2002/06/01
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 このような話は読んだことがある気がする。この話はかつてあった。これらの書かれている文章には以前接していたような思いに襲われる。似たものをかつて書いた。記憶にある光景を一場面ずつ記録する。しかしその光景は今の自分が見ているものではない。その時の自分が感じた感情を再現し直して書き起こすことは難しい。今の自分には書けても以前の自分には書けなかったこと、以前の自分なら書けたが今では書けなくなったこと、二つが違っているのなら書かれることも同じではなく、記憶している光景とはただ思い出された光景でしかない。


あるいはまた、ベケットがプルーストについて書いているように、「記憶力のよい人間は何も思い出しはしない。何も忘れていないからだ」

           本書より



 以前書いた私にとっての「記憶の書」を確かめてみると、思ったより量が多く、そして細密なだけに、過去の現実との対面は愉快なものではない。愉快な思い出もいくらでもあるだろうに、そういったものは書いていない。会話が強調されているそれらは、記憶の中のものと全く同じではないだろうが、読み直すと「あの時確かにこう話した」と思い込んでしまいそうだ。書くことによって固定されてしまった過去より、書かれなかったことの方が多いのに。腹に来る奇妙な感覚は、不快感が強い。
 私はオースターを詩人としてしか見ることが出来ない。彼の詩は一編も読んだことがないが、「幽霊たち」「シティ・オブ・グラス」はほとんど詩のようなものと思いながら読んだ。「鍵のかかった部屋」で本格的に小説に進み出した彼の、それ以降の作品にはあまり興味が持てない。だから、それらニューヨーク三部作以前に書かれた本書は、いずれ間違いなく読むだろうと思い、そして読んだ。



郵便局員がそんなことを言うのでわたしはつい余計なことをしゃべってしまった。








なものですから。何かバラバラと小石が降ってくるような感じがするんで分かる
んです。>


多和田葉子「文字移植」より


 ひとつの言葉はもうひとつの言葉になり、ひとつの物がもうひとつの物になる。考えてみれば記憶と同じはたらき方である。彼は自分の内部に巨大なバベルの塔を思い描く。そこにはひとつのテクストがあり、それがみずからを無数の言語に翻訳する。嗜好の速度でもってセンテンスが彼のなかからあふれ出る。一つひとつの単語がそれぞれ別の言語から放出される。彼のなかでけたたましく騒ぎたてる千もの言葉。それらの言語の喧噪が、無数の部屋や廊下や階段からなる数百階建ての迷路に響きわたる。もう一度言おう。記憶の空間のなかでは、すべてがそれ自身であると同時にほかの何ものかなのだ。そしてAは徐々に思いあたる。自分が記憶の書に記録しようとしていることはすべて、自分がこれまで書きつづってきたことはすべて、おのれの人生のなかのごく短い瞬間の翻訳にすぎないのだと──

本書より


これは会話と呼ばれているものです。会話は言葉づかいだと信じています。言葉は口から出ると、宙を飛び、一瞬の間生き、そして死にます。奇妙じゃないですか? ぼくにはよくわかりません。ノー、ノー。しかし、あなたにはいずれ使わなければならない言葉があります。たくさんあります。何百万もあると思います。三つか四つかもしれません。どうも、すみません。しかし、今日は調子がいいんです。いつもよりずっと。あなたがいずれ使う言葉を使わせてもらえば、偉大な勝利と言えるでしょう。サンキュウ。百万回もお礼を言います。

 ぼくは今、詩人だと言ってもいいでしょう。毎日、部屋で次々に詩を書いています。言葉は全部自分で作ります。暗闇の中で生きていたときと同じです。そういうふうにいろんなことを思い出しては、また暗闇に戻ったような気持ちになります。言葉の意味を知っているのはぼくだけです。翻訳はできません。その詩で、ぼくは有名になるでしょう。はっきり言えば。ワーイ、ワーイ、美しい詩です。世界を泣かせるほど楽しい詩です。

ポール・オースター「シティ・オヴ・グラス」山本楡美子・郷原宏 訳 より



 何ごとも全てほんとうのことを記す必要はない。だが多くのほんとうでないことの中にほんとうを混ぜると、自分の目からはその部分だけが浮き上がり、そこだけがほんとうらしくなり、ほんとうではない他の部分がいかにも嘘臭くなってしまう。他の人にはそれがどこかは分からないので全てほんとうだと読む人が思えば全てそう見えるし、全て嘘だと思いながら読めばそう見えてしまう。しかし勘のいい人ならほんとうの部分だけを見分けることが出来て、そしてほんとうのところに気付いてしまうと、ほんとうでない部分に気楽に接していただけに、暗い気分に襲われてしまう。書かれたほんとうのことが明るいものでも暗いものであっても、それが現実にあったこと、それが嘘の中に混ざらなければならなかったことを考えてみれば、気楽に楽しむ気分に水を差されてしまう。



 何も書かれていない一枚の紙をテーブルの上に広げて、彼はこれらの言葉をペンで書く。それはあった。それは二度とないだろう。

本書「記憶の書」冒頭

 彼は新しい紙を取り出す。それをテーブルの上に広げて、これらの言葉をペンで書く。それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

同ラスト



 過去の自分のことが書かれた私にとっての「記憶の書」を読み返し「これらはもう二度とない」という当たり前の思いにとらわれてしまい無用に暗くなってしまったが、過去と同様これから起こることも「それらは二度とない」のだから、未来に郷愁を覚えるのと同様に、過去にそれを感じるのもあまり意味はないことかもしれない。
 記憶の混乱。本で作られた家具。


 一一二丁目のアパートには家具がついていなかったので、欲しくもないし買う余裕もない物に無駄な金を使うよりはと、僕はそれらの箱を材料に、「虚構の家具」を作り上げた。それはちょっと、パズルを組み立てるのに似ていた。一つひとつの箱をユニットとしていろいろな形の集合体にグループ分けし、何列かに並べて床に置き、上下に重ねあわせて、何度も組みかえているうつに、箱たちはやがて家具としての体裁をなしていった。十六箱のセットがマットレスの台となり、十二箱のセットはテーブルに、七箱の数組がそれぞれ椅子に、二箱がナイトテーブルになった。部屋のどこを向いてもくすんだ薄茶色で、色彩としてはいささか単調だったが、僕は自分のやりくり上手を得意に思わずにいられなかった。

ポール・オースター「幽霊たち」柴田元幸 訳 の「訳者あとがき」より、「ムーン・パレス」からの一節。



 この文章は本書に書かれていたのだと勘違いしていた。さらに、本を詰めたダンボール箱で家具を作るのではなく、本そのものを用いて作るのだと勘違いしていた。

ポール・オースター「孤独の発明」柴田元幸 訳(新潮文庫)






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Last updated  2003/03/02 03:10:04 PM
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