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物価の安定とは



BNPパリバ証券 河野龍太郎 氏より

諮問会議での「物価安定の理解」を巡る議論について

新聞報道にもあった通り、5月8日の経済財政諮問会議で、日銀の「中長期的な物価安定の
理解」が俎上に載った。4月27日の展望レポートの発表に際し、日銀は「物価安定の理解
」の点検を行ったが、0~2%程度、中心値1%と昨年3月から変わっていない。0~2%程度と
いう数字に対して、諮問会議の民間議員から(1)CPIの計測誤差による上方「バイアス」と
(2)デフレスパイラルを回避するための「のりしろ」を考慮すると、「日銀が出した物価
安定の理解の下限、0%というのは低過ぎるのではないか」との指摘があった。望ましい
インフレ率に関する世界の中央銀行の常識は1~2%であり、下限にゼロを含むのは非常に
大きな問題がある、との認識が諮問会議の民間議員にはあるのだろう。以前にも諮問会議
の民間議員である伊藤隆敏氏は同様の問題提起を行っている(筆者も全く同感である)。

この指摘に対し、福井総裁の代理として諮問会議に出席した武藤副総裁は、(1)バイアス
は存在するが「大きくないと見ている」、(2)「のりしろ」についても、「物価下落と景
気の悪循環のリスクは小さくなってきている」と答えている。さらに、(3)諸外国に比べ
これまで日本の物価は低かったため、国民の物価観を考えると、「0~2%のゼロが低過ぎ
るとは考えていない」としている。過去20年間の日本のCPIコア上昇率は平均0.6%で、諸
外国の3%程度(米国3.2%、英国2.9%)に比べると低い。日本は歴史的に低インフレのた
め、他国の国民が考える物価安定と日本国民の考える物価安定は異なる、と日銀は言うわ
けである。

「物価安定の理解」の下限の低さをどう考えるか。確かにCPIの計測誤差は以前に比べる
と、格段に小さくなっている。また、日銀の言うように、以前に比べると経済構造が大き
く改善し、物価下落と景気低迷の悪循環のリスクは小さくなった、というのもある程度事
実だろう。しかし、望ましいインフレ率の下限にゼロを含むのはやはり問題である。前述
したように、「1~2%程度のインフレ率を目指すべき」と言うのが世界の中央銀行の常識
だが、これはデフレだけでなくゼロインフレにも大きな弊害があるためである。さらに、
この常識は90年代にゼロインフレ下で日本経済が停滞したことを教訓として生まれたもの
である。景気が拡大している間はゼロインフレの害悪は見えないため多くの人は歓迎する
が、一旦経済にショックが加わると、ゼロインフレがショックを増幅する。名目賃金の下
方硬直性や名目金利の非負制約によって、ゼロインフレの弊害が顕在化するのである。日
本から生まれた教訓を日本のみがなぜ軽視するのか。

また、ゼロを下限に加えることは、日銀がゼロインフレを目標にしているのではないかと
誤解を招くリスクがある。2月の利上げはゼロインフレの下で行われたため、日銀がゼロ
インフレを目指しているのではないかと疑念を抱く人が少なくない。足元はゼロインフレ
であっても、日銀は2008年度に0.5%程度のインフレを予想しており、筆者自身は、日銀(
少なくとも政策委員の多数派)がゼロインフレを目指しているとは認識していない(もし
本当にゼロインフレを目指しているのであれば日銀は利上げペースをもっと速める必要が
ある)。しかし、望ましいインフレ率の下限にゼロが含まれている限り、日銀はゼロイン
フレを目標にしているのではないかと勘繰る人が出てきても仕方が無い。下限をもう少し
上げればこうした誤解は避けられる。

日本人の物価感(物価が安定していると感じる時のインフレ率)が他国に比べて低いから
、先進国の常識はそのまま日本に当てはまらない、と日銀は言う。確かにそうした部分は
あるかもしれないが、それは低いインフレ率を目指した金融政策運営が行われてきたから
だとも言える。また、グローバル化が進む中で、日本のみが低いインフレ率を目標とする
ことは、長期的に見ると、金融市場の不必要な変動の原因ともなりかねない。長期的に見
た場合、名目為替レートの動きを大きく規定するのは、2国間におけるインフレ率の格差
である。実質為替レートに影響を与える経済構造の変化が生じないとすると、(相対的)
購買力平価が為替レートに大きく影響を与える。他国に比べて日本のみが低いインフレ率
を志向することは、中長期的に日銀は円高を志向している、ということになる。長期的な
金融政策のスタンスが諸外国と異なることによる為替市場の変動は、出来れば避けたほう
が良いのではないだろうか。

ところで、諮問会議では「物価安定の理解」の発表の仕方について、政策委員個人の見解
の集約としてではなく、政策委員会全体として示すべきではないか、との意見も民間議員
から出された。これに対し、武藤副総裁は現状スタイルについて「理解も徐々に深まって
きていて、有効に機能し始めていると考えている」とし、特に変更を予定していないとい
うことであった。ただ、もう少しインフレ率が上昇した局面(1%近く)では、政策委員
の総意として望ましいインフレ率が発表されるのではないかと筆者は考えている。ゼロに
近いインフレ率が望ましいとしている政策委員は急激なインフレ率の変化が持続的な成長
を阻害することが問題と考えているのであって、低いインフレ率そのものに強くこだわっ
ているわけではないだろう。世界の中央銀行の常識に近い政策委員の総意としての望まし
いインフレ率は、新しい総裁の下で発表されることになるのではないか。この点について
は、改めて別の機会に述べる。


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