ゆのさんのボーイズ・ラブの館

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4・・・噂


三月中旬、春近しといえ
あいにく空は厚い雲に覆われ
白いものがチラチラ落ちてきている
関東にしては遅い、季節はずれの雪だった
そういえば随分冷え込んでいる

部活の練習も終わり
部室へ着替えに戻った二年生の一人が口火を切った

「それにしても、うちの顧問は諸藤に入れ込み過ぎだと思わないか」
「ああ、入学当初、顧問自らスカウトだぜ」
「知ってるか?諸藤って西蘭出身らしいぞ」
「あの超お坊ちゃん学校かよー」

ここでも尾ひれがついた噂がまたひとつ
たちが悪かったのは、その噂に嫉妬という感情が加わっていたこと
井戸端会議は女性だけのものではなかった
一人が興味深いお題目を上げれば、二人、三人とそれに加勢する

「なんで西蘭からわざわざこっちに来たんだ?あこそは中高セットだろうに」
「さぁな、なんか問題でも起こしたんじゃないのか」

好き勝手に噂し、クスクスとほくそえむ部員
日樹が入部するまでは自分らが一番と自負していた自信たっぷりの連中ばかりだ
それを新入生の日樹に根こそぎもっていかれたのだから
鼻をへし折られ内心面白くない者ばかりなのだ
実力ではかなわない
半ば負け犬の遠吠えだったのだ

「どうした、諸藤?入らないのか」
部室の入り口にたたずむ日樹の背後から声をかけたのは遅れてグランドから戻った部長の高原だった

ロッカーが目隠しになり入り口付近からは中の様子はまったく見えない
先ほどからその入り口で足をとめていた日樹がいたことを
中に居る連中は気づきもしなかったばかりか
噂はさらにエキサイトしていく

「教師とデキちゃったんじゃないの」
「そうか、それで退学かぁ」
「諸藤ってさぁ、なんかそっち系って感じ」
「あ、俺もそう思ってた」
「あそこ男子校だろ 益々怪しいよな」

好き勝手に盛り上がりすぎた会話はとどまることをしない

「何がそっち系なんだ?」
高原の声が部室に響く
いつの間にか日樹を追い越して部室の中央に立ちはだかっていた
日樹と同じく好タイム記録を持ち、三年生の引退後、部をまとめ上げている正義感の強い男
その声でにぎやかだった部室が静まりかえる

「お、お先に・・・」
今まで日樹を中傷していた連中が気まずそうにそそくさ部室を出て行く
着替えなどとっくのとうに済んでいたのだ

この連中をピタっと黙らせるのだから高原の威厳は相当なものだった

部室の片隅の方に、噂には参加しないものの
半分耳を傾けて聞いていた下級生がまだ数人残っている

こいつらはいいか・・・

「諸藤、入れよ」
高原はチラと見回し、日樹に声をかけた
時々こんな状況になっていることを高原は薄々気づいていた

根っから悪い連中じゃないとわかっている

完璧すぎるほど勉強が出来て、スポーツも万能で
おまけに中性的な容姿は誰でも一瞬目を魅かれる
そんな日樹に近寄りがたくて
部活で一年間一緒に過ごしても、
お高くとまってるわけではないがとにかくマイペース
仲間に馴染まない日樹にちょっかいを出したくて
その方法が少しばかり幼稚でエスカレートしてしまった顛末なのだ

実のところ、どの連中も日樹に憧れていることは間違いない
興味の無い人間の話など口にする理由などないのだから
だから高原も連中に余計な制裁は加えない

心なしか少し顔色の悪い日樹とすれ違いに
残りの部員が全員部室を出て行き
残る高原と日樹は無言のまま着替え始めていた

シーンと静まり返った部室はさすがに気まずく感じられ
声をかけようと振り返り日樹の方に向いたとたん
驚く光景が目に飛び込み
冷静な高原らしくなく慌てて向き直る

日樹はちょうどランニングを脱いで上半身裸体をさらしている最中だった

「・・あー、諸藤・・連中のことは気にするな・・・よ」

別に女の裸を見たわけじゃないのに
ゾクッとしてしまう
確かに、細身の体の日樹はユニフォームのランニングから
いつも胸元が見え隠れし
いつぞやも、もろに薄いピンク色の花弁のような乳首が露出していたりした
その度にいつもこちらが恥ずかしくなり目のやり場に困ってしまうのだ
それも本人の自覚などまったく無いのだから
いや、無くて当たり前だ
同じ男なのだから・・・
無論、股間を視覚、触覚で確認したわけでもないが
間違えなく男だろう・・・
同じものがあるはず
なのに

妙に色っぽいんだよ・・・

なに言ってるんだ俺は?
諸藤の実力を買って、それに惚れてるんじゃなかったのか・・・

ひとたび走しりだせば、その華奢な体から想像もつかない
優雅な姿でギャラリーを魅了させる日樹
そして高原の体格風貌に喧嘩を吹っかけてくる奴は校内に誰一人として
いない、向うところ敵なし
だが、こと後輩の日樹のこととなるとどうもそうはいかないらしい

筋肉質の逞しい体の男がその姿に似合わず照れながら
頭をかきむしり自問自答している
勇ましい男が台無しだ

「お疲れ様でした・・・」
着替え終わった日樹はその高原をまったく気に留めず部室を出て行った

「え?・・・あ、あぁ」

部室のドアの閉まる音とともに
一人だけ取り残された自分が少し間抜けに感じられた

諸藤には弱いんだよなぁ・・・
高原はククっと苦笑いしてみる


部室に残った高原と日樹

「気にするな」
高原が日樹の肩をに触れようとした時、無意識のうちに手を避けていた。
「・・・」
やり場のなくなった手を引っ込め
最後に出て行った高原。沈黙の気まずい空気だけが残されていた



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