2004/03/22
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カテゴリ: 海外小説感想
 扉に「ホルヘ・ルイヘ・ボルヘスに。」と献辞があり、一枚めくるとそのボルヘスが序文を書いている。ボルヘスとカサレス、お馴染みのラテンアメリカ文学界が生んだ上品なペテン師二人における共同詐欺の臭いがプンプンするが、アルゼンチンで初版が発行された1940年当時は、二人は世界的にそれほど有名ではなく、親しい友人同士のそれなりに真面目な遊び心というほどのものだろう。


 ここには、スノビズムの英雄たちが住んでいるんだ(それとも放棄された精神病院の患者たちかもしれない)。観客もいないのに、──あるいはこの私がただひとり観客になることをはじめから見越していたのかも知れない──彼らはあくまで人目につく人間であろうとして、我慢しうる不便の限度をも超え、死をもものともしていない。ここに書きつけていることは本当であって、怨恨からでっちあげをしているわけではない・・・・・・。水槽の部屋のとなりのあの緑の部屋から蓄音機を運び出して、男も女もベンチや草の上に坐り、あらゆる樹々を根こそぎ倒してしまいそうな暴風雨のまっただなかで、会話を交わしたり音楽を聞いたり躍ったりしているのだった。


 故郷で終身刑の判決を受け孤島に逃げのびてきた「私」の前に突然現れた若者たちの集団。彼らは暴風雨の中でパーティーを楽しみ、虫と蛙の死骸が浮かぶ腐った水のプールで泳ぎを楽しむ。「私」はその中の美しい女に恋をするが、どんなアプローチをしかけてもことごとく無視される。「私」の残した手紙という体裁をとったこの小説を読んでいると、「私」以上に多くのことを読者は気付く。まるで「私」はとっくに見えてる真実から目を背けようとしているようにさえ見える。ネタバレについては映画『シックス・センス』よりも、萩尾望都の短篇漫画『金曜日の夜』(小学館文庫「半神」に収録)を思い浮かべてもらった方がいい。
 しかし、モレルの発明した装置について「私」よりも読者の方がその正体に気付くのは、『金曜日の夜』のせいだけではない。何かもっと身近にあり、小さな頃から親しんできたような気がする発明ではないだろうか。そう、『ドラえもん』で似たような道具が出てくるような気がした。出てこなかったかもしれない、しかし出てきていても何ら不思議は感じない。1940年のアルゼンチンと現代のSF的感覚はそう遠いものではない。


 明り採り窓のおかげで助かった。いや、そのおかげで助かるだろう、ここで飢え死にするわけにはいかないし、海底に沈んだ潜水艦のなかで窒息しながら、あくまでも忠義な臣下として最後のときを迎えようとする日本の艦長のように、絶望を乗り越え、諦めの境地で、この世に残してゆく人びとに別れを告げながら死んだりするのはまっぴらだからである。『ヌエボ・ディアリオ』誌で、潜水艦のなかから発見されたという手紙を読んだことがある。死んだ艦長は、窒息して死ぬのを待ちながら、天皇ならびに大臣たちをはじめとして、艦内の乗組員たちの名を階級順に挙げて別れを告げている。さらに次のような観察記録まで彼は書きとめているのである──いま私は鼻血を出した。鼓膜が破れたような気がする。


 そういうわけで日本と繋げて言っているわけではないけど。
 安美錦にまさかの接戦も朝青龍白星。私が先場所から大相撲を見始めてからまだ一度も横綱は負けていない。


書肆風の薔薇 1990年 単行本





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Last updated  2004/03/23 02:46:22 AM
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