建築家４５年（９）
ボクは自分の家を建築家として設計し建てたのは当然としても、自分の建築作品が環境を変えて行った事例を身を持って体験したのは外ならぬ自宅であった。つまり、ボクが今の住宅地に住むようになって３７年になるが、１０年目ぐらいから家を定期的にリノベーションして行く事で周りの家々も影響されて模様替えをしたり建て替えを始めたのだ。それで町が次第に綺麗になって行った。先ず、向かいの家が刺激を受けて外装と門塀を新しくやり替え綺麗になった。すると両隣の家も外壁の吹き替えや外構工事を始めたのだ。そして伝染するように家を模様替えするのが流行のようになって広がって行った。新装なった他所の家を観て、古くなった自分の家が気に成るらしく模様替えをせざるを得なくなったのかも知れない。昔から悪貨が良貨を駆逐するというが、丁度その逆の現象だった。
流石に３０年以上経った家は構造体が傷んだり意匠的に古臭く成って現代風にしたくても技術的に難しいのと中途半端に金を掛けるよりも新しく建て替えた方が良いという家も多く現れ、近所の家の２割は建て替えになった。ボクの様なプロで無い人々は古い家をリノベーションするにも信用出来る業者を探すのに苦労し、勇気も要り、詳しい情報も知らず、それなら新しく建て替えた方が気が楽でトラブルも無いだろうとする考え方が圧倒的に多いのだ。小さな工務店に頼むよりも住宅メーカーに頼んだ方が大手だけに安心で何から何まで面倒を見てくれる信頼感もある。最新のモダーンなデザインも取り入れ垢ぬけもしている。建築事務所に頼むには余計に金が掛かるのではないかという心配も、住宅メーカーなら幾つかのデザイン・パターンから選べ、設計料も安いだろうとする考え方が強い。
事実、設計事務所に設計料を支払うには建設費の１０％は要るだろう。それは素人には高額である。ところが、それでも設計事務所にとっては儲けにはならない金額だ。単純に計算しても、設計に半年掛かったとすれば建設費の１０％程度では採算が合わない。仮に３千万円の家を建てる場合、１０％の３００万円の設計料では月割りにすれば工事期間の半年も加えて合計１年になり、月２５万円にしか成らない。それには監理費も含まれるから経費で飛んでしまう。だから設計事務所はそういう住宅設計を常に数件は抱えていないと採算が合わない。若い所員の給料を支払うだけでも大変な訳だ。だからボクは個人の住宅設計は余程頼まれでもしない限り請負わない事にしている。やるならボランティアでしか請けない。採算ベースに乗せるには１０％では合わず、それ以上は気の毒に成ってしまうのだ。
僅かばかりの金額で設計を引き受けるとか受けないと言うのは下品で嫌らしい。それなら一層の事ボランティアでやる方が綺麗だし喜ばれる。図面の印刷や模型の材料費、更には確認申請などを実費精算すればクライアントも一層建築に真剣に取り組み熱中もするだろう。建築家も変な請負意識もなく好きな様に構えていられる。金儲けなら企業の設備投資で建てる建物や役所の設計・監理で充分だ。それならビジネス・ライクで割り切れる。だから個人住宅専門の設計事務所が、それだけで経営が成り立っているというのがボクには信じられず感心してしまう。他に何か事務所経費が出る仕事を併用し（二足のわらじを履いて）事務所経営をしているのなら分かるが、そうで無いとすれば余程の才能があるのだろう。ボクには出来ない芸当だけに偉いとも想ってしまう。金の掛からない事務所経営を知りたいものだ。
著名な建築家は金持ちが多いが、建築家が総て金持ちがに成るのではなく、真の建築家になる為の努力をした者だけが結果的に経済的ゆとりを持てるのだ。政治家が金儲けをする様になってしまうと政治が駄目になるのと同じく、建築家が金儲けに走るとロクでもない建物が出来上がるだけである。金儲けなぞ考えず唯ひたすらに建築の美と機能と耐力を追い求めた結果、世の中から認められた建築家だけが一家を成すと想えば良い。そうする事で初めて経済的な余裕が生まれるのである。出来れば最初から金があるに越した事は無いが、そういう人は概して苦労していないから一家を成すには卓越した才能が無い限り難しいだろう。家柄やコネがあるから建築家に成れた時代は明治期の西欧建築を追い求めた頃の話である。今の時代は学歴以外に大衆の支持を受けるだけの魅力ある人だけが成れるのだ。
大衆の支持を受けるだけの魅力というのも怪しい言い方ではあるが、一つにマスコミ受けし、クライアントに恵まれるのが基本として必要な条件になる。マスコミ嫌いであったり人付き合いの下手な人はどうしても影の存在になってしまうから檜舞台には上がれない。たまたま何かの拍子で上がってもパフォーマンスが出来なければ二度とマスコミから声も掛からないないだろうし、本人も嫌な想いまでして檜舞台に上がろうとはしないだろう。昔から五つの役割（医者・易者・学者・芸者・役者）が出来なければ成功はせず、人々の記憶にも残らないと言われる。建築家も同じ事が言え、成功しようとするならそれぐらいの事は覚悟しなければならない。俗に建築家は人の金で遊ぶと言われる職業だから、クライアントの財布の紐を緩めさせるには五つの役柄が必須条件となるのは誰でも理解できる事だ。（つづく）
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