壁土の粘りと力強さに感銘も受けた。仕事の邪魔にならないように物陰から観ていると気難しそうな職人が振り返って笑い掛けていた。休憩時間に出される茶菓子も貰えた。遊びに夢中になる年頃の子供が親父に連れられて工事現場に行く夏休みが懐かしく楽しい想い出され、工事現場は学校よりも面白い処だと想った。京都は建築環境も良い処だった。
二十代で1級建築士に合格した頃、友人の恩師である京大教授のM建築家を紹介され、たまたま教授の特別講座を受講する機会に恵まれた。友人はパリのボザールで建築の勉強をしていて京大の大学院に交換留学生として帰国していたのだった。特別講座は「道元における時間と空間」という風なタイトルだった。その講義を受けて初めて建築の真髄というものに触れた気がした。空間論についての認識が、それまでの外面的な事として捕えていたのが内面的なものこそ本来の空間概念である事を知ったのだった。建築家は単に空間を線で限定するだけではないという事を学んだのだ。M教授は先年亡くなった国際的なな建築家の恩師であった。東大大学院へ行く前の頃の恩師である。だから彼の新たな恩師となった都庁設計者T教授の事を友人のような話しぶりで祇園の酒の席で面白く評価していた。
ボクの建築家としてのスタートは、その時に始まったと言える。それ迄は単なる井の中の蛙と同じ程度のものだったと想える。世の中には数多くの優秀な建築家が居るが、その中でボクの想っていた建築家はほんの一握りしか居ない事も知った。それには強力な政治力と人脈が要り、運も大きな要素である事も知った。それよりも日本独特の社会構造であるゼネコンの力を無視できない事の方が大きな要因である事が分かった。日本には明治期までは大工の棟梁は居たが建築家は居なかった。その代わり建設会社(◎◎組)と政治家との癒着体制が出来上がっていて現在に観られるゼネコン体制なるものが出来上がった。スーパーゼネコン五社(鹿島、大林、清水、大成、竹中)が日本の建設業界を束ねる事で、そのバックアップを受けた建築家と称する人々だけが大学教授を兼ねて初めて活躍出来た。
言わば二足のわらじを履かないと活躍出来ない体制が長く続いた訳である。最近になって大学教授を兼ねない建築家が輩出される様にもなったが、それでも建築家に成りたい若者は多く、彼等を呼び込む為の人寄せパンダ的に有名建築家を教授に迎える大学もある。ヨーロッパの様に建築家のマイスター養成制度が無い日本では、有名大学に入学し有名教授の下で勉強するか、若しくは独学で勉強しながら強力な支持団体のバックアップを得た者しか有名建築家には成れない様になっているのは残念な事である。尤も、有名大学を出ても大手五社が精々数名しか採用しない昨今、寄らば大樹の陰でサラリーマン建築家に成れれば良い方で、ゼネコン設計部の一つの歯車にでも成っていれば幸せとするのである。有名設計事務所には無給でも良いから置いてくれという学卒者まで居るぐらいである。(つづく)
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