海外旅行紀行・戯言日記

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ラズモフスキー3番



著者の井上和雄氏はベートーベン弦楽4重奏曲OP. 59-3通称ラズモフスキー第3番について次の様に解説します。

不安に揺さぶられた序奏が、ためらいがちな第1バイオリンのアレグロに受け継がれるや、殆ど野蛮とも言える主題が爆発するのである。それ以外の部分が素晴らしいだけに、この強奏が訪れる度に僕は殆ど絶句する。これは人格の強靱さと言ったものを遙かに越えている。
ベートーベンは、この世の不条理に向かって怒りをぶつけ、己の情念を解放し、情念と共に生きることに己を賭けたと言っても良い。それこそ、あらゆる人が心に抱えている悲しみであり怒りであり、人間が生きて行く限りおわされた根源的な情念なのだ。
人々が世の中の不条理を嘆く時、世の中の常識や冷静な判断から見て、本人の我が儘な感情に過ぎないことが多い。現にベートーベンがこの世を理不尽だと言って怒る時、ベートーベン自身がその理不尽な事態を自ら招いた場合が非常に多い。
しかしよく考えて見れば、この世それ自身が理不尽に出来ているのではなかろうか。この世の様々な成り行きが、自然の秩序という点から見て合理的であろうと、嘗て幸せだった人間の感情世界から見て、これほど理不尽な世界は無い。僕らは心の底でそのことを知っている筈だ。
ベートーベンの音楽が僕らの心を揺さぶる根源が此処にある。人格性よりも何よりも、僕らと共に彼の中にある根源的情念が音楽の中に溢れ出すからである。

ベートーベンは19世紀以降の音楽のみならず人間の生き方に対して、巨大な扉を開いてしまった。つまり、パンドラの箱を開けてしまったのである。それ以降、内に潜むあらゆる情念が、人間の名の下に謳い挙げられて行くことなる。
その意味でベートーベンは近代音楽及び近代人間に決定的な影響を及ぼした「大事件」であった。



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