ココ の ブログ

「猫と女と」(31)

小説「猫と女と」(31)


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 久々の自宅での夕食だった。料理が余り上手くない妻だが、結婚してから覚えた幾つかの料理のパターンを持っていて、中でも得意なのは中華料理だ。マーボ豆腐や春巻、ピーマンと筍と肉の炒め物等の他にワンタンや焼き飯などが定番で、酒の肴に何かとアテを数種類出してくれるので自宅で飲む時は直ぐに満腹になってしまう。酒の量も行かないまま九時頃になって酔わずに隣室の書斎に向かおうとした時、息子がアルバイト先から帰って来て食堂のガラス戸をガラガラと荒く音を立てて開けて入って来た。相変わらずムスッと不貞腐れた顔で帰宅の挨拶もせず、私と顔を合わせるのも嫌な顔でそのまま食堂を通り抜け浴室へ向かった。駅から自宅まで十分程、登り坂を歩いて来て、大柄で肥っているせいで汗ばんで気持ち悪いのか、それとも私とは顔を合わせたくないらしい。何時も食事時間をずらせているのがもう何年も続いている。


 嫌な顔をして浴室へ行った息子の態度が実に不快だったが、無視してそのまま書斎に入った。すると妻が後から入って来て言った。「たまには話でもすれば?お互いに無視し合うのも良いけれど、何時か亦衝突するのでは無いかとハラハラしてしまうワ」「日常の挨拶もロクに出来ない奴に、こちらから声を掛ける気も無い。第ーあのー件以来、少しも反省もしていないじゃないか」あのー件とは以前に息子が私に因縁をつけて来て殴りかかったことがあって以来、私から話掛ける事を止めてしまったのだ。因縁をつけるというのもおかしな話だが、まるでヤクザが因縁をつけるやりかたと同じで理屈も糞も無かった。大学院まで出て居ながら稚拙な会話でしか話せない息子が情けなかった。「俺の顔を見て笑ったな?」とか「食事中、舌打ちばかりしやがって、俺に喧嘩を売っているのか!」という類の罵声を浴びせ掛けるので馬鹿馬鹿しさが先に立って相手にしないのだった。


 すると益々怒り狂って胸倉を掴んで殴り掛かって来たのだった。「馬鹿もの!親を殴って済むと想って居るのか!そんな不満があるなら今すぐ出て行け!何もこの家に居てくれと頼んだ覚えは無いぞ!大学院まで出て就職しても仕事が面白くないからと一年で辞めてしまって家でブラブラしている奴なんかが偉そうな口をきくな!」大きな声で言った私の声に怯んだのか息子は二階の自室に行ってしまった。しかし、暫くして二階で物を壊す音が始まったのだ。物を投げて怒りを発散しているらしかった。妻が慌てて階段を昇って行き声を掛け話をしていた様だったが、暫くして二人して降りて来て仏頂面で「さっきは、失礼しました」と息子がボソボソと口ごもりながら言ったので取りあえず一段落したのだった。が、そんな発作的行為がその後も周期的に来て、その都度私は情けないやら腹が立つやらで呆れてしまい、相手にしなくなってしまった。


 「挨拶なんて、この頃の子はしないワ。それに挨拶が出来てもロクでもない子が世間には幾らでも居るワ。あの子が怒って物を投げたり壊すのは馬鹿な行為だけど、今の世の中が悪いから仕方が無いのヨ。世の中を悪くしたのは今の大人達ヨ。私達は責任をとる必要があるワ」「ほうー、あいつの愚行を世の中のせいにするのか?ナンセンスだ。まるで話にならん」「それでも就職しようにも良い会社が無いのヨ。だからアルバイトして働いているじゃ無いの」「勝手に、仕事が面白くないからと会社を辞めてプータローをやっているのを正当化するのか?馬鹿じゃないのか?一人前の男なら歯を食いしばってでも自分で選んだ仕事をするもんだ」「それが、あの子に向いていなかったのヨ」「今頃になって何を言うか!会計学の勉強をしたいと言うから大学院までやらしたのに向いてない?それじゃあ何が向いていると言うんだ?」私は本気で怒って妻の顔を睨んだ。


 「あなたの建築関係で何か無い?」「在る訳が無いだろ。技術者でも無し、何の資格も無い人間が。第ー、設計には向いていず才能も無い。土方でもやるなら工務店に頼んでやっても良いが、本人は楽で綺麗な仕事を望んでいる。そんな甘っちょろい奴に仕事なぞ無い」「だったら税理士の勉強を続ける様によく言っておくから、あなたも黙って見守ってやって欲しいワ」「何も妨害なぞしていないし嫌味も言っていない。何を独りで狂っているんだ?あいつが勝手に世の中を僻んでいるだけじゃないか。馬鹿なんだヨ」「それじゃあ、あなたは成功者という訳?若い頃、女のお尻ばかり追いかけていたくせに偉そうな事がよく言えたものネ。私が結婚して上げたから今日のあなたが在るのヨ。誰のお蔭でこの家にも住めるのヨ。嫌なら、あなたこそ出て行けば?この家は私の名義になっているのヨ」「何を言うか馬鹿もの!言葉に欠いて何を言い出すか!」


 私は妻の両親を想い浮かべて言った。「お義父さんとお義母さんが続いて亡くなって、この家を相続した君がこの家に引っ越ししたいと熱心に言うから以前の我が家を処分した金で大規模改修をして移って来ただけの事だ。誰の金で出来たと思っているんだ?ボロ家の親の家のままだったらとても住める状態じゃ無かったのを忘れたのか!数千万も掛けて大改修したんだぞ!屋根から、外壁から、サッシから、床暖房から、システムキッチンやら水周りすべてと庭園迄もやり変えたんだ!こんな事なら新築した方がマシだった!」そこまで言うと私は自分で何を言って居るのかと白けてしまい思わず叫んだ。「よし!そんなに気に入らないなら離婚してやる!出て行ってやる。馬鹿息子と二人で気楽に暮らせるものなら暮らせば良い!」私は普段着を脱ぎ、背広に着替え、バッグに仕事の書類を詰め込んでガレージに向かった。車を出そうとすると塀の上でココが観ていた。(つづく)




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