ココ の ブログ

頭の痛いココ(その4)



頭の痛いココ(その4)

 マイケルは、パソコンから流れるバッハの無伴奏チェロ組曲を、1番のプレリュードから聴いていて3番のサラバンドまで来ていた処にココが一寸の間でも立ち話をして行ったことで、部分的に聴き損ねたのを思い出して、もう一度リセットして3番のプレリュードから聴き始めた。途中からでもこのチェロ曲は何回聴いても飽きない。朝の日課にしているエアロバイクを漕いで身体が火照っていたのも、パソコンの前に座ってこの曲を聴いていると落ち着いて来るのだ。「それにしても可哀想なテンコさんだ」と今の電話を想い出すにつれ、日頃几帳面な人ほど掛り易いという老人性の痴呆症の病気に想いを馳せるのだった。「でも、ボクの両親も真面目だったけれど、痴呆症には成らなかったな」とも想った。

雨の庭園(1)
小雨の庭園(1)

 病気知らずだった父が10年前に、5年前には母も倒れて救急車で運ばれて行って、直ぐに病院で亡くなってしまったのだった。両方とも80歳を超えていた。テンコさんも同じぐらいの年齢のはずだ。見かけは健康そうだが内面は分からない。大丈夫だろうか。自治会長をやっていると色々な日常的な事に煩わされる。野良猫問題もそうだ。成りたくて成った自治会長では無く、無理やり押しつけられた役職だった。が、成ったからには手抜きはしたくなかった。マイケルも父親に似て真面目すぎるほど真面目な人間だと自分で想っていた。そういう処を見込まれて班長達から自治会長にマイケルが推薦された。テンコさんも推薦人の一人で、テンコさんが推薦したことで住宅団地の大勢が決まったようなものだった。

雨の庭園(2)
小雨の庭園(2)

 ふと、庭を観ると小雨が降り始めていた。そろそろ梅雨入りだと天気予報が言っていた通りだった。マイケルは想った。ココは今頃、濡れているのではないだろうか。未だ小雨だから大丈夫だろうが、土砂降りになったら慌てて戻って来るだろう。それにしても、しっとりとした庭の景色は綺麗だ。皐月の花が緑に映えている。雨は余り好きではないけれど霧雨のような雨だから緑が様々にグラデーションして深みを感じさせてくれる。小雨の庭をボーッと観ていると、暫くしてココが戻ってきた。そしてマイケルの前まで来て「マイケル、分かったワ」と言った。「テンコさんがマイケルにクレームを言う訳が分かったのヨ」「ほう、そうかい。どうして?」「それよりもテンコさん、ノラに凄く怒っていたわヨ」

雨の庭園(3)
小雨の庭園(3)

 「ふむふむ」「嘘つき!と言ってネ。何故、嘘つきと言ったのか知らないけれど、あんたみたいに悪意で固めた嘘で人の悪口を言うような野良猫なんか死んじまえって、凄い剣幕だった」「ははは、成程ネ。実は、テンコさんと電話で話したんだヨ、先ほどネ」「何だ、そうだったんだ。何が嘘だったの?」マイケルは、テンコさんの話の内容と彼女が興奮して電話を切ってしまったことまで話した。ココは納得した。「悪いことは出来ないものネ。馬鹿なノラ」「でも、テンコさんの方も少しばかり病気のようだネ」「病気って?」「モノ忘れの病気さ。話している時は正常だけど、以前に話した事を直ぐに忘れてしまうんだ。だから約束事なんか出来ない」「まあ、可哀想なテンコさん。治るのかしら?」

雨の庭園(4)
小雨の庭園(4)

 マイケルは一寸考えてから「どうだろうネ?」と応えてから続けて「最近は良い薬が開発されているから治らなくても、症状を止める事は出来るかも知れない。ココなら、どうする?自分がそうなったら」と訊いた。「え?私が?嫌だワ、考えた事ないワ」「そうだろうネ。皆、自分がまさか成るとは思わないもの」と目で笑った。そしてノラを思い浮かべた。「ノラは、どうしている?」「シュンとしていたワ」「亦、何か悪さを、やらかすだろうか?」「根性が曲がっているから、多分、この程度では懲りないワ」「じゃあ、何か手を考えておこう」「食べ物に仕掛けをすれば引っ掛かると思うワ、目先のことしか見えないもの。カラスのカン助にも私からも頼んでおくワ」

雨の庭園(5)
小雨の庭園(5)

 マイケルは、再び回覧板で「ペットの飼い方についてのお願い」という注意書きを住宅団地内に廻した。前回の回覧板からひと月ほど経っているので、そろそろ人々が忘れかけている時期と考えたのだった。ココはココで、カラスのカン助に呼びかけた。木登りが得意なココだから、梢に居るカン助にも声が届いた。「ふん、目障りなノラなんか簡単にやれるさ。ごみ箱漁りの時に石コロを落としてやるのさ、大勢でネ」それを聞いてココは、ノラは皆から嫌われているのを知って、団地から出て行くしかないと思った。これでこの住宅団地は住みやすくなり頭の痛いのも治ると思った。ノラが何処へ行くか分からないけれど、出てしまえば問題は解決する。死のうが生きようが、それはお天道様が決められる事だと思った。



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