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2004/03/23

　阿部和重『ニッポニア・ニッポン』を読んで後悔し、こんなものより吉田修一はずっと良質な作品を書いていたんだと気付いた。批判しか出てこないような時や、特に何も思うことがない場合はわざわざここに記さないので、『ニッポニア・ニッポン』については何も書かない。書きたくない。

　晴れた日の日曜の午後、なぜぼくがこうやってベランダから眼下の通りを眺めているかというと、理由は一つ、退屈だからだ。
　こう退屈だと、なんというか、時間というものが、実は直線ではなく、その両端が結ばれた輪っかのようなものに思えてきて、さっき過ごしたはずの時間を、もう一度、過ごし尚しているような感覚になる。真実味がないというのが、もしかするとこんな状態のことを言うのかもしれない。たとえば今、このベランダから飛び降りたろする。もちろんここは四階だから、運がよくても骨折だろうし、運が悪ければ即死する。ただ、輪っかのような時間の中にいる場合、一度目は即死だったとしても、二度目がある。一度目の即死を踏まえて、今度は軽い捻挫で済むくらいの飛び降り方を試してみられる。三度目にはもう、飛び降りることに飽きてしまい、柵を跨ぐことすら面倒になる。飛び降りなければ、なんの変化も起こらない。起こらなければ、元の退屈な時間が待っている。

『杉本良介（21歳）Ｈ大学経済学部3年』より

　都内のマンションの一室で雑居する、性格もライフスタイルもバラバラな男女五人の物語。こんな生活を続けていたら些細なことからでも軋轢が生まれてまともに暮らせそうもないが、彼らはうまくやっている。こういうトレンディドラマ風なお話も（『白い巨塔』の最終回だけ見た程度のテレビドラマ知識）悪くはないな、サラサラと軽く読めるし、と、半ばほど読んで思い、すぐにその思いを撤回した。これは見せかけだけの平穏であり、本当に彼らが互いに深入りせずなるべく干渉しあわないで楽しくやっていけてるのなら、それは単なる不感症の集団だ。トレンディドラマのようなおとぎ話空間を（キャストに釣られて『濱マイク』を見た三回ともリモコンを布団に投げつけた程度のテレビドラマ知識。リモコンを壊す気はない）、わざわざ紙の上に今更写す必要があるものか、と疑問が頭をよぎる頃、一番若い男が本音を語り出す。

　長い逃亡の末、ついに逮捕されたピエールは、『どうして愛していたはずの弟まで殺したのか？』と問う判事に向かい、力なくこう答えたという。
『もしぼくが、弟を除いて母と妹だけしか殺さなかったら、父はぼくの行為に恐怖を抱くにしろ、のちにぼくが父のために死刑になったことを知ったら、ぼくのことを心残りに思うのではないかと心配したのです。ですからぼくは、愛する弟まで殺したのです。そうすれば、父はぼくの死を喜び、ぼくの死を悲しむこともなく、前よりも幸せに暮らすことができると思ったのです』

『小窪サトル(18歳）自称「夜のお仕事」に勤務』より

　ああ、引用は関係ない。「それなりに生きてる連中」「ほんとに生きてんのかそれとも死んでんのか分からない連中」から、ようやく終盤彼らに命が宿り始める。それは急な展開だけれど。幻冬舎の本だとその時ようやく気付くけれど。油断すれば「癒し系」だの「なごみ系」だの腐った冠をかぶせられかねない作風から脱出したがった吉田修一の試みともとれる。一生涯『パーク・ライフ』のようなぬるま湯的作品を書き続けても、つらいだけだ。吉田修一四冊目。いくらか好きになってきたとは思う。
　横綱まだ負けず。先場所と全く違う勝ち方ばかりなのが気になる。

幻冬舎　2002年　単行本

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