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建築家45年(5)
建築家45年(5)
ボクが自分の建築家生活を振り返りながら時として好き勝手に世評をするのは、自分がその世界の一員でありながら充分に建築家としての役割を果たせていないのではないかという反省と忸怩たる想いに駆られながらも、それが果たせ難くしている社会を少しでも正したいという気があるからだ。勿論その前に、もっと自分自身を切磋琢磨しなければならないのは言うまでも無いが、それはそれとして自分を振り返り冷静な評価を下すのも必要だと想うのだ。僅か45年ではあるが年に1件の設計であっても45件の作品が残る勘定になり、サラリーマン建築家の頃の部下に命じてさせた設計も含めるとボクの名で設計したものは膨大な数に昇る。月に50件もの住宅設計をした時期もあったから数千から万単位の数の作品群が出廻った事に成る。とても覚えきれないだけの住宅が建てられて行った訳である。
当然ながら45年の間には取り壊されたり建て替えられたものもあるだろうが、それらサラリーマン時代の作品群は別にして、独立してからの20年間だけでも年平均5件の設計としても100件もの作品がある訳だ。それらを想い浮かべるだけでも簡単に評価は出来るだろうが、数よりも質の問題だから矢張り設計に取り組むボク自身の考え方や姿勢の問題になる。尤も基本的にはM教授から教わった「道元における時間と空間」に基づいた考え方がある。例えば道元の「正法眼蔵」で「魚の水を行くに、行けども水の際なく、鳥空を飛ぶに、飛ぶとは言えども空の際なし」と言う言葉にある様に、魚や鳥は水や空の限界なぞ知らずに行き来し生きていて、そこに際があるなぞとは思ってはいない。しかし、一旦水や空の限界を出ればたちまち死んでしまう。そうとは知らず彼等は精一杯に生きているのである。
つまり、それは我々にこう教えるのだ。「魚が水を命とし、鳥が空を命としている事は我々は知っている。その上は、鳥の無いところには空は無く、魚の無いところには水が無い事を知るべきである」と。更に言えば「命は鳥において実現し、魚において実現するのである。しかし、もし、水を極めつくし空を極めつくしてから後に水や空を行こうとする鳥魚があるなら、水にも空にも行くべき道は得られず、安住すべき処を得る事は出来ない。現在の自分の居る処に気が付けば自ずから真理は実現する。自分の行くべき道に気が付けば実現する。何故なら、真理を実現させる為の道や処は大きなものでも小さなものでも無く、自分のものでも他人のものでも無く、以前からあるものでも今現れようとしているものでも無ないのだ。何時どこにおいても実現されるものであるからである」とするのである。
建築家は其処にある与条件を冷静に真摯に受け止め、その中で一番良しとするものを設計するのである。それは当たり前の事ながら案外多くのものを見落としたり余計な考えに振り廻され勝ちになるものである。余計な事を考えれば見ているつもりでも見えなくなる事もある。一体自分は何を設計しようとしているのか。誰の為にしようとしているのか。それが果たして世の中の為に成るのか。そういう基本的な時点で方向性を見誤れば結果は推して知るべしである。それらは決して心には残らない作品になってしまうだろう。独りよがりの自己満足な作品は時として景観公害となってしまうだろう。多くの人々の反対運動にまで成りながら平然とうそぶく建築家は考えるべきである。ギリシャ・ローマ時代、建築家はキー・ストーン(石造のドームの頂上の石)を入れた後、木製の支えを取り払う時、死を覚悟するという。
それは石造建築物の構造体の最重要ポイントであるキー・ストーンの支保工を取り払った時、建物の構造バランスが崩れ、ドーム屋根が落ちたなら死刑にされたからだと言われる。それほど安全は当然ながら重視され、それ以上に建築家の使命には厳しい社会性があった訳で、それだからこそ権威も尊敬もされる立場であったという。ローマ時代のヴィトルヴュ―スの著である「建築書」には建築(アルキテクト:アーキテクチャー)とは大技術という意味であり、そこには兵法も都市計画も含まれたとある。時の権力者が全幅の信頼を寄せ設計させた建築家は今で言うところの内閣官房長官以上の立場であったのだ。今の官房長官なぞは屁の突っ張りにもならないが、人々は建築家というものに敬意を払ったのである。それ程の気概をもって我々建築家は設計しているのであろうかと考えるべきなのである。
繰り返して言うなら建築家の役割は安全で心地よい建物を造り出す事である前に、自然を直視し、如何に自然に溶け込ませ不具合が生じない建物を設計する事である。結果的に偶然そうなった場合でも何かそうなるべき原因があった事に気付くべきである。それに気付けば次回から手探りで模索しなくとも上手く設計出来るだろう。そして神も微笑んでくれるだろう。自然エネルギーを取り込んだ建物が時代の要請のように言われるが、その様なものは既にネイティブ・アメリカンもアボリジニ―も考案し生活に取り入れていたのだ。モンゴルのゲルもプレハブ住宅の原点であったのだ。科学が発達した今でこそ説明がつくが、科学的証明が出来なかった頃に既に人間は偉大な建築家であった事を現代人は忘れてしまって居るのである。世界遺産になっている様々な建物や構造物には、それが垣間見えるのである。(つづく)
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