ゆのさんのボーイズ・ラブの館

ゆのさんのボーイズ・ラブの館

12・・・葵月


「諸藤さん・・俺、貴方が好きです・・・」

拓真に告白された日樹は、色白の顔を薄っすらピンク色に染め
躊躇いがちに拓真に身を任せる

「・・・僕も・・・」

ふんわりと日樹の髪が拓真の首元をくすぐる
まるで、もっと強く抱きしめてと願ってるようにしがみつく日樹に
拓真は少し照れながら、誰もいない周囲をキョロキョロと確認する

「えっ・・・あぁ・・」

(この状況は・・・OKっていうことですよねぇ・・・)

拓真は今、日樹ともどもベッドに並んで座っている
ここは日樹の部屋
想像していたのとは少しばかり違うが、この際小さなことは気にしない
ぎゅっと抱きしめた日樹の体は筋肉質とはいえ
見た目通りの華奢なものだった

まるで女の子を抱きしめているみたいだ・・・

そのままゆっくりとなだれ込むようにベッドに横たえると
拓真にのしかかられる状態になった日樹は
うつろな瞳で拓真を見上げる

「拓真くん・・・お願い・・・して・・・」
怪しげに誘いかける甘い囁き声

夢にも思わなかった日樹とのこの状況
まさか憧れの人が、今こうして手の中にいることが
信じられないのは自分こそなのだ

「でも・・」

拓真の体は日樹の両足を割り込んでいるのだから
互いの体を密着させてる日樹には
もう気づかれているであろう
言葉と裏腹に、体は欲望に駆り立てられ徐々に反応し始めている

諸藤さんが欲しい・・・

「・・・拓真くん・・・」

二度目に自分の名前を呼ばれた時、
もう抑制はきかなくなり
拓真は日樹のうなじにに唇をあてがい、次に細い首筋を静かに這わせていた

「・・・ん・・あん・・・っ・・」

日樹が身じろぎするたびに
柔らかな香りがあふれる・・・
それが心地良くて、日樹が欲情するように
ぎこちなくも愛撫を続ける

満ち足りた時間・・・

「・・・拓真く・・ん・・拓真・・・くん・・・拓真・・・・」

自分をしきりに求める艶やかな日樹の横顔を満足げに覗き見ていた時、
背後から誰かに不意に肘をつかまれた

瞬間、日樹から引き剥がされる

だっ、誰!?

「拓真!!」

日樹ではない呼び声・・・聞き覚えのある声
呼ばれる方に向けば時間をかけてぼんやりと相手の顔が判明してくる

・・・亮輔・・・?・・

「おい、拓真!!」

「・・・?・・」

なぜかそこに立っていたのは相棒の亮輔で
おまけに拓真のひじをくいくいと引っ張っている

これから諸藤さんと思いを遂げようとしていたいいところだったのに
なんで邪魔するんだよ~
せっかくのひと時が儚く消えていく

「どうしてお前がここにいるんだ?・・」
「なに寝ぼけてんだよ~とっくに授業は終わってるぞ!」

亮輔は、いまだ夢と現実の区別も付かない拓真に少し呆れる

「え?・・・授業・・・?」

亮輔の言うとおり、ザワザワと声のするこの空間はまぎれもなく
いつもと変わりない日常の教室であり
定位置に座っている自分がいた
ぼ~とっする頭の中が次第に澄み渡っていく
すいえば・・・確か古典の授業を受けていたような気がする

もしかして・・俺・・・寝ちゃったんだ・・・
じゃぁ今のは夢?
・・・そっか・・・夢かぁ

「なに笑ってんだよ気味悪いなぁ~、それより中間テストの得点上位者が張り出されているから見に行かねぇか?」
「・・・あぁ・・・」

でも納得だな
あの諸藤さんの部屋
どう考えてもあのマンションからしてはやけに古臭くて狭かったもんな・・・

自分の先入観で展開されていく想定範囲内
夢に描かれた日樹の部屋は
拓真の生活観たっぷりでいささか庶民的だったのだろう


全部夢だったなんて・・・
ビックリするような、もったいないような、恥ずかしいような・・・
夢を見るぐらいだから、きっと自分のどこかに願望があるんだ
もう少しで片方の手が諸藤さんの下肢に伸びていくところだった

拓真はすっかり現実に引き戻された

試験勉強は日樹の力添えもあり、その成果もそこそこ手ごたえがあった
それでも得点上位者など自分にも関係なく、あまり興味も無いが
亮輔の誘いに後を追った








『また一緒に走りましょう・・・高原さん』


靴紐を直す高原の耳にはそう聞こえたのだ
ふとその手を止める

空耳だよな・・・

見上げた空は高く、直に訪れる夏の気配を感じさせ、が
その前にやっかいな梅雨がやってくる
雨続きになればグランドでの練習もままならなくなる
それまでの限られた期間が唯一、まともに練習できる時間

あまりにも思い詰め過ぎているから
そんな風に自分の願いが幻聴になるんだ
思わず苦笑いしてしまう

中間テストも終わり部活動も再開、三年生最後の夏の大会へ向けての調整に入る
だが、高原は複雑な面持ちでいた
去年の記録へのハードルは高すぎる
ベストメンバーを揃え練習を重ねてもタイムは一向に伸びない上に、
一生懸命な選手たちにこれ以上の要求はできない
自分にとって最後となる大会にはベストで臨みたかったがそれも
どうやら叶わないこと

見かねた顧問が長距離個人種目への参加を持ちかけてきた
体格の良い高原にはスタミナも十分にあるのだから
まさに好条件である
その気になれば、そこそこの順位に食い込めるだろうと見込まれながら
高原も人知れず自主トレを続けていた

だが・・・
それでも自分を納得させることができずにいた
高原の思いはただひとつ

・・・ユニフォーム姿のお前ともう一度
一緒に走りたかった・・・



  ☆      ☆     ☆      ☆      ☆     


「経過は順調だね これならもう支えを外してしまっても構わないよ」

レントゲン写真を見ながら医師が言った
定期健診に外来で受診していた日樹は少し複雑な思いだった
事故からもうすぐ三ヶ月になる
当初の予定でも、手術後三ヶ月ぐらいで足にはめ込んでいる金具を外すと
言い渡されていた

快復状態も良く、その予定も少し早めようという医師の所見だった
もともと夏休みを利用し、一週間の入院で処置する予定だったのは
学校も休まずに済むからだ

「家の人と相談してみてくれるかな 少しでも早いほうがいいだろう」
「・・・えぇ・・・」

本当なら喜ぶべきことなのだが
そうもいかず日樹はうつむいてしまった

「君は確か陸上をやっていたんだよね」
「はい・・」
「手術が終わったら、もう好きなだけ走って大丈夫だよ」

医師は何も知らず、日樹に笑みを向ける


足が自由になったら・・・
今までは拘束されいると自覚があった
走ってはいけないのだと

だがこれからはどうする
高原はきっと自分には走ることを要求しないだろう
それよりも走る自由を与えられるのに、それを自分で制御しなければならなくなる
その時がくる

何もかも忘れて集中できる
本当は走ることが好きだ

ひたむきに走り続ける高原
そしてマウンドで無心に白球を投げる拓真
そんな彼らの姿を目の当たりにして
刺激を受けないはずが無い

一度はもう諦めたことなのに
どうしてこんなに揺れ迷うのだろう・・・
煮え切らない自分、弱い自分をどう納得させて良いのかわからなくなる

診察室を出ると、そこは日ごろ自分がいる健常者ばかりの世界とは全く異なる別世界なのだ
数ヶ月前までは自分もこの世界にいたのだとあらためて思う
同じ病棟には片足を切断した小さな少年がいた
松葉杖なしでは歩行できない老人もいた
ハンデを背負いながらも皆な明るく気さくに日樹を励ましてくれた

彼らは今どうしているだろう・・・
日樹は無意識のまま病棟に足を向ける



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・







『倉橋さんはあれから諸藤君のすぐ後に退院したのよ、真ちゃんはリハビリルームに行ってるのかな』

ナースステーションに立ち寄るとそう教えてくれた

「もうすぐ戻って来ると思うから待っていれば?」
「・・あ・・いえ、また来ます」

なぜかそう返事をしてしまった
事故で片膝から下を無くした、今年小学生になったばかりの少年
入院中の日樹の部屋をこっそりのぞきに来ては、話し相手になってくれていた
彼はこの先、一生ハンデを背負っていかなければならないのに
それをわかっていてか、いつも明るく笑って日樹を励ましてくれた

辛いのは彼の方なのに・・・

皆なそれぞれの道を必死で歩いている
なのに一番早く退院できた自分だけが、なぜか逆に取り残されてしまったような気がしてならない
心に迷いがあるからだろうか
ひとたび考え始めるとループしてしまい
その度に胸の奥がかすかに痛みだす

何を期待してここまで来てしまったんだろう
後遺症もなく今までと、なんら変わりない生活が送れる
だが満たされない状況を言い訳しようがない

今の自分は彼に逢う資格さえない
だから

逢わずに帰ろう・・・

踵を返し、日樹は来た道をまた静かに戻る




☆   ・・ ☆・・     ☆・・☆   ・・ ☆・・     ☆



「すげぇ~よなぁ、ほぼ満点だぜ」

亮輔の興奮は覚さめやらない
中間テストの高得点者が各学年別に貼りだされていた掲示板を見た時、
拓真と亮輔は呆然としてしまったのだ

二学年の成績トップは勿論日樹だった
しかも五教科それぞれ、ほぼ満点に近い合計482点という優秀な成績でだ

「諸藤さんは俺らと根本的に違わねぇ~?同じ人間とは思えないよなぁ」

想い人がここまで認められようとは、勘違いとわかっていても
まるで自分の一部を褒められているような気がし、亮輔の言葉がくすぐったく感じられてしまう

そして、日樹がかつて都内の名門校に通っていたことを知らしめられるのだ

当の拓真や亮輔といえば、日樹の補習授業のおかげで
赤点を逃れるどころか、見事に試験のヤマを当て
高校生活第一歩の試験を好調なスタートにした

部活も停止を食らわずに済み、クビも繋がったこの放課後もまたグランドで汗を流すことができる

昇降口で自分の下駄箱を開けた拓真はハッと声をあげた

「どうした拓真?」

のぞき込む亮輔、
そして拓真は下駄箱の中に入れられていた手紙らしき封書を取り出す

「なんだろう・・・?」
表と裏、両方を見てもそれには差出人も宛名も書かれていなかった

「おいおい、、もしかしてお前に告白かぁ?早く開けてみろよ~」
「や、やめろって・・・」

おせっかいにも拓真から手紙を取り上げ、我先に見たがる亮輔をひと睨みしてから隠すように
封筒を開けてみる
恋文にしては随分と色気の紙切れだった

「なぁ、なんて書いてあるんだよぉ~?」

興味津々でしつこく擦り寄る亮輔を、
体でガードしながら文章を目で追った拓真が即座に表情を変える

「なんだぁ~、そんなに熱烈な愛の言葉なのか?」
「・・・そんなんじゃ・・ない・・」

拓真は亮輔にその文書と封書を押し付けるように渡す

「どれよ・・・」

次に読んだ亮輔もすぐ様目を見張った

そこには殴り書きで
『ホモ野郎』
と書かれ、封書にはご丁寧にも男性用避妊具がひとつ入っていた

「な、なんなんだよ~これは!!」
「こっちが聞きたいよ・・・」

イタズラ?嫌がらせ?誰が何のために?
拓真にはそれが何を意味するのかわからなかった

だが・・・
それは

日樹に近づくな!という拓真に対する忠告だったのだ


。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・



「そうか、思ったより早かったな」
真向かいの朋樹が安堵した様子で呟いた

夕食時、ダイニングテーブルに向かい合う日樹が、
足の金具を外す手術の時期を家族と相談してくるように医師から伝えられたことを朋樹に話した
やっと体が自由になる反面、日樹の心は晴れやかではない

「早い方が良いな 学校の行事予定と重ならない日程を選ぼう」

いつもより少し早い夕食
近頃、朋樹は比較的早い時間に帰宅し日樹と夕食を共にする事が多くなった
あえて口にはしないが、先日の拓真に対する態度から
朋樹のこの行動理由が納得できる
義兄は義兄なりに自分を心配してくれているのがわかる

「ごちそうさま・・・」
カタンと、椅子から立ち上がり自室に戻ろうと朋樹に背を向ける

「日樹」

そう呼ばれ足を止めるが、あえて朋樹の顔を見ずにいた

「わかっているな」

おそらく朋樹の瞳は日樹の背中をまっすぐに見つめているのだろう
その強い視線が刺すように体へ伝わってくる
朋樹はその先は言わない、だが
同じ過ちを二度と起こすな
そう言わんとする忠告だということがわかる

「うん・・・」
今の気の迷いを朋樹には見抜かれている
わかりきったことを言われ、そう返事をするしかなかった
そして頷いてからリビングを出る日樹の一部始終を
朋樹の瞳は凝視していた


夜な夜な襲われる過去の呪縛

憧れていた義兄に面影の似た教師と関係してしまったこと
それも無理やりに

そして拓真の笑顔が浮かぶ・・・

「もう・・・忘れていたはずなのに・・・」

薬をペットボトルの清涼水で一息に飲み干す
これを飲めばどんな思考が脳裏にめぐらされていても定刻に眠りへと導かれる
目覚めるまでのことは一切記憶にない
嫌悪感もない
朝の爽快な目覚めを約束してくれる

感情移入などしないはずだった
なのに今は肉体より精神的な関係を望んでいる
抑え切れない感情

これからどうするの?・・・・
自問自答し日樹は静かにベッドへなだれ込む



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・


『知らなかったのか?今じゃお前と諸藤のウワサで持ちきりだぞ』
『そうか~ホモ野郎かぁ~そりゃいい』

先日、拓真の下駄箱に入れられていた嫌がらせの手紙の一件を
亮輔が部の先輩に持ちかけた結果がこの返事で
拓真は終いに先輩たちの笑いの的になっていた

「な、なんでですか・・・」
日樹との関係を噂され、嬉しいような恥ずかしいような
それでも自分がなぜそんな渦中の人物になってしまったのか理解できず
顔を真っ赤にさせながら聞き返す

部活が終わって和気あいあいと部員達が井戸端会議に話をはずませる
こういう場に限り、先輩後輩の確執がなくなり無礼講となるのだ

「お前やっぱりホモだったのか・・・?」
亮輔もすっかり面白がって拓真をからかう側にまわる
まったく友達甲斐の無い奴だ

「なっ、わけないだろうっ!!」
この場は慌てて否定するが、うっかり自分が見た夢の出来事は
親友の亮輔には間違っても話せない

『夢までに見るってことは、お前の願望だろう~』などと言いかねないからだ

夢の中とはいえ、諸藤さんを押し倒していたなんて
それに・・もしあそこで目が覚めなかったら
・・・どうなっていたんだろう・・・?
先のことを想像していくと顔だけでなく体中も熱くなってしまう

「北都と諸藤の図書館ツーショットは有名だよ」
「えっ?」

図書館で勉強していたことだろうか
拓真にしてみればやっとのことで日樹に近づくことができた機会
たったそのことが理由なのか・・・!?

「図書館にはうちの生徒も大勢出入りしてるからな あらかた誰かに目撃されたんだろう」
「そうだよ~拓真は、俺に内緒でコソコソするからこういう目に遭うんだ!!」

「亮輔だって一緒にいただろっ」
初めの数日は確かに二人きりだった
でも・・・その後は亮輔にすっかり邪魔されてしまった
なのに

「まったく高原を差し置いて、良い度胸だよ」
キャプテンは少し呆れ顔で拓真を笑う
「・・・高原?あぁ・・・番犬のことですか・・・」
「番犬?・・・」

拓真の“番犬”という言葉に一同が大ウケしてしまう
実はこの“番犬”はマネージャーの受け売りなのだが
あまりにもピッタリの例えだったようだ

「ま、そんなもんだな 今じゃ諸藤にべったりだから」
「じゃ、あいつの仕業ですか?」
「いや、恐らく高原ではないだろう」

亮輔が犯人断定の結論を急ぐが、あえなく否定されてしまう

「北都が無理やり諸藤を誘ったなら話は別だが?」
疑わしく問われる
「いえ、諸藤さんは快く引き受けてくれました・・・たぶん・・・」
「なら、高原はあり得ないな」

「高原は諸藤を守りたいだけだから」
「守りたい?」

「あぁ・・・」
そうキャプテンは頷いた
言葉の端はしに何か深い事情がありそうな感じが見受けられた

そしてついに拓真の知らなかった日樹の過去の一面を知ることになる

「好タイムを出して、一年からいきなりベストメンバー入りした諸藤には先輩からの風当たりが強かったんじゃないかな
なんでも、部員たちが良からぬ噂をしていた時に諸藤が居合わせて・・・その日に事故に遭ってしまったから
偶然とはいえ、高原は責任を感じないわけいにいかなんだろう・・・」

同じく部をまとめていく立場のキャプテンには高原の責任感
そして気持ちが痛いほどわかるらしい

「良からぬ噂って・・」
「・・・前に通っていた男子校で教師と関係があったっていう内容さ」
「えっ!?」

言いにくそうにキャプテンが話を切り出した
驚いたのは拓真をはじめ、新入部員だけで
2・3年生はすでに承知していたからだろうか、全く表情を変える様子がなかった

「関係って・・・」
「ま、火のないところに煙は立たない」
「それが事実ってことですか!?」
聞き返す拓真にキャプテンは真剣な顔を向ける
それが単なる噂でないことを肯定していた
関係という言葉が何を意味しているか
大体の予測が付く

だからホモ扱いされたのか・・・

「高原としても諸藤の復帰は欲しいところだが、治ったところで部には戻りづらいはずだ」
「なぜ!?」
「今更、和解というわけにもいかないだろうし 第一に高原が板ばさみになるだろう」

足が治って、走れるようになっても走る場所がない

守られるだけで良いはずの人が
自分より周りの人間のことを考えて
だから退部を決心して・・・
そんないきさつがあったなんて

それじゃ諸藤さんには自由がないじゃないか

驚く事実ばかりだった
何も知らず接していた自分

「そんな・・・」
嫌がらせをした相手が誰であろうと、もうどうでも良くなっていた
それよりも

いつも柔らかな笑顔のその人は
ふと寂しげな表情を見せる
そして
傷を隠した心の奥底を誰にも知られることもなかった・・・



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・




6時間目の授業は体育だった

どの教科よりも楽しく、ハツラツと思う存分過ごせる時間
この日、亮輔は少しばかり調子に乗りすぎたようだ
校舎一階、職員室の隣にある保健室の窓の外から横着して声を掛ける

「先生~、突き指しちゃったよ~手当てしてよ~早く~」
手をブラブラさせながら保健室の中を見回しここの主を探す

「ちょっと待ってて~」
姿は見えず、主の声だけが返ってきた
どうやらベッドで休んでいる生徒の世話をしているらしい

ふーん、誰か具合悪いんだ・・・

カーテンで仕切られたベッドから保健室の担当職員がでてきた
年齢不詳、恐らくは20代後半から30代前半の女性

窓際から顔をのぞかせている亮輔のもとにちょっとばかり不機嫌そうな表情で歩みよる

「次はちゃんと入り口から入ってらっしゃい じゃないと手当てしてあげないわよ」
亮輔と顔馴染みの彼女は容赦なく厳しい

「みせてごらんなさい」
呆れ顔でグイと腕を掴むが、これまた怪我人を労わる様子がまるでない

「痛てて・・・越智谷先生~痛いよ~」
「しようがないわね そのまま待ってて」
瞬時に怪我の様子を触診し、騒ぐ駄々子を言い聞かせ湿布薬を取りにいく

この女性職員は名を越智谷(おちや)という
肩まで伸ばした髪を一つに束ね、さすがに担当が保健というだけあって
身なりも清潔感溢れている
もともと素顔が整っているため薄化粧で十分なのだ

「ところでさ、先生って独身だっけ?」
亮輔は言わなくても良い余計なことまでに平然と首を突っ込んで言ってしまう

「俺でも全然OKなのに、世の男が先生をほっとくとはもったいねぇ話だなぁ・・・」
だが逆に、あまりにも突拍子なくて嫌味には聞こえないのだ
なのでこの亮輔のたわごとにも越智谷は本気で怒ることはない

「余計なことを言わない!」
窓越しに手当てが始まる
包帯を巻く手にも必要以上の力が入り、亮輔の指がきゅっと締め付けられる

「・・・先生・・」
「なぁに?」
「ちょっと乱暴・・・」
亮輔は痛みをこらえ眉頭を寄せる

「誰か好きな人でもいるんだ?」
真顔で訊ねる亮輔の質問に越智谷は間を置いてニコリと微笑む
「はい!手当て終わったわよ!」

最期は包帯を巻き終えた亮輔の掌をピシャリと叩いた

「痛てぇ~」
思わず大声が出てしまった
「しっ!静かに!!」
亮輔を制し、慌ててベッドの方を見やる
自分でその原因を作って置きながらいい気なものなのだが

「サンキュー」
まんまと話をはぐらかされた気もするが
亮輔にとっては貴重な体育の時間、一分たりとも無駄にできない
これが他の授業ならばもう少しサボってここに居座っても良いところだが

「またくるから~」
振り返りざま、そう言残し元気良くグランドに戻っていく

「またくる、ってここは保健室よ」
亮輔を見送り、やれやれと一息つき
先客のいるベッドへ足を向けながら
ふと、ため息を漏らす

「あっちはあれで良いけど・・・こっちはそうもいかない・・・か・・・」



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・







気がつけば、いつもそこに義兄の優しい笑顔があった
仕事で家を空けることの多かった父に代わって
自分を守ってくれた義兄

子供ながらに覚えている
大きくて、しっかりと包み込んでくれる義兄の手が大好きだった

いつからだろう・・・
その義兄が自分ではないものを守り始めたのだと気づいたのは
そして身も心も自分から離れていってしまったのだ

突然の出来事に
寂しくて、どうしていいのかわからなかった
『行かないで・・・』
そう言いたかったのに

何不自由なく暮らしているはずなのに、心の隙間を埋めるものが無く孤独だった

そんな時分に小梶先生と出逢った
年、背格好、雰囲気が義兄と似ていたせいか、渇いて飢えた心はすぐに先生を欲した

先生は義兄と同じように暖かく包み込み受け入れ
寂しさは徐々に埋め尽くされ、癒され、心は満たされていった

あの日、無理やり体を求められるまで・・・
心地よい関係などそう都合よくは成り立たなかったのだ

皮肉にもそこから救い上げてくれたのは一度は自分の前から離れていった義兄だった
先生と自分の間にあったことは義兄の手によって抹消された
だが、闇に隠してもいつかは表に出て知られる事実

そして高原と・・・

失うものが無い自分だから、もうどうでもいいと
求められるままに体を差し出した
それで良かったはずなのに・・・

今では体よりも彼の心を求め疼く
一度手にした喜びは、次に失う恐怖に脅かされことになる
それは嫌というほど思い知らされている

精神的な関係を求める自分は
もう高原を愛しはじめている
そして・・・
高原に望むことは出来ない

失うなら手に入れず、何も求めず
今のままで良いじゃないか

何度も自分に言い聞かせては胸を締め付けられる



目を覚ませば保健室のベッドで寝ていた
真っ白な天井を見つめながら記憶をたどる

そうか・・・
授業中に苦しくなってここへ・・・

「具合はどう?」

カーテンをすり抜けて保健医の越智谷が様子を窺っていた

「・・・痛みは治まりました・・・」
「良かったわ もうすぐ授業が終わるから戻れるわね」
「はい・・・」

原因はわかっていた
飲み続けている薬のせいで胃も荒れているのだろう
再手術の話がでてから、尚更ひどくなっている
自由になる不安、先の見えない自分・・・


開いたカーテンの隙間から外の光が微かに差し込む



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・







「緑川、車を用意しておいてくれ」

オフィスの窓から眺める空はどんよりと灰色の厚い雲に覆われている
窓際に立つ諸藤社長は振り向きざまに、自分の秘書にそう言い渡す

「はい、社長」
忠実な秘書は無駄な動きも無く、軽く頭を下げ会議室を後にした

今まで新製品のプレゼンが行われていた会議室
カーテンが開け広げられたが
そこには梅雨の重々しい空しか現れなかった
うっとおしくまとわりつく湿気、そして今にも雨が落ちてきそうな雲行き

自分の秘書は下がらせたが、このまま話を切り出して良いかどうか確認のため
諸藤社長は朋樹の一歩後ろに控える鏡をちらりと見る

「彼ならかまいません」
朋樹は父の心を読み取り、諸藤家とは馴染み深い鏡の存在を認めることを伝えた
長年、諸藤家に出入りし、プライベートも家族共に過ごしてきた鏡なら
もはや朋樹の片腕同然、そして朋樹は彼の何もかも知り尽くしている
あえて『他言無用』と釘を刺す必要も無い

「日樹はどうかね」
人払いをしてまでプライベートの話となればそのことしかないだろうとは察しがついていた
仕事を離れればこの人も人の親なんだと、こんなことで実感する

「金具を抜く再手術の時期が来ましたので、なるべく早めに済ませようと考えています」

年齢のせいでいくらか外見に優しさを感じさせる諸藤社長も
朋樹と親子だということがどことなく容姿で窺える
同じような背格好に着こなしの良い姿だ

「そうか・・・期日が決まったら教えてくれ」
「はい」

決して自分の子供を甘やかさない
日樹が実家に戻る以外は、わざわざ父親から出向いて会おうとはしない
前回、顔を会わしたのも恐らく事故で入院をした時以来だろう
それが親と子の立場を確立させ、相手を信じ認め自立させながら育て上げる
まさに頂点に立つ者の育成方法なのだ
日樹の方もそれが小さい頃から身について育ってきているため
父親に甘えることをしない、もしくは出来なかったのだろう・・・

「あれが寂しがっているから、たまには皆で顔を出すが良い」
社長はそう付け加えた

日樹の母だ、朋樹にとっては継母となる彼女は父とは違う
恐らく日樹を家から連れ出し、親子を引き裂く結果となった今
一番寂しがっているのは彼女に違いない

日樹と同じ端整な顔立ちの人・・・

「手術が終わったらまたゆっくりとお伺いします」
「ああ、そうしてくれ」

用件を言い終えると、そろそろ車の準備も出来ただろうと見計らい
諸藤社長は会議室を退出する
そのすれ違いざまに、鏡の肩に掌をポン!と添えて行く
その掌からは経営者としての力強さ、長年諸藤家の家族の一員として
認めてもらえている信頼と暖かさが伝わる

見送る諸藤氏の後姿は大きく勇ましい



   。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・


あの日以来、拓真は複雑な気持ちでいた
自分が見た夢・・・
日樹を押し倒し、今にもその体を抱きしめて自分のものにしてしまうような勢いだった

女にいだくような気持ちを日樹にいだいて
日樹の体を征服しようという願望が心のどこかにあるのだろう

だが・・・
それだけではない
良からぬ噂が嫉妬心となって拓真に火をつける



。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・


掛け違えたボタンのように

何か一つを間違えば

見えない鎖で繋がれたものは、それを追うように
転がり堕ちていく

不穏な空気が流れはじめている



   ・・・誰か、止めて・・・

そんな声が聞こえた




『・・・前に通っていた男子校で教師と関係があったっていう噂さ・・・』



拓真の脳裏からその言葉が離れない
日樹の過去・・・

「関係って・・・」
「決まってるだろうっ! か・ら・だ、の関係っていういうことだろう?」

おすおずと問いかける拓真に反し、亮輔はあっけらかんと答える

「・・・って・・・」
それ以外は無いだろうとわかっていても口に出してしまう
いくらなんでもこの年になればそのくらいのことは察しがつく
でも、もしかしたら違う答えが戻ってくるかもしれない、とか
そんな出来事は無かったと否定して欲しかったのだ

過去のこととはいえ、日樹に対する独占欲がそれを嫉妬する

こんなことを繰り返しては、梅雨の湿気をおびて蒸した空気に当たる体がますます熱くなり、
たまりかねてはその熱を放出したくなる


諸藤さんが誰かに抱かれた・・・

以前は、そう
まだ憧れという存在で近寄りがたかった頃は、陸上部のユニフォーム姿を思い浮かばせていたのに
このごろでは違う
まるで女に抱く性欲を沸き立たせている
日樹を見かければ、制服姿を見透かして線の細い生身の体を想像してしまう不純な思いでいた

きっと、あの男・・・高原もそうなのだろうか

グランドで隣を見やれば、陸上部の練習風景が目に入る
このところ練習に熱が入っているようだ
以前のように威嚇されることも無く、まして日樹と一緒にいるところも
このごろではほとんど見かけない

高原に対抗意識を持ち、
願いが叶った再会の時、純粋に胸をときめかせたあの瞬間のことなど
もう忘れてしまっている
求めているのは手に入れたものよりさらなる刺激

この思いを伝えて、受け止めて欲しい・・・


「それよりさ、拓真  そろそろレギュラーが決まるな」
「・・あ、あぁ」

思い耽る拓真を亮輔が現実へ引き戻す

夏の大会に向けてのスタメンが選出される
投手の層が薄いこのチームなら拓真は控え投手に抜擢されることは
間違いないだろう

「お前は大丈夫だろうけど・・・俺は危ういかも」
「そんなことないよ」
「いや、捕手はベンチに何人もいらないしさ」

亮輔と同じポジションの捕手は上級生に二人いる
2年、3年中心にチームが組まれるのだから
亮輔のいうことはもっともなのだ

亮輔以外とバッテリーを組むのでは意味が無く
まして他の捕手のリードを受けることに不安がある
自分を知り尽くした亮輔のリードだからこそ
安心して任せられるのだ
いくら自分がレギュラー入りしても
そうなることが予測されれば拓真にしても練習に身が入らなくなる
かといってじっとしているのでは体も治まりつかない

「少し投げ込むか?」
「ああ」

亮輔の誘いに拓真は腰を上げる
二人は皆より先に休憩を切り上げた


そして、もう一人
最後の夏の大会に向けて
自分を見失いかけている男がいた





このごろ、本編からはなれた日樹君と高原さんをいじりすぎました・・・
(これが結構楽しかったりします)
今日はまたシリアスです

年末にむかい
今日は風呂場のカビでもとろうと思いましたが
ダルダル~な一日を過ごしてしまいました・・・

寒いのは嫌です~

車の中でマドンナを聴いて(CDチェンジャーにはアニメから洋楽と色々)
PCからは倖田来未が流れています
いつもはw-indsなどを聴きながら
BL小説を書いています

クリスマスに近づいてくるとゴスペラーズも良いですね~




高原からの連絡が途絶えてもう何日になるだろう・・・

最後に逢ったのは中間テスト前だ
もともと互いを求め合って始めた関係ではない
携帯に入る連絡も、高原からの一方的なものだけだ
自分からは連絡をとることはしない
もしそうしてしまえば、この関係の意に反してしまう

自分の存在価値を考えるようになってしまえば
それはもう対等な関係ではなくなっているのだ

最後の夏を燃焼するために
テストが終わってから高原は部活に勤しんでいるのだろう

事故に遭わなければ・・・
こんな関係も持たず、ただ先輩後輩として
チームメイトとして一緒にグランドを走っていたのかもしれない

いつまでも続く関係ではない
行き詰まり、それを乗り越えられなければ
もう先も無く終わるだけ
その時がいつか訪れるなら
そのまま静かに受け入れ見届けなければならない

まして高原の寛大さに甘えるだけで
彼を満足させることができない
その理由も高原はわかっているはずだ

彼のため・・・
そう思っていたのは自分だけ・・・?


日樹は自室のベッドに転がりながら
携帯電話の着信履歴を見つめていた
朋樹の番号に混じって履歴に残る高原の番号

日ごろ気に留めもしなかった携帯電話にこんなに執着するとは
自分でも信じられなかった

トントン・・

朋樹がドアをノックする

日樹は上体を起こし携帯電話を枕元の眼鏡に並べて置く
そして何も無かったように
たった今までの切なげな表情を捨て
いつもの静かな笑顔で朋樹を迎え入れる

「はいるぞ」

すっかり部屋着に召し替えた朋樹だった
いつも三つ揃いのスーツを隙無く着こなす朋樹の
こんなラフな格好を知っている人間は家族以外に数人といない

たとえ、どんなたぐいの服装でも
見劣りすることがあり得ないほど見事に着こなすのだ
朋樹にとって身に纏うものは単なる付属品でしかない
そして軽装になればなるほど朋樹の逞しい体が主張される

ベッドに置いてある日樹の携帯電話をチラリと見やり
小さな変化を見落とすことなく察知する
いつもなら無造作に置いてある携帯電話
それが日樹自身のごく傍らにある

「手術の日取りが決まった」

とうとうくる・・・

「・・・いつ?」
「来週の月曜日に入院してその翌日が手術になる」

朋樹が日樹のベッドに腰を下ろすと
体重の分だけスプリングがギシリと沈む

「急なんだね・・・」
あまり望んでいないことのせいか、つい苦笑いになる
それにこんな状態ならもっと先延ばしにしたかった

「あまり嬉しそうではないな」
クク・・・と笑い日樹の顔色を瞬時に窺いとる

「これで体も自由になるんだぞ」
「・・・うん・・・」

日樹の両肩にそっと掌を置きを自分の方へ抱き寄せる

「・・・義兄さん・・・」

突然の兄の行動に戸惑いはするが
なぜか懐かしさに身を任せてしまう
子供の頃は何度もこうして大きくて温かい義兄の胸に
包まれたような気がする
しばらくぶりだ・・・
あの頃と何も変わっていない

「日樹、いいか これから起こりうること全てを、良い結果でイメージしろ」

背中越しに聞こえる朋樹の力強い言葉
それは朋樹の信条だ
何事も自分を信じなければ、事は上手く運ばれない
無論ビジネスもそうだ
マイナスをイメージしては持てる力を発揮できない
ずっと朋樹を見てきた日樹なら言われるまでもなく理解できる

日樹もそう育ってきたからだ
あの事件が起こるまで
だが・・・
心に不信、不安を抱くようになってしまった日樹には受け入れる事ができない

「・・・大丈夫だから・・・」
今度は日樹が背中越しにそっと言葉を返す

強がるわけでもなく、
気休めでもない
相手が安堵してそれ以上強要しなくなるからだ

大丈夫・・・
そう言うことに
もう慣れてしまった・・・


。☆。・。☆。。・。☆。・。☆。・。☆。・







携帯の着信音が鳴る
一瞬、体をピクッと反応させるが、すぐにそれが電話の着信ではなく
メールだとわかると携帯電話にかけようとした手も止まり
知らずに溜息をもらしてしまう

「・・・違う・・高原さんじゃない・・・」

いつからこうして高原からの連絡を待ちわびるようになってしまったのだろう・・・
当たり前のようにあったことが突然なくなってしまえば
それが、いかに大切な時間であったかあらためて身に知らしめられる

拓真からのメールだった

『週末、時間ありますか?』

短い内容のメール
実直な彼らしく、用件だけを素直に伝えている
飾り気のない言葉が今の日樹には温かく感じられ
心の隙間をわずかでも埋めてくれる

不安定な心・・・

日樹は窓辺にもたれ掛かりながら、広がる景色を見つめていた
マンションの南側には広い緑地公園があり、
鬱蒼と茂った緑の木々が時に幻想的で
そのまま吸い込まれてしまいそうな錯覚におちいる

いっそ、そうなってしまえば楽になるかもしれない
抑えることの出来ない不安に
日樹は胸元をギュっと握り締めた


☆    ☆    ☆    ☆



「なぁ・・・最近の高原さんおかしくないか?」
部員の一人がもらした言葉に
今だとばかりに次々と同調する者が出る
心の中では皆な同じことを思いながらも、人の何倍も練習に集中する
高原を思えば、軽々と口にすることができなかったのだ

「そうなんだよ、いくらなんでもあれは異常だよ」
「あぁ、まわりが全然見えてないっていうかさぁ・・・」
「リレーの奴らはずっとつき合わされっぱなしだぞ」

その通りだった
最後の夏の大会へ向けての意気込みと受け取るには
部員の誰から見ても高原の変わり様は一目瞭然だった
過剰な練習

確かにこの夏が終われば引退しなければならない
だが、何が高原をそれまでさせるのか
誰にもわからなかった

執念・・・まさにそんな言葉がふさわしく
高原の表情も以前のものとはまるで変わっていた
そしてその頃からだったろうか
高原と日樹が一緒の姿を見かけなくなり
替わって、拓真と日樹のことが囁かれるようになったのは


それは必然的に高原の耳にも入っていたことだろう


「高原さん、少し休みませんか」
ハァハァ、と息を切らした中西が、さすがに音を上げ
前かがみに上体をかがめる

他のメンバーはもうベッタリと地に腰をつけてしまっていた

「いや、もう少し走りたい」

だが高原は休む気などまったく無いらしく
迷うことなく中西の提案はあえなく却下されてしまった
日樹の替わりにリレーメンバーに抜擢された一年生

「・・はい・・・わかりました・・」

先輩の意向には逆らえず従うしかない
だが部員全員が部長の高原を尊敬している
新人の中西も例外ではない
そして、その熱意を少しでも理解することができていたから
反する気持ちはまったくなかった

「糸川先輩、佐伯先輩 さっ、走りますよ 」

ついにはぐったり寝そべってしまった先輩を呼び起こす

「・・はいはい・・・」
致し方なく、二人はノロノロと気だるそうに腰を上げる


高原の執念、熱意・・・
それがたった一人に向けられたものであることには
誰も気づいてはいなかった






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