ココ の ブログ

小説「猫と女と」(1)

小説「猫と女と」(1)


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 猫を飼う様になって、もうかれこれ七年近くに成る。そのー年ほど前から付き合い始めたデザイン事務所の副所長をしている女から「娘が来月からアメリカに語学留学に行く事に成ったの。私は犬を飼って居るので面倒がみられないのヨ。どうか仔猫を貰ってくれない?」と言われ、昔、猫を飼った事があったのを想い出して当時を懐かしく想い浮かべたのだった。賢い三毛猫だった。「ねえ、貰ってくれる?」と再度訊かれて「そうだな、飼ってみようか」と軽い気持ちで承諾してしまった。妻に相談もせず猫を飼う事を勝手に決めて、妻にどう説明したものかー寸考えたが、何とか成るだろうと想った。最悪の場合、妻は拒否するかも知れず、そうなれば自分で世話をするしかない。それもまあ仕方が無い。猫なんか手間が掛からないからと半分自分を納得させた。それよりも男がー旦引き受けた以上、今更断るのが気が引け、次の日曜に女のマンションへ仔猫を受取りに行く事にした。


 女は中年の頃に離婚し、再婚もせず元夫のデザイン事務所の経理を担当している。離婚した理由は知らない。が、その頃にデザイン事務所に税務署から査察が入った事を彼女を紹介してくれた知人が言っていたから、それが原因だったのかも知れない。彼女の夫は無名ながら斬新なデザインをするので大層繁盛し、ニューヨークにも支店を出しているとも言った。当時、たまたま大型マンションの設計をしていた頃で、それならと幾つかの外構デザインの作品を女に案内して貰い、気に入って八年ほど前からデザイン事務所と付き合いを始めた。初めての打合せをした際、所長が雑談の様に脱税容疑の事を話し、大物政治家を巻き込んで仕事をして来たせいで単なる修正申告をする事で税務署とは話がついたと言った。そんな事なぞ興味も無く知りたくも無かったが、後で考えてみると、脱税容疑を知っている筈なのに黙っている私が不気味に想えたのかも知れない。


 税務署の査察を受けたぐらいだから確かにデザインで儲けた事を感じさせる瀟洒な自社ビルだった。ペンシル・ビルの七階建てながらー階をデザイン事務所に使う他はテナントを入れて不動産業にも手を出していた。贅沢な雰囲気を漂わす副所長は、妻より少し年下ながら派手で若く観え、事務所では夫婦の様な会話をしている。それが違和感を抱かせた。が、娘が居るのだから離婚していても夫婦に観えるのは当然で、仮に金銭だけの関係で、まして税金対策での形式離婚だとするなら普通の夫婦と何等変わらず、住む処だけが違うだけの事に過ぎないという事だと納得出来た。知人から女を紹介された時、好みのタイプだった事もあって誘われるまま飲みに行ったり食事をしたりする内、親密に成って行った。それだけに、元夫を前にしてー種の三角関係は、彼等にー種の刺激を与えたのかも知れず、薄々気付いている所長に対し女は事務所でも私に熱い視線を送って来た。


 尤も、猫の話はホテルのレストランで出たのだった。「所長には内緒にしておいてネ」と念を押された。「何故?」「だって、あの人、動物嫌いなのヨ。ペットの話をすると機嫌が悪くなるから」「でも、もう無関係じゃ無い?」「そりゃ、そうだけど・・・」女は猫のやり取りで私との親密度が深いと勘繰られるのを気づかったのかも知れない。それよりも降って湧いた様に起きた娘の語学留学が原因だとすれば、娘に滅法甘い父親も、娘が猫を飼っている事までは知らず、娘にすれば仔猫を手放す羽目になっても天秤に掛ければアメリカを取る方が得だと想ったのだろう。滞在する処がニューヨークのセントラル・パーク横のマンションなのを聞いて「凄い処を持っているんだな」と内心驚きながらも、その住所が、デザイン事務所のニューヨーク支店なのに気が付き、追徴金対策でマンションを手放す前に語学留学をさせておきたい親心だったのかも知れないと想った。


 果たして、猫を貰ってからー年程して、女はニューヨークに行き、娘とー緒に戻って来た。普通なら久しぶりの娘との再会で楽しい海外旅行だけに幸せそうな雰囲気があっても良いのに女は堅い表情で憂鬱な顔をしていた。想った通り修正申告の追徴金で経営が苦しく成ったせいでマンションを手放す手続きをしに行ったのだろうと確信した。その為の旅行なら暗い顔になるのも理解出来た。そう言えば「税理士と相談したら、ー億円分は交際費として遣えと言われ飲みまくったもんだ」と所長が冗談の様に目を細めて言っていたのが想い出され、ドンブリ勘定な経営をしているのを知った。仮に話半分としても、かつて豪快に遊び廻った私の経験よりも格段の差に舌を巻き、建築家よりもデザイナーの方が余程金に成るかと知らされた。が、職業の違いより実際はやり手という事だけなのだろう。だからこそ大物政治家を巻き込み修正申告で済ませる抜け目の無さなのだ。


 そういう風に考えると、この二人にとって離婚なぞ単なる形式的な問題でしかなく、別居生活も苦には成らないのではないかと想えた。同じ事務所で毎日の様に顔を合わせていれば煩わしい家庭の事なぞ気にせず仕事に打ち込め、好きな様に遊ぶ事も出来る。言わばお互い独身生活を取り戻せた様なものだ。女は財産分与をしたお蔭で働かなくとも喰え、資産の目減りを気にして事務所に出て来るだけなのだろう。たまにデザイン事務所に行くと、所長が居なかったりすると女は猫の様子を訊いたりして「娘が気にして様子を訊いて欲しいと言うの。写真を頂戴な」と言う。猫のスナップ写真を数枚渡すと喜んで「良い家に貰われたものネ」と懐かしそうに見入っていた。猫は「ココ」と妻が命名した。ラグドール種で体毛が長く「縫いぐるみ」そのものである。ー年でー人前の大人に成り、縄張り意識が強く、そのせいで隣家の悪猫が我が家には遊びに来なくなったのが面白い。(つづく)  


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