ココ の ブログ

「猫と女と」(18)

小説「猫と女と」(18)


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 新大阪駅に着いた頃には既に夕闇が迫っていた。浜松から女に電話して予想もつかなかった事を知らされ愕然とし、時間の経過が分からないほど考え込んでしまった。途中の名古屋を覚えていなかった。京都に着いてライトアップされた京都タワーを見上げ、間もなく大阪だとやっと意識出来たのだった。これまで自分のやって来た事の良し悪しは充分分かってやって来た事なのに結果をこういう形で急に示され頭が真っ白になってしまった。この先、女の言うままに動かざるを得ないと悟った。どうあがいても自分のペースで事は進まない事が充分過ぎるほど分かった。こう成る運命だったのだとも想った。自分で選んだ道がこういう結果を生む事を予想出来なかったとは言い切れず何とか成るという安易な気持ちが強かった。長年遊んで来て始めての経験だった。か弱く見えた女が途轍もなく強大な生き物に想えた。


 あの小さな身体から出た作戦にものの見事にはめられてしまった。独り考えてどうなるものでも無い事は浜松からの道中で考え抜いた事だった。成るように成れと居直る気持ちで新大阪駅からタクシーでヒルトン・ホテルに向かった。地下鉄に乗った方が着実に早く着けるのに敢えてそうしなかった。満員電車の人混みが煩わしく人々の疲れ切った顔を観たくもなかった。人々に今の自分の悩みを顔色から見透かされるのも嫌だった。時間通りに行かなくても殺される訳でもないのだ。舞子のお腹の子供の事を考えれば女は自分の孫が出来る喜びで私への憎しみなぞ持たないだろう。女として彼女は私から八年近く快楽を得ただけで形として何も得るものは無かった代わりに娘にそれを代理させたという意識があるなのだろう。五十にも成った女が子供を産みたいとは想いもしなかったろうが性の喜びだけはしっかりと捕らえたのだ。


 それを持続させるのが無理だと悟って娘に因果を含めたかどうかは別にしても結果的には同じ事をやり遂げた訳だ。軽く考えていた女にしてやられた。ー枚上手の女だった。いや、舞子の方がそ知らぬ顔で更にその上手を行っているのかも知れない。大した母娘だ。身体を張って私を取り込んだ女郎蜘蛛の様なものだ。彼女等から快楽を得た代償として私はこの先、彼女等にコントロールされる事だろう。猫が獲物をもてあそぶ様に彼女等の手の内で好きな様にされるのだ。日頃から庭先で獲物を狙うココを観ていてそう想う。残酷なまでに死に至るまで突っついたり放り投げ、時には噛み、獲物が動かなくなるまで楽しみながら心行くまで狩を堪能するのだ。命の尊厳ぞ持ち合わせない猫は、動かなくなってしまった獲物なぞプイと見捨て、次なる獲物を求めて亦行動を始める。


 その飽くなき欲望と執念は単なる狩りの楽しみだけでなく自分のテリトリー内に来る獲物の総ての生死をも支配し自分の世界を構築する喜びに浸り切っている。猫と人間とは違うと言ったところで、やっている事は大して変わらないのだ。ラッシュの後半だったせいか新御堂筋の車はスムーズに流れ始め、約束の時間には梅田に着けた。近年は大阪も欧米並みに街の様相を綺麗な超高層ビル群に建て替えられ、建物から洩れ出る明かりが冷たい大都会の夜の顔を現し始めていた。酒の入っていない頭で観上げるそんな夕闇の街の光景は、これから会う女達を護っているかの様で自分が小さな人間に想えるのだった。「悪い事なぞしていない。むしろ良い事をして来たのだ。その証拠に、女達は喜んでいるでは無いか」自分を励ますように私は独り言を言った。ホテルのロビーに入ると女達が喫茶テーブルで楽しそうにお茶を飲んでいるのが観えた。


 「まあ、時間通りだワ。もう少し待たされるかと思った」女は椅子を勧めながら笑顔で迎えた。「今日は時間が無かったから土産は無いヨ」「お土産なんか要らないワ。私達の間で、そんな気を使う事無いのヨ」「そりゃそうだけど・・・」「それよりお腹が空いたワ。上へ食べに行きましょ」女は立ち上がって予約してあるというフランス・レストランに向かった。「先ず、ワインで乾杯しましょ、舞子のお目出度に!」「おいおい、お酒、大丈夫か、舞子?」想わず私は言った。「今日、病院で診てもらって先生に訊いたから大丈夫。一口程度なら構わないそうヨ」と女が横から応えた。「病院へ行く様な何か兆候でもあったの?」すると女が再び笑いかけるように応えた。「生理が長く無かったのヨ。それで検査を受けて二ヶ月目に入った事が分かったの。この子ったら無頓着なんだから。もっと自分の身体を大事にしなくっちゃ」


 女が独りではしゃぎ、舞子は逆に口数が少なかった。「それにしても、舞ちゃんの妊娠にも驚いたけど、君が最初からボクと舞ちゃんとの関係を知っていたなんて驚きだ」私は、ようやく核心に触れた。「知らないとでも想っていたの?」女の問いかけに私は答えなかった。「見合いの話にかこつけて貴方に舞子を任せようと思ったのヨ、何から何まで」「何から何まで?」「そうヨ、総てネ」「ママ、止めてヨ!」舞子が抗う様に女を制した。「確かに最初はママに勧められたけど、私が自分で決めた事ヨ」「あら、それなら尚良いじゃない。相思相愛で」「私は蚊帳の外かい?」女は振り返って含み笑いをした。「貴方は今のままで良いのヨ」「まるで私は種馬か・・・」「まあ、嫌らしい事言うのネ。種馬だなんて、ホホホ」其処へエレベーターのドアが開いて会話は途切れた。(つづく)




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